第10話 放課後の男 part2




 今、この都市に死刑はない。

 刑罰が重くなると一つ一つの犯罪がより過激化するというが、これは人的被害よりも施設の破壊を防止するためのものだろう。とりわけ外界から遮断し、都市の内部を守る壁の存在がある。もし、これが傷つけられ、破壊されでもしたら、大事どころではすまない。都市は終了し、中の人間は皆死ぬ。今は一人の人間が大都市丸ごとと心中が可能な時代なのだ。ヤケを簡単に起こされてはかなわない。


 リオさんの懸念は、そういった危険人物が作成したような武器が、果たして実戦での使用に耐えうるのかということだと思う。

 が、それは偏見というものだ。


「平気ですよ。切れ味は確かに良くはないですが、丈夫でまだ一度も壊れたことはありません」


「……でも、犯罪者の人なんでしょう?」


 やはり偏見だった。

 リオさんのように聡明な人でも、こういうのは避けられないらしい。

 仕方ないのだろう。こういうのは実際に会ったことがあるかないかだ。あとは周囲に関係者がいたかどうかでも変わる。

 俺の場合は後者だった。俺と出会う以前の話だが、山貫には兄がいて、彼が幼い頃に逮捕されてしまっているらしい。

 あいつが一見するとそういう過去を一切引きずっているように見えないのは、あいつ自身の天性の明るさもあるのかもしれないが、あいつ曰く幼すぎて良くわかっていなかったからだそうだ。彼の両親はそんな山貫に、兄は独り立ちして遠くに引っ越したと説明し、真相を知ったのはあいつが中学に入った頃だった。

 しかし、山貫自身は兄のこともしっかりと記憶しており、優しくて頼りがいのある人物だと語っていた。


 だから俺は現地担当者が囚人と聞いても、特に悪感情は抱かなかった。

 それに、運も良かったのかもしれない。

 俺の担当は慶介さんといい、どことなく山貫から聞いていたアレの兄のような感じのある人だった。

 ここだけの話、俺が出会ってきた年上の知人の中で最も信頼しているかもしれない。

 今、対面して話をしているリオさんや、俺の上司である於保多おおたさんももちろん信頼に足る人物ではある。だが、この2人であってもどこか俺を高校生として、つまりは子供として扱っている部分があると感じてしまう。

 それに比べ、慶介さんは俺を一人の人間として扱ってくれている。そんな感覚があるのだった。


「犯罪者にも色々いますよ。とにかく今の俺の武器は心配いりません」


ウチラボには、一切頼まなかったの?」


「頼みましたよ」


「えっ……?」


「最初はね」


 本当のことだ。俺だってさすがに一番初めはマインナーズの武器を開発、管理している部署に頼む。いくらなんでも本職じゃあない人にいきなり、はない。


「じゃあ、その最初の出来が、悪かったとか?」


「そうです」


 今思い出したって腹が立ってくる。


「俺が要望したのは、とにかく丈夫なものでした。切れ味は二の次で壊れにくいものを、って」


「ふんふん」


「んで、ラボが最初に持ってきたものは刃が回転式の、チェーンソーと大剣が合わさったようなヤツでしたよ」


「うーーん、切れ味は良さそうだけど……、どうなったの?」


「実戦で使ったら一回目で壊れましたよ。敵の攻撃をガードしたら、回転式の刃が動かなくなっちまいました」


 リオさんが苦い表情になり、目頭を押さえた。俺は構わず続ける。


「あのテの刃って、動かなくなったらもう斬れないんっすよね。ちゃんと尖ってないから」


「眞栄城クン、顔が怖い、顔が」


「あ、すんません」


 リオさんに指摘されて俺は右手で俺自身の顔を触る。

 どうやら冷笑のような表情になっていたみたいだ。彼女を怖がらせても仕方がない。


「まぁ、その後がツラかったっすよ。でかいとはいっても、ただの鉄の棒でモンスターと戦っているようなモンですから。たいして手強くもねえヤツ相手に1時間以上戦い続けるハメになりました」


「……記録を見たんだけれど、眞栄城クンって敵との戦いをほとんど10分以内に終わらせているわよね」


「人間の集中力って、そんなに続かないじゃあないですか。長丁場になっちまうと、攻撃も防御も雑になって、精度も落ちる。あの時も、それでやられました。左肩をザックリと」


 幸い、完治した後の腕の稼働に影響が残ることはなかった。が、傷跡はいまだに残っている。反応があともう少し遅かったり、避け方を間違っていたら顔面を割られていた可能性さえあった。


「これからマインナーズに入る新人の子たちに聞かせてあげたいくらいの経験談ね」


「そんないいものじゃあありませんよ。普段ならくらわねえものをくらったってだけです。意地になって倒しにいきましたが、とっとと逃げた方が良かったかもしれない」


「でも、大抵のモンスターは強化調整体より素早いんでしょう? 逃げようとして後ろから攻撃されるよりマシじゃない?」


 確かにそれもある。俺のは同じ強化調整体の中でもかなりすばしっこい方だが、もし逃げ切れなければ情けない負け方をさらすハメにもなりかねなかった。


「そう言ってもらえると。……んで、次はギミックなしでと頼んだハズなんですが、送られてきたのは同じようなモノでした。まわりからは、一応は技術研究所とうたうものの製作物なんだから当然だとかいわれましたけどね、実戦で使えてこその武器でしょう?」


「う~~ん、耳が痛いわね」


 別にリオさんを責めているワケではない。

 彼女の担当は新生物。つまりはモンスターだ。その生体構造などを研究している。

 武器開発担当部署とはセクションが別なのだ。

 だからそもそも責められる謂れなどないのだが、彼女の困り顔をいつまでも眺める趣味はないのでさっさと話を進める。


「さすがに使う気にはなれませんでしたよ。また戦闘中に壊れるんじゃあないかと思うと中々……。それで悩んでたら、現地担当者が1つ目の残骸を使って今の武器を拵えてくれました」


「本格的な設備もないのに……。よくできたわね……」


「設備は、多少はあるんですよ」


「え?」


「シールドの表面装甲を整備するための設備を利用したって言ってました」


 銃火器が主武器のマインナーズにも近接用装備は存在する。それが衝撃吸収大型シールドである。

 実は俺も大剣を使うまではこのシールドを装備していた。これを左手、右手にショットガンというスタイルである。主に敵の前面に立ち、攻撃を引きつけ受けるといった役割を担当していた。

 このシールドには名の通り衝撃吸収緩和装置が内蔵されており、表面装甲が比較的容易に交換ができるように作られている。

 全体の製造こそラボ内で行われるが、表面装甲を修繕および加工、交換を行うのは壁の外である現場だった。


「なるほどね……。ところで、元々の既存の装備を使う気はなかったの? たとえばシールドと、片手で保持できる剣とか」


「それも考えました。けど、あのシールドじゃあ重すぎて飛んだり跳ねたりできねーです。モンスターの弱点って、結構打点の高いところにあったりしますからね。さらに刃の大きさと長さもある程度ないと、一撃で致命傷を与えられないです。モンスターはでかいっすから」


「そっか、そうなるとあれくらいが最適解ってことなのね?」


 俺は頭の後をポリポリとかく。


「欲を言やあ、もうちょっとだけ軽い方が好みなんですけどね。贅沢は言えません。接近戦はどうしても避けられない攻撃をもらう瞬間がありますから、全身を覆い隠せる今の大きさと分厚さじゃあなけりゃあ、手足の一本くらいは失っててもおかしくないです」


