第9話 ウィゼルの遺跡

 ノアを連れ、イオナはウィゼルにある遺跡へと向かっていた。

 ロマリーも彼女の後を追いかけて同行する。


 遺跡があるのは町の外れの洞窟の中にある。

 遺跡と名打ってはいるが人工的に作られた形跡があるというだけであり、小さいうえに目ぼしいものは何もない。

 そのため人が立ち入ることはほとんどなく、時折マニアが覗きに来る程度の観光地にもならない寂れた場所であった。


 「とうちゃーく!」


 イオナは目的地である遺跡へとたどり着いた。

 後ろをついていたロマリーも息絶え絶えになりながら合流する。

 時刻は夕暮れ前、すでに日が傾いて空が暗くなり始めていた。

 

 「ここ……覚えがある」


 ノアは遺跡の入り口を見て呟いた。

 これまで朧げで断片的だった記憶が徐々にはっきりしてきているようだった。

 

 「そマ?この中のこと覚えてる」

 「思い出してきた。こっち」


 ノアはイオナの背から降りると自分の足で遺跡の中に入っていった。

 イオナとロマリーは互いに顔を見合わせ、灯りを手にノアの後ろを追いかけた。


 「こっち」


 ノアは暗い遺跡の中を迷いなく進んでいく。

 元々大した大きさではないが視界の悪い空間をスイスイと進んでいくノアの姿はイオナとロマリーには異端に見えた。


 「こんな通路あったっけ?」

 「知らないし、聞いたこともないわよこんなの」


 イオナとロマリーは遺跡の中を進む中で異変を感じていた。

 かつて二人はそれぞれ違う目的で遺跡に入ったことがあったがその時はこんな通路はなかったのである。


 狭い通路を渡り、大部屋へとつながったところでノアは足を止めた。

 そこはこれまでこの遺跡に入った人物の誰も見たことがない場所であった。


 「うー寒っ……」


 イオナは部屋の空気を肌で感じて身震いした。

 これまでずっと外に繋がっていなかったその空間はロマリーの館など比べ物にならないほどに空気が冷え切っており、まるで真冬の野外のようであった。


 「ここが私の覚えてる場所」


 ノアはこの空間こそが自分の記憶にある場所であることをイオナとロマリーに伝えた。

 暗く、冷たく、硬い壁に覆われた空間、さっき話していた特徴ともすべて合致する。

 ここが魔術師の工房であることはロマリーには一目で分かった。


 「なんでノアちゃんがこんな場所を知ってるの……?」

 「やっぱりホムンクルスとしてここで眠っていたとしか……」


 イオナとロマリーは推察した。

 この場所は三百年近く誰にも見つからなかった秘密の部屋である。

 こんなところでノアがずっと一人で生きていたとは到底考えられず、他に誰かが暮らしていたとも思えない。

 そう考えるとノアの正体がホムンクルスである可能性がさらに高まった。


 「とりま中のもの調べよ。何か見つかるかも」


 イオナは部屋の中を探索し始めた。

 これまで誰にも見つかっていなかったということは遺留品がそのまま残っている可能性が高い。

 つまりノアの記憶とその正体に関する手がかりが見つかるかもしれなかった。

 

 「こーゆー場所で何かものがあるのはねー……」


 イオナは部屋の中にあるものを物色した。

 証拠探しをするときの経験則から彼女はよどみなくそれっぽいところを漁っていく。

 イオナは部屋の隅に備え付けられていた棚の中を見ると、そこから古ぼけた一冊の本を見つけた。


 「やっぱこーゆーところに残してるよねー。人間って三百年前から進歩してないねー」

 「すごく状態がいいわね……これならそのまま読めそう」


 本は約三百年前に作られたものであるにもかかわらず、非情に状態がよかった。

 表紙もページも風化しておらず、そのまま手に取って中身を閲覧することができた。


 「『そう遠くない未来、ウィゼルの町に大きな脅威が訪れる。その時のため、私はそれを迎え撃つための力を備えたホムンクルスを作ることにした』」

 「これってミルの手記よね。こんな記述見たことないわ」


 イオナたちが読んでいるそれは魔術師ミルの手記であった。

 だがそれはすでに複製が作られているものとは全く違う、これまで誰も読んだことのないものであった。


 「『ホムンクルスの姿は我々がもっとも扱いやすい人間型に、人間と同じ言葉を話し、言葉を理解し、学習することでより成長する能力を持たせる。人間と同じものを食べ、そこからエネルギーを生成して体内の魔力を循環させることでずっと生きながらえることができる。容姿は人間たちに恐れを与えぬよう幼い少女に設定しよう』」


 続く記述にはミルが作成したと思われるホムンクルスの設定が記されていた。

 一部は複製された手記にも似た内容もあったがこちらの方がより詳細であった。


 「『ホムンクルスの容姿が完成した。我ながら随分と愛らしくできたものだ。いつかこのウィゼルを救う存在となるであろうこの子をノアと名付けよう』」

 「ノア……ってことは」

 「ノアちゃんは魔術師ミルが作ったホムンクルスってコトじゃん」


 手記の一文によってこれまでの全てがつながった。

 ノアはここで魔術師ミルによって造られたホムンクルスだったのである。

 その事実にこの場にいた誰もが衝撃を受けた。



 「イオナイオナ、何か私のことわかった?」


 ノアは手記を読んでいるイオナに尋ねかけた。

 イオナはたった今判明した真実をどう説明するか、言葉を詰まらせたのであった。

 

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