第14話 きづく男 part2
現地に着いた。
突き出した岩場が
間違いなくこの地の覇者だったのだろう、あのドラゴンは。あれほどのモンスターに完勝できたのは本当に運が良かったと言えた。
俺はぐるりと周囲を一回転してみる。検知された反応数は先の地点よりもずっと少ない。およそ半分以下だ。
これには1つの仮説がたてられるだろう。
強力なこの地の主が消えたために周辺には他の生物が続々と入りこんできている。が、普段からその主が住んでいた場所にはまだ匂いか何かが残っていて、その付近にまでは近づける数が少ないのでは、というものだ。
……などと偉そうにもっともらしいことをのたまってはみたものの、俺は強化調整体を動かせる以外は何の変哲もない普通の高校生である。バカな真似してないで、とっととデータだけ集めに集めて偉い人か頭の良い人に持っていくのが吉ってもんだ。
俺は視線を回すようにして、とにかく映像にと落としこんでいく。俺なんかが気づけないことが映るかもしれないと考えてのことだった。
焼け跡、焦げ跡、血の跡が数々残っている。こんなものは今の外界では普通に降る酸性雨によって簡単に消えてしまう。ブレードウルフの死体かららしき血痕もそうだったが、一昨日からこの地では雨が降っていないらしい。
常時極厚の雲に覆われる現在の地球環境では一日の内に朝と晩必ず2度降るような場所もあるのだから珍しいと言える。
「ん?」
いろいろな場所に視線を向けていて気がついた。一カ所だけ壁というか岩の色が違っている場所があったのだ。
酸性雨が多く降るようになると大地はすぐに赤く染まってしまう。中の鉄分などの成分が酸に反応してしまうからである。
一部分、その色が薄い。赤茶というよりもグレーに近い。
恐らくはつい最近まで内部にあったがために、酸が浸透しきっていないからではないのだろうか。
つまり、この前の戦闘で崩れた部分ではないかと思えるのである。
俺は念のためゴーグル型端末を外し、鞄の中にしまってからその場所に近づく。
崩れやすくなっているかも知れないからだ。触ったら上の岩が崩れ落ちてきて端末に直撃、はいただけない。
実は、俺は既に2度も装備端末を破壊してしまっている。
接近戦が主だからある程度は仕方がないとはいえ、さすがに不注意が原因では情けないというものだ。
俺はこの前の戦闘で崩れたと思しき箇所に触れる。カタンと音がして、それらは意外に簡単に動いた。
「おお?」
それで気がついたのだが、奥に空間があるようだ。崩壊したせいでつながったか、元々開いていたのが崩れてふさがれたのかはわからないが。
気になった俺は、色の変わっている岩をすべてどかした。すると、さらなる奥に続く通路のようなものがあるのを発見する。
「洞窟……か?」
中の様子をうかがってみると、どうもまだ先があるようである。
俺の眼は猫科が混ざっているがゆえか周囲が暗い場所でもある程度視界がきく。
本当に役立つ能力で、外界の夜は星明りもなく月明りでさえ滅多に届かないため異様に暗いことが多いがこのおかげで夜間での任務も支障はない。
ただ、一切の光源もない真の闇を見通すことはできない。俺の眼は僅かな光を増幅しているだけにすぎないのだそうだ。ゼロでは増幅のしようもない。
なので、どこまで行けるかはわからないのだが、とりあえず俺は奥へと足を進めてみる。
注意が必要だった。
人間と同じように動物だって住み心地の良い場所に居座る。つまり、奥からモンスターが飛び出してくる可能性があるワケだ。
狭い洞窟内では俺の大剣を存分に振るえる場所かどうかも重要である。壁か天井に引っかかって負けるなどといった間抜けなマネはなるべくつつしみたい。
……そう考えるとこういう場所だけは銃器の方が有効なのかもしれない。
いや。絶対ダメだ。
