第6話
部活が正式に決まって二週間。最近、変な噂をよく耳にする。
白狼には気をつけろ、と。それが何を意味するか分からなくて、今朝の担任の話でようやく分かった。
「──最近、よく噂になってるが、学生同士の喧嘩が問題になってる。というより、学生を狙った犯行かもしれないから、もし怪しい人物がいたらすぐに逃げるように。パーカーに白髪の人がいたらあんまり近寄らないようにな。まあ、なんにせよ巻き込まれないようにな」
そうして、ホームルームが終わった。
「白狼の白髪って白瀬のこと?」
「まさか。喧嘩するように見える?」
「流石にしないよね。お嬢様だし」
「うんうん。よくわかってる〜」
「…………」
この調子の良さ、腹が立つ。関係ないだろうって分かってたから、別にいいんだけど。
「おーい、奏!」
教室の外から白瀬のことを下の名前で呼ぶ男の声。
まさか、白瀬にそんな親しげに声を掛ける人がいたのか。
目を向けると、低身長で、ツンツン頭で、左耳には二つピアスをつけた男がいた。身長は160センチくらいだろうか。制服をまともに着ておらず、上着を肩にかけているヤンキースタイルだ。それがかっこいいと思っているのだろうか。正直……いや、やめておこう。
「ああ、彼はね、私のことが好きな男の子だよ」
「好き!?」
外で声を掛けるだけの彼だったが、私達が二人で何かを話していることを不思議に思ったのか、こっちへ歩いてきた。
「何話してるんだ?」
「いや、祐介が私のこと好きなんだよって紹介したの」
「はあ!? 好きじゃねえわ! お前冗談も大概にしろよ!」
凄い剣幕で怒るものだからどうやら冗談だったらしい。ちょっと信じかけてしまった。
「あはは、この子は西川祐介。幼馴染だよ」
「よろしくな。まあ奏の用心棒みたいなもんだから、アンタは?」
「私は浅見優香」
「ああ、そうか、アンタが。よろしくな。俺四組にいるからなんかあったら呼べよ、LIMEでも交換するか?」
「ねえ……早速ナンパ?」
「ちげーよ、じゃあいいよ。人のモンに手ぇ出したくもないしな」
人のモン……?
一組のこの噂はそこまで広まっているのか、最悪すぎる。
「ほんとにね。ていうか、何しに来たの?」
「そう、数学の教科書忘れたから借りに来たんだよ。頼むわ」
「はいはい」
白瀬は自分の席に戻って教科書を取りに行った。
「大変だな、浅見さんも」
「白瀬のこと本当に好きじゃないの?」
「好きじゃねえよ。中々間近で見てて好きになろうとは思わねえよ」
「はい、数学。」
「せんきゅ」
「人のこと好きにならないとか言ってると、貸さないからね」
「ひえ〜、こわこわ。またな浅見さん」
「うん、また」
「私は?」
「また返しにくるわ!」
少しため息をついた白瀬は困ったように笑った。
「もう来ないでほしいね」
「いい人そうなのに」
「そうだ、今日部活が休みになったから、優香ちゃん一緒に帰ろうか」
「そうなんだ、わかった」
何故か、白瀬とは部活がない日は一緒に帰ることになっている。気付いたらそうなっていたので、習慣とは怖いものだ。
朝の出来事なんて忘れていた放課後、白瀬との帰り道、立ちはだかるような他校の生徒に、なんだか嫌な予感がした。
朝、何と言っていたか。白髪の人、もしかして白瀬なのか?
「白瀬、喧嘩ってしたことある?」
「変な噂が私だと尾びれがついちゃったのかな。迷惑だなあ」
「警察呼ぼうよ、あの人なんかバット持ってるよ」
「……いいよ呼ばなくて。警察が来たところで、こいつらが白狼の正体が私じゃないと思ってくれるわけないし。勘違いでもないし」
「え、え?」
見といて、と床に置かれた鞄に、びっくりする。じゃあ、あの噂はほんとうだったって。
まさか、男子の、あの二、三人を一人で相手にするって? 冗談じゃない。
「ちょっと、危険じゃない?」
「私、武道色々習ってたし、どれも真剣に取り組んでたから、才能もあるんだよね。」
前を向いた白瀬は、挑発するように男達に声をかけた。
「何か用?」
「白狼ってお前のことだろ、仲間がお世話になったなァ」
「そんなダサい名前は嫌なんだけど」
「その女に手ェ出されたくなかったら、大人しく付いてこいよ」
「……手ぇ? 出させるわけないでしょ?」
その言葉を皮切りに、喧嘩が始まった。
強いんだよね、と言っていた白瀬の言葉は本当で、三体一なのに素早く薙ぎ倒していく。相手の勢いを利用して身体を投げ飛ばしたり、勢い良く顔面に回し蹴りを入れていた。
「う、わ……」
決着がついたのはすぐだった。倒れる三人に白瀬が足を上に置いて見下していた。
「白瀬って、もしかして喧嘩好き?」
「そんなんじゃないよ、やらないならやりたくない」
ならなんで……?
