第8話 登校する男




「ふぅわぁああああああああ……」


 内から強烈に溢れてくる衝動には逆らえず、自分の高校への道すがら盛大なあくびをかましてしまう。

 すると突然、かなり強い力で俺は背中を叩かれた。


「ぐは」


 意図せず声がもれた。


「なぁんだぁ、寝不足かよ!? 俺もだ!」


 同病相憐れむようなセリフを吐いておいて朝から超元気な声に振り向くと、そこには予想通りの人物がいた。


「おはよ、山貫やまぬき


「はよっ、眞栄城!」


 朝から威勢よく、声もでかいコイツは山貫晋也しんや

 つきあいの長さが仲の良さに直結するのであれば、最も仲の良い友人とも仮定できるだろう。なにしろ小学校高学年の頃からだ。

 実際、最も仲の良い友人の一人であることに間違いはない。俺と同じレトロゲームコミュニティに所属しており、それに互いが気づいてからは時間を見つけてはともに遊ぶ仲となっていた。ただし、好んでプレイするゲームは若干ジャンルが異なっている。


「お前も寝不足ってことは、またFPSか?」


「またって何だよォ? オメーこそいつものアレか!? 何だっけ、イモバスのトリプルエックスだっけかあ?」


 イモバスとはイモータルバスターの略である。


「ああ。まだ全クリしてないからな」


 一昨日は、あれから丸一日やってしまった。

 さすがに疲れて、というか腹が減ったのでやめてから外に飯を食いに出かけ、帰ってからシャワーを浴びてすぐ寝たもののやっぱり寝不足、といった有り様である。

 だというのに、未だメインコンテンツを消化できていない。このボリュームの多さもイモータルバスターシリーズの売りの一つだという。


「前に一緒にやった時も、完全クリアにまでかなり時間をくったからなァ。エターナルだったっけ?」


「そうそう」


 『イモータルバスター・エターナル』。数ある同シリーズの中でも最高傑作と評価される作品だ。ちなみにだが、まだギリギリ著作権が切れていないので無料ではなかった。とはいえ、現行のものと比べればかなり安かったが。


 山貫は射撃主体のFPSゲーム、俺は狩りゲーを中心としたアクションゲームと各々得意としていたり好みがわかれていたりするのだが、たまにその垣根を超えてともにプレイすることもある。ただし、狩りゲーには銃に似た射撃武器が用意されているため山貫は頼りになるが、俺はリアルでもゲームでも射撃は下手なので役に立ったかどうかは怪しいものだった。


「こっちはよ、オンラインで対人戦やってたら野々田のヤツが乱入してきてさ! つきあってたら元々から夜おそかったってぇのに朝になっちまったぜ!」


「へェ、戦績は?」


「あ~~、数までは憶えてねえけど、いつもと変わらねえよ。ま、9割方俺の勝ち!」


 得意げに言う山貫に対して、俺はそうだろうな、と思う。

 野々田というのは俺と山貫の共通の友人で、同じレトロゲームコミュニティにも参加している。

 野々田が最も好きなのは格闘ゲームなのだが、悲しいことに狩りゲーやFPS、果てはその好きな格闘ゲームでさえセンスとスキルで俺たち2人に及ばない。が、極度の負けず嫌いであり、対戦すると必ず長丁場になるというのが常だった。根性があると考えればそれは何事においてもアリなのかもしれないが、巻き込まれるとなると話が別である。


「災難だったな」


「戦績上がるからいいけどな! 野々田はあんなんでも上位10パーセントの最高ランカーには入ってるからな。ただ気がついたら、もう朝の準備しなきゃあいけねえ時間だったぜ!」


「あんなんって、おいおい……」


 俺は少し苦笑いをする。


「あ、そういやあよ、その用意をしながら動画を観てたんだけどさ、なんかおもしれーの見つけちまったぜ!」


「面白えの?」


 俺は今、あまり動画を観ない。

 前はよく、恐らく人並みには観ていたのだが、働くようになってからは全然だ。

 時間が足りないのだ。古兎野開発での勤務時間、学校や飯を食う時間に睡眠時間、ゲームする時間を含めるとこれでとにかくいっぱいいっぱいなのである。

 大破壊前に製作された映画なども、以前はアーカイブでよく観ていたりしていたのだが、今それをやると他の何かしらを犠牲にしなければならない。

 大抵は睡眠時間を削るハメになる。

 これをやりすぎるとすぐ体調を崩すことになるので、できる限り自嘲することにした。今では余程薦められるか、仕事に関連したモノのみに絞っている。


「どんなのなんだ?」


「少し前にマインナーズの情報が開示されただろう?」


「ああ」


 俺は肯いた。

 あれはちょっとした混乱だった。

 元々、マインナーズという組織、いいや、職業は一般に開示されていなかった。

 とは言っても、その存在自体が秘匿事項にまで該当されていたワケでもない。

 エネルギーの採取先を極力曖昧にして、積極的に市民に向けては吹聴していなかっただけなのである。

 あえて宣伝を行わなかった、というワケだ。これにはメディアも絡んでいたと聞く。

 というのも、マインナーズという職業はなりたいからと言ってなれるものではなかったからだった。

 アストラル体放出遠隔固定機には適合というものがあり、これに合致しないとそもそも壁の外での活動ができない。確率はわずか15パーセント前後。10人のうち2人適合者が出ればいい方、という確率なのだ。下手に大々的に宣伝した挙句に目指されてはかなわない。前提条件があるがゆえに、他の職業とは話が違うのだ。努力したとしても就けるものの範疇にない。

