氷炭相容れず

「一番最初の人と反対だけど、団体競技を増やして配点を高くするべきだと思いました」

 あの空気は変わらない。もとよりそこまで変わっていないのだ。ただ彼女はここで終わらない。

「私は団結こそが体育祭で評価するべきことだと思うの。もちろん、運動部が活躍する場がいるとも思うよ?だけどそれが体育祭のメインになったらみんな頑張ろうなんて気持ちにならないよ。部活の先輩もそうやってあんまりやる気が無いって言ってるのも聞いちゃって余計にそう思うようになったの」

 実際の声があるだけ説得力は増す。彼女の意見はただひとりのものじゃなくなった。それだけで正しく彼の意見の対抗となってる。

 これで意見は二分したはず。あともう一押し、誰かが言えば。

「なら僕から意見良いですか」

 手を挙げたのはまたしても彼だ。

 当てられた彼の目に戦意は失われていない。まだ言い足りない様子が十分に伝わってくる。

「僕はそもそもその考えた自体が間違ってると思ってるんで。文化祭も、体育祭も花形を飾るのは生徒みんなじゃない。部活動に所属した生徒達です。彼らの活躍を重視しない方が意味が分からない」

 語気が強いな。なんかこのまま平行線になりそうな気がするのは僕だけかな。

 かと言って朱莉もこのまま引き下がるようなやつじゃない。絶対に言い返すに決まっている。僕は手を挙げることにしたが、これは僕の意思じゃ無い。さっきからやたらと一年の他のクラスの生徒がこちらをちらちらと見てくるんだ。

 もちろん隣にいる人志も。僕は朱莉の彼女じゃないとはっきり名言してるけど端から見たらそんなの関係ない。こんなに言われてるのに彼氏のお前は何か言ってやらないかという実に他人任せな感想をその目に宿して僕を見るもんだから手を挙げるしか無いんだ。僕に気づいた朱莉は一瞬で不機嫌だったその顔を改めて僕を当てる。気づいた彼もまた一瞬で不機嫌になった。

「はい、どうぞ」

 席を立つ。ずっとほとんど一年だけで言い合っているこの空間でさらに一年が発言をするということ自体に妙な恥ずかしさを覚える。二年はどうして何も言わないんだという気持ちを抑えながら、僕は朱莉でも意見を出した彼でも無い、先生を見て言った。

「先生方はこの体育祭、どういった方針で運営していこうと思ってるんですか。それが分かればこんな言い争い、しなくて済むと思うんですけど」

 ずっと黙りこくっていた先生方が顔をあげる。だいたい、先生が放任主義しすぎた結果がこうなってるんだ。少しは仲裁しようっていう気概を持ってくれ。

 すぐに席に着いた。声が少し震えていたのはこう見えてちゃんとあがり症だからだ。でも言いたいことは言った。

 だが、先生の返答は到底望んでいたものとはかけ離れていた。

「それを含めて決定するのがこの実行委員会だと思っているので、私はその質問には返答しません。補足しますが、先生方でも意見が分かれているのでどうえなら生徒の意見を尊重したいということで意見を控えるということです。勘違いはしないでいただきたい」

 「は?」と思わず口にしそうになった言葉を心の中で叫んだ。なんか知らないが逃げられたぞ。この話し合い、生徒同士で決めないと帰ることも許さないとでも言うんじゃないだろうな。というか最初の時にいたあの先生に答えて欲しかった。

 となりの厳格そうな人が答えるとは春も思っていなかった。

「なら質問は無しで。僕は朱莉……実行委員長に賛成です。文化祭と体育祭は根本が違う。文化祭は文化部の成果をその部活の活動そのものを見せられるけど、体育祭はそうじゃない。野球もサッカーもテニスも卓球も一つだってやらない。それなら運動できる人が苦手な人を助け合うっていう精神の方が良いと思う」

 僕が座ると隣にいた人志は僕の肩を叩いて「お疲れ」と言ってきた。本当に、お疲れだよ。

 そのあと、二年や三年からも意見があがって話は深まっていった。

 話し合いが始まってからもう一時間は経っていたがそれでも意見は止まず最終的にいくらかの案を全部黒板に書き出してそこから自分が良いと思うものを三つ選んで多かったものを採用するということになった。

