嘘つきのカンタータ
馬鹿なのかと思うかもしれないけど、人志と学校では前と変わらない関係が続いていた。今日も授業の移動教室も一緒に向かったし、彼も指摘されなかったからかいつもと同じように接してくる。
「彩乃、なんて言ってた?」
「それくらい自分で聞きなよ。自分で蒔いた種だろ」
どうやらあれから口を聞いてもらえないらしい。だがそれも当然と言えば当然ではある。黙っていたこと然り、口止めをしていること然り。もう有罪判決は覆らない。
でもどうしてそこまで隠し通す必要があるんだろうか。
「分かったよ。それは自分でどうにかするわ」
「そうしてくれ。そしてちゃんと慰めてあげろ」
とはいえ、彼女が許してくれるかどうかはまた別の話だと思うが。僕が帰ろうとしていた時に人志は呼び留めるように言った。
「ところでお前は夜川さんとはどうなったんだ?」
「別にどうもしてないけど。なんで?」
「最近あんまり一緒に見ないなと思ってさ」
確かに言われてみたらそうかもしれない。前はあれだけずっと一緒にいたのに、最近はそういう訳でもない。
学校に一緒に行ったりするのは変わらなかったりするけど、帰りも彩乃とのことがあってからはまちまちになっている。
「まぁ僕的にはそっちの方が良いから別に困らないけどね」
そういえば今日の放課後はどうしようか。
「人志は、この後ひま?」
「何だ急に。俺と遊びたくなったか」
「そんなことは無いけど、ちょっと相談というか聞きたいことというか」
「あー、こないだの話か?言っとくが俺は別に彩乃のことが嫌いになったとかそういうのはないぞ」
「とりあえずどっかでゆっくりしながら話そう。ここじゃ暑いし」
「……それもそうだな」
既に教室のエアコンは切れている。ケチすぎる学校の方針で、HRが終わって10分でエアコンが切れるようになってしまったのだ。
僕らはそのままこの間行ったファミレスの席で腰を降ろした。
ドリンクバーだけを頼んで、飲み物だけを取りに行って再び座った二人は静かな沈黙に押しつぶされそうになる。
「お前から誘ってきたんだろ。何か話せよ」
彼はストローで氷をクルクルしながら暇そうに外を眺めている。道路は暑さで歪んで見えて、僕はいやいや聞いた。
「どうしてあの時、僕と彩乃をくっつけようなんて考えたんだ?」
ずっと気になっていたことがある。あんなことをしなくても人志がもし自分の好きな人が他にいるのだとしたら正直に彩乃に言えばよかったと。
それまで人志にそんな友達がいることなんて知らなかったし、それにそうするように彼女にも言っていたわけなんだから。わざわざ呼び出してまでそんなことをする意味が僕には理解できない。
「お前が朱莉との距離を置きたいみたいな話をしてただろ。それでいいんじゃないかと思ってお前に紹介したんだよ」
それはすでに知っている。僕が聞きたいのはそういうことじゃない。
「彩乃の気持ちは考えなかったの」
「だから、彩乃を嫌いになったってわけじゃ」
そこから先、いろいろと言い訳をされたがどれもあまり頭に入ってこなかった。
結局は全部保身のためにすぎなくて自分が悪いことをしたとはコンマ数ミリも思っちゃいない。だからきっとモールで彼女を泣かせてしまったことも彼は気づいていないんだろうなと失望した。
「つまり、自分は悪くないって言いたいの?」
「ちょ、急にどうしたんだよ。お前そんなやつじゃなかっただろ」
「だって彩乃が泣いていたのだって人志は知らなかったんだろ?」
それを聞くと人志は急に黙り込んだ。まるでやってはいけないことをやってしまったかのような顔をしているけれど、そんな顔をしてもすでに遅いことに気づいてほしい。もう既に彼女は傷ついているんだ。
言いたいことはもう言い切ったし、もうすぐテスト期間が始まる。彼ともあんまりこうやって話す機会はしばらくない。
僕はコップに入った飲み物を飲み干すと、千円札を一枚置いて席を立つ。
