第10話 ホムンクルスの居場所
「イオナイオナ、何か私のことわかった?」
ノアに訊ねられたイオナは言葉を詰まらせてしまった。
様々な情報が重なり合った結果、ノアの正体がホムンクルスであることはもはや確実である。
だがそれをどう説明すればいいのか、イオナの語彙力では難しかった。
「えっと、その……」
「簡潔に伝えるわ。貴方は人型のホムンクルス、人間じゃないの」
イオナに代わってロマリーが結論を伝えた。
ノアはそれに対して衝撃を受けたりするような様子は見せなかった。
「それだと何か悪いことがあるの?」
ノアは首を傾げながら純粋な疑問をロマリーに投げかけた。
人間とホムンクルスの違いがわからない彼女には自分がホムンクルスであることでどんな影響があるのかが想像できなかったのである。
「それは……」
ロマリーもまた答えに行き詰ってしまった。
人間とホムンクルスが決定的に違う存在であるというのは疑いようのない事実である。
だがそれが人間にとってどう影響を及ぼすのか、それはまったくの未知であった。
「んー……ロマっち的にはホムンクルスって危ないカンジ?」
ノアがホムンクルスであったとして、それのどこに問題があるのかわからないイオナはロマリーに見解を求めた。
「断言はできないけど、ホムンクルスは人間にはない力を持ってるのは確かね。それに、この子はミルが強い力を持たせたってわざわざ記録に残しているぐらいよ」
ロマリーはノアの存在を危険視していた。
彼女は製作者のミルが明確に『何かと戦う』ことを目的として作り上げたホムンクルスということもあり、少しでもその一端が見えればどんな危害を及ぼすか計り知れない。
「私には力があるの?」
「なんかあるっぽいよ。うらやましー」
会話を横から聞いていたノアがイオナに尋ねるとイオナは小声で耳打ちした。
驚異的な力を秘めていたといても、それは今の自分たちには関係のないことである。
決して楽観視しているわけではない。
ただ今警戒することではないというだけのことであった。
「貴方はホムンクルスを知らないからそんな……」
「ノアちゃんはそんなことする子じゃないし、大丈夫っしょ」
ロマリーは小言を挟むがイオナは堂々と反論する。
指摘通り、イオナはホムンクルスのことを何一つとして知らない。
しかし、彼女の中でそう判断できる材料は存在していた。
「確かにウチはホムンクルスのことなんてこれっぽっちも知らないよ。なんならさっき初めて知ったぐらいだし。でもウチはノアちゃんのことはロマっちより知ってる。逆にロマっちはノアちゃんのこと何か知ってる?」
「う……」
ロマリーは何も言い返せなかった。
イオナの言っていることもまた事実だからである。
ほんの一日ばかりとはいえ、間近でノアのことを見てきた彼女と比べればロマリーはノアのことを何も知らなかった。
「それにさ、いくらウチらと違うホムンクルスだからって独りぼっちにさせちゃ可哀そうじゃん。それにこの子一人じゃ流石に生きてくのは無理だし、だからウチらが守ってあげるべきっしょ」
イオナの言い分は人道的な面で真っ当なものであった。
いくらノアがホムンクルスであるといえど見た目や仕草は完全に人間の見た目のそれである。
その子供を突き放して一人にさせるのはあまりにも可哀そうであった。
「ウチが責任もってこの子の面倒見るから。ロマっちもそれでいいっしょ」
「もうそれでいいわ。ただし、もしその子が問題を起こしたときは……覚悟をしておくことね」
ロマリーはイオナがノアの保護者になることを認めると共に忠告とも取れる言葉を残した。
もし万が一ノアが人間に危害を加えるようなことがあれば、その時はロマリーが自ら引導を渡すつもりであった。
その意図を汲み取り、イオナは静かに首を縦に振った。
「ノアちゃん。明日からずっとウチにいていいって言ったら?」
「嬉しい。私もイオナと一緒がいい」
イオナのいつかの問いに対してノアは変わらぬ答えを返した。
ほんのわずかなひと時ではあるが、その間にイオナは信用に値する人物であると判断されたのである。
「本人もそう言ってるワケだし、問題はないっしょ」
「まあ、貴方がそうしたいって言うならこれ以上は何も言わないわ」
イオナからの押しにロマリーは観念したように言い放った。
人間とホムンクルスを分け隔てなく扱うイオナだからこそできる発言であり、それを咎めることなどできなかった。
「とゆーわけで、ノアちゃんは今日からウチの子ってことで」
「イオナが私のお母さん?」
「ちょい違うけど、まーそんなカンジ」
ほんのわずかな殺伐としたやり取りの末、イオナはずっと自分がノアの保護者を務めることを決めた。
親と呼べる存在がおらず、他に居場所のないノアのことを思えばこれが彼女の取れる最善の選択であった。
こうしてノアは居場所を獲得し、イオナはその保護者となったのであった。
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