第7話 寂れた館の魔術師
イオナは寂れた館を訪れていた。
ここにはイオナが知り得ない様々な情報を持っている人物が住んでいる。
「おっ、開いてる」
イオナが館の門を引くと門はあっさりと開いた。
つまり館の主人は在宅である。
「ちーっす!ロマっちいるー?」
イオナは玄関を開くと探している人物の名を呼んだ。
反応はないがイオナはそんなことはお構いなしに館の廊下を歩き回る。
「ここかぁ?違うか。じゃあこっち?」
イオナは館の中にある扉を手当たり次第に開けて目当ての人物を探した。
館にはその人物以外誰も住んでおらず、窓にはカーテンがかかっているため扉を開けるたびに冷たい空気が流れ込んでくる。
「うるさいなぁ……貴方が探してるのは私でしょ」
館を探索するイオナも前に一人の女性が姿を現した。
暗い赤色の髪と同じ色の瞳、館に引きこもってばかりで日に当たっていないせいで病的に白い肌。
彼女こそがイオナの探していた人物、ロマリーであった。
「ロマっちー、超探したよー!」
「だからって館の扉を手当たり次第に開けるのはやめて」
ロマリーはイオナの行動に苦言を呈した。
静寂を好むロマリーにとってイオナはそれを乱す存在である。
イオナのことは嫌ってはいないが苦手意識があった。
「ねぇねぇロマっち、ちょっとロマっちの知恵を借りたいんだけど」
「いきなり訪ねてきたかと思えばそれ?今回は何」
「魔術のことでちょっと気になることがあってさ」
イオナから振られた話題にロマリーはピクリと反応した。
彼女は魔術を好み、魔術に関して深い知識を持っている所謂『魔術オタク』であった。
「魔術のこと?」
「そ、魔術の力で人間を作ることってできるん?」
「……ついてきて」
イオナは魔術による人間の錬成が可能かどうかをロマリーに尋ねた。
ロマリーはそれに答える前に踵を返してイオナをとある部屋に案内した。
ロマリーがイオナを連れてきた先は館の書斎であった。
大きな部屋一つに壁伝いになった本棚の中には分厚い本がびっしりと詰め込まれている。
それらはすべて魔術に関する文献であった。
「どしたんどしたん。急にこんなところに連れてきてさー」
「ここに答えがあるわ」
ロマリーはそういうと指を鳴らして一冊の本を手元に呼び寄せた。
彼女自身も魔術師であり、手元に呼び寄せたのは魔術によるものである。
「結論からいえば、魔術で人体を作ることはできる」
ロマリーは本を開き、イオナに結論を伝えた。
本の中には魔術による人体の錬成に関する記述があり、それはイオナにも読み取れた。
「ホムンクルス?」
「そう。魔術によって作られた生命の総称ね」
動物、植物、そして人間。
魔術によって造られたそれらを広義にまとめた単語がホムンクルスであった。
「ホムンクルスが誕生したのは今から約三百年前、魔術師が最盛を極めた時代よ」
約三百年前、あらゆる国や町において魔術師が覇権を握り、彼らによる魔術の探究が盛んに行われていた時代があった。
ホムンクルスはその探求の一環として生み出されたものである。
「人間を作れる魔術師なんて当時でもほんの一握りだったみたい。中でも名が知られているのは『永遠の魔術師』とも呼ばれる魔術師ミルね」
魔術師ミル。
永遠の魔術師の異名を持ち、かつては世界中に、今でも魔術師たちの中ではその名を轟かせている稀代の天才魔術師である。
今では歴史の陰に埋もれた存在であるため、魔術師ではないイオナは初めてその名を知った。
「なんかそのホムンクルスってのに関する情報って他にある?」
「あるわ。かなり詳細に記録されたやつがね」
イオナがさらに踏み込むとロマリーは別の書物を手元に呼び寄せた。
「ミルがホムンクルスを作ったときの手記よ。最も、これは複製品だけど」
ロマリーはイオナに書物の概要を説明するとページをめくった。
そこには魔術師でなければ到底理解できないような記録がびっしりと書き記されていた。
理解できない情報による量の暴力にイオナは考えるのをやめそうになる。
「あったわ。人間を生成したときの記録」
「マジ!?どれどれ……」
ロマリーに解読してもらい、人間のホムンクルスに関する情報を見つけたイオナはロマリーの横から書物を覗き込んだ。
「『ついに究極のホムンクルスが完成した。我々と同じ言葉を発し、言葉を理解し、同じものを食し、自ら学び成長する能力まで備えた完全なる存在だ。我ながらなんと素晴らしいものを作ったのだろう。あとは彼女を目覚めさせるだけだ。あぁ、我が愛しの……』」
ロマリーは手記の内容を音読した。
そこにはミルが高い能力を備えた女性型のホムンクルスを完成させたという内容が記されていた。
「愛しの……なんだろ」
「ホムンクルスの名前だと思う。複製した時点で文字が潰れて解読できなかったみたいだけど」
そこまで聞いたところでイオナの中でとある仮説が組み上がった。
「ねぇロマっち。もしホムンクルスってのが今になって目を覚ますことってあると思う?」
「わからないけど、誰かが偶然目を覚まさせるなんてことはあり得ない話ではないと思うわ」
「もしかしたらなんだけどさ。ウチ、ホムンクルスを拾ったかもしれんわ」
イオナはロマリーに相談を持ちかけた。
イオナの中で組み上げられた仮説、それはノアの正体がホムンクルスであるというものであった。
出会ったときに一人だったのも、ボロ切れ同然の衣服姿だったのも、両親に関する記憶がないのも、人間的な感情が欠落しているのも、すべてが魔術によって造られたホムンクルスであるならば説明がついてしまうのである。
「イオナ、貴方本気でそう言ってる?」
「モチ本気よ。なんか、そんな雰囲気がする子だし」
イオナの言葉にロマリーは激しく食いついた。
もし現代にホムンクルスが生きていたとすれば魔術師としては大発見である。
「それならすぐその子に会わせてちょうだい」
ロマリーはイオナに迫り、ノアとの邂逅を要求した。
こうして、ロマリーは久方ぶりに館から出ることになったのであった。
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