ギャル探偵、ミステリアス幼女を拾う

火蛍

探偵と迷子

第1話 イオナと謎の少女

 「ひぃー、マジ急に降ってくるじゃーん!」


 少女イオナは羽織っていた上着を傘代わりにして通り雨を凌ぎ、近場の小さな喫茶店へと逃げ込んだ。

 今彼女がいる町ウィゼルは非常に空模様が変わりやすい。

 週に一度は通り雨が起きるのは当たり前、時には一日に二度も晴天と雨天が入れ替わることもある。


 「いらっしゃいませ。あーどうもイオナちゃん」

 「ちーっすオーナー。特に用はなかったんだけど急に降られちゃってさー、ちょっと雨宿りさせてくんない?」

 「構いませんよ」


 イオナは店内にいたふくよかな中年男性と気さくに挨拶した。

 彼はこの店のオーナーであり、イオナとは顔見知りの関係である。

 オーナーはイオナが店内を雨宿りに利用することを快諾した。

 

 「マジ最悪ー。降るなら降るって先に言えってカンジー」

 「はははっ、自然にそんなことを言っても無駄ですよ」

 「それもそっかー」


 イオナはオーナーと他愛もないやり取りを交わす。

 ほかに客がおらず、閑散とした雰囲気もイオナによって賑やかになる。

 イオナは店の一席を借り、椅子に濡れた上着をかけてゆっくりと腰を下ろした。

 雨に晒された時間が短かったため、幸いなことにも身体はあまり濡れずに済んでいる。


 「何か飲みますか?」

 「じゃあなんか温かいやつちょーだい。できれば甘いので」

 「かしこまりました」

 

 オーナーがさりげなく注文を伺うとイオナはざっくりした注文を付けた。

 温かい飲み物は冷えかけた身体にはちょうど良い。

 それにイオナはコーヒーのような苦い飲み物は苦手であった。 


 オーナーは注文を受けてカウンターへと向かっていった。

 イオナは飲み物が来るまでの暇つぶしに窓の外の様子を眺めだした。

 外はまだ雨が降り続いており、さっきよりもいっそう激しさを増している。


 「んー?」


 そんな中、イオナの目にあるものが映り込んだ。

 そこには雨の中傘もささず、棒立ちで一人佇む幼い少女の姿があった。

 

 「うっわマジかーいー……お人形さんみたいじゃん」


 イオナは少女の容姿に目を奪われた。 

 少女の容姿は非常に端麗、所謂美少女である。

 それはかつてイオナも遊んだ人形に命が吹き込まれたかのようであった。

 イオナはそんな少女が雨の中、傘もささずに独りぼっちでいることが気がかりでならなかった。


 「オーナー、ちょいと席外すわー」

 「飲み物はどうされますか?」

 「そこの席に置いといてー。戻ったら飲むわー」


 イオナは席を立ち、店の外へと飛び出した。

 何も持たず、丸腰で少女のいた場所まで駆けだしていく。


 「ちょいちょい、そこの君ー」


 イオナは少女の姿を確認すると彼女に声をかけた。

 少女はイオナの呼び声に反応し、無表情のまま振り向く。


 「うっわ、ちょー綺麗……」


 間近で見る少女の容姿は窓越しで見たそれよりもさらに美麗に見えた。

 くすみがかった灰色の長髪、眠気が混じったような垂れた目尻に少し閉じた瞼、その奥から覗く金色の瞳、貧相な衣服とそれに負けず劣らずの華奢で起伏に乏しい体形は一瞬でイオナの目に焼き付いた。


 「こんなところで一人で何してるん?」

 「……」


 イオナの問いかけに対して少女は何も答えない。

 警戒されているのかと思ったイオナは切り口を変えることにした。


 「んー……もしかして迷子?」

 

 イオナは尋ねてみるが少女は黙って首を傾げた。

 言葉の意味がよくわからないと言わんばかりの仕草である。


 「ずっと雨に打たれると風邪ひくよー。温かい飲み物あるからとりまあそこのお店入りなー」


 イオナは少女の手を取るとそのまま彼女を抱きかかえて喫茶店へと戻っていった。

 その口ぶりや挙動はまさしく誘拐犯のそれであったがイオナにそんなつもりは毛頭ない。

 対する少女は特に警戒したり抵抗したりする様子は見せず、イオナの腕の中でじっと大人しくしていた。


 イオナが喫茶店に戻ると、オーナーはさっきまでイオナが利用していた席に湯気の立つミルクココアを置いて待っていた。


 「ただいまー」

 「戻られましたか。おや、その子は……?」

 「さっきそこで拾ってきた。多分迷子っぽいカンジ」

 「迷子ですか……」


 マスターはイオナが連れてきた少女の顔を見た。

 しかしこの辺りでは見かけたことのない顔であったため、他所の町から迷い込んできたと考えるのが妥当なところであった。


 「そこのココア飲みな。温まるよー」


 イオナは少女を自分が座っていた席に相席させると彼女にココアを勧めた。

 元々は自分が飲むために注文したものだったが今は雨に濡れた少女を温める方が優先である。

 オーナーは店の奥からタオルを持ちだすとそれを少女の肩にかけた。


 「それ持ってるならウチの分もちょうだいよー」

 「これは失礼しました」


 イオナに指摘されたオーナーは苦笑いしながら再び店の奥へと消えていく。

 そんな二人のやり取りを眺めながら少女は静かにココアを口につけた。

 

 「どう?美味しい?」


 イオナが尋ねると少女は何も言わず首を小さく縦に振った。

 少女は挙動は素直だがどうにも寡黙で何を考えているのかわかりづらい。

 そんな彼女のことをイオナはどうにか知りたいと思った。


 「名前はなんていうの?」

 「……ノア」

 

 少女は自らをノアと名乗った。

 イオナにはどうやって呼べばいいかがわかっただけでも大きな進歩に思えた。

 

 「ノアちゃんはどっから来たん?」

 「……」

 「お父さんとかお母さんは?」

 「……」


 イオナは様々なことを尋ねるがノアは何も答えなかった。

 答えたくないから黙っているのではなく、質問の意味がわからず言葉を詰まらせているような雰囲気を醸し出している。

 言葉は通じているがまったく会話が成立していない。

 おまけにノアの表情はまったく変化せず、感情が読み取れないためイオナとしてはかなりやりづらかった。


 「もしかしてさ、何も覚えてないカンジ?」


 イオナが憶測で尋ねるとノアは首を縦に振った。

 憶測が真であるならばノアは自分の名前以外の記憶がない状態でここまで彷徨ってきたことになる。

 まさかまさかの展開であった。


 「オーナー、この子記憶がないみたい」

 「記憶喪失……ですか」


 少し遅れてタオルとイオナの分のミルクココアを持ってきたオーナーにイオナは現状を報告した。

 記憶喪失の人間と遭遇するのはオーナーも初めてであり、二人は揃って困惑してしまった。


 「困ったなー。これじゃ親の探しようがないんだよねー」


 迷子探しと迷子の送り届けはイオナが得意とする仕事の一つである。

 しかしノア本人から自分の名前以外の手がかりが何も得られない現状では彼女を保護者の元に送り届けるのは困難を極める。


 「どうしましょうか。こちらで保護するのは難しいですよ」

 「うーん……もしかしてウチが預かるしかないカンジ?」


 オーナーとイオナの会話を聞いていたノアは眠そうな目でイオナに眼差しを送った。

 表情がさっぱり読み取れないがどこか期待を寄せているような、そんな雰囲気を感じる仕草であった。

 ノアの視線から何かを感じ取ったイオナはある決意を固めた。



 「よし決めた!ノアちゃんは保護者が見つかるまでウチが預かる!」


 こうして、イオナは少しの間ノアの身元を引き受けることにしたのであった。

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