諦めが悪いのは良いことだ
次の実行委員会では前回残ってしまったものを巻きで終わらせていった。今回は今回でやるべきことがあるらしく、朱莉も少し早口になっていた。
各クラスや部活動の役割分担については手早く済まされ、それぞれのクラスに資料が渡されてあとは各々のクラスで決めるということになる。それよりも、今日決めておかないといけないことがあるのだ。
「これでやっと今日しないといけない事ができるね」
朱莉は黒板に書いていく。そこに記されていたのは実行委員が当日にする役割だった。審判や案内、設営などの役割が細かく書かれていて、それぞれの人数が下にある。ちょうど書き終わったくらいになって朱莉がそれぞれの役割を簡単に説明して前に書きに行く形式で決めたいことを伝えると、考える時間が与えられた。
「どれにする?」
隣を見ると人志は意外にも真剣に考えていた。こういうのは適当に決めるものだと思っていた。しばらくして呟いた人志が選んだのは審判。
「なんでこれ、というよりなんでそんな真剣に考えてたの」
「審判を選んだのは、一番楽そうだからだろ。で真剣に考えてたのは一番楽そうなのがどれかとシミュレーションしてたんだよ」
真面目に考えていた自分の思考を返してくれ。そんな理由だったなんて……。
じゃあ僕はどれにしようかな。でも考え方は人志とあんまり変わらないしなぁ。でも審判良いかもしれない。なんか楽しそうだし。
「僕も同じのにすることにした。普通に審判面白そう」
「いいんじゃないか。じゃあ書きに行くぞ」
二人で立ち上がって黒板に向かう。ちょうどAクラスを過ぎる辺りで向井が立ち上がるのが見えて、黒板の前でチョークを持ちながら書いていると後ろから視線を感じた。書き終わって振りかえると彼の姿があり僕は少しだけびっくりしたが何事も無かったかのような顔で会釈をすると彼の隣を通っていく。彼も同じ所を書きたかったらしくすぐに自分の席に戻っていた。
「なんでお前、あいつに睨まれてるんだ」
「それは僕が聞きたいよ」
なんだかさっきの視線はかなり厳しいものを感じた。それが僕の勘違いだったら良いんだけど、それが勘違いなんかじゃないことはこのあと割とすぐにはっきりすることになる。
人数の偏りがあったものの、それは僕と人志が選んだ所では無かったので少しだけ待っていると人が移って多少の人数の差はあれどそれで良いかということで決定となる。つまりそれは僕達と向井は同じ担当になるということだ。
「じゃあとりあえずこの役割の人はここで……」
役割ごとに分かれて資料を渡すのでと席の移動がされた。そのまま人志と横移動で席を移ると僕の目の前に彼が座る。他の生徒が彼の隣に座って互いに挨拶を軽くするが、僕と挨拶をするときだけ妙にとげを感じる。資料が回されてどういった動きになるかの確認を終わらせると次に進んで良いかと朱莉が確認して委員会は進んでいく。
席を離れる際、また彼と目が合ったので僕は咄嗟にその目を逸らしてしまった。だが逸らしてからこれは良くなかったと後悔した。これじゃまるで僕がやましいことがあるみたいじゃんか。
「もう一ヶ月も切ったので、そろそろ気を引き締めていきましょう。じゃあ来週の委員会は本番二週間前です。しっかりと活動していきましょうね」
副委員長が委員会を締めると今日の活動は終了となった。
前回の残りを終わらせるために巻きで進んだのがそのままの勢いだったせいでむしろいつもより早く終わる。
終わりか。今日も朱莉を待って帰ろうと座って待つことにした僕は人志を見送って朱莉の様子を確認しようと前を向くとそこには知っている顔が立っていた。
「…………」
僕はあえて素知らぬふりをして鞄に手を伸ばして席を立とうとしたが、その手はあっけなく握られてしまう。目が合った相手は僕の顔を見て反応を伺っているのか何も言ってこない。むしろそれが余計に不気味さを増させていて思わず僕から声をかけた。
「手、話してくれませんか。ちょっと部室に寄らないといけない用事を思い出したので」