「攻防一体の武器、ということなのね」


「まぁ、そうです」


 そんな高尚なモノではないが、俺が肯定するとリオさんは少し下を向き、考える仕草をした後に再び顔を上げた。


「やっぱりこのままじゃあいけないと思うの。マインナーズランキング10位に入った社のエースが、同じ会社内のラボと仲が悪くて開発した武器の使用を拒否しているなんて」


「ん? 10位に入るの、もう決定なんすか?」


 俺の問いにリオさんはしっかりと肯いてくれた。そして若干ながらその表情に笑顔が戻る。


「ええ。今朝、協会からの返答があったわよ。正式な集計はまだ1週間くらい先だけど、10位以内はほぼ確実だそうね」


「おおっ、そりゃ嬉しい」


 嬉しいのは次の給与の日だ。かなりの額になるだろう。来月もうまいものがたくさん食えるというワケで、楽しみである。

 だが、彼女の結果発表はまだ続きがあった。


「それどころか期間内にもう1、2匹大物を倒せたら、もっと上の順位になるかもしれないんだって!」


「え? ホントすか?」


 さすがにこれには驚いた。

 今年度のマインナーズは業界的にトップがかなりの混乱をみせていた。というのも、多くの新人が入ってきたせいで下からの突き上げをくらい、その余波が伝播した形であったようである。マインナーズという職業が一気にメジャーになり、世間の注目を集めたというのも大いに関係したようだ。

 更にお前のようなイレギュラーも出たしな、というのが於保多さんの弁である。

 実際、今年度はランキングの順位が激しく変動していた。

 しかし、それも一年が経過してここ最近では落ち着きを見せ始めたようで、上の順位はそれなりに固定化されてきたらしい。

 ランキングに載れば人はその立場、いわゆる上位ランカーを保持しようとする。元々の実力がある者がなお一層の努力の結果、ランキングに載る者とそれが常態化していない者の差は開く傾向にあることがほとんどだと聞く。

 つまり、ランキング常連とそうでない者たちの収入の差は隔絶したものがあるということらしい。

 そして今は、9位までが常連組であった。それであと1、2匹ということは、俺の今月の報酬額は彼らにかなり肉薄していることになる。

 本当に楽しみになってきた。しかし、リオさんの表情はここで真剣みを増す。


「ええ、本当よ。だからこのままじゃあまずいと思うの。業界全体に変な噂が立ちかねないわ。でも、今の事情を聞くと、眞栄城クンから謝るようなものでもないし……」


 そりゃあその通りだろう。俺が何か悪いことをしたワケでもない。と、思う。

 そんな俺を見て彼女は続けた。


「本音を言うと、眞栄城クンにはラボ製の武器を使って欲しいと思うの。それで万事解決とはならないけど、言い分は立つから。でも……」


 そう。でも、だ。受け入れられないことはしっかりと伝えねばならない。


「そうは言われても、実戦に使えそうにない武器を俺は使う気にはなれないですね」


「当然よ、それは当然。そんなことを強制したらラボの問題どころか会社全体の責任問題になっちゃうわ。そんなことには絶対させないから安心して。……でも、逆に言えば実戦に耐えられる、眞栄城クンのお眼鏡にかなうモノであればいいってことよね?」


「ええ、もちろん。それならかまいませんよ」


 俺はすぐに返答した。元々俺からはラボに対して思うところはあまりない。

 ただ、そこ製作の物品に対して、今は信頼がおけないだけだ。


「そう!? 本当!?」


「あ、はい」


 必死さのようなものを感じ、俺は若干引きつつも肯定する。


「ありがとう! それなら何とかなりそうね! じゃあ、その話よろしくね!」


 そう言い終わった途端にリオさんは来た道を戻ろうとする。

 帰宅すると言っていたハズだが、どうやらその前に一度ラボに行くつもりらしい。

 大人は色々あって大変だな、なんて思っていると、彼女がこちらに振り向いた。


「そういえば眞栄城クン、あの動画観た?」


 動画と聞かれて今朝も同じようなことを聞かれた気がする。


「なんの動画ですか?」


「あなたとドラゴンの戦闘の動画よ。その様子じゃあ、まだ観てないのね? ちゃんと観てよ! 大人気なんだから!」


 言うだけ言って、彼女は行ってしまった。

 職員の間ででも大人気なのだろうか。その時はそうとしか考えなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る