第5話
放課後になって、白瀬と共に部活を見に行く時間となった。
今日からこの一週間はどの部活も体験できる期間で、部活体験期間と呼ばれるみたいだ。先輩が部活動の説明をしてくれたり、実際に体を動かしたりするらしい。
「私は美術部に行きたいと思ってるけど、白瀬は?」
「私も美術部に行きたいかな」
なんか、はっきりとここまで嘘だと分かる人間も逆に珍しい気もする。
「本当に?」
「まあ、優香ちゃんとならどこでも」
ニコニコとそんなことを抜かすのだからつい小突きたくなった。
美術部につくと、先輩達が熱心に絵を描いていて、私達が入ってくると同時に部長らしき人が説明してくれた。メガネを掛け、一つ結びをした優しそうな先輩だ。
「うちは週三の活動で緩くやってるよ〜二人は絵を描くのが好きなの?」
「私はそうですね。こっちの子は付き添いで」
「えー、私も描くのは好きですよ。それに、優香ちゃんと一緒の部活に入りたいなって思ってて」
「確かに部活は友達と一緒のほうが楽しいからねえ。特に美術部とか絵しか描いてないから、仲いい人がいるといいかもね。二人は仲も良さそうだし、中学校からの友達なの?」
「良さそうですかね? 高校からです。」
「そう……残念なことに、高校からなんですよね……。仲は良いですよ。昨日もラインをずっとしていましたし、」
「え、それは一方的にやってきたでしょ」
そうして、しばらく会話を続けた。
部長さんは気さくな人で、仲良くなると他の部活のことも断片的に教えてくれた。野球部は顧問が怖いだとか、バレー部は女子の仲が悪いとか、数学はちゃんと予習復習するべきだとか。
ガラガラと音がして、他の一年生が来るとハッとした顔をして、部長さんは申し訳無さそうに謝罪した。
「ごめん、話しすぎちゃったね! もし美術部に入るならよろしくね〜」
「はい、ありがとうございました」
「また来ます!」
白瀬、来る気満々か。
ドアを閉めると同時に白瀬は語りだした。
「じゃあ私達の部活は美術部で決まりだね」
「いや、まだちゃんと見て回ろうよ。白瀬なんか付いてきたようなものじゃん」
「えー優香ちゃんと一緒で私は全然良いけど」
「はいはい。じゃあ何が好き? 運動? イメージ的には運動部なんだけど、適当に見に行こうか」
「ちょっとちょっと、そんな見に行かなくても私はいいって」
「ほら行くよ」
昇降口から外に出た私がまず向かったのはバドミントン部だった。
「あー今日外練でさ、金曜なら体育館でやるからその時来てくれたら良いんだけどなあ。コート今日ないし」
バドミントン部は全体で今日は基礎練らしい。部活動が多いのもあって、体育館が空いてない日は基礎練をするとのことだ。
「ありがとうございました、また金曜日に伺います」
「はーい、ありがとう」
次はどこに行こうか。正直どの部活がいいかもわからない。
「ねえ優香ちゃん、いいよ私も美術部で」
「水泳部も外で勧誘してるよ、ほら」
「泳ぎはいらないかなあ」
「剣道部にでも行く? カッコ良さそうだし」
「かっこいいかな、なら興味あるかも」
自意識過剰でなければ、このかっこいいは自分に向けられたいものなのだろうか。
武道場に行くと煩いほどの奇声が飛び交っていた。奇声と言うのは失礼だが、それほど活気があったのだ。
「え、剣道部の見学? 女子が? 珍しいね」
「わーほんとだ、可愛い〜」
男女それぞれの部長らしき人に声をかけられる。すると男子の部長さんがグイグイと声をかけてくる。
「なあ、二人はなんで剣道部に?」
「この子の入りたい部活を探してて回ってるんです」
「じゃあ君はもう入る部活は決まってるの?」
「はい、美術部に入ろうと思ってて」
「いいねえ〜美術部。そっちの君は?」
「私も美術部に入ろうと思ったんですけど、今もそう思ってて」
「え、なんでうち来たの?」
「ほら、彼女って美術部に収まる器ではなくないですか?」
「確かに〜」
「ねえ裕太、竹刀振ってもらおうよ」
「いいね。入る気無くても体験してみてよ」
部活動体験って感じだ。凄い。
女子の部長さんは行動が早くもう二本の竹刀を持ってきていた。
「ねえ、名前は何ていうの?」
「優香です」
「優香ちゃんね。えっとね、竹刀の持ち方わかる?」
「わ、わかんないです」
「じゃあ俺こっちの子か」
「あ、裕太さん。私剣道少しやってて……」
「まじ? 俺いらなくなった?」
「そっちの子はわかるみたいだね」
「ちょっと、白瀬わかるの?」
あはは、と笑われながら私だけが教えられる。
「手はこの形ね。それで、振り上げるときは、左手を中心にあげて、そうそうそう」
左手を中心に? そんなこと意識できない。竹刀って重いんだ、竹なのに。ぷるぷると腕が震える。振り下げると、私の力ではなく竹刀の重さで下がっていく。
一振りで剣道を身に沁みた私の隣で、ブォンという音が隣でなった。
「やべーほんとだ経験者だ。てか強そう白瀬さん」
「あ、ほんとだ私より上手いかも。いつからやってるの?」
「小学校の頃少しだけ。中学に入って少しして辞めちゃいましたけど」
「えー勿体ねえ、剣道部入りなよ」
「そうだよ。実は女子部員足りてなくて」
「ありがとうございます。考えておきます」
白瀬って意外と凄いんだ。やっぱり運動もできるみたいだし。
「どう、優香ちゃん」
「え、良いんじゃない?」
「そうだね。じゃあそろそろ行こうか」
「え、まじ。もう行くの? 考えといてね〜」
「そうそう。また来てね〜」
ありがとうございました、と返事をして武道場からでた。
部長二人の声かけが申し訳なくなる。でも、白瀬は納得いってなさそうな顔だ。
「剣道嫌だった?」
「え、全然?」
「全然? なんで昔辞めたの?」
「んー、剣がないと人を倒せないのって弱いかなって」
魔王でも倒そうとしているのか?