声が聞こえていたのか、朱莉がこちらを見たので「後で来て」とだけ言うと握られた手を振りほどいて急いで教室を出た。そのまま歩いていくと後ろで扉が閉められて声をかけるのが聞こえてくる。
「ちょっと、待ってくれないか」
僕はここで聞いていないふりをしてそのまま行ってしまう事もできるはずだった。だけど、僕は自然と足を止めていた。どうせここで無視しても実行委員で同じ係になってしまった以上いつかはちゃんと話さないといけなくなる。
「なんですか」
僕はできるだけ素っ気なく答えた。どうせならここでやっぱりなんでもないですとか言って欲しかった。
「確か、箏音と同じクラスだったよな」
「琴音……って誰ですか」
「ごめん、三輪のことだ」
あぁ、三輪さんの名前ってそんなんだったような気がしなくも無い。他人と関わらなさすぎも問題だな。理解した様子を見せたことで自分の質問は間違っていなかったと思った彼は続けた。
「それなら少しだけ聞きたいことがあるんだがいいか」
ダメって言っても続けるよね多分。だけど、どうせ聞くならこんなこと路じゃない方が良い。
「じゃあ場所変えようよ」
「そうだな、それだと助かる」
彼は僕に感謝を述べると僕が歩き出したのについて教室まで向かった。誰も生徒のいない教室を探していたらちょうど僕のクラスが誰もいなかったのでそこに入る。自分のクラスだとやっぱり自分が座っている席の方が良いと思って僕いつものように鞄を置いて椅子を引いた。彼も僕と対面になる位置に座るとさっきの話の続きを始めた。
もしここで三輪さんのことについて聞かれたらどうしようという不安が血液の循環以上に脳内を巡る。必死の言い訳を考えるが、この間の話し方からして適当にあしらって誤魔化せる相手じゃ無い。一体どうしたもんかな……。そうこうしている内に彼は質問を始めた。
「じゃあ改めて、クラス内での琴音はどんな人か教えてもらっても良いかな」
「……えっ?」
「その、クラスでの琴音の様子を聞きたかったんだが」
なんだ、そういうことか。
僕は安堵しすぎてつい息を吐いた。好きな人の同じクラスの人、様子を聞きたくなるっていうのも分からない話じゃない。そんなことならいくらでも教えてやれる。
「しっかりやってると思うよ。委員長としての責任感も強いし文化祭とかでも孤立してた僕とかにも積極的に声をかけてくれたしね。あ、別にそういうのじゃないから気にしないで」
言ってから気がついた、この対応は間違っている。これじゃあまるで彼が三輪さんのことを好きだと知っているみたいな対応じゃないか。
だが当の本人はクラスでの三輪さんの様子を聞けたことに満足したのかそこまで気が回っていないらしい。良かったと言えば良かった。
「じゃあもう一つ聞いてもいいか」
まだ何か聞きたいのか。僕は良いよと言って話を聞く。彼はさっきと変わらない調子で質問を投げたので僕も同じように答えた。
「クラスで琴音と親しい人は誰かいるのか」
「女子ならいると思う。なんか休み時間とか一緒にいるのを見かけるし」
「そうか。じゃあ男子はどうだ」
「男子?そんなに積極的に話をしているってわけじゃないと思うから多分いないんじゃ無いかな」
「……ありがとう。突然こんなことを聞いて悪かったな」
「うん。別に良いよ、それくらいのことなら答えられるし。じゃあ」
ミスはしてないはず。僕は彼が教室から出て行くのを見届けるまで気を抜けない。教室の扉の前で彼は振り返る。
「それじゃあ、また委員会で。琴音によろしく」
彼は静かに教室を出ていった。後から入ってきた朱莉に向井くんとすれ違わなかったか聞いたけど生憎会わなかったらしい。心配しすぎか。
僕がそう思いながら朱莉と帰っていると、委員長と向井くんが一緒に帰っているのをたまたま見つけた。あれが委員長の望んでいる景色。
彼のとなりにいる彼女はとても幸せそうな笑顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます