第12話 相談する男




「ってなことがあったんだよ」


 話し終わった俺は、隣でただ黙って聞いてくれていた相手の様子を横目で垣間見る。相手はこちらではなく前を向きながら、ふ~んと発するだけであった。

 正直なところ、ちゃんと聞いてくれてたのかどうか不安になる反応と対応である。

 しかしながら今まで彼が俺の話を適当に聞き流したことは一度としてない。

 とはいえ、どうしても確認してしまう。


「どうかな? 慶介けいすけさん」


「ふむ」


 一言置いて、慶介さんはまた口を閉じた。

 この人はいつもこうだ。答えを急がない。話し出すと一気なのだが。

 俺はわかりやすく視線を向けた。彼の奇妙な姿が眼に映る。

 まず、異様にちんちくりんだ。今の俺の身長は2メートル以上もあるので、その俺から見ると幼子と成人男性ほどの体格の違いがある。

 なのに肉体は筋骨隆々。さらに頭髪や髭などが非常に濃く長く伸びており、それら毛髪などの主張が強い。

 一言で表現しようとするのならば、小さいクセにガチムチで毛がもじゃもじゃのおっさん、といった感じだ。

 そんな人物が赤茶けた荒地という荒涼とした風景の中にちょこんとおさまっているというのは、ある種シュールにも感じられる。

 これは彼本来の肉体ではない。

 今の・・俺と同じようで、別種の肉体だった。汚染に強く調整はされていても、戦闘用に強化は施されていない、そんな肉体である。

 ハッキリと言ってしまえば、懲罰用の肉体だった。壁の外でも活動できるようにされてはいるが、万が一反乱を起こされたとしても鎮圧が容易なように設計されている。コンセプト元は言うまでもなく、ファンタジー神話や民話に登場するドワーフからであると聞く。

 この場所は、射出型高軌道ドローンのその発射施設前であった。俺のようなマインナーズは、ここでドローンに吊られる形によって目的地近くにまで運んで行ってもらう。

 運送中は今の肉体に意識が宿っている必要性もないため、目的地が近づいてきたらアストラル体放出遠隔固定機によって意識を移すことがほとんどである。

 俺も大体はそうなのだが今日は相談したいことがいろいろとあった、本当にいろいろとあったので射出前からにしたのだった。

 待っているとようやく、と言っても俺がちょっと長く感じただけで実際には短い間だったのかもしれないが、慶介さんの口が再び開いた。


「ダイゴ」


「はい」


「そのリオさんって女の人はそんなにキレイなんか?」


 俺はつんのめった。


「待たせておいて、まず確認するのがそれかよォ。慶介さん」


「いや、そりゃあ確認するだろうがよ。16年生きてきたお前ぇがよぉ、俺の前で初めて女の話するんだぜぇ? そりゃあ確認もするだろうがよ」


「そうだったっけ?」


「そうだったんだよ。んで、どうなんだ? やっぱヤヴァイのか?」


「まぁ相当ね。俺の主観だけど、テレビ出てる人たちよりずっと美人に思えるよ。外国人の血が混ざってるのから目鼻立ちがすごいハッキリしてるしね」


 これだけは自信を持って言える。


「ふうむ。なぁダイゴ、そのお嬢さん、たぶん幼少期に壮絶とまではいわねえけどかなり嫌な思い出といいうか経験をしてると思うぜ」


「え? 何で? どういうこと?」


「お前の世代になるともうなくなったかもしれんがよ、俺がガキの頃にはまだ残ってたんだよ。外国人とその血を受け継いだ人に対する差別と排斥運動がな」


「なんすかそれ!?」


「まァ落ち着いて聞けや。俺らよりの上の世代くらいではな、外国人ってぇのは世界を破壊した奴らの末裔みてえな認識だったんだ。大破壊当時の大多数の日本人にとっちゃあよ、外の国のバカに巻き込まれる形でドンドン世界が悲惨なことになっていったっていう感じだったからな。真実は別だとしてもよ」


「真実は別?」


「おうよ。実際にゃあ当時の政治家や上の連中が各国にもっと働きかけて、調整役を積極的に担っていりゃあ世界は変わっていたかもしれねえ。そういう意味じゃあ日本人にだって世界がこうなっちまった責任の一端はあるワケだ。となりゃあ最低でも、外国の人間だったからと責める謂れなんぞありゃあしねえな」