「そんな顔しないでよ……」
「白瀬って武闘派なの? 習い事忙しいとか? だから美術部?」
「え、全然そんなんじゃないよ。優香ちゃんが剣道部なら剣道部入ってたよ」
「ええ……」
「私の剣道かっこよかった?」
「そんなに見てないし、まあかっこいいんじゃない?」
「つまりそういうことだよね」
どういうことだよ。
「剣道って面被っちゃって私の顔とか見られないし、格好良さ半減しちゃうと思わない?」
「…………」
「ね?」
「モテたいの?」
「そういうわけじゃないんだけど、臭くなるしやっぱ優香ちゃんからの印象も半減かな〜って」
「不誠実……」
やっぱ頭のネジが一つ二つ軽くなくなってるんじゃないか。
「次はじゃあバスケ部にでも行く?」
「バスケ部?」
「ほら、そのコートでやってるし」
武道場の近くには外用のコートがあって、そこでバスケ部が活動していた。
「ほんとだ」
「ほら行こ」
「えーもういいよ、優香ちゃん」
「すみません、バスケ部の体験したいんですけど」
こういうときってなんだかすっと声が出てしまう。
「おお、いいよ。経験者?」
その言葉で白瀬を見てみると首を振っていた。
「へえ、初心者さんなんだ。どう? シュートでも打ってみる?」
「あ、ええと、私は……こっちの子だけで……」
「いいじゃんいいじゃん。ついでにやってこうよ」
ついボールを持たされてしまった。バスケは体育の時間でやったくらいであんまり上手くない。元々運動神経も良くなったから。
そこそこの距離からシュートを打つと、姿勢から正されていく。もうちょっと肘を伸ばしてーとか、身体を触られてコツを教えられる。
「優香ちゃん、見てて」
「え?」
スッと軽く飛んでシュートを打った白瀬。ボールはきれいにゴールに入った。
「おお、上手だね」
「すごい、白瀬」
「そうかな」
「スリーポイントからも打ってみる?」
そう言われた白瀬はもう少し距離をとってからまたシュートした。ボールは綺麗に放物線上になって飛んでいき、すっぽりゴールに入る。
「すご、白瀬すごいね」
「本当に凄いよ。経験者じゃないんでしょ?」
「はい。でもバスケは楽しくて授業前とか練習したりしてました」
「あ、」
そう言って笑う白瀬の顔が、とても嬉しそうだった。
結局それから私は見ているだけで、白瀬は経験者と一緒に少人数でバスケをしていた。部活も入ってなかったのに持ち前の運動神経だけでなんとか食らいついていたから凄いものだ。
「あつい〜、こんなに運動するなんて思わなくて制服が汗で張り付いてるよ」
「バスケ部に入るの?」
「いや、入らないよ。経験者も多くて私には向いてなさそうだったから」
「は?!」
その発言にはびっくりだ。
「バスケ、したいくせに」
「いや、そんなことないよ。優香ちゃんと一緒の部活のほうが入りたいかな」
「何言ってるの、馬鹿じゃない?」
「馬鹿って……」
「バスケやらせてもらってる間、輝いた顔してたよ」
「運動は嫌いじゃないからかな」
「…………」
「なに? 無言で見つめないでよ照れちゃうな」
「バスケ部ね。絶対バスケ部入って。入ってくれないと絶交する」
きっぱりそう言うと慌てたような顔をする。
「あ、その、私、優香ちゃんと一緒に帰れなくなっちゃうから」
「いいでしょ、私はいいんだけど」
「私が良くないよ!」
「そんな……!」
「私のせいで白瀬がやりたいことできないとか、嫌なんだけど。人の人生の足引っ張りたくない」
「……そう、」
「そんな顔しないでよ」
「じゃあ美術部がある日だけは早く終わって帰ろうかな」
「そういうところが嫌なんだけど……」
ニコニコとそんなことを言い出す白瀬には呆れてしまう。その願いはしっかりと断っておいた。
そうしてバスケ部に入った白瀬。なんやかんや充実な日々を過ごすことになりそうだ。
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