カフェオレに砂糖を入れて
「その……言い訳したのは謝るけど本当に朱莉が思っているようなことをするためにここに来たんじゃないんだよ」
でもこれは僕にも落ち度はある。本当なら昼は朱莉と食べるということになっていたのに人志を追いかけるのに夢中になっていたせいですっかり二つ目の予定があることが頭から抜けていた。
「それは本当。私の都合に春くんを付き合わせていただけだから」
「その春くん呼びやめて欲しいな」
「………柳沢くんに付いてきてもらったの」
「そっか。ならお店に入って何してたの?」
彩乃がこちらに目配せをする。言ってもいいのか不安なのだろう。
だがそういう点において朱莉は信頼できる。僕にしか興味が無いのかは知らないけど、基本的に他人についてはあんまり干渉してこないしその反動として干渉されるのを嫌う。
どうしてそんなことをしたのかや、電話での態度を聞いて今からどうしようかと思っていたところだったと海鮮丼を食べながら話すと朱莉は「うーん」と言った顔で箸を止めた。
「危機感が無いね」
「なにが?」
「おかしくない?だって同じ学校の生徒と一番すれ違いそうなモールに女子と二人だよ?そんなの疑って下さいって言ってるようなものだよ。仮に私が男子でもそんな余計な憶測を生むようなことなんて考えないもん」
確かにそれは無くもない気はする。その子と仲の良い子とかなら分かるが、彩乃も言っていた通り知らない人だ。そんな人の好みを人志は信用するのか。
「そう考えると急に怪しくなってくるね」
「やっぱりもう少し追いかけよう春k、柳沢くん」
手を合わせてすぐにでも立ち上がった彩乃を引き留めたのは朱莉だった。
「私もそれに手伝ってあげる。このまま夏休みなんて気が悪いし、彩乃ちゃんだって嫌でしょ?」
「え、でも今日は約束してたってさっき」
「いいよいいよ、別に春くんと出かけるのは今日じゃなくてもできるけど、人志くんを追いかけるのは今日じゃないとできないんでしょ?」
そうして三人で人志を探す旅が始まったんだけど、さっきから左腕が朱莉に縛られている。
「朱莉、動きづらい」
「いいじゃんこのくらい。本当ならそんなことだって言わせないんだから」
その先は言わなくても分かるでしょ?というのが分かったので深くは聞かないことにした。
それにしても人志はどこに行ったんだ。
一瞬目を離したから見つからないのは当然と言えば当然なんだけど、行きそうなところに行ってもなんの手掛かりもない。
「このまま無策に探しても意味ないな」
「あっ、見つける方法ありました」
「ん?見つけたの?」
「私、人志の位置情報を登録してるんだった。それで見れば早いよ」
「良いよねそれ。私も使ってる!」
え?誰に?
急に距離が近くなったと思ったのか朱莉と彩乃が親し気になる。
そんなストーカー予備軍みたいな共通点で仲良くならなくても。ていかその位置情報って僕じゃないよね?
「あ、あっちにいるみたい」
そう言って二人で行ってしまう。
もう僕いらなくない?
GPSを示す場所に着いたが、そこはペットショップだった。中にはいくつもの猫犬がこちらに媚びを売っていて人々を癒してくれるが、今日の目的は残念ながら君達じゃない。
「いないね」
「ここじゃないってことか」
ショッピングモールは階層構造になっているのでGPSの示す場所に向かっても必ずしもいるとは限らない。
そしてこの階じゃないならあとは下に行くだけ。幸い近くにエスカレーターがあったのでその下駄菓子屋に向かう。まだGPSは動かない。
ここにもいないかと思われたが、よくよく見るとレジで会計をしているのは人志だ。すぐに二人に伝えて影に隠れて観察する。
なんで駄菓子?
