第169話 黒騎士の黒魔剣

 木々に遮られれていた朝日が漸く森の中に届く頃、クロムはウルスマリテらが居る場所へ戻って来た。

 既に空墜亜竜ランド・ワイバーンには騎士が用意した冷却魔法が込められた魔道具と素材の鮮度維持を目的とする保存薬が使用され、可能な限りの対策が施されている。


 既に素材の取り分は決められており、ウルスマリテ以下、クロムの要望を最大限叶える形で分配が行われていた。

 クロムの取り分は、空墜亜竜の頭部と今回予期せぬ形で入手した謎の大剣である。


 ただし大剣に関しては、クロムがその正体を調べ、結論を出した段階でオランテに報告するという前提条件になっている。


 また頭部に含まれる、亜竜の牙に関しては総数の半分を騎士団とトリアヴェスパに譲る事をクロムが提案していた。

 ただトリアヴェスパが“活躍していない”という理由で受け取りに難を示したものの、クロムの意見に完全に押し切られる形となっている。


 ― ねぇねぇお兄ぃさん、だいじょぶ? ―


「何の話だ」


 ポッドに回収されているレゾムの声が届く。


 ― んー...何かお兄ぃさんから伝わって来る気持ち?が良く解んないんだけど...ごめんね。なんか聞いてみたかったんだぁ ―


「...気にするな」


 クロムは軽く握った拳でポッドを小突こうとするも、その手をゆっくりと戻す。

 そして代わりに通気口から人差し指を差し込み、レゾムに魔力を喰わせる。


 ― あむあむ...やっぱお兄ぃさんの魔力の方が断然おいちぃねぇ。あの剣の魔力はあんまり美味しくない ―


「待て。お前はあの剣の魔力に触れて喰らった筈だが、何も問題無かったのか?」


 報告等を聞かないまま秘密裏にそのままレゾムをポッドに戻していた事もあり、クロムは今更だが彼女に疑問をぶつけた。


 ― んん?全然何ともないよぉ。何か変な魔力がお腹でうずうずしてたけど平気だねぇ ―


 レゾムは肉体構造自体が既に通常の人間や魔物を含めた生命体とは全く違う物であり、仮に名付けるのであれば“魔力生命体”と言える“物体”に近い存在となっている。


 一般的な脊髄や脳という物はレゾムには存在せず、精神体と呼ばれる意思の集合体が身体を支配していた。

 そして精神構造が通常の生命体と根本的に異なる事もあり、洗脳やその他、感覚や意識を標的とする精神攻撃は全く受け付けない。


 群が個を成し、それぞれの個の共通意思が群を動かす。


 クロムと話しているレゾムという意識は、その群の中に存在する“中枢精神体アルファ・スピリット”が統括し、1つの存在を維持していた。


「そうか。では後でお前にやって貰いたい事がある。先程の戦いでお前は一定以上の戦果を残した。良くやった。少し待っていろ。外に出してやる」


 ― ほぇ?いいのぉ?...うへへぇ...ほーめられたぁ!お兄ぃさんにほーめられたぁ! ―


 外に出る事よりもクロムの言葉に喜ぶレゾム。

 しかしここでクロムの注文が入る。


「後、俺を“お兄ぃさん”と呼ぶのはやめろ。何か別の呼び名を考えておけ」


 ― んー...わかったぁ!それじゃお兄ぃさんは次からボスって呼ぶね! ―


「...まぁいいだろう」


 考える間もなく答えを見つけたレゾムの喜びが魔力連鎖でクロムに伝播する。

 これで多少の褒美になっているのであれば安い物だと、クロムは敢えてレゾムの決定に異議を挟まなかった。


 ― ボスぅ! ―


「何だ」


 ― 呼んだだけだよぉ!何だか嬉しくってぇ...ぷぎゃ! ―


 今度は無言の拳がポッドを手加減無しに小突いた。






「クロム殿、戻られたか」


 クロムの気配を察知し、簡易天幕からウルスマリテが完全武装で外に出て来た。


「ああ。周辺に目立った反応や動きは無い。逆に静かすぎるくらいだ」


「まぁクロム殿の魔力の気配だと、その辺りの魔物であればまず逃亡一択だろうな」


 ウルスマリテが肩を大袈裟に竦めながら微笑む。

 そしてそこに伝令の報告を受け取ったレオントが歩み寄って来た。


「後2時間程で回収部隊がこちらに到着する様だ。積み込み準備はこちらで行なっておく。頭の方は本当に積み込まずこのままで構わないのか?一先ず保存は効いている筈だ」


「ああ。それで問題無い」


 必要以上に情報を渡さないクロムに慣れているレオントは、様々な疑問を胸の内に秘めつつも素直にその言葉を受け取る。


「では予定通り、亜竜の身体を積み込んだ後、直ちにこの場を離脱する。クロム殿は事前の打ち合わせ通り、周辺を改めて調査した上でサルトゥス・バリエに帰還と言いう事でよろしいか?」