「そんなのあったんだ……。俺の両親からはそんなの一言も聞いたことなかったよ」


「ま、こんなクソなモンは消えるんなら消えちまった方がいいに決まってる。知識として入れなくてもいい事柄もたまにはあるもんさ。んでよ、まァそのお嬢さんも暴力とか直接的な被害は受けてねえと思うんだ。俺みてえになっちまうからな。けど、嫌味とかのくだらねえ真似は何度か受けてるだろう。お前からそんな話を聞き出そうとしちゃあいけねえが、もし彼女から話し出すようなことがあれば即座に、そして大げさに同情するんだぜ」


「即座に、そして大げさに、か……」


「くれぐれもお前ぇから言い出すんじゃあねえぞ。彼女自身から話し出すのを待つんだ。そんでチャンスが来たら逃しちゃあいけねえ。女は感情で生きてる。同情されるのは大好きだからな」


「へぇ、そうなんだ。……ってそんな話は置いといてさ!」


「置くんじゃあねえよ。女の問題は野郎にとって常に一生の問題だぜ? で、どうなんだ? 落とせそうなのか?」


「落とせそうも何も、そんな気まだねえって!」


「おっ、まだって言ったなお前ぇ。一応やる気はあるってことか! じゃあ今は何か別の問題があるってことかよ!?」


「やる気って、そんなのないよ!」


「いいから言ってみろって! 何が問題なんだよ? 今考えてることを言ってみな」


「あっ、いやっ、あの、だからさ……」


「言ってみろ。何が問題だ?」


「あ~~、えっと……、すげえ高嶺の花ってことだよ。キレイだし、頭もスゲーいいみたいだし……」


「ほうほう。それで?」


「背も高いしスタイルもいいし……、むこうは大人で俺はまだ高校生のガキだし……。収入も俺より上だろうし……」


「いや、それはねえだろ」


「え?」


「おいおいおい、お前ぇは前回の件でランキング10位に入ったんだろうが。だったら収入面ではもう負けているはずがねえ」


「あ、そっか」


「んで、次に彼女に比べて自分はガキだってか? これも俺はそうは思えねえぞ。お前ぇの話だと彼女は大学院出てすぐに就職したんだったな? しかも飛び級しまくって。となると、お前ぇにとって1年先輩ってことを加えても2、3歳くらいしか変わらねえ可能性もある。それにお前ぇは歳のわりに落ち着いてやがるし、キレて周囲に当たり散らすようなこともねえ。結構お似合いかもしれねえぞ」


「う~~ん、俺が落ち着いている?」


 俺は疑いの眼差しを向けるが、慶介さんは自信たっぷりに言った。


「落ち着きのねえヤツが、あんな恐ろしいバケモノ連中相手に接近戦なんてできるかよ」


 なんとなく言い返せなくなって、俺は言葉をのみこむ。


「ま、当たって砕けろとまでは言わねえけどよ。あの動画みてえにビッと突っこんでガッとやっちまうこともできるだろうが」


「ガッとやっちまうってなんだよ、ガッてよ。……慶介さんもあの動画観れたんだね」


「ああ。動画サイトは俺たち服役囚には無理だが、朝のニュースくらいなら観せてもらえる。特集されてたぞ。テレビだから動画の最初から最後まで全部が全部流れたワケじゃあなかったが、いいハイライトだった。本物ならではの迫力ってのがあったぜ。ありゃあ、まだ伸びるんだろうな。つまりしばらくはお前ぇがマインナーズの顔役になるってことだ」


 やっと本題であった。


「そうなんだ。これからどうすりゃいいかなんて、わかんなくてさ」


「どうもする必要はねえよ」


「は?」


「お前ぇは今まで通りモンスターを倒し、仲間を助け、魔石を集めていればいいんだ」


「これまで通りでいいと? 顔役は?」


「ンなもん無理に務める必要はねえよ。お前ぇの上司が言ってたんだろ? その通りにすりゃあいい。何かわからねえ事態になったらすぐに指示を求めりゃあいいのさ。さっきも言ったがお前ぇは冷静沈着でいきなり馬鹿をさらすようなクソみてえな根性してねえからな。いつも通りを心がけていりゃあいいんだよ。その中でイロイロと学んでいきゃあいい」


「……そっか。慶介さんにそう言ってもらえると肩の荷が少しは下りたよ、ありがとう」


「よせよ。いつも通りにして後は上の指示に従えなんぞ誰でも言えるぜ」


 おどけた様子をみせる慶介さんの姿に、少し安心できたことも手伝ってか自然と笑いがこみ上げる。


「ははは……。もう1つ、相談があるんだけどさ。こいつのことなんだ」


 俺は背中のものを人差し指の先でつついて、カンカンと音をさせた。


「ああ、その大剣の代わりをラボで造るって件か。ま、いいんじゃあねえか?」


「え? いいの?」


 俺としては造ってくれた慶介さんに確認をとる意味合いもあった。


「おうよ。いいも悪いもねえ」


 ここで突然、慶介さんはニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。クックックといった悪役然とした含み笑いが聞こえてきそうだ。


「意識してかしてねえかはわからねえが、お前ぇが認たらという条件をつけたことが最高だ。リオってお嬢さんがお前ぇのことをかばおうとまでしたのかはわからねえにしても、お前ぇの立場は守られてる。っていうか、もしその条件をラボ側がのんだとしたら、お前ぇは審査する側になるってことだぞ。つまり、立場上は完全にお前が上ってことになる」


「あ、じゃあラボ側は条件をのまないかな?」


「いや、あっちも関係の改善を望んでいるだろう。下手なプライドで稼ぎ頭の足を引っ張っているなんて事実が外部に漏れれば恥もいいところだ。ラボ全体の評価にも関わる。社会人にとって自分の責任で組織全体の評価が落ちるってのは無能の証明だからな」


「へぇ、そうなんだ?」


「ああ。ただ、何かしら小細工を考えてくるかもしれねえ。他の条件をつけ足そうとしてきたら絶対に却下しろ」


「了解。わかったよ」


「これでラボの武器開発研究部門も本気になるだろうな。ま、それでもあの頭でっかちのクソ老人どもにそいつを超える武器が簡単に造れるとは思えねえがよ」


 慶介さんは俺の背中の大剣を指差した。

 俺はうなずく。


「2回続けて、あんなオモチャを送りつけてくるようなヤツらですからね」


 2回目など、乱暴に扱うな精密機械なのだから丁寧に使うのが当然だ、などといった趣旨の内容文が、非常に歪曲された回りくどい表現とともにであった。読むよりも解読するのに時間がかかったくらいである。

 この時点で使う気が起きなかったが、一応慶介さんにも手伝ってもらって内部を確認してみたところ、前のものと構造の違いはほとんど見られなかった。

 今は倉庫に放りこんでそのままだ。どう使っても構わないと管理は慶介さんに丸投げしている。


「なぁ、ダイゴ。どうしてラボの武器開発研究部門は老人が多いのか知っているか?」


 俺は首を横に振る。だが、言われてそういえばと思った。

 リオさんもウチのおじいちゃんたちと言っていたが、|古兎野開発のラボも全体から見たら世代が偏っているワケでもないらしい。だが一部の、武器開発の部門だけが、ジジイどもが幅をきかせている。

 確かに不思議だった。


「それはな、武器の開発が最も盛んだったのは大破壊前だったからだよ」


 ああ、なるほどと思う。

 慶介さんはそのまま続けた。


「最も輝いていた時代の現役だった人たちから直接学べた連中、っていうだけだ。つまり今の武器はその時代の模倣に過ぎねえ。モンスター用にチューンを繰り返されているが、それだけだ。そんな連中が今更オリジナルでマトモなもんをそう簡単に生み出せるとは思えねえ」


「そうだね。俺もそう思うよ」


「まあまあいいモノをよこしてくるようになってくるのも先の話になるだろうよ。そうなってから改めて考えりゃあいい、使うかどうかをな」


「わかった」


「よし。じゃあそろそろ現場に向かうか? 高軌道ドローンにくくりつけてやるぜ」


「うん」




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