第13話 きづく男




「いよぃっしょっとお!」


 俺の振った大剣が、ブレードウルフを脳天から生える刃のような形状の角ごと斬り裂いた。

 肩から上とそれ以外がわかれ、鮮血が大地に小さな池をつくり、遅れて両断された肉体がその中へ沈みこんだ。


「グワッ!」


「グオオッツ!」


 俺は大剣にべっとりとついた血のりを振るっておとす。俺を囲むまだ3体いるブレードウルフがそんな俺に向かって吼えたり唸ったりしている。

 着地すると同時にいきなり襲いかかってこられたのだ。とはいえ落ちる間から見えていたので、手近なヤツをブッた斬って即返り討ちにしてやった。

 当然、相手は怯む。一旦距離もとる。

 ただの野生動物であれば、ここで彼我の戦力差を感じ取って逃走を選択することもしばしばある。

 が、眼の前のブレードウルフたちは口角泡とヨダレを飛ばしながら向かってくる。これがモンスターというものだ。


「ふんっ!」


 俺はほぼ同時に突っこんできた2体を、まず一刀のもとに頭から腰近くまで開きにしてやる。

 続いてわずかに遅れた残り1体の突撃を右によけ、下から上へと大剣を振り上げて存分に首を斬った。


「ガッ……!?」


 切断するには浅かったためか、最後の1体からだけ断末魔の声がもれる。

 だが結局、最初のと同じように3体すべてが自ら大地にこさえた血だまりの中へ倒れていった。

 俺はふうっ、と一息つくと未だ着けていなかったゴーグル型端末を装備し、通信をつなぐ。


「レトロ。ブレードウルフを4体しとめた。回収用の網をたらしてくれ」


「了解いたしました。少々お待ちください」


 端末から機械的な音声ではなく、誰かの録音した声が返ってきた。

 有名女性声優の声だと聞くが、俺はよく知らない。最近はともかく前はアニメも結構観たのだが、熱心に鑑賞したのはすべて大破壊前の過去のものだ。

 レトロとは俺用のAIにつけた名前である。

 言うまでもないかもしれないが、俺の古いモノ好きから太刀峰さんが提案してくれたものだった。

 マインナーズには基本一人一人に専用のナビゲーションAIがつく。これの指示に従い、時にはこちらから指示を下し、ほとんどのマインナーズは壁外での任務を達成していくものだ。

 救援部においては即応性と臨機応変性が重要であるがゆえに於保多おおたさんが指揮を執ってくれていたが、こちらの方がイレギュラーなのである。

 待っていると分厚い雲に覆われた天から1本の玉突き縄が降りてきて、俺から数メートル離れた場所にブラブラ揺れている。


「展開」


「イエッサー」


 俺の合図とともに球状のものがバラけるように開き、カゴのような網の袋へと変化した。

 これはついさっきまで俺をここまで運んできてくれた高軌道ドローンが、地表付近にまで伸ばしてくれたものである。今日は回収任務なので俺の上か通信可能距離で待機してくれている。

 俺は網カゴをガシリとつかんで揺れを止め、絶命したブレードウルフの死骸を次々とその中へと放りこむ。切れ端も全てである。


「よし、作業完了だ。上げてくれ」


「上昇します。離れてください」


 レトロの指示通りに距離をとる。少し離れすぎなくらいに。

 なにしろまだ新鮮で血が乾いていない。下手に近くにいたら血液のシャワーを浴びるハメになってしまう。

 ブツを抱えた網カゴが雲の中に吸い込まれ、見えなくなってからしばらくすると再びレトロからの通信が入る。


「回収確認。再回収可能まで15分です」


 レトロが付近の回収用ドローンを呼び寄せたようだ。上空で網ごと交換し運んで行ってもらう。待機している高軌道ドローンは俺の帰りの足でもあり、先程と同様の方法で俺自身も回収してもらうのだが、おかげで血のベットリと付着した生臭い網でないのはありがたい。

