負け戦はお手の物
文芸部はこの高校創立以来由緒あり伝統的な部活である。なんていうのは今は昔の話。活字離れが問題視されるようになった今、文芸部に足を踏み入れるのは読み書きが趣味の奴か、彼女のように青春を捨てて暇を持て余した奴かの二択だ。
「とはいっても最近は成果が無いと部活動の継続は難しくなってきてね。こうして時折文芸作品を賞に出しては落選の日々だよ、はははっ!」
笑顔で清々しく言われるのでなんとも反応しずらい。
彼女は自分の書いた作品を段ボールにしまうと、毛布を体に巻き付けてソファに転がる。冷房が効きすぎていて寒いくらいだが、壊れていて調節ができないのだと。
「それで、本当は何の用があってここにきたんだい?」
本題に彼女から誘導されて僕はかくかくしかじかを説明すると、彼女は笑い転げた。そのまま笑い転げてソファから落ちたのでざまぁみろと思うと彼女は頭をさすりながら落ち着く。
「なんだ、君達みんな恋愛経験なしなのか。今どき高校生でそんなのって珍しいね」
先輩も同じ高校生では?と思いつつ彼女の話を聞く。
「つまり、君達は人志って子が誰かにアプローチをしようとしているからその相手を調べようとしていたけど無理だった。だから先に彼にアプローチをしちゃおうって思ったってこと?」
「まぁそんな感じです」
おおよそあってる。そのためにモールにも行ったし彼にも聞こうとはした。
分からないなりに考えた結果だったからどうだろうと自分自身思っていたけど、先輩からの評価はそこまで悪くなかった。
「いいじゃん。別に私に聞く必要なんてないと思うけど」
彼女は何故か置いてある冷蔵庫から冷えたお茶を取り出して飲んでいる。寒いんじゃなかったの?
「でもどうすればいいかまったく案が浮かばなくて」
彩乃が直接人志を誘ったとして、このままいけば玉砕するのは目に見えている。それを良しなんてできないしかといって他に何か方法があるかと言われたら無いとしか言えない。どちらにしても行き詰まっているのは確実だった。
「案ねぇ。あっ、ならこういうのはどう?」
三人にその案を伝えると僕は良いと思ったけど、彩乃と朱莉は渋い顔をしている。
「失礼を承知で聞きますけど、先輩って恋愛経験ありますか?」
朱莉が聞くと先輩は笑って誤魔化した。
「あははっ、バカだなぁ。高三にもなって恋愛の一つや二つ、したことないわけないだろう。あははっ、は、ははっ………」
毛布にくるまって頭を隠してしまった。どうやら触れちゃいけないところだったみたいだ。僕はくるまってしまった先輩をなんとか起こして話し合いに戻ると他の案についても話し合ってみた。
「でも結局現実的なのは私の案だけじゃない?」
どや顔で言われたけど実際そうなので何も言い返せない。
「でも良いんですか?好きでもない人とそんなことするなんて」
「だって、付き合ってる人とかいないし………」
あぁ、またメンタルを削ってしまった。
慌てて訂正してなんとか情緒を取り戻してもらうと先輩は立ち上がった。
「じゃあ今から行ってこようか」
「「「待って待って待って」」」
全員で引き留める。それで言ったら無策とほぼ変わらない。
「速戦即決っていうだろ?決めたならすぐに行動しないと、手遅れになるよ」
「なら僕が行ってきますよ。いきなり知らない先輩に声かけられたら誰だって怖いでしょ」
「でも春くん、こないだ決別したんだよね」
そんな大層な話ではないけど、仲違いはしたと思う。
けど話したらそれくらいの理解があるやつだとは思ってるから、心配はいらないというと二人は僕が行くのを許してくれた。
幸いなことに今日は人志の苦手な数学の授業の補修がある。
放課後になってもまだ帰っていないはずだ。
数学準備室の隣の教室に向かうと、まだ終わっていなかった。一瞬覗くとそこには黒板の方を向いている人志の姿もある。
チャイムが鳴るのを待ちながら野球部の練習風景を見ていると、暑さで耐えられなくなったのですぐに部室にリターン。
クーラーがんがんに効いた部室では女子三人の女子会が形成されていた。
入りずらいなと思いながらもゆっくりと部室の扉を開けると、帰ってきたんだといった様子で僕の分の席を空ける。
「それで、どうだった?」
「ごめんまだ補習だったみたい。待ってたらさすがに暑すぎて戻ってきた」
「はい、これ持って行ってらっしゃい」
先輩が渡してくれたのはアイスだった。
どこから取り出したのかはとりあえず言及しないでおくけど、暗に出てけと言われている気がしたので諦めて部室を出る。出た瞬間、彼女らの談笑がまた弾んだので解けかけのアイスを眺めて虚しくなりながら頬張るとまた教室に向かった。
食べ終わったアイスの棒を引き裂いていると、チャイムが鳴った。
トイレのゴミ箱にそれを捨てて人志が出てくるのを待っていると、げんなりした様子の彼が筆記用具を持って教室から出てきた。
「おーい、人志」
呼ぶとその顔のままこちらに気が付いて「なんだ、憐れみに来たのか?」みたいなことを呟きながらこっちに近づいてい来る。
「とりあえず売店行こうよ。なんか奢るからさ」
それを聞いて彼の顔に少しだけ精気が戻ったのでそのまま一階の売店に向かう。残念ながらほとんど何も残っていなかったが、アイスだけはまだあったのでそこから好きなのを選んでもらって箱にお金を入れて席に座りながら食べた。
「それで、どういう風の吹き回しで俺とまたこうやって話す気になったんだ?」
前回の別れ方が別れ方なのでそういう風に考えるのも致し方ない。
アイスを食べる手が止まらない彼を見ながら僕はさっきの案を実行する。
「実はさ、今週末に朱莉と出かけることになったんだ」
「………はぁ」
ここまででこんな反応になるのは分かっている。だがまだ終わりじゃない。
「それでその話をしたらどうやら彩乃もそこに一度行ってみたかったみたいで、三人で行こうっていう話になったんだけど女子2に男子1はなんか気まずいじゃんか」
「それで俺か?男子なんて他にもいるだろ」
やっぱり嫌かぁ。
でもここは僕の巧み?な話術でどうにかしなくてはならない。
「彩乃が行きたい場所に行くんだ。知らない人なんか連れて行ったら気まずいじゃんか。それで三人が知っている人って絞って言ったら消去法でお前になったってわけ」
「その絞り方したらそうなるだろ。それに俺は週末用事が」
「一度ならず、二度までもお前は彩乃を泣かせるのか?」
これは切り札だった。最後まで行こうとしなかったら言うと決めていた。人の心がある限り、これで動かない人間はいない。つまり最初から人志は来ないなんて選択肢は用意されていなかったんだ。
交渉はテーブルに座る前が一番大事って言うのはつまりこういうこと。
「………分かった。週末だな?待ち合わせの場所と時間送れよ。俺はもう補習で死にそうなんだ。もう帰って寝る」
彼はアイスの棒をゴミ箱に投げると行ってしまう。
僕は落ちたそのゴミを拾ってちゃんと入れると、三人がいる部室へ戻る。
「こんどこそ、話せたんだよね?」
先輩は僕が部室に入るや否や成果を訪ねてきた。なんとかなったということを言うと、彼女は満足げに「ほらね?」みたいな顔をしている。実行の方が責任重かったきがするけどね。
「ならお疲れさん。はい、これアイス」
またアイスを渡された。どんだけアイスあるんだよ。
そのまま流れで部室に置いてあった荷物を持たされると扉が閉まって鍵がかかる。
………えっ?
「ちょ、先輩?……朱莉?おーい、彩乃?」
どれだけ扉を叩いても聞こえてくるのは三人の笑い声だけ。
何これ、酷くない?!
そんなことをしていると偶然廊下を歩いていた人志に遭った。
「何してんだお前」
「……見ての通りだけど」
手に持っていたアイスはどろどろになっている。
「一緒に帰ろう」
「いいぞ、ついでにファミレス寄ろう。腹減った」
これは策略なのか、どうなのか。その真相は分からないがなぜか少しだけまた人志との距離が縮まった。
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