そんなことはさておいてさっき一緒にいた子はどこだ。すぐに辺りを見回すがどこにも姿は見えない。人志は店を出てもあの女子と合流する様子はなく、ゆっくりと付いて言ったが突然角を曲がってトイレの方へ向かうのを見て待っていればよかった。
こんなところにまで三人で来るのはさすがに無理が過ぎた。
「で、さっきから何してるんだ春」
振り返った人志ははっきりと僕だと分かったうえで声を掛けた。
だけどそこに彩乃と朱莉がいることは想定していなかったみたいだ。すぐにうろたえた様子で二人を交互に見ると、バツが悪そうな顔をしてそのまま踵を返してトイレに行ってしまう。
「ちょっと待ってて」
僕が二人に言うとトイレに付いていくが、もちろん彼は鏡の前で待っていた。
そこには聞いてないぞといった様子で僕を責めるような顔をしている。
「お前はそういう約束は破らないタイプだと思ってたぞ」
「人志、これは誤解だ。別に僕は話したくて話したわけじゃない。いろいろあって話すと長くなるけど、今日は彩乃とここに来てたんだ。それでたまたま人志を見つけて。女子といるから追いかけようってなったんだ」
「……ならなんでさっきの電話の時に言わなかった」
「だって彩乃には秘密って」
目の前にいるのにそんなことを言われたから、どうにか誤魔化すくらいしかできることはなかった。
納得はいってないが、もとはと言えばこんなところで黙って女子といる人志が悪いと思わなくもない。
「じゃあ夜川さんは?百歩譲って彩乃は分かる。俺がお前たちに恋人みたいに振る舞えばいいんじゃないかと言った張本人だからな。でもなんで夜川さんがいる」
「朱莉は………勝手に来た」
「勝手?」
本当は約束はしたけど、忘れてたから勝手に見つけて来てしまったが正しい。
同じ穴の狢として教えてあげても良かったけど、彩乃の扱いが酷いのでそんな施しはしてやらない。
「それはいいじゃんか。彩乃がここまで疑ってるんだから弁明の一つや二つするつもりはないの?」
「……分かったよ。ならお前は夜川さんと帰ってくれ。あとは俺から説明しておくから」
僕はそれを了承すると待たせていた二人のところに戻って状況を説明した。
話を聞いていた彩乃は、人志からの説明があると聞くとどうやら安心したようで僕に「ありがとう」とだけ言ってトイレの外で待つことになる。
朱莉の方はと言えば、まだ不満はあるようだがこれ以上干渉するわけにもいかないので僕と一緒に過ごせることで心を満たすことにしたようだ。
「それじゃあ、頑張ってね彩乃ちゃん」
「ありがとう」
二人の姿が消えて、残った二人になった朱莉はやっぱりいつもと違う気がする。
取り繕うような彼女の笑顔は久しぶりに見た気がして、それに気づかれたと思った朱莉はそれでも笑顔のまま人志たちから離れるようにデートを楽しもうとしていた。
「今日は楽しかったね」
「うん。僕も今日は約束忘れててごめん」
楽しかったということに同意はしたものの、こんなにも朱莉といて心が落ち着かなかった日はない。やっぱり心のどこかで二人のことがちらちらとこちらを覗いてきているのだ。
「明日になったらまた分かるでしょ。進捗あったら私にも教えてよね」
そう言って朱莉と過ごす休日にしては珍しく現地解散になった。
このまま帰るのも落ち着かないし、僕は帰っていたその足を止めてちょうどエスカレーターを降りたところにあったカフェに入ってカフェオレを頼む。
砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜながら一口。甘い。入れなくてよかったかも。
なんとなくエスカレーターから降りる人をぼ――ッと眺めながらいると電話がした。
「もしもし」
「…………春くん。少しだけ、会えない?」
電話越しに聞こえてきたのは泣きじゃくる彩乃の声。
嫌な予感というのは往々にして当たるもので、僕はすぐにカフェオレを飲み干すと店を出て彩乃がいるという場所まで向かった。
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