ウルスマリテが現場の作業進捗を目で追いながらクロムに問う。


「それで構わない。1日もかからずに合流出来るだろう。こちらからの報告は帰還後に行う」


 既にオルヒューメに対しクロムは亜竜の頭部の回収を命令し、ゼロツがこちらに派遣される予定だった。

 流石に今のゼロツを視界に入れる訳にもいかず、意図的に時間をずらす必要があった。


 現状、ゼロツやゼロスリーを始めとするクロムの部下を何処までの範囲で明らかにするかは検討中である。

 今後の行動や連携を考えると、ゴライアやテオドだけで済む話では無く、オランテやウルスマリテらもその候補に入っていた。


 トリアヴェスパは論外であるが、現在のクロムの計画において自由騎士リーベルターのベリスとウィオラの現段階での実力と展望次第では、動かしやすい駒として手中に収める事も視野に入れている。

 元々特殊な事情で結成された寄せ集めに近い騎士団の騎士だった為、その素性は殆ど外部に認知されていないという利点もある。


 残りは現状、進捗関係の報告は無いものの、マガタマと接触しているティルトをどうするかの検討も行っていた。

 いずれにしても、現在進行中のコア兵器製造計画レッド・スフィアの重要人物である為、護衛も兼ねて早い段階でが必要であった。


「そうだクロム殿、1つお願いと言う形になるのだが、まずは内容を聞いてくれまいか?」


「何だ」


 ウルスマリテが僅かに緊張した面持ちでクロムに願い出る。


「その剣の事だが、砦に帰還時は厳重な封印措置を施した上で、我々の管理下にて一時的に預けて貰う必要がある。剣はクロム殿以外の接触を禁止し、魔道具にて最大限の警戒を行う」


