アイをその膝に乗せながら

 適当だったり適当じゃなかったり、文化祭の出し物はそれくらいの塩梅が良いんだなと思う。うちのクラスは一年にして気合いをいれすぎている。

「ということで、とりあえず私たちのクラスは空き教室での制作になったらから文化祭の日までのことを気にしないで使えるから。どんどん進めていこう」

 昔よりクラスが減ってることもあって、空き教室は実は意外にこの学校は多い。

 運が悪い教室は自分のクラスで展示な作品を仕上げるわけだけど僕たちのクラスはそんなことは無かった。とはいっても場所が離れているので大抵は自分のクラスで制作を進めていくわけだけど。

「で、考えてくれたかな」

 ミーティングのようなものが終わって各々が作業に取り掛かり始めた時、ちょうど文化祭の実行委員である子が僕に話しかけてきた。

「考えるって言うのは……何を?」

「え、言ったじゃん。お化けの役を引き受けてくれるかなって」

 そんなこと言ってたっけ。まぁいいか。あんまりクラスのことやってないからそれくらいの事を引き受けるのは。

「分かった。別に良いよ」

「ホントに?ありがとう!」

彼女が嬉しそうにお礼を言うので嫌な気分にはならない。どうやら部活に出る人とシフトの問題でどうしても人数が足りなかったらしく、最低限お化けの人員だけは確保しないといけないからまだ決まってない人に聞いて回ってたらしい。

「でも僕で良いの?あんまり演技とか得意じゃないから人を脅かすのは難しいと思うんだけど」

「あっ、それなら安心して。柳沢くんは立ってるだけでいいから」

 いわゆる人形だったら動きますというやつのガワをやるらしい。それなら確かにただ立ってるだけだから僕にでもできそうだな。

「また衣装の採寸とかは聞くことになるから、よろしくね」

 そう言って彼女は僕のもとを去る。隣では人志が静かに黒のセロファンを繋ぎ合わせていた。僕も座って彼の作業を手伝う。

「今日は部活に行かないのか?」

「うーん、たぶん行くよ。先輩が連絡したら行くことになってるんだけど、まだ来てないからとりあえずこっちを手伝おうと思って。クラスの出し物も大事だしさ」

 なんだかんだ言って部活に所属している子は半数以上だが、それでもクラスで作業をしている人はまばらなんかじゃなくてほとんどの子はいる。中には部活着のまま教室を出て言ったり入ってきたりする子もいるので、意外と実行委員の子はせわしなくしていた。

 そうしているとすぐにスマホが震えた。僕は人志の方を向くと、手を振って行けと払う。僕は「お願い」とだけ言って教室を出る。それとほぼ同時に朱莉からも連絡が来てこっちの教室に向かっているとのこと。すぐに廊下で姿が見えたのでそのまま部室に二人で向かう。

「春くんのクラスのお化け屋敷は上手くいきそう?」

「まぁ、今のところは何の問題も無いと思うよ」

 歩きながら過ぎていく教室はどこも生徒たちの声と、作業を進める生徒の姿ばかりが映っている。こうしてみるとサボっている子っていうのは目立つものなんだな。

「良く来た諸君!部活を始めるよ!」

「うるさいです」

「………(日野田先輩を睨みつける)」

「そんなに言わなくても……」

 実際、先輩はうるさかったのであんまり擁護はできない。

 篠原先輩もすでに来ているようで、他の生徒たちの進捗を見ながらアドバイスなんかをしている。確か、篠原先輩は二年生で他の生徒も二年生だったはず。あれ、日野田先輩は?

 ただただ篠原先輩が優秀だということが判明したところで、今日のノルマはホワイトボードにすでに提示されている。

 彼女はそこで後輩を置き去りに仁王立ちしている。……途中で突かれてソファに寝転がろうとしたけど篠原先輩に阻止された。情けなくて見てられなくなってきた。

「とりあえず今日の目標は確定してるんだ。着いてきてくれる?」

「分かりました」

 確かに書いてはあったけど、一体どうするつもりなんだろう。

 僕と朱莉は面識がないから役に立つとは思えないけど、彼女には何か考えがあるみたいだった。

「ちょっとここで待っててくれる?どうにかして先生呼び出してくるから」

 そう言って彼女が職員室に入ると作業をしている先生に声を掛ける。顔を上げた先生は別段日野田先輩と距離を取っているということはなく、ただ単に卒業してしまった先輩とだけ仲が悪いみたいだ。

ただそうだとしても部活動に着いての関係でないことは明らかで、そんな話が彼女から出るとは思ってもいなかった先生は驚きながらも外に向かった。

「突然のことなのに、ありがとうね坂田先生」

「良いですよ。部活のことと言われてしまっては断れませんから。こんなんでも一応書面上では私が顧問なので」

 僕たちは初めて顧問と顔合わせをして挨拶をする。とても穏やかで優しそうな先生だ。

 日野田先輩は、持っていたファイルから朱莉の入部届を出して彼女のことを説明する。呼び出すには都合のいい口実だった。

「これが一つ目の話。もう一つあるんだけどいいかな?」

「うん、構わないよ。今は夏休みだし時間は余裕があるからね」

「それなら良かった。少しだけ時間をかけて聞いてみたいことだったから」

 そんな彼女の言葉に先生は首をかしげる。日野田先輩は、分かってるよと言った様子で椅子に座った先生に尋ねた。

「今年も私たちは文集を出すことにしたんだ。それは先生も知ってるよね?」

「そりゃあもちろん。私が高校生時分だった頃にもありましたからね。途絶えるなんて話だったら私は先輩方に顔向けできませんよ」

「あははっ、安心してよ。そんなことはしないから」

「でもそれじゃあ、一体何を話すつもりなんです?」

 その言葉を待っていた先輩は真剣な面持ちで先生に聞いた。

「坂田先生は、去年湯野先輩と何の口論になってあんなことになったんですか」

 何か言おうとした先生だったが、それを遮る様に日野田先輩はまくしたてるように先生に詰め寄る。

「どうして今になっても何も教えてくれないんですか!どうして、あれから先輩は部活に来なくなったんですか!どうして、先輩は私にこんなものを残したんですか!」

 それは先生に向けた言葉のようで、本当はただ自分の心のうちにずっと渦巻いていたもの。自分でもそのはけ口が見つからないまま過ぎてしまった時間。先輩はただ泣き崩れがら先生に背中をさすられる。

 廊下に出ていた生徒たちはいっせいにこちらを向いて、何が起こったのかと泣いている先輩を見る。そんな状態になったのを知って、先生は「先に部活に戻っておいてくれるかな」とだけ言って空いていた進路指導室に二人で入っていった。

 ぼくらはそんな彼女を見送るしかなく、それを篠原先輩に伝えるとその日は先に帰って欲しいと言われて家路についた。

 

 日野田さんを席に着かせて落ち着いてもらうまで、私はただただ宥めることしかできなかった。それと同時に、自分が触れないまま離れてしまったことをひどく後悔した。こんなにも彼女が傷ついていることにも気づかずに、ただ穏やかな子だと思っていた自分を同時に恥じた。

 このまま隠し通すわけにももう行かない。私は自分の過ちを語らなければならないんだ。

 涙を拭いた彼女に先生は語りかける。

「一つ、話を聞いてほしい。私の犯した罪と、彼の決めた道についてを」

 先生の名の入ったファイルを出して束になった書類を机に置く。

 それこそが少年の言の葉だった。

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