第8話 記憶の断片

 「ハァ……ハァ……日差しきつすぎ……」

 

 イオナの探偵事務所に向かう途中、ロマリーは息切れを起こして町角で足を止めた。

 ロマリーは普段は日光の当たらない館に引きこもってろくに運動をしない日々を送っているため、少し町を歩くだけでも体力の限界に迫るほどに貧弱であった。


 「ロマっち体力なさすぎー。もうちょっと外歩いたほうがいいんじゃない?」

 「余計なお世話……というか貴方が体力ありすぎ……」


 ロマリーはイオナの小言に悪態をつきつつもイオナの肩を借りた。

 そしてイオナに連れられ、ロマリーはようやく探偵事務所へとたどり着いた。


 「貴方が拾ったっていう子はどこに?」

 「二階で留守番中ー。何もなければ待ってくれてると思う」


 イオナは事務所をスルーしてロマリーを二階の私室へと案内した。

 そこにはベッドの上でぼんやりと待ちぼうけをしているノアの姿があった。


 「ただいまー。ノアちゃん待ってくれてた?」

 「うん。言いつけ通り下には降りずに待ってた」


 イオナはノアと軽く会話を交わした。

 そんなノアはイオナの後ろに見知らぬ人影が存在することにすぐに気がついた。


 「イオナイオナ、その人は誰?」

 「お客さーん。ちょっとノアちゃんのこと話したら会いたいって言い出したから連れて来たったの」

 「初めまして。私は魔術師のロマリーよ」

 

 ロマリーはイオナから紹介を受けてようやくノアの前に出ると挨拶を入れた。

 ノアは何も言わずにじっとロマリーの顔を見つめている。


 「……どうかした?」

 「その恰好、どこかで見たことあるような気がする」


 ノアはロマリーの姿を見て自分の記憶の中にロマリーと似た姿をした人物が存在する可能性を仄めかした。

 彼女の記憶に関する初めての発言にイオナは真剣に聞き入った。


 「知り合いだったの?」

 「ううん。ロマリーのことは初めて見た。でも似てる人を見たことあるような気がする」


 ノアは記憶の片隅に存在する人物像を語った。

 それは明らかにロマリーではないものの、似た装いを持った人物であるとのことであった。

 

 「その人、どこで見たか覚えてる?」

 「よくわからない。薄暗くて、冷たくて、硬い壁があったところ、だった気がする」


 ノアは人物像に続いて記憶の中にある景色を語った。

 彼女のそれが本当であるならば彼女は薄暗くて冷たく、それでいて硬い壁に覆われた空間にいたことがあるということになる。

 

 「薄暗くて、冷たくて、硬い壁ねぇ……そんな場所この辺にあったっけ?」

 「魔術師の工房ならその条件を満たせるけど、この町に魔術師は私しかいないはずだし、私はその子の顔は初めて見たわ」


 イオナとロマリーはノアの記憶の景色がどこなのかを探った。

 該当する場所はイオナには思い当たる場所がなく、それでいてロマリーも心当たりがある場所は工房も兼ねた自宅のみである。

 そしてロマリーはノアの顔を見るのは今日が初めてであるため、それすらもあり得なかった。


 「あ。そういえばさ、町の外れに遺跡あったじゃん」

 「あそこは昔魔術師が使ってた工房って説があるけど、まさか……」

 「そこが魔術師ミルの工房ってコト?」


 ウィゼルの町の外れには遺跡がある。

 何百年も昔に誰かが使っていた家ではないかという説があり、魔術師たちはそこが工房ではないかと考える者もいる。

 ノアの正体がホムンクルスであるならばその遺跡は永久の魔術師ミルの工房ということになる。


 「明日確かめてみましょう。その子が見たものが遺跡の中なら」

 「ノアちゃんがホムンクルスってコト……になるんよねぇ」

 「イオナイオナ、ホムンクルスって何」


 ノアはイオナにホムンクルスについて尋ねた。

 彼女の正体かもしれない存在についてイオナは説明に困ってしまった。


 「ホムンクルスっていうのはね、魔術によって作られた動物のことよ」

 「魔術……魔術……」

 

 イオナに代わってロマリーがホムンクルスのことを説明するとノアは魔術という単語を反復して唱えた。

 彼女の中の記憶のどこかで魔術という存在が引っかかっているようであった。


 「何か思い出せそう?」

 「わからない……ホムンクルス……魔術……?」


 ノアは何かを思い出しかけて混乱を起こしてしまった。

 これまでの物静かな様子とはかけ離れて動揺する姿にイオナは困惑した。



 「どこへ行くつもり?」

 「遺跡。この際はっきりさせた方がいいっしょ」


 ノアを遺跡に連れて行き、記憶をはっきりさせるしかない。

 そう思い立ったイオナはノアを背負って三度外へと飛び出したのであった。

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