「優香ちゃん、見てほら。凄いでしょ?」
「凄い、凄いよ。けど、白瀬はそれでいいの?」
「いいって何が?」
「足とか、痛そうじゃん、ていうか好きじゃないんでしょ? こんなこと止めたほうがいいんじゃない?」
そう言うと白瀬は困ったように笑って語りだした。
「……私、最近この辺を見歩いて、パトロールじゃないけど、安心できる場所かなって調べてるんだよね」
「うん」
「それで、朝方かな。あっちの、商店街があった辺りの路地で、女の人が寝ていたの。大学生かな、分からないけど、平日の朝から寝てたから、多分そうだと思う」
「それが?」
「そこに、学生が来たの。西高のヤンキーが。それで、まあ、下世話の話をしていて、カチンときちゃって。つい、手が出てね。それが始まりかな」
「……」
肯定も否定も出来なかった。ただ少し、考える時間が欲しくて黙ってしまった。
「自業自得だけどね」
「その、何を言えばいいかわかんない、けど今の白瀬は絶対に間違ってる。」
「うん」
「そもそも、手を出しちゃ駄目だった。殴るとか、そういうのじゃなくて円満に解決することだって、白瀬にはできたはずでしょ、賢いんだから」
「そうだね、できたと思う。だから私が悪いね。ごめん、こんな結果になっちゃって」
「そう……悪いよ……」
こうもあっさり認められてしまうと、虚を突かれた気分になる。いや、彼女も分かってるんだ。だから今必要なのはこの言葉ではない。
「ええと、でも、悪いのは悪いんだけど、問題なのが、殴るとかそういう行為で白瀬の自分自身を傷つけてること」
「うん」
「だから、止めたほうがいいと思う」
「難しいことを言うね」
「さっきは、警察を呼んだほうがよかったよ、たとえ過去に殴っちゃって白瀬が全部の元凶だとしても、白瀬なら嘘ついてなんとかできたかもなのに」
「え、まさか、責任は相手に擦り付けるつもり?」
「だって、……っだって殴るとか、駄目だよ。そうやって何かを傷つける……というか、それは、恐ろしいことだから……やってほしくない、かな」
「……」
「私が見たくないのかも……。あーもう、とにかく駄目!」
段々何が言いたいのか分からなくなってきた。でも人を殴ることに抵抗がなかったり、というか、なんだか……
「なんか、殴る時の白瀬怖かったから……」
「当たり前じゃない?」
「そうだけど、殺気? が凄くて」
「だって優香ちゃんを守らないとじゃん?」
「……うん、まあそうかも? でも辛そうだったから、やるのは駄目。ていうか私が見たくないし、てかなんでお嬢様なのにその倫理観はないわけ?」
「ごめん。怖い、かそうだよね」
「なんか、白瀬が……辛そうだよ。」
そう、なんだか辛そうだった。人を傷つけている白瀬が、なんだか悲しい顔をしていたから。
そっと頬に手を添えると、白瀬は驚いて顔を逸らした。
「なんで避けるの……」
「は、反射的に」
「そんなに目を開いて避けるものじゃないでしょ」
「う、うん……いや、ごめんね」
そんな悲しそうな顔をされると、どうしても許してしまうではないか。
「いや、いいの。その、私も驚かせてごめんね」
なんにせよ、白狼の正体が白瀬だったとはっきりしてしまった。
「そうだ優香ちゃん。アイスでも奢るよ。コンビニ寄ろうか」
「ほんと? じゃあ一番高いやつがいい」
「がめついね。いいよ、何個でも買ってあげる」
「冗談だから……」
それにしても、喧嘩を売って他校の生徒を敵に回してしまって大丈夫なのだろうか。きっと、これからも不便があるはずだ。彼女はこれからどうしていくのだろうか。
「どうかした?」
「ううん、なんでも。バニラアイスがいいな」
「わかった」
私が考えていても仕方ないか。多分賢い白瀬はなんとかしてこの問題を解決するのだろう。そう思った。
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その恋、一方通行。 はにはや @haniwa_828
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