 一番多かったのは前実行委員長の出した学年を跨いだクラスごとの競技の実行。

 二番目に多かったのは団体競技の増設。

 そして三番目は部活対抗リレーの実施だった。

「それじゃあ、これで今日の体育祭実行委員会を終わります。ありがとうございました」

 終わる頃にはもうみんな若干疲れていた。三つ目までやる元気がなくなったのでそれは次に持ち越しということになる。先生方も途中から座っていたらしく、後ろから椅子を引いて部屋を出て行く音がする。僕達もそのまま教室を出て行き今日は引き留められなかったので朱莉を待つことにした。

 人志は先に帰ると言って綾乃と一緒に行ってしまう。続々と生徒が立ち上がる中、一瞬一番前の席に座っていた生徒と目が合った。

 思い出した、向井だ。向井はこちらを見ると途端に睨みつけるようにしてきつい顔になる。僕がそんなに嫌だったか。

 雰囲気をリセットして彼の案の印象を薄めたのは申し訳ないとは思ったが謝ろうという気はさらさら無かった。僕は悪いことをしたとはこれぽっちも思ってないからな。彼女を助けるように見えた彼からすれば、告白のかかったこの体育祭で自分たちの優勝の可能性が遠ざかってしまったことはきっと快くは思っていないんだろうなと思う。

 でも最後に決めるのは自分自身だ。ここで決めきれなかったのはお前なんだ。こっちもやりたいだけやってもいいだろ。

「あっ、待っててくれたんだ」

 どうやら色々と終わったらしい朱莉が席で待っていた僕の方に来てくれた。

 他の生徒は前の方の席から出て行って、教室には僕と朱莉しか残っていない。

「これでひとまず作戦は成功だね!」

「そうだな。でも驚いた。まさか向井がいるとは思ってなかった」

「ね、私もびっくりした。でも案は通ったし、そうだグループでみんなに報告しないと」

 朱莉の言う、なゆた様以外は全員結果を知っているので一人だけ反応がすぐに来た。そういえば学年関係なく競技をするってことはもしかして小此木先輩と一緒に競技をすることもあるのかな。

「朱莉、帰ろう」

「うん!」

 もう今日はさっさと帰って寝たい。学校には部活動を勤しむ生徒だけが残っているように見える。今日も部室に行っても良いが、特に何もすることは無いので帰るつもりだ。

「帰りにさ、ファミレス寄らない?」

 駐輪場まで来たところで朱莉はスマホを見ながら言う。

「別にいいけど、急にどうした」

「三輪さんから連絡来たから一応今日のことは報告しても良いかなって」

 あぁ、そういうこと。っていうかいつの間に委員長と連絡先交換してるんだ。場所は駅前の一番学生に優しい所。先に待っていてくれるということで駐輪場に止めて歩いて向かい店内に入る。見渡すと勉強をしている姿があり僕達が近づくと顔をあげて鞄に勉強道具をしまった。

「どうだったですか」

 僕達が座って早々、結果を聞いてきた。

 僕もそれに答えようとしたけど、さすがに一人飲み物注文だけで居座るのはあれだったんでとりあえずドリンクバーを頼んでから話すことにする。

「たぶん、なんとかなると思うかな」

「私と春くんで意見は通せたんで!」

 それを聞いて彼女は少しばかり安心して、このまま負けまっしぐらじゃなくなった事で告白を受けなくても良い可能性は上がった。

 話はこれで終わりにしても良かったんだけど、一応向井が実行委員にいたことだけは伝えておくことにした。

「そうなんだ……。それだけ本気って事だよね」

 もちろん私も本気だけど。とぼそっと言った。

 そこからは団体競技何か良い案があるかな、とか普通に勉強を委員長に教えてもらったりして日が暮れたので帰る。

「また委員会あったら連絡するからね」

 朱莉が言うと委員長は手を振ってそのまま建物の影に消えていく。

 二人もそれを見ると駐輪場に向かって家路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る