「了解した。ただこれの解決方法は既に考えてある。もしその方法が無効だった場合は預けるのもやむを得ないだろう」


 ウルスマリテはクロムの素直な回答に驚く。

 クロムが背負っている大剣からは、今も奇妙な魔力が放たれており、あの騒動以降に比べては勢いが無いものの、警戒心は緩める訳にはいかなかった。


 実際の所、精神に影響を及ぼす剣に関しては、砦の中に入れる事だけでもかなりのリスクを孕んでいる。

 この剣が原因で最悪の場合、操られた騎士の手によってオランテが殺害されるという事も想定していた。


「クロム殿の考えている対策が無理だった場合は、すまないが騎士団の立場として苦渋の決断を迫られる事になる。敵意や害意は無いと言う事だけは理解願いたい」


「構わん。もし害意があると判断すれば、お前達の立場等とは関係無く俺は動く。それだけだ」


「了解した。苦労をかけてすまないクロム殿」


 ウルスマリテが頭を下げる。

 クロムはそれに対し何ら興味を示す事無く、ただ周囲の出立準備に追われる騎士達の喧騒だけが3人の間を通り抜けていった。


 そこに現場で陣頭指揮を執っていた騎士が、後続との合流と移動準備が完了したと伝えて来る。


「ではクロム殿、私達はしばし離れる。後ほどまた」


 ウルスマリテが再度騎士礼を取り、レオントもそれに続く。

 そして背を向ける彼女の背中に、クロムの声が届いた。


「ウルスマリテ。向こうで時間と機会が出来れば、一度お前の本気を見せろ。見極める」


 その言葉を聞いたウルスマリテは満面の笑みで振り返った。

 ただしその眼は爛々と輝き、全身からは制御しきれない歓びの気迫と闘気が僅かに漏れ出ている。


「はは...楽しみだ...その時は宜しく頼むぞ!クロム殿!」


 歓喜の声を上げ、再び背を向け離れていくウルスマリテ。

 その隣では、既にレオントが彼らの模擬戦を行う場所の選定を始めている。


 ― 最も被害の少ない場所は何処になる...閣下の心労を可能な限り抑える方法は...目立つわけにもいかんぞ... ―


「レオント、何をブツブツ言っているのだ。ここはまだ戦場だ。集中を切らしてはならんぞ」


 腕を組み、やれやれと言った口調のウルスマリテ。

 苦労人気質が主から感染しつつあるレオントの思考の中に、雑念として明確な怒りが混ざった。






 亜竜と戦闘場所になった荒れた空間内は、更に後続の人員が到着した事により更に喧騒が増す。

 頭を落とされ、胴に無数の傷を負っている空墜亜竜の骸を前に殆どの者が唖然としていた。


 近衛騎士であっても亜竜の実物を見た者は少なく、目撃して生き残るという前提条件を考えるとそれは当然でもあった。


 ウルスマリテとレオントの指揮の中、滑車を利用した大型装置で亜竜の胴体を巨大な馬車に積み込む騎士達。

 騎士達は先遣隊の者達から戦闘のあらましを聞かずとも、この亜竜を狩った者が黒騎士クロムだと言う事を直感している。


 亜竜の頭部の前で立っている黒騎士。

 怪我をした様子も無く、ただ通りすがりの雑務をこなした様な雰囲気を纏っていた。


 黒騎士の放つ圧倒的な強者の気配、そしてその場の者達に問答無用で植え付けられる恐怖。


「積み荷の固縛確認完了!魔力遮断布取付完了!周辺に敵影無し!騎士団長殿、出発準備完了しました!」


 騎士の中でも声が若い者が、若干上ずった声で報告する。


「よし!黒騎士クロムと冒険者が見事討ち取った空墜亜竜ランド・ワイバーンは我々が責任を持ってサルトゥス・バリエに持ち帰る!皆、身を引き締めろ!この積み荷を傷付ける事まかりならん!出立する!」


「「「「はっ!」」」」


 馬上のウルスマリテの気迫の乗った号令が響き渡ると、数台の馬車で構成された騎士隊が動き始めた。

 既に挨拶を済ませているウルスマリテとレオントが顔をクロムに向けると、軽い礼を示す。


 クロムは無言で目線を合わせるのみ。

 そして完全には体力を回復していないトリアヴェスパの3人が乗った馬車が通り過ぎていく。


 ロコは苦笑いでクロムに手を上げ、ペーパルは小さく頷いて砦での再会を期待する目線を向ける。

 そしてフィラは隠しきれない後悔と悲しみ表情を浮かべたままクロムと瞬間的に目線を合わし、下を向いた。


 クロム自体は今回の件でトリアヴェスパの評価自体を多少変えてはいるが、修正した新たな計画の為に彼らの利用方針を転換したのみ。

 総合的なもので見れば、クロムが不利益を被ったという判断を下したわけでは無く、ただ3人それぞれの評価に変動があったのみ。


 ただそれがトリアヴェスパにとって、特にフィラにとって自体が好転したと言い切る事も出来なかった。

 クロムの評価を下げたといういう事実が消え去る事は無く、下がった評価を別のメンバーが補填した形である。


 これから先、待ち受ける事態をどう見るかは彼ら次第であった。






「オルヒューメ。素材の回収を急がせろ」


 1人と1体が残された戦闘跡地で、亜竜の頭部の横に立つクロム。



 ― 了解しました。現在ゼロツがそちらに急行中 後20分程でそちらに合流予定です ―



「持ち帰った素材はそちらの判断で使って構わん。特に可燃性物質の研究次第では追加で狩りを行う必要があるかも知れん。検討しておけ」



 ― 了解しました 1つお願いしたい提案があります ―



「前置きは必要無い。話せ」



 ― 現在複数の実験及び計画が進行中です それらを補佐しているゼロスリーですが知性を発揮する分野において非常に有用な成長を確認しております そこで火急の事情が無い限りは私専属の部下として配置して頂きたく ―