 モンスターの死骸は研究施設に到着後、まず魔石を取り出された後に体内組織と構造を念入りに調査される。次に骨、皮、臓器、肉とわけられて資源となるらしい。

 特に肉は有害な成分が検出されなければ服役囚の食事にも出る。慶介さんによると慣れれば普通にウマイものもあるそうだ。


「では、本来の回収任務に戻る。レトロ、一昨日の救援目的地とその道順を出してくれ」


「イエッサー。表示しました」


「よし。では通信終了」


 俺はマイクをオフにすると示された方向通りに歩き始めた。

 この先に必ず今回の目的地がある。いきなり戦闘を行うハメになってしまったが、本来はこちらが今日の任務なのだ。一昨日辿った道を今日も辿る。形式的にすぎなかろうとも。

 とはいえ、単純に目的物の4倍を棚ぼた的に現時点で取得できている。今日の任務も黒字確定なのは本当にありがたいことだ。

 そこまで考えて、ふと思い出した。一昨日の時点で今日までは全力戦闘はするなとリオさんには注意されていたのだった。

 しまった。

 俺は腕を交互に回して確認してみる。

 違和感や痛みはない。もっとも、強化調整体は戦闘に不要な感覚はすべてカットされるため、痛みに関してはアテにはできない。またリオさんの検査が必要だろう。

 仕方がない。

 避けられるような状況でもない戦闘だった。敵からの攻撃を今回も一度も受けなかったのだからまず及第点以上と言える。

 ただ、少しおかしい。4体に囲まれて無傷とは、出来が良すぎた。

 特に3体同時に襲いかかられた際には、多少の傷は覚悟したものだ。が、結果は自分でも驚くほど華麗に撃退できていた。

 端的に言って、楽勝である。なぜかいつもより身体が軽く感じ、大剣を重く感じなかった。

 中でも最後の一刀は会心だった。

 返す刀、しかもリーチを伸ばすためにとっさの片手持ちだったにもかかわらず、自分が思い描いた通りの剣閃であったのだ。

 腕力が上がったのだろうか?

 強化調整体だって身体能力は向上できる。自分で特訓もできるし、意識が宿っていない間に電気を流して特定部位の筋力トレーニングも可能だ。

 なので、長く使用できた強化調整体はそれだけで強力なのだそうだ。逆に一度でもやられてしまい、初期化されてしまうと元の能力を取り戻せるまでは非常に苦労し、再び不覚をとることも少なくないらしい。一度の敗北が死に直結しないのがマインナーズだが、マインナーズとしての死を考えると一度の敗北も受け入れがたい。油断はできないということである。大体からして生きたまま喰われる感覚を味わうなど絶対にごめんだ。


「ん?」


 もう1つおかしい点に気づいてしまったが、それは後にしよう。

 どうやら目的地に着いたようだ。間違いない。大量の血痕が複数個所に渡って見受けられた。

 この場所に何らかの死体があったということだ。

 そしてその死体は今や肉食獣や死肉あさりスカベンジャーなどによって、既にきれいさっぱり跡形もなく平らげられてしまったようである。

 俺は再び音声マイクにスイッチを入れた。今度は通信のためではない。この地点はもう通信可能距離限界を超えている。


「記録。一昨日倒したブレードウルフの死体は発見できず。付近の他の肉食モンスターの餌食になったものと思われる。大量の血痕がその証拠だ」


 そしてマイクを切った。映像の方は端末が稼働中は常に記録され、自分が観た光景とほとんど同じものが残るので大丈夫だ。

 これで、今日の仕事は完了である。予想通り一昨日回収できなかったブレードウルフの死体は消えていたが、まぁ、とにかく、骨折り損のくたびれ儲けにならなくて良かった。

 すぐに通信可能距離にまで戻ってもいいが、再回収時間にはまだ早い。

 暇になったので、つい先程気がついたおかしな点について考えを巡らせてみる。

 それは、一昨日よりこの地周辺が異様に生体反応に溢れていたことだ。

 さっき戦った4体のブレードウルフだけではない。ゴーグル型端末には炭素反応や生物的な空気のゆらぎを検知して生物がいるかもしれない・・・・・・・・という可能性を探る機能が搭載されている。

 検出された反応数が一昨日の4倍くらいあるのだ。その全ての地点に生物がいるとは限らないが4倍という反応の数自体からすでにおかしい。

 どうしてか?

 1つ考えられることは、この地の主とも言うべき最も強力な生物がいなくなったことだ。

 つまりは、一昨日俺が倒したドラゴンのことである。

 この地は、通信可能距離限界以上ということもあって俺たちの拠点であるCU第3シティからはかなり離れている。元々は別の国の領土、日本国以外の領土であり、当時は常に雪に覆われた極寒の地でもあったらしい。これは、この一年で急激に数を増したがゆえに、マインナーズ同士で活動場所が被らないよう手を広げた結果であるのだが、あと1つの要因としてシティの近場で手ごろな対象、つまりそれほど強力ではないモンスターの数が非常に少なくなってきているからでもあった。

 この地も一昨日までは生物がいる可能性の反応に乏しかったハズだ。しかし、現状は周囲に溢れている。

 現状を打破できるキッカケや原因をつかめるかもしれないと思い、俺は足を前に進めた。ドラゴンと戦ったあの時の場所に。




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