 また、一部では過度に英雄視されるのを防ぐための処置だったのではないかとも言われている。

 なので、それまでのマインナーズの面々は細々と活動し、都市の根底を支える役割を担っていたらしい。適合の検査も、義務教育終了の際の身体能力検査に紛れて行われていたようだ。余談だがこのCU第三シティは高校卒業の18までが義務教育期間である。

 これが変わったのが、約一年前の俺がマインナーズとしてスカウトを受けたあたりだった。

 アストラル体放出遠隔固定機の改善によって、適合確率は倍にまで伸びた。当然、マインナーズの総数も倍加すると思われ、これを機に適合検査も3年間前倒しで中学卒業の15歳としたらしい。ところが、実数の伸びは緩やかだった。

 原因は知名度の低さであった。一般市民にとってマインナーズは、噂で聞いたことはあっても都市伝説のような薄ボンヤリした集団であり、そんな正体不明とも言える組織への所属に二の足を踏む者が実際は数多かったからである。

 そこで都市政府とマインナーズは方針を転換。一気に知名度アップに乗り出した。

 まずはマスコミを巻き込んでマインナーズを実在の職業だと認知させ、次にネットの動画に普段の活動の様子をアップさせて仕事内容も具体的に明らかとした。

 普段の活動の様子、とはつまりモンスターとの戦闘の様子ということである。マインナーズのヘッドセットによっての録画された記録であった。

 実在した都市伝説の証拠、壁の外の世界の現在、そしてそこに住まう凶暴な生物モンスター。当時はしばらくこれらの話題で持ち切りになった。

 ただ、一年経った現在は小康状態となっていて、日々のトレンドに上がることももうない。

 俺がそう言うと、山貫は大げさに手と首を横に振ってみせた。


「それ関連の動画なんだけどよォ、すンげえんだよ!」


「どうすごいんだ? 再生数か?」


「そっちもな! まだアップされて一日経ってねえのに、もうかなりの桁にいってたぜ! けどよ、なにより内容が……」


 俺はその後の山貫の話を、どうにもマトモに聞いてられなかった。

 実は、俺は山貫に対しマインナーズの一員となったことを言っていない。それどころか、山貫だけでなく友人の誰一人にも自分の就職を伝えてはいなかった。

 理由はいくつかある。

 まず、入ったばかりの高校を変えたくなかった。

 就職前、俺は三級市民だったが、この都市では大多数が同様である。

 ただ、収入が大幅に違う以上、二級や一級市民専用の学校も当然にある。無論、最下級市民お断り、などと声高に謳っているワケでもない。単純に学費の桁が違うだけだ。

 もちろん就職の際に会社の人事担当からも転校を薦められた。

 で、経験者に実状を訊ねてみたのだが、それでやめた。聞いた先がリオさんで、初めて喋った時だった。

 リオさんの評が、以下である。


「私はあんまりおすすめしないなぁ。皆、親の傘を着て偉そうにしてたし、何でもお金で解決しようとするし」


 自由な校風の行き過ぎた結果がコレらしい。教師連中もほとんどがやる気を失っていて、法律に触れない限りは生徒たちの好きなようにさせているようである。

 更に、ほとんどの友人知り合い顔なじみと同じ高校に進学できたのも大きい。

 彼らとの別離を選んでまで、高い学費を支払おうとは思えなかった。

 と、なると話せない。

 山貫も良いヤツだが、喋り上手の話好きで、お調子者の一面もある。とてもじゃあないが、秘密を打ち明けて黙っていろが通る人間とは思えない。大体からして隠す意味がわからないだろう。山貫の側からすれば祝い事のたぐいかもしれないのだから。

 そもそも、どうやって切り出したらいいかもわからない。自慢話をあえて聴かせるようになるのも嫌だし、一般・・用の高校に通い続けたいというのを嫌味や上から目線と感じられるのもごめんだった。

 で、話せないまま一年が過ぎてしまった。

 このことには罪悪感がある。特に、今のように友人の方からマインナーズ関連のことを語ってくる時は。


「でよォ、迫力がすげーんだわ! テレビドラマとかアニメじゃあ味わえねえーモンがあったぜ!」


 今でもそういったものは定期的に制作されている。しかし、今では制作体制から予算、視聴者の規模まで縮小しているため、ショボい。

 一度でも大破壊前のものを観ると、もう戻れないと聞く。

 大体からして今のテレビは放送局が4つしかない。国営ならぬ都市営が1、民放3だ。


「やっぱ本物はいいよな! 眞栄城も観てみろよ!」


「あ、ああ、そうするよ」


 適当な生返事を繰り返し、山貫の話も申し訳なさからほとんど聞き流しつつ、俺は所属の学校である都市立冨崎ふさき高等学校への道を、いつもより長く感じながら進んだ。




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