 現状、クロムは長らくゼロツとゼロスリーに相対しておらず、魔力連鎖で日々成長を遂げている魔力の雰囲気を感じ取っているのみ。

 性格や種族体質、成長の方向性がそれぞれ異なる事は多少なりとも把握していた。



「問題無い。許可する。必要であれば俺の命令として使えばよい」



 ― 了解しました 感謝しますクロム ではそのように ―



「通信終了」


 オルヒューメとの通信を切り、クロムは漸く自身の考えていた検証を行う。


 レゾムの入ったポッドを地面に置き、その蓋を開けるとレゾムの一部が伸びをするように外へと這い出て来た。


 ― うむぅー!ボスぅ何するの? ―


 レゾムの問いに対し、クロムは例の大剣の剣先を静かに彼女に向ける。


 両刃剃刀の替え刃ような形状であり、スリットが刀身の中央に施された大剣。

 柄元から切っ先に掛けて刀身に不自然な返しが数か所施されていたりと、あまり実用性を考慮しているとは言い難い形状である。


 柄周りは実直かつ耐久性を重視した飾り気のないものであるが、刀身の特殊過ぎるその形状と柄の組み合わせが、逆にこの大剣の纏う不気味な雰囲気を助長していた。

 そしてその形状から想定される以上の耐久性を保持している事から、素材に関しても謎が残っている。


 魔力が込められている魔石も存在せず、剣の全体から魔力が滲み出る謎の大剣。


「レゾム。この剣に取り付いて全体を覆ってみろ」


 ― ほーい。んしょんしょ... ―


 金髪メイドの頭部を液体と化し、這いずる様に剣先から覆い始める。

 そして瞬く間に大剣が柄を握るクロムの手を含めて、タール状の黒い液体に包まれた。


「ふむ。やはり魔力はこれで完全に遮断されるようだな。何かお前自身に異常はあるか?魔力はどうなっている」


 ― ぜぇんぜん無いよぉ 魔力は食べちゃってるけど、元に戻す事も出来るよぉ。でもこればっかやってると魔力なくなるかも? ―


 レゾムが大剣の魔力を喰い、逆に戻す還元サイクルにおいて、どうしても彼女自身の肉体維持の為の避けられない魔力の損失が発生しており、外部からの魔力供給が無ければいずれ枯渇してしまう。


 クロムはそのままの状態で魔力を放出しながら、大剣を片手で持ち上げ、レゾムの反応を見ながらその場で素振りを繰り返す。


 ― きゃはは!ぶんぶんぶん! ―


 ご満悦のレゾムの声を無視しながら、更に剣の振る速度を上げ、回転斬りや斬り上げ、様々な剣技の動作を繰り返した。

 生き物の様にヌラリを光る黒い大剣が宙を斬り裂く。


 構造上、レゾムが目を回すという事は無いとクロムは想定している。

 クロムの剣撃の速度でも遠心力で引き剥がされず、黒い飛沫を飛ばす事も無い。

 また取り付いた状態での形状をある程度は保持出来る事が確認された。


「お前はこれからこの剣に取り付く形で俺に装備される事になる。問題無いな」


 クロムはレゾムにそう告げると、そのまま地面に剣を突き刺す。


 ― 嬉しいな嬉しいなぁ!ボスとお外ぉ!ピタッとくっついてごはんごはん! ―


 レゾムの喜びの声と共に、剣の黒い表面が何回か大きく蠢いた。

 すると大剣に対して、より正確に自身の形状を合わせる様に黒い液体が移動を開始しする。


 そしてその動きが落ち着きを取り戻すと、刀身の根元や鍔に散らばる様にレゾムの眼やギザ歯の並ぶ口がゴポリという生々しい音と共に出現する。

 そして握りの部分にはレゾムの特徴的な手入れされた金髪が折り重なり、編み込まれ美しい文様で柄巻を形成していた。


 ― ごめんねぇ。おめめとか、お口はどうしてもお外に出ちゃうの...これが無いと本来の自分を忘れてしまいそうになるのね...ボスぅごめんねぇ... ―


 感情と口調を急降下させるレゾム。

 地面に突き立つ黒い大剣が、ふるふると哀し気な気配を放つ。


「十分だ、良くやった。必要に応じて隠す必要はあるが大丈夫だろう。ただし静かにしていろと俺が言えば必ず命令に従え、わかったな」


 ― あいあい!りょーかい!ちゃんと隠せるから問題ないよぉ!くふふ、またほめられちったぁ ―


 今度は地面に突き刺された大剣から、花の咲きそうな程の素直な歓びの感情が溢れ出す。


「色々と教育が必要ではあるが...今は良いだろう」


 クロムは剣を地面から抜き、後ろ手で背中に刀身部分を触れさせる。

 レゾムが表面を蠢かせてクロムの身体に密着し、問題無く装着された。


 軽く身体を動かすクロム。

 背腕アルキオナとの干渉等も考えながら、装着位置を微調整する。


「これで動きも問題無いな。では現状はこの状態で過ごす事になる。戦闘になればその都度命令を出す。指示に従え」


 ― りょーかい! ―


 刀身の根元に現れた大きな眼が忙しなく動き、鍔元の口がニヤリと笑った。


 “生体融合魔剣レゾム”の実戦投入試験がこれより開始される。

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