跳弾なんかしたら終わりである。どこに飛んでいくか完全に予測不能だろう。
となると、ナイフのようなものが一番使いやすいのかもしれない。果たしてどの程度の大きさの刃までがモンスター相手に通じるのかは検証の余地があるが。
しばらく進むと多少広い空間に出た。感じていた圧迫感がうすれる。
まだ光源があるようで問題なく周囲をうかがえている。どこか上の方が外へと通じていているのか、もしくは発光するキノコである
「…………?」
ここでわずかな違和感があった。
俺はたった1人でここまで来たはずである。
しかし今、俺を含めて2つの息吹を感じた気がした。
俺はすぐさま背中に負う大剣の柄に手をかけた。
ここならば良し、だ。高さもあり、何本か鍾乳石でできた柱が点在しているが、その位置にだけ気を配ればいい。
とはいえ相手の位置がわからなければどうしようもない。俺は慎重に気配を探る。
どうやら今の自分よりも小さい生物のようだ。
今まで自分より小さいモンスターに手ごわいと感じたことはないが、油断はしない。洞窟に潜むモンスターであれば別であるかもしれないのだ。
俺は幾つかある鍾乳石の裏だとアタリをつけ、距離をとりつつ外周を回りこみ、とりあえずは姿を視界におさめようとしたところで相手の方が姿を現してきた。
「うおっ」
思わず声が出た。しかし驚きはしたものの、警戒からではない。
誰が突然であっても子犬を見て警戒をするだろうか。現れたのはそういうものであった。
「なんだお前、かわいいなぁ」
つぶらな瞳、小さくて短い四肢に尻尾。全体的なイメージは丸2つ。
異形ではあった。全身に毛は生えておらず、表面は爬虫類のそれのような肌質。ただし、蛇や爬虫類などのようにつるんとした光沢はなく、ぬめってもいない。それどころか大きくてゴツゴツとした鱗からは硬質的な印象を受ける。
背中には一対の小さなコウモリ型の羽、頭部にはこれまた小さな角がちょこんと生えているが、そのどれもが最初に抱いた印象を変えるほどの威力はない。
「クゥ!」
それが鳴いた。タイミング的に、どこか俺の言葉に返事をしてくれたような感覚があった。それか挨拶のような。少なくとも、あっち行けといった意味のものではないように感じられる。
まるでドラゴンの幼体、赤ちゃんだ。サイズは本当に小型犬くらい。
それが警戒感もなく、ちょこちょことこちらの足下まで寄ってくる。
「腹でも減ってるのかな?」
俺は腰元に括りつけられた携帯バッグを開けてその中を確認する。
あった。携帯食だ。
強化調整体とて腹は減る。しかも、意識が宿ってから数十分から1時間ぐらいたってから一気にやってくる。このあたりは普通の人間の身体と変わらない。そんな時はこの携帯食をつまむ。
大破壊以前にあったカロリー栄養食をもとにつくられたらしい。ドライフルーツ入りの乾パンに近い。そいつを取り出すと、ドラゴンのベビーの顔の前に差し出してやる。
フンフンと匂いを嗅いでからパクつく様はでかいトカゲというより動画で観た子熊を想起させた。
「まだ食うか?」
「クゥ!」
今度は本当に返答された気分になった。
「はは。お前、人間の言葉がわかってるみたいだな」
まさかとは思いつつも、俺はすぐに残りの携帯食も取り出してやるとドラゴンの赤ん坊はすぐに平らげた。味が気に入ったのか、それとも空腹だったのだろうか。
「もうないんだ。悪いな」
手を広げてやると悲しそうにうつむいたので、撫でてやった。
「コロロロロロ……」
頭と、次に喉を撫でてやると気持ちよさそうな声を上げる。
本当にかわいいな、と思ったところで俺はある事実に思い至る。
それは、俺が一昨日に倒したドラゴンがこの子の親であった可能性だ。
驚愕に手が止まる俺の顔を、つぶらな瞳が見上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます