中編
◆
爪が伸びていく。爪が、爪が伸びていく。それは際限なしに伸びていって、頭がかゆいと思ったけれど、こんな手では頭をなでることさえもできない不安感が底なしにやってくる。手のひらを見ようとしても、爪が邪魔で見えない、次第に爪ははさみとなって、拳を握ろうとすれば、おびただしいほどの血液が手のひらから零れ落ちていく。その割には痛みなんかなくて、ただただ俯瞰で見つめている自分が気持ちが悪いという感想だけを抱いている。夢のような感覚。更に足に感覚を宿らせて動こうとしても、まったく動けない。そういえば、ずっと横になるということがなかったから、寝る以上の機能を足は思い出してくれないのかもしれない。足がとてもかゆい。かきむしってやりたいけれど、それにしたって手がはさみだと、今度は歩く希望さえ持てないのかもしれない。虫が這いよる感覚がする、気持ちが悪い。
気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。脳漿が眼球を押し出す感覚がする。これは本当に脳漿なのだろうか、それはきっと魚が中で寄生して、俺の体の中から脱出しようとしているだけじゃないのだろうか。頭が痛い。割れてしまいそうだ。俯瞰から見つめている自分が、第三者の視点で俺の体を見つめている。俺の目は俺の後ろにあるから、とにかくゲームの主人公みたいにすべてがわかる。夢であってほしい。
気持ちが悪い。気持ちが悪い。気持ちが悪い。
頭が割れそうな感覚を思い出して、現実がその通りになる。頭は爆弾だ、脳漿は導火線だ、大脳は火薬だ、そのどれもが爆発へといざなうようにして、すべてが俺の思うとおりに膨らんでいく。なんでこういう時に限って主観で目をそらせないのだろう。俺の頭は膨れ上がっていく。人間ではありえないように、風前のように。
割れてしまう。割れてしまう。だめだ、俺はきっとこのまま死んでいくんだ。さようなら、さようなら、脳漿を飛び散らせてさようなら。
きっとこれが夢ならば、どれだけ俺は救われたことだろう。
・・・
「ああああああ!!」
大きな声がする。誰の声か一瞬わからなかったけれど、喉の熱さがそれを自分の声だと認識させてくれる。嫌な汗が身体全体を包んでいる。俺は舌打ちをしたくなった。
バッドトリップと夢が重なった。あんなおぞましい夢、久しぶりに見た気がする。虫だけならまだしも、こんな生ゴミみたいな夢があるのは気持ちが悪い。蛆にたかられた方がまだましだったかもしれない。
「大丈夫ですか?」
聞き覚えのない声が聞こえる。いや、聞き覚えはあるけれど、どことなく現実感の存在しない声だったから、昨日までのことが夢のように。というか夢でしかないと思っていたから。
「……大丈夫です、ありがとうございます」
──それでも、隣には明らかに現実に、翼の生えた天使がいる訳だけれど。
◆
「は?」
彼女の話を聞いて、失礼な声を上げてしまったのは、きっと俺が悪いわけではないと思う。
無理はない、彼女が勝手に意味の分からない話をしているのだから。
「それを、俺にやれと……?」
「……はい、申し訳ないとは思うのですが」
彼女はその言葉と同じような申し訳なさそうな表情をしている、けれど、やはり言葉の意味は理解できない、というか、納得ができない。
──それは彼女の天使的物体、天使の象徴である『翼』を捥ぐ、という話だったから。
◇
食事を準備しようとしたところで気づいたことは、当たり前ではあるけれど、食事の種となる食材が存在しないこと。保存できるスペースにはおおよそ埃くらしか残されていなくて、腐っているものさえ存在しないのだから、どうしようもない。
それなら外に食材を取りにいけばいいという話ではある。山奥で、近場は先ほど飛んでいた景色から見ても森だったから、そこそこに食べることのできる物はあるはずだ。
だけれど。
「……やはり、どうしようもなく目立ってしまいますよね」
近隣に人なるものは、飛んでいる最中には確認できない、けれど、それは夜に飛んだからであって、外が明るくなってしまえば別の話。もしかしたら、未だにこの辺鄙な場所に赴く物好きな人間がいるかもしれないし、そうして私が外で目撃されてしまえば、どうなるかはわからない。
──昨日の夜に、彼が考えていたこと。天使と呼ばれる存在が人間に見つかればどうなるのかという想像。それが私の心に映されたとき、人間がそんなことをするという可能性にぞっとしてしまった。
大陸をまたいで違う場所に北はいいものの、違う国に北からといって、人間がそういった行動をとるとは限らないけれど、とらない可能性もない。人間の優しさを信じたい気持ちはあるけれど、私は彼以上の人間を信じようとする気持ちは薄くなっている。……彼の周りの人間が、あからさまに悪としか思えない人間どもばかりだったから。
……こうなれば、どうしようもない。選択肢が狭まってしまう。
──これも、一つの決意。
私は、木造りの家の中で、必要なものを探した。
◆
そうして彼女が俺に差し出したものは、昔の人間が使うような、木こりの斧である。
「これで、あなたの翼を……?」
「……はい、──捥いでください」
彼女は、さも当たり前のようにそんなことを言う。
斧は、少し錆びついている。どうしてこんなところに斧があるのかはよくわからないけれど、だいぶ年月が経っているようで、持ち手の木々は木っ端がところどころに見えた。
嫌な想像をする。したくもない想像。この斧が完全に使えないものだったのなら、そっちのほうがよかったのかもしれないけれど。
視線を彼女に寄せて、顔を見る。
……目がマジだ。
どうして彼女がそんなことを望むのかは、理解はしたくないけど、理解してしまっている。けれど、納得なんてできやしない。できるわけがない。たった、それだけのことで、彼女の翼を捥いでいいはずがない。
「……でも、俺が食材を取りに行けば、それで済む話じゃないですか」
この先の生活も、どこか俺が基盤になれば、それだけで事態の解消はできるはず。だから、そんなことをしなくても。
「駄目なんです」
それでも、彼女はきっぱりと。
「──私は堕天したのだから、天使であっては駄目なんです」
彼女は自嘲するように、そうして目を伏せた。
・・・
「堕天……、というものをしたからといって、天使の姿でいることがそんなにまずいことですか?」
俺は、よくわからないからそういう発言しかできない。
天使の世界がどういうもので、どういった枠組みで、どういったルールがあるのかは何一つわからない。けれども、それがまかり通るのが天使の世界であるはずはない。
だって、目の前にいる天使は、ものすごく天使であるというのに、ファンタジーな存在であるというのに、その行動を堕天というものをしたからといって、否定されるべきではない。だって、堕天使という言葉だって存在しているのだから。
「……私は、すべてを捨てる覚悟でここにいます。その中には、私が天使であるということをやめるという覚悟もともにあって、ここに立っています。
きっと、天使の彼らは、私がそんなことをしなくても許してくれるでしょう」
「それなら……、いいじゃないですか」
「……駄目です。だって、これは」
彼女は息を吐いた。
「──私なりのけじめ、ですから」
・・・
そんなヤクザみたいな、という言葉が出てきたけれど、心の中で留めておいた。でも、本当にヤクザみたいな話だと思う。
やめるならけじめをつける。別に周りに強制されていなくても、自らで。
──そんなのはおかしい、と、そういう風に言って止めることもできる。けれど、ここまで俺を救ってきた天使の言葉を蔑ろにしていいのか?
俺が死ぬときにも、彼女は俺のすべてを肯定してくれた。優しい言葉をかけてくれていたような気がする。トリップしていた時だったから、記憶は定まらないけれど、彼女は俺が飛び降りるのも仕方がない、それでいて、俺が死ぬことについて否定は一切していない。
そんなことをしてくれている彼女に、俺は反論することが許されているのか?……道理が通っていないような気がする。
「いいんですよ、そんなに悩まなくて」
彼女は笑う。
「実は、私、人間になってみたかったんです」
あからさまな嘘で、俺を包みながら。
◆
一度で一気に終わらせてあげたかったけれど、刃の通りが悪くて、何度も彼女に悲鳴を聞きながら、申し訳ない気持ちで断ち切って、すべてが終わりを告げた。
赤い血は流れてこなかった。その代わりに流れてきたものは、すべてが黄金のように光る魂の一部みたいな、そんなもの。
俺は、そうして、彼女の翼を捥いだ。
きっと、彼女が俺のために堕天をした時点で、俺は彼女の翼を捥いでいたんだと思う。
だから、今さら、憂いを抱く必要なんてない。
必要なんてない。
必要なんてない、のに。
「……」
「……泣かないでください、あなたは私を人間にしてくれたのだから」
俺は、彼女から捥げた翼に雫を垂らしていた。
どうしようもない。また、俺のせいで傷つけてしまったという事実が、どうしようもなく俺の苦しみとして責め立てる。
──ああ、これが堕天か。
きっと、ここで俺も堕天をなぞったんだろう。最愛の彼女と、ともに。
・・・
そこから、暗い生活が始まる、と思ったけれど、そんなこともなく、ただひたすらに明るい生活が始まっていた。
ここがどこかは、俺はよく知らない。でも、彼女の言葉からすれば、おおよそここは日本という場所ではなくて、遠い外国の、遠い辺鄙な場所、ということだけは理解できた。そんな言葉を理解してからは、ものすごく気持ちは安堵に落ち着いて、そうして、俺は気楽な生活を送ることができている。
二人で山の森を探って、食べられそうなものを見つけては俺たちの家に帰って食事をする。彼女は、天使だったから、食事をとらなくても大丈夫、とは言っていたけれど、人間であることを選択した彼女に俺が無理を言って食べさせている。美味しくはないかもしれないけれど、それでも食べてほしかったから。
過去の生活よりも幸せな生活が続く。底なしの気楽さ、幸福感、誰かが壊そうとしない限り続く、永遠のような夢。
俺が、山から一度下りてみたい、といったら彼女はそれに笑顔で応えてくれて、一緒に手をつないで山から下りた。山の先には集落があって、英人のような人が、現代的とは言えない昔のような生活をしていて、まるでタイムスリップでもしたみたいな気分になった。俺は言葉が理解できなかったけれど、彼女が進んで話してくれて、村の人とも少しばかり交流することができた。
村で働くことにした。
山奥での生活は、別に生活の上では事足らないけれど、ずっと屋内にこもっていてはどうしようもなく暇ができる。彼女はそんなことはない、という言葉をかけてくれたけれど、俺が退屈を覚えていたから、一緒に働くことにした。
言葉がわからない俺は、木こりの主として、集落の人間にジェスチャーで指示をしてもらいながら、彼女は森でとってきた果物を集落で販売しながら。
順風満帆とは、こういうことをいうのだと思う。
過去なんて存在しない。これからが、俺たちの人生だと、そう言わないばかりに、俺たちは幸せに過ごしていた。
今は人間の、元天使、アリエスと。
・・・
どれくらいの年月が経ったのかはわからない。だけれども、経過した年月で、ある程度の暮らしは変わっていった。
集落の言葉がほどほどに理解できるようになり、俺から集落の人たちとの交流をできるようになっているのを、彼女はうれしそうに見つめている。これも、彼女が俺に小屋で言語を教えてくれたからだと思う。文字の書き方とかも教えてくれて、なんでそんなことを知っているんだ、と聞けば、昔にここに住んでいたとか、そういう話を聞くことができた。ついでに天使だったときの話だったり、天使の文化についても教えてもらったりして、楽しい時間を過ごしている。
村人にこっそり話を聞けば、確かに昔に天使が舞い降りた、という伝承もあるらしいから、きっとそれは本当のことだと思って、ほっこりする。その伝承、実は彼女のことなんだぜ、と心の中で自慢しながら。
彼女とは、家族になった。特に恋愛的な要素が俺たちにあったわけじゃないけれど、家族という関係は俺たちにはぴったりに思えた。村の人たちも、俺と彼女が結婚しているように見えていたらしく、実は結婚も何も、ただ一緒に生活しているだけ、という話をすれば、集落の人たち全員で婚姻の式をあげてくれる。彼女は恥ずかしそうな顔をしていたけれど、そんな結婚を受け入れてくれたことが、心より嬉しくて、婚姻の義の最後にした接吻の感触は、きっとこれからも忘れることはないだろう。
そうして、集落の人からも家族であると認識されて、未だに山奥の小屋での生活を続けている。
「今日は仕事は休みにしなさんな。あんたら、新婚なんだから」
木こりの長は、昨日に浴びた酒の酔い気を残しながらそういった。俺はそれでも働く、と言ったけれど、のらりくらりとかわされて、結局、俺は家に帰らされた。土産に新鮮な果実を持たされて。手にいっぱいのそれを持ち運ぶのは少し重いけれど、仕事に比べれば別だ。俺は集落の人に甘えて家に帰る。
「ただいま、アリエス」
家のドアを足で小突きながら、そう声をかける。ドアを開けようにも、手がふさがっていて、開けようもない。
いつもだったら、ここでアリエスが笑顔で出迎えてくれる。こんな大量の果実を見たら、きっと彼女もびっくりするに違いない。彼女のそんな笑顔を期待して、ドアが開くのを待つ。
……、いない?
いつも山奥から集落に仕事へ行くとき、彼女も働く用事があったら、一緒に降りている。今日は一緒に降りていないのは、彼女が仕事を休んだから。結婚したばかりなのだから、ゆっくり休みなよ、とさっき話した集落の人と同じような言葉を吐いて、そうして彼女を家に落ち着かせた。だから、どこか出かける、ということはしていないはずだ。
集落にも降りていないはずだ、集落から帰るときに、新婚を祝われて、あらゆる家から手一杯の果実を受け取ったわけだから、その際に彼女が集落にいたら、きっと彼女と俺は一緒に手一杯の果実を抱えて、帰ることができていただろう。
「……アリエス?」
ドアの向こうに声をかける。誰かがいる気配がする。だから、アリエスはそこにいるはずなんだ。
おーい、と結構大きな声で呼びかけても、返事はない。ドアに聞き耳を立ててみて、話し声が聞こえる。なんだ、やっぱりいるじゃないか。
集落の人には申し訳ないけれど、一回果実を地面において、しょうがないから、俺は空いた手でドアを開ける。
「帰ったよ、アリエス」
小屋を見る、暗闇の中。明かりがついていない。
「わーい、わーい!」
子どもの声が聞こえる。赤ん坊のように、騒ぎ立てる声。そこには似つかわしくない、邪悪な声。
「静かになさい、見習いども」
聞いたことのない女の声、集落の人とも違う言語、だけど、なぜか聞いたことのない言語は、そのまま心に浸透する。
この気配は。
そう考えた途端。
「ああ、帰ってきましたね。ご主人殿が」
嫌味をたっぷりと付け加えたように、女はそう呟く。
天使だ。天使がいる。まぎれもなく、天使の気配がする。この、心を探られるような、自らで心のあらを探すような、この気配は、間違いなく天使の気配だ。
彼女が翼を失ってから感じることはなかった、一つの天使の気配。それが、どうしようもなく、どうしようもなく、心に伝う。
「もう、用は済みました、帰りますよ、見習いども」
天使は、そういうと、ドアの方へ、俺の方へ向かっていく。
「下界、楽しいね!」
「楽しい、楽しい!」
「アリエスが堕ちたのも、わかるなぁ!」
「わかるなぁ!」
駄目だ、嫌な想像が頭に這いよる。
天使から出た今の名前が、俺に嫌な想像をさせる。堕ちたアリエスの名前がこいつらから出た。だから、嫌な想像が働くんだ。
現実にしてはいけない、現実であってはならない、否定するために、俺は、あかりをつけようと
「つけないほうがいいさね、ご主人殿」
天使は、語る。
「その想像は間違っていないのだから」
俺は、それでもあかりをつけた。
赤。赤。赤、赤赤、赤赤赤。 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤 赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
アリエスは、確かにそこにいる。どうしようもない姿で、俺が想像した通りに、そこにいる。
首に矢が刺さっている。彼女はもう人間だから、血が赤い。胸に矢が刺さっている、どうしようもないほどに血液が流れている。顔を見たくない、なぜか彼女の足元に二つの白色のボールが落ちているから。腹が捌かれている、まるで中身を確認したように、足首が切断されている、断面とはどういうものなのか探るように。
天使は、語る。
「可哀相なアリエス」
「可哀相なアリエス」
「堕天したから目をえぐられた!」
「堕天したから貫かれた!」
「堕天したから捌かれた!」
「堕天したから歩けなくなった!」
「可哀相なアリエス」
「可哀相なアリエス」
歌うように、はしゃぐように。
「でもぉ、楽しかったね!」
「楽しかった!楽しかった!」
「まだやりたかったのにね!」
「怒られたからしょうがないよぉ」
「またやれたらいいな!」
「僕もそう思う!」
「僕も!」
「私も!」
憎悪が、たぎるように押し寄せてくる。
「やめておきなさい、見習いども。そして、ご主人殿も」
天使は語る。
「こんな結末が嫌ならば、──いつか私たちを殺しに来てみなさいな」
「殺せるものならねー」
「殺してみなー」
そうして、天使共は言葉を吐き捨てて、空へと飛び去って行く。
帰り際に、天使がぼそっと言葉を吐く。
「──わたくし、クラリスは、ずっと待っていますから」
◆
俺は、どうすることもできなかった。
天使の背中を見送って、殺してやりたい憎悪にかられるが、どうすることもできなかった。
──やめておきなさい。
その言葉だけで、確実な殺意をとどめることになってしまった。どうして?
俺の愛とはそんな程度のものでしかなかったのか?こんなことを彼女にされたとしても?どうしようもなかったのか?ナイフくらいなら探して、あいつらに突きつけてやるくらいはできたんじゃないのか。どうして世界はどうしようもなく俺を責め立てるんだ。どうして。どうして。どうして。
アリエスは、なにも、こたえてくれない。
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