秋晴れに朱を染めて
翌日、先輩たちと話し合ったことを朱莉に伝えると「いいじゃん!」と言って次の実行委員の時に提案すると言っていた。
正直これが通ればきっと良い意味で体育祭はみんなが楽しめる、もといAクラスだけが特段有利なものにはならないと僕は考えた。
「まぁ通れば、の話なんだけど」
「なんだ。自信ないのか?」
実行委員会のある日の朝、急いで隣のクラスから教科書を借りてきた人志が座りがけに言った。一体どこから聞いていたのかは知らんが、僕がため息をついていたのは聞いていたらしい。
「自信が無いとかじゃなくて、普通に反対案が怖いだけ」
これはAクラスから反対意見が出てもおかしくないというのが本音なところはある。だからそれを朱莉に押し付けているみたいな感じで凄く気に病むのが不安な点だ。
でも元はと言えば体育会系が活発な高校でもないのに、そういった偏りを持たせているのが変な話ではあるんだけど。
女子生徒がチラチラとカーディガンを羽織るようになった教室。白色が減って紺に染まる。日が傾くのが早くなって、気づけば僕は人志に呼ばれていた。
「行くぞ」
「どこに?」
「お前……実行委員会以外に何があるんだよ」
「あぁ、そうだった」
僕がボーッとしていたのを暫く待っていたのか、教室に着く頃にはほとんどの生徒が席に着いていた。よく見ると小此木先輩は確かに実行委員の中にいて、こちらに気がつくと小さくバレないように手を振ってくれたので僕も小さく会釈する。
前では朱莉が資料なんかを配っていて書記の人が黒板に字を書き始めていた。
朱莉が周りを見る。全員が揃ったことを確認すると、一度先生方を見て委員会を始める。
「今から、第2回の体育祭実行委員会を始めます」
今日の議題は3つ。
体育祭スローガン、競技内容の制定、クラス及び部活動の役割分担の確認。
最初に決めることになったのはスローガン。これは去年と一昨年のスローガを確認した上で各クラスで一つ意見を出し合う。その上で投票形式で決めることになり、これは二年のクラスの「燃える赤色、染まるは青色、眺める空は竜胆に」というスローガンになった。僕らが考えたのよりは百億倍良かったのでこれに決まって良かったと思う。後で聞いたらこれは小此木先輩が考えたらしく、さすが文芸部だなと自分の同じ部活に所属しているのに感心してしまった。
「じゃあ、次は体育祭の協議内容についてです。……えっと、一昨年と去年から変わった競技としては全員参加種目として長縄や綱引きといった種目が追加されています。今年も種目の変更や追加を予定しているってここには書いていますけど、何か意見がある人がいたら挙手をお願いできますか」
ここで何もなかったら朱莉が意見を述べるという算段だ。
そして基本的にこういった場で積極的に意見を出す人は多くない。全員がまずはあらかじめ配られていた資料に目を通すふりをしながら何も意見を出さないというのが普通。このまま誰も手を挙げなければ……。
「じゃあ、良いですか」
見るとそれは一年の一番前に座っているクラス、すなわちAクラスの生徒だった。その子を朱莉が当てると彼は立ち上がって意見を述べる。だが僕は思わず立ち上がったその生徒を見て声をあげそうになった。
「僕は今年の体育祭からのポイント形式を変更するべきだと思います」
ここに彼がいるのがそもそもの驚きだったが、彼が意見したその言葉の意味を考えてなるほどと感心した。彼は本気でこの体育祭を優勝しようとしていると理解できる、だってポイント形式の変更を彼が求めるということはすなわちもっとAクラスが有利になるような形式にしたいということなんだから。
だけどそのまま言っても大多数のクラスにとってそれはあまり受け入れたくはないことだということも彼は分かっているはずだ。もとよりAクラス独壇場の体育祭でみすみすAクラスがもっと有利になることなんて誰も受け入れたくない。そんな楽しくも無い体育祭を誰も望んでなんかいないんだから。
