第7話 休む男
ずぶ濡れ状態で家に帰り着いた俺は、服を洗濯機に放り込むとさっそくシャワーを浴びることにした。
明日は日曜。せっかくの丸一日休日だというのに風邪などひきたくない。
ただ、俺の家には湯舟がなかったりする。湯は貴重だからだ。各家庭ごとに一日の使用量が厳格に決まっている。一級市民となって一人暮らしまでできるようになったが、風呂に浸かるというのはそう簡単ではないようだ。聞くところによると、結婚すれば別らしい。
三級市民である両親、そして姉の住む実家にも勿論ない。仕送りはしているものの一級市民でさえ住居を選べる範囲に制限があるのだ。三級では余程の事情がない限り取り合ってもくれない。実家では自分の部屋すらなかった。
今の俺の自宅は白保30の20101。
白保地区に建てられた第30棟目の最上階である20階、その101号室ということだ。
要するに集合住宅の一室なのだが、これはどんな人間でもそうだ。
今のご時世、一軒家などというものはない。この都市で人が住むスペースは限られているのだ。
しかも半分ほど地面の下に埋まっていた。
10階までは地下なのである。俺の部屋も厳密に言えば地上10階建ての高さでしかない。
どうしてか、というとひたすら高くしてしまうとエッグシェルシティの上壁、いわゆる天井に近くなりすぎてしまうからだ。居住スペースの制限が必要だからといって、高さだけを青天井とはいかないのである。
中央オフィスセンタービルだけが70階と話が別なのは、ドーム屋根の中心に近い位置にあるからだ。更にドーム屋根の天井を万一メンテする必要が出てきた際に都合が良いから、でもあるらしい。ついでに、中心に近いおかげで影を周囲に作りずらいという利点もある。
シャワーで身体を暖め終わった俺は、クローゼットを開いた。
中は少し広くなっていて、人一人が歩けるスペースが充分にある。ウォークインクローゼットってヤツだ。だが、ウチの間取りは本来1DKで、そんなものが存在できるスペースはない。
これは大破壊前に確立された技術、『圧縮空間』によるものである。
名の通り、空間を圧縮して、スペースを無理矢理拡張する技術だ。超便利に感じられるが、圧縮濃度によって時間の流れに影響が出るため、収納くらいにしか使えないらしい。
民間用はせいぜいが2倍までなので時間への影響もほとんどない。が、クローゼットの中で寝ては絶対にいけないと、子供の頃はよく叱られたものだった。
タオルと着替えを取り出してから扉を閉め、タオルで身体の水気をふき取ってから服を着る。
そして冷蔵庫から飲み物を一瓶取り出して飲む。
「ふう」
ようやく一息つけた。
俺はソファに座ると向かいのテーブルにある固定端末のスイッチを入れる。帰宅するとすぐにつけるのはテレビか固定端末かで2派にわかれるようだが、俺は固定端末派だ。
端末右下の時計を確認する。寝るにはまだ早い。それに明日は休日だ。寝るのも起きるのもゆっくりでいい。
固定端末派はだいたいが動画を観る。俺もいつもならそうだ。
しかし、今日はまとまった時間があるのでゲームを起動させる。
レトロゲームのフォルダ内にあるそれ、『イモータルバスターズ・トリプルX』のオープニングが流れてタイトル画面が表示された。
今のゲームは没入型がほとんどだ。
というのも、元々はスポーツを行えるような場所が極端に少ないために、市民の運動不足を多少でも解消できればと開発が政府より奨励された過去がある。
初期の初期など、強化調整体にリンクさせてマインナーズとして活動させようとも画策したらしい。当然、大失敗の大爆死だった。
どこの世界に好きな時間から始めることもできず、移動だけでリアルに数時間もかかるようなゲームをやり続けるような物好きがいるというのか。
クリア達成率はわずか1割にも満たず、結局は大赤字で計画は完全にとん挫したらしい。そもそも無報酬で働かせようとするなど、いくら当時が今よりもずっと余裕のない頃であったとしても虫が良過ぎる。困難に挑戦するにしても意欲が続くわけがない。
ともあれ、このような経緯もあってゲーム自体はそれほど高いものではなく、三級市民でも手が出ないほどじゃあない。
ただ、出来がイマイチだ。
市場規模が違うので、大破壊前のものよりボリュームが少ないし、挙動もよろしくない。単に最新技術が使われているというだけである。言わば、ガワが良いだけだ。それに手が出せないほどじゃあない、と言えども月に複数購入できるほど安価でもない。生活を切り詰める必要がある。
うちの両親、というか家族はゲームのためにそんなことを許してくれる人たちではなかった。まぁ、これはほとんどの家庭でも同じだったろう。
それで俺は、そんな多くの同じように時間を持て余している連中のコミュニティに加わり、レトロゲームの面白さを知ることになった。
前述の、今のゲームがイマイチだというのも、レトロゲームをやってから知ったことだ。
ただし、大戦前のものは数が多い。コミュニティに入らないとどんなゲームかわからず、何を選べばいいのかもわからない。特に著作権が切れたものが狙い目だ。電子図書館に行けばダウンロードし放題だからである。
そして、今俺がプレイしているのもそういったゲームの一つだ。
大破壊前の平和な頃に超流行った人気ゲームシリーズの、著作権切れの中では最終作である。
この作品シリーズは、中世ヨーロッパの世界観をもとに架空の異形を相手に戦う専門の退治屋が主人公だ。ただ、異形と説明にはあるが、敵のほとんど全てが西洋系のドラゴンである。
俺はここ最近この作品、このシリーズしかやっていない。
無論、面白いからで、そんなことは元々の超人気シリーズで関連作品まで含めると全部で50作品以上も発売した実績からすれば当たり前の話であるが、このシリーズには他とは一線を画すある特色、というかコンセプトがあった。
それが、一貫した現実感、すなわちリアリティの追求である。
もし現実にそんな生物が存在したら、どう動きどう脅威で、どう対処しどう戦うのかを追求した作品群なのだった。
なので、物理演算を使い、可能な限り敵の動きも現実に即したものにしたらしい。前述のドラゴン系も一部は炎を吐くものの、プレイヤーの心を折るためだけの突飛な行動や、いびつで無理矢理な形状変化、奇想天外なモーションはほとんど採用されていないようである。
ちなみに操作する主人公の側もいくつかの種類の武器を扱えるのだが、対峙する敵相応に巨大な武器は重さを感じさせつつ攻撃する感じであり、海外のプレイヤーからはもっさりなどと揶揄されることも多かったという。
更にリアリティを増すためか進化系統図やら生態系やら、モノによっては好物の食べ物まで設定されていたようだ。
要するに当時は完全な架空の生物であったそれらを、画面の中だけとはいえ息づく姿を顕現させてみせた作品群なのであった。
マインナーズに入る前からこのシリーズはプレイしているが、たかがゲームと侮るなかれ。あのドラゴンと戦ってほぼ無傷で倒せたのは、このゲームのおかげだった。なにしろ、あの時の戦闘中に繰り出された攻撃のすべてに既視感を抱くほどだったのである。
もっとえげつない攻撃、たとえば後方に跳びながら炎を吐いてくるぐらいはやってくるかと思っていたのだが……。とはいえ、予備動作のモーションでさえ見慣れた感があったのには、今思い出しても正直驚きであった。
ローディングが終わり、俺の端末と接続したモニターには、大剣を担いだキャラクターが表示される。
そんなワケで俺は、実益も兼ねた趣味の時間に没頭し始めるのだった。
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