第11話 気づかされる男




 事務所に入ると今日は先客がいた。


「よう、眞栄城」


「あれ? 太刀峰さん? どうしたの?」


 そこにいたのは旧知の人物だった。

 太刀峰さん。俺が最初にこの会社に入って最初に、そして最もお世話になった人物だ。

 この世界に入ったばかりの新人の頃、最初に組ませてもらったチームのリーダーだった人である。

 本当にお世話になった人で、戦い方をほとんど教えてもらったようなものだった。

 俺が近接戦をやってみたいと言った時も、面白れぇじゃあねえかやってみろと後押ししてくれるような豪快な人だった。

 歳は20代後半。既に結婚していて、晩婚が進む現代においては珍しい早婚者。

 第一子が産まれる奥さんのためにマインナーズを一時休業することとなり、時を同じくして俺は今の部署に転属した。

 その後、つい最近になって太刀峰さんが復帰したとは聞いていたのだが……。


「どうしたもこうしたもねえよ。今日はお前の代わりにシフトに入るのさ」


「へ? 救援部に転属してたの?」


「おうよ! 復帰してからな! ……さてはお前、社報読んでねーな?」


 そう言えば、新人の頃に多少は眼を通せと言われた気がする。


「う……。いつ頃復帰したの?」


「1カ月くらい前だな」


「そっか。どうしてこっち救援部に?」


「まだ子供が小せえからよ。夜泣きがひでえし、疲れてる嫁のために俺も早く帰ってやらないといけねえ。こっちの方が帰れる時間は早くなるしな」


 そう言って太刀峰さんは二ッと笑った。

 太刀峰さんはあっち・・・の身体もでかいがこっち・・・の身体もでかい。初回で会った際の第一印象は熊だった。なので、彼の人柄を知らなければその笑みを獰猛と感じ、逆に知っていれば男くさい頼りがいのある笑顔と感じるだろう。

 戦いの印象も大体そんな感じだった。味方からは尊敬され、敵からは畏怖される。戦闘中どの役割も器用にこなすことができ、柔軟な即時判断が持ち味であった。俺に射撃センスが全くないことをすぐに見抜いて大盾と、あまり照準あわせの必要がないショットガンを薦めてくれたのも太刀峰さんだ。

 それで思ったのである。

 ショットガンは範囲こそ広いが巨大なモンスター相手では浅く、なかなか致命傷とはならない。面より線を断つ方が効果的。そしてリロードの手間と時間がなによりわずらわしい。


「チームはどうしたんです?」


「グースとバンカーは俺についてきてくれたよ。別の部屋で待機中だ」


 マインナーズの中には壁の外でのニックネームだけで本名を明かさず、こちら側でのつきあいも一切しない者も一定数いる。本当に仕事だけの関係というヤツだ。


「じゃあみんな俺の後輩ですか。ここじゃあ俺の方が古株ですからね」


「抜かしとけ! だがまぁ、どうやらスゲエ大物を狩ったらしいな。おめでとう」


「え? 何で知ってるんですか?」


 通常、誰が、どこのチームが稼いでいるとかは月の途中では公開されない。かつて足の引っ張り合いが起こってからずっとだ。

 だから不思議に思って訊ねたのだが、怪訝な顔をされたのは俺の方だった。


「なんだお前、知らないのか?」


 何が、と返そうとしたところで背後のドアが開いた。於保多おおたさんが入ってきたのだ。


「おはよう。二人とも揃っているな」


「おはようです」


「おはよう、於保多さん」


 時間はもう夜に近いが、俺たちは勤務の入り時間がバラバラだ。であることから、その日最初に会った際には『おはよう』で統一している。


「さて、ミーティングを始める前に、太刀峰、今日は出てくれてありがとうな。感謝する」


「いや、於保多さん、礼には及びませんよ。今日は俺たちに任せてください」


「そうか。子供ができたばかりだというのにすまないな」


「謝る必要もないですよ。子供ができたからこそ稼ぎもしなきゃあいけないですからね」


「そう言ってもらえるとありがたいな。よろしく頼む。……では、ミーティングの前に、眞栄城」


「はい」


 於保多さんは手順や工程には厳しいが、それ以外は割と自由にさせてくれる人である。

 だがそれはいつものことであり、今日は太刀峰さんがいるせいか気が引き締まるような印象だ。力の抜けた返事などできない。


「わかっていると思うが今日のお前の仕事は回収作業だ。なので、俺のサポートではなくAIがナビゲーションを行う。いつでも出発してもらって構わんが、戻ってきたら必ず報告書だけは書いて提出してくれ」


「了解です」


 つまりはやることさえやったら自由に帰っていい、と言っているのだった。今回の回収作業が成功するとは思っていないらしい。そしてもちろん俺も思っていない。

 言い終わると於保多さんは太刀峰さんの方に向き直った。


「よし。では太刀峰、ミーティングといこう」


「ちょっとだけ待ってください、於保多さん」


「どうした?」


「どうやらあいつ、動画をまだ観ていないようなんですよ」


「へ?」


「なんだって?」


 へ? は俺の台詞である。太刀峰さんの視線と顔の向きが『あいつ』の言葉を俺のことだと認識した際に思わず口から出てしまった。

 そして今度は於保多さんが怪訝な表情で俺を見る。


「な、なんすか一体?」


「眞栄城……。お前、一昨日家に帰ってから動画サイトの1つや、テレビとかのニュースも見ていないのか?」


「え? ええまぁ」


「マジか。……いや、お前ならありえるか。以前言っていたものな、休日はほぼゲームしかやっていないと。しかし徹底しているな……」


「いや、世離れしすぎでしょう。仙人じゃあないんですから」


 どうも於保多さんには呆れられ、太刀峰さんには不本意な評価をくらったような気がする。


「えっと、何のことすか?」


 俺の反応に、太刀峰さんと於保多さんがニヤリと悪い笑顔を向け合った。


「はは、俺たちのエースはどうやら大物らしいですよ。於保多さん」


「フッ、確かにある意味、器はでかいかもしれないな。底に穴が開いていそうだが」


「うまいこと言いますね。眞栄城よ、お前と一昨日のドラゴン型モンスターとの戦闘動画が動画サイトにアップされていてな。今、大人気ってヤツだよ!」


 俺は太刀峰さんの言葉に思わず眼を見開いた。


「は!? 動画サイトって、外部の動画サイトってことすか!?」


 答えたのは於保多さんの方だった。


「そうだ。始めは会社内部のみで視聴されていたが、誰かが外にアップしてしまったようだな」


「流出じゃあないですか!?」


「おいおい、俺たちマインナーズは今、都市市民への情報開示を積極的に行っているんだぜ? それに就業規則にも入っているんだ。違法じゃあないぜ」


「地上波にも今朝取り上げられたようで、今の時点で再生数は20万を超えているようだ」


「20万!? にじゅーまんんん!? 都市全体の人口が100万人だから……、5人に1人がもう観たってことですか!?」


 今現在の世の中、世界はつながっていない。オンライン上なのは同じ都市内までだ。

 全人口の5分の1が視聴済みとはなかなかエグイ。無論、複数回視聴している者もいるから実数はこの半分以下だろうが、だとしても破格の数字と言える。

 ちなみに最大大手の動画サイトはCU第二シティと第三シティで共通のプラットフォームが使用されているらしい。このため1、2カ月遅れで主要な情報が交換されている。要するにあちらへ伝わるのも時間の問題かもしれない、ということだ。


「良く撮れていたぜ。お前の動画は敵もお前も距離が近いから、双方が画面内に映っている時間が多くて素人にも状況がわかりやすい。加えて迫力と臨場感もある」


「それって俺じゃあなくて、録り手を褒めてませんか!?」


 どうにも自分が褒められている気がしない。


「いいじゃあねえか。トレンドにも入った。これから有名人だぞ、お前は」


「全然よくないっすよ!」


「ともかくだ、眞栄城」


 突然声色が変わった於保多さんに、俺と太刀峰さんの意識はそろって引きつけられる。


「は、はい」


「経緯はともかくとしてだ。太刀峰の言葉は冗談じゃあない。お前は冗談抜きで今日からマインナーズ1の有名人だ。しかし安心しろ。今の・・お前のプライバシーは会社が守る。もちろん私もだ。だが、あちら・・・は無理だ。あの戦い方をするのはお前だけだからな。全マインナーズには、お前のことが知られたと思っていい」


「げ」


「頼んだぜ、我が社のエース」


「やめてくださいよ、太刀峰さん」


「いや、本当のことだ。お前は名実ともに我が社の顔、……いいや、マインナーズ全体の顔になった。1年前はいろいろとマインナーズ関連の動画が流行った時期があったが、その頃を含めても1つの動画として伸び率の桁が違うらしい。今のうちに肝に銘じておけ。これからは言動にも気を配るんだ。任務中、対処に困ったら私に通信をつなげ」


 於保多さんの言葉を聞きながら、俺の顔はどんどん青くなっていったに違いない。

 この時の俺は、リオさんがつい先程に俺の外聞や評判をやけに気にしていたなと思い出していた。




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