「僕が考えたのは、競技種目の中でも個人種目にポイントを重視するべきだということです」
そうなるよね。Aクラスは個人が強いんだ。団体種目で逆転負けする芽を摘んでおこうとするのは当然。だけどそれはすぐに朱莉が反論した。
「そんなことしたら余計にAクラスが勝ちやすくなるんじゃ無いの?」
誰もがそう思った。そしてその同意の視線を朱莉に送る。
しかし彼は一歩も引かなかった。というよりむしろさっきよりも強気に言い放つようになる。
「それは、もともとの体育祭の趣旨を勘違いしてるからそう思うだけです。文化祭は文化部が自分たちの実力をしっかりと発揮することのできる場であって、体育祭は運動部の力を見せる場です。だからこそ、そういった運動部が力を発揮して競い合う競技にこそ得点の割合を増やすべきだと僕は思います」
その意見に朱莉も反論できなくなる。
彼の言い分はまぁ筋自体は通っている。僕達みたいな実績がしっかりとあるともなんともな部活でも、一応の部活動の実績を披露する場として文化祭が提供されている。それがどうして文化部にあるのに運動部には無いのかということが彼はきっと言いたいんだろう。そして文化祭でも体育祭でも全員が力を合わせてする活動があるということで生徒たちの団結を阻害しているわけでもない。
これはAクラスのわがままで通したい案じゃないと一見すれば思う。
「……分りました。他に意見がある人はいませんか?」
彼が座り込んだときの満足げな顔。そしてこの空気感でさっきの案は通るかもしれないと委員長の件を知ってい人は内心焦りが見えていた。
「もし無いなら、私も一つ意見があるんだけど良いかな」
意見を朱莉が出そうとしたところで手がさらに上がった。見るとそれは三年の席から見える。朱莉がどうぞと言うと立ち上がる。あれは確か、去年の体育祭実行委員長だった気が。少し申し訳なさそうな笑顔を見せながら彼はみんなの方を向く。
「正直言って、去年の実行委員長なんて肩書きが僕にはあるから多数決になったら多少票数に影響しちゃうと思うのは申し訳ないんだけど僕もさっきの子の意見に賛成でさ、ちょっとだけそこに付け加えたいと思ってるんだよね」
あははっ……。なんて言いながらも彼は続ける。
「どうせクラスごとに競ってるんだから、リレーとかの競技全部、学年をまたいだクラス対抗にしてみても良いと思うんだけど、どうかな」
去年の競技の中には学年でクラスごとに競っているのはたくさんある。 だけど学年をまたいだものは一つも無かった。これが学年関係なくクラスでの競い合いになれば団結力も高まる気がする。これはさっきの彼以上に共感を呼んだ。
僕もこれは良い案だと素直に思う。ただ、この案はさっきの彼の暗に補足ということ。その前提として両者共にこの体育祭は運動部をより活躍させるということに重きを置いて考えているということに変わりは無いんだ。
彼の話が終わって隣を見ると人志もちょうど僕と話をしようとしていたのか、こちらに声をかけようとしていた。
「どう思う?」
「まぁ二つ目の案は通る気がするな」
「だよね」
「でもお前が考えてる問題は一つ目の方だろ?」
「うん」
「あれが通ったら逆転の目は無いんじゃないか」
そうだろうね。だからなんとしても一つ目の意見には対立意見を投げないといけない。朱莉がどうやって振る舞うかは僕にも分らないが、ここはひとまず信じよう。
「それじゃあ、他にまだ意見がある人はいますか?」
さっきの意見を話し合っていた生徒たちの小さな言葉の響きはゆっくりと消えている。静かになった教室を見て今度こそ意見が誰も無いということを確認した朱莉は僕の考えた意見を述べる。
「それじゃあ、私も一つだけ意見を出したいです。私の考えた案は……」
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