第2話 事件概要(後編)

空がやや白み始める頃、車は灰ヶ峰の麓へと到着した。少年Aは山の中腹辺りで高橋那海さんを殺害し、遺棄しようと考えていたがここで想定外のことが起こった。対向車線からやってきた一台の車が山頂へと向かう道に入っていったのだ。少年Bは「これでは犯行を目撃されてしまうのではないか?」と言い、‎車を路肩に停車させた。夜明けまでは後数分、少年たちには時間が無かった。

「仕方ない、ここで殺そう」

少年Aはそう言うと少年BとCに高橋那海さんの両手足を抑えるように命じ、彼女の首に手をかけた。

「やめてください、助けてください」

高橋那海さんは最後の力を振り絞ってそう懇願したが、少年Aはそれを無視し両手に力をこめた。被害女性はしばらく手足をばたつかせようと抵抗していたが、徐々に体の力が抜けていき、数分後には完全に動かなくなった。

「脈をはかれ」

少年Aの言葉に、両手を押さえていた少年Bが彼女の脈を測った。

「大丈夫、死んでる」

その言葉に車内の緊張感が一瞬緩んだ。少年らは車のドアを開けると、高橋那海さんの遺体を車から引きずり出して地面に置いた。数メートル先にガードレールの途切れている場所を見つけ、そこまで遺体を引きずって移動した後、木々に覆われた崖下へと遺体を投げ捨てた。

犯行を終えた少年たちは車に戻り、無言のまましばらく車を走らせた。そのうちやってしまった事の重大さにようやく気がついたのか、少女Eが泣き出した。それにつられて少女Dも泣き出し、車内はどんよりとしたムードになる。少年Aは「このまま解散したら2人が自首するかもしれない」と感じ、2人が落ち着くまで車を走らせ続けるよう少年Bに命じた。

そうして数時間が経過し、少女2人が落ち着いた頃に少年たちは再びガールズバーへと戻った。店内に入った少年たちは、今後について議論を重ねた。先ず、個人間のLINE等の履歴を全て削除することに決め、実行した。そして予め盗んでいた高橋那海さんのスマホを破壊し海に遺棄する事を決めた。少年AとBには予定があった為、スマホを遺棄するのは少年Cが請け負う事となった。それからしばらくはひったくり等の犯罪は控え、それぞれ連絡を取ったり会ったりしないように決めた。少女DとEは同じガールズバーでバイトをしているので会わないようにするのは無理だったが、次の給料日後に少女Eがバイトを辞める事を決めた。

「もし誰かが裏切って警察に自首した時は、そいつの家族を殺す」

最後に少年Aはそう脅しをかけ、全員で「絶対に裏切らない」と契りを交わしてからそれぞれ帰途についた。

少年たちが解散した頃、高橋那海さんの両親は昨晩から家に帰ってこず連絡もつかない事を心配し、警察に捜索願いを出していた。これを受け広島県警察呉署は捜査を開始し、高橋那海さんの交友関係を中心に調べを進めた。

事件から2日後、高橋那海さんの友人から「彼女が少女Dからカラオケ店に呼び出しを受けていた」との証言を聞き出すことに成功した。すぐさま警察はカラオケ店に向かい、防犯カメラの映像を入手した。そして防犯カメラの映像から高橋那海さんが少女D、Eと少年Aに連れ出された事を突き止めた。この映像が決め手となり、翌日に少女D、Eから聞き取りを開始。少女Dは「あの後すぐに解散した」と嘘の供述を続けていたが、少女Eが犯行を認めた為、彼女の供述を元にガールズバーや灰ヶ峰の麓での捜査が行われた。

ガールズバーの店内からは高橋那海さんの血液反応が、そして事件から3日後に灰ヶ峰の麓の崖下から一部腐乱した高橋那海さんの遺体が発見された。これを受け呉署は本件を殺人事件として捜査する事に決め、事件に関与した疑いで少年Aに逮捕状を出した。また、少女Eの証言から少年B、Cの存在も浮かび上がってきた為、彼らにも逮捕状を出し、その日のうちに2人を殺人及び遺体遺棄の疑いで逮捕した。

少年Aは県外へと逃亡をしていたが、逃亡先でひったくり事件を起こし、それがきっかけとなり逮捕された。こうして犯行に関わった全員が逮捕され、本格的な聴取が始まった。

当初少女E以外は犯行を否認していたが、警察の粘り強い聴取により1人、また1人と犯行を認め約1ヶ月後の9月18日に最後まで犯行を否認していた少年Aも犯行を認めた。

その後少年たちは裁判員裁判に掛けられ、その犯行の残忍さから、主犯格の少年Aには懲役10年、その他のメンバーにはそれぞれ5年から10年の刑がかされた。少年たちは最後まで被害女性やその家族への謝罪をせず、遺族は刑の軽さに憤慨し、法廷で涙を流した。

これが高橋那海さん殺害事件の全貌であり、この物語の序章である。あれから10年の月日が流れ、少年A以外の者は全員釈放され、主犯格の少年Aの刑期もあと数ヶ月で終わろうとしていた。

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