「君の恋路を応援していないわけじゃないんだ。ただ、もう少し周りを見て欲しいと思ったんだよ」
「そりゃどうも」
そのまま店を出て日が暮れる。
翌日、朱莉と彩乃が空き教室に呼んできたのでそこで昨日あったことを話したら何とも言えない顔をされた。
「なんか僕やっちゃいました?」
「全然無双できてないし、むしろちょっとダサい」
「うん。最後のいらないって」
二人にはあんまりよく映らなかったらしい。それを聞いて改めて自分の言動を振り返るとなんかかっこつけてるみたいで恥ずかしくなってきたじゃん。
「でも結局さ、人志が好きな人は分からなかったんだね」
「あ、それはごめん。ちょっと頭に血が昇って」
「それは春くんが謝ることじゃないよ」
幸いなことに今は夏休み前。動き出すチャンスがそこにあるなら、人志はちゃん動いてくれるはず。
「とは言ってもまだ一か月くらいあるけどね」
今は七月に入ったばかり。最近はすぐに暑くなるのでもう夏真っ盛りみたいな日差しだから忘れるところだった。
「それまでにできそうなこと、できそうなこと」
朱莉がスマホで必死に恋愛について調べている。
そういえば彼女は恋愛経験で言えば皆無だった。僕に付きまとっているせいで基本的に普通の恋愛観ではそもそもないし、かといって他の人にあんまり興味も持たないので普通の人がどんな風に恋愛を営んでいるかなんて彼女には所詮関係ないことなのだ。
「裏を返せば、それは僕も変わらない………」
恋愛経験者が全くいないのに人志の恋愛攻略法を考えているなんて、それこそ井の中の蛙なのでは?
とは言ってもこんな時に頼れる人なんて………いないことはない。
けどなぁ。めんどくさいなぁ。
気づけば僕はうんうんと頭を悩ませていたので、朱莉は調べていた手を止めてこちらに気づいてしまった。
「何か思いついたの?」
そういうところはホントに察しが良いなぁ朱莉は。もう少しくらい鈍感であってほしいと思いつつ僕はケロっと話した、怒られると分かっていても。
「いつからそんなところに所属してたの?私も入部する!」
「どうどう」
「さすが柳沢くん」
絶対なにも考えないで肯定しただろ、と彩乃に思いつつ朱莉がそこに向かおうとすでに教室を出そうだったのでいるか分からないと念を押す。
だがそんなのは構わないとでも言いたげに部室棟に行ってしまう。
「さすが、春くんのことになると違うね」
「僕には僕の魅力なんて分からないからさっぱりだけどね」
教室の電気を消して扉を閉めると、遠くから戻ってくる朱莉の姿が。
何事かと思ったら、僕じゃなくて彩乃の前に立った。
「春くんはやめてって言ったよね?」
笑顔のまま顔を近づける朱莉。怖いよ、そんなんじゃ友達減っちゃうよ。
どんな地獄耳なのか分からないが彩乃は苦笑いしつつ頷くとまた部室棟に一瞬で消えた。
「すごいね」
「うん、すごい」
部室棟についてから僕の所属している部の部室を覗いたが電気は付いている。どうやら活動はしているみたいだ。
「ここだよ」
「……普通だね」
「だね」
なんかちょっと今日の二人、トゲない?節々に傷つきながら僕がその部室の扉を叩くと、奥でのそりと衣擦れの音がして扉が開かれた。
「あれ、春くん。彼女さんとは別れたの?そうだ、いいところに来たね。暇だったから話でもしようよ」
寝起きの顔をした先輩は僕を部室に招いている。
だが先輩は地雷を踏みまくったことに気が付いていない。
「分かりました、日野田先輩。紹介します、こっちが仁科彩乃さん。で、先輩が言ってた朱莉です」
「あー、別れてなかったのね。ごめんごめん。そうだ二人も入りなよ。ここ涼しいからさ」
彼女に招かれるがまま僕たちは部室に入っていく。
朱莉は終始笑顔を固めていた。
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