第2話 ノアの手がかり

 通り雨が過ぎ去り、晴天が広がってきたところでイオナはノアを連れて外へと繰り出した。

 日没までは時間がある。

 それまでに少しでもノアに関する手がかりを集めるつもりであった。


 「ノアちゃんはこの町に住んでんの?」

 「……」


 イオナが改めて住所を確認するとノアは小さく首を縦に振った。

 回答の真偽はどうあれ、捜索範囲がウィゼルの町に限定されたのはイオナにとっては朗報であった。


 「一緒に歩いたげるからさ、なんか見覚えのある場所とかあったら教えてちょ」

 「……」


 イオナが話しかけるとノアはそれを了承するように首を縦に振った。

 口数こそ少ないが意思の疎通は取れる。

 

 イオナが最初に訪れたのはウィゼルの住宅街であった。

 ウィゼルの中で最も多くの住宅があるここならノアの保護者を、ないしその手がかりを掴める見込みが大きかった。


 「ちーっす、おばさん!」

 「あら、こんにちはイオナちゃん。さっきは通り雨が大変だったわねぇ」

 「ねー。ウチなんて直撃しちゃってマジ最悪ー」


 イオナは住宅街を歩いていた婦人エリスに声をかけた。

 エリスはイオナとは顔見知りの関係であり、近隣住民の事情に詳しい情報通である。


 「ねーねーおばさん。いま迷子の親探しをしてるんだけどさ、この子のこと知ってる?」


 イオナは話題を切り出すとエリスにノアを紹介した。

 エリスはノアを一瞥し、首をかしげる。


 「うーん……この辺じゃ見たことない子ねぇ」


 エリスは首を傾げたままそう答えた。

 彼女の情報網にはノアに関する情報は引っ掛からなかった。


 「そっかー。じゃあこの子と見た目が似てる人とかわかる?」

 「灰色の髪の人なら何人か知ってるけど、みんなこの子と目の色が違うわ。それにみんなすでに家庭を持ってる」


 ノアと同じ灰色の髪を持った人物にはエリスにも心当たりがあった。

 しかしそれらは皆ノアとは目の色が異なり、それぞれの家庭を築いていた。

 そしてそれらの中にノアに似た子をいない。


 「旦那か奥さんの方に似たとかないかな」

 「どうだったかしらねぇ。みんな黄色の瞳はしてなかったと思うけど」

 

 エリスは申し訳なさそうに答えた。

 家族構成まで把握している彼女を持ってしても血縁までは把握しきれない。

 だから断言することはできなかった。


 「じゃあウチが自分で確かめてみるからさ、思い当たる人全員の家教えて」


 イオナはエリスから心当たりのある人物の居場所を聞き出した。

 その数はあわせて五世帯、明日までには回りきれる範囲であった。


 「ありがとおばさん!また今度お茶でもしながらいっぱい駄弁ろ!」

 「イオナちゃんも頑張ってねー」


 イオナは手がかりっぽい情報を掴むとエリスと別れた。

 ここから先は時間の許す限り教えてもらった世帯を巡ることに決めたのであった。


 「お姉さんお姉さん、さっきは何の話をしてたの?」


 イオナが世帯を巡るべく町を歩き回っている途中、ついさっきまでイオナに連れられるだけだったノアが唐突に口を開いてイオナに尋ねた。

 イオナはノアが自発的に言葉を発したことに内心驚かされつつも会話に応じる。


 「ノアちゃんのお父さんとお母さんに関する手がかりを教えてもらってたの」

 「私は何も覚えてない」

 「ノアちゃんが覚えてなくても保護者の人が覚えてるかもしれないじゃん?だから行くだけ行ってみよっかなーって」

 

 ノアは自分の名前以外の記憶をほとんど何も持っていない。

 でも人の子であるならば本人が覚えていなくても親が覚えている可能性はある。

 イオナはそれに賭けてみることにしたのである。


 「あとウチのことはお姉さんじゃなくてイオナでいいよ」

 「わかった、イオナ」


 ノアはイオナの名前を覚えた。

 いきなり呼び捨てにするがイオナはそんなことは気にしない。

 

 イオナは早速ノアと同じ髪色を持つ人物の家庭を尋ねた。


 「どちら様?」

 「こんちゃーす。探偵のイオナっていう者なんすけど、迷子の親探しをしててー」

 「迷子ですか」

 「そそ、この子知らないっすか?」


 玄関から顔を出した女性にイオナはノアを見せながら尋ねた。

 ノアは無言でじっと女性の顔を眺める。

 

 「悪いけど知らないわねぇ」

 「マジっすかー。じゃあどっかで似たような顔の人に見覚えとかは?」

 「そっちもさっぱり」


 一軒目はハズレであった。

 イオナがノア本人に尋ねてみても彼女は首を横に振るのみであった。

 何かを思い出すような素振りもない。


 「ご協力あざっしたー。あ、これウチの名刺なんすけど、何か困ったこととか調べて欲しいこととかあったらぜひここに。相談とかも受けるっすよ」


 これ以上尋ねることもなくなったイオナは話を切り上げると女性にお礼を述べて懐から取り出した名刺を手渡した。

 初対面の人に名刺を渡すのは仕事口の獲得と人脈の形成を兼ねた彼女の常套手段である。


 一世帯目を離れ、二世帯目を尋ねても反応は概ね同じであった。

 気づけばすでに空は綺麗な茜色に染まっており、夜の訪れも近づいていた。


 「今日はここまでかなー。当たりはなかったかー」

 「イオナイオナ」


 独り言をこぼすイオナにノアがまた話しかけてきた。

 イオナはノアが自分に心を開こうとしているものだと思って真摯にそれと向き合った。


 「んー、どしたん?」

 「どうしてイオナは私の親を探してるの?」


 ノアはイオナに疑問を投げかけた。

 彼女は赤の他人であるはずの自分の親を真面目に探しているイオナの行動が不思議でならなかったのである。


 「どうしてって……まー、それが今自分がやらなきゃいけないことだからってカンジ?」

 「やらなきゃいけないこと」

 「そ。ウチはノアちゃんのこと何も知らないからさ、とりあえずいるべき場所に返してあげたいのよ。見たところまだ小さいし、それなら親御さんのところに返してあげるべきかなーって」


 イオナは自身の行動理由をノアに語った。

 善良な人間であれば迷子を見つけたらきっと親と子を引き合わせるであろうと、彼女はそう信じていた。

 

 「やっぱりイオナの言うことはよくわからない」

 「そっかー。じゃあその内わかるようになったらいいね」


 純粋な知識や人生経験に乏しいノアにはイオナの語っていることは小難しく感じられた。

 そんなノアのことをイオナは馬鹿にしたりせず、学習を促すように言葉をかけた。



 「もう夜になるし、今夜はウチのところに泊ってきー」


 イオナはノアを自宅で預かることにした。

 ほかに顔見知りの人間がいない以上、夜間にノアの安全を確保できる場所はそこしかない。


 「ん、わかった」


 ノアはそれを了承し、イオナと手をつないで彼女の家へ一緒に向かうのであった。

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