話せばわかる、何事も
日曜の朝、いつもにもまして僕は布団から出たくなかった。
が妹という障害によって僕は無理矢理に起こされて朝食の席に着く。
「今日はデートなんでしょ?朱莉ちゃんから聞いたよ。早く準備しないと」
この通り、妹と朱莉は仲が良い。
なので僕と彼女の間の話というのは包み隠すことなくすべて垂れ流されているので言い訳のしようがなかった。
「愛華、今日は体調がすぐれないからやめておくって朱莉に言っといてくれない?」
「何言ってんの。お兄ちゃんの体調なんかどうでもいいから、行ってあげないと」
お前が何を言っているんだ。どんな教育をしたらこんなに兄思いじゃない妹に成長するのか理解に苦しむよ。
顔を洗い、歯を磨き、半ば強制的に着替えをさせられるとなぜか満足げな妹は「行ってらっしゃい」と言いながら自分の部屋に戻っていった。
「………暑い」
外はまだ朝だというのにも関わらず、とても暑い。少なくとも日差しの下にいたら汗が止まらなくなってしまう。
そして何より肝心のダブルブッキングについては何も解決していなかった。
「本当にどうしよう」
とりあえず時間をずらすことには成功したけど、バレるのも時間の問題なんだろうなぁ。ひとまず落ち着くために僕は彩乃との待ち合わせ場所に向かう。
到着してしばらくしてスマホを見ていると声を掛けられて顔を上げる。そこには学校では見ないようなかなり可愛らしい格好をした彩乃の姿があった。学校ではスカートが短かったりリボンを外したりしていてかなり可愛いと結びつかないようなイメージだったので私服がこんな感じなのは意外だった。
「お待たせ」
「別に待ってないよ。……けっこう可愛いの好きなんだ」
「?!。何、ダメなの?」
「いや意外だなって思っただけだけど」
「あっそう。もう行こう。人志の目的地は分かってるから」
恥ずかしさを誤魔化すように彩乃は先さきと歩いて行ってしまった。
僕は携帯に朱莉からの連絡が無いことを確認して彼女についていく。着いたのはショッピングモールだった。
「ここにいるの?」
「そのはず。あっ、ほらあそこ」
柱の陰に隠れて指をさした先には私服姿の人志がいる。どうやら人を待ってるみたいだ。僕と彩乃が吹き抜けになった通路の反対側から彼を観察していると待ち合わせに来たであろう女子が人志に手を振りながら近づいていく。
「ちょ、落ち着いて彩乃」
今にも走っていきそうになった彼女の手を握りながら止まるように言う。ここで行ってしまったらわざわざ隠れてこんなことをしている意味がなくなってしまうと、説得して彼らの行く先を見守ることにした。
「あの子ってこないだ一緒にいた子だよね」
「確かに、そう見えなくもないけど遠いからあんまり分からないかも」
「絶対あの時の子だよ。人志とこんな休日に何する気なの?」
半ギレ気味の彩乃はその場でしばらく談笑する二人を見て機嫌がさらに悪くなる。早くどこかに移動してくれないかなと思っていると、その願いが通じたのか二人が移動を始める。
「どこかに行くみたい。行ってみよう」
彼らが最初に向かった先は服屋だった。服でも買うのかな。
そう思っていると彩乃も僕を連れてそのお店に入っていく。
「さすがに近すぎない?ばれるんじゃ」
「大丈夫。私の服を選んでる振りをしてて。私が人志のことを見てるから」
とは言っても女子の服なんて選んだことないんだけどなぁ。
とりあえずいい感じだなと思った服を彼女に見せると「何これ」と一蹴されてしまった。残酷すぎて泣けてきそう。
二回目に彼女に提出したのはどちらかというと学校での雰囲気に似ている感じの服だったのだが「嫌い」という感想と共に突き返された。
これなら大丈夫だろうと思って三度目に淡い色のロングスカートを彼女に渡すと「行くよ春くん」と人志たちが店を出て行ったのを見てすぐに追いかけていってしまった。僕が必至に選定して頭を抱えていた時間を返して欲しい。
次に二人が向かったのは雑貨屋?だった。
あんまり広くない店内なのに彩乃はばれるのを臆することも無く中に入っていく。もちろん僕もついていくことになったわけだけど、二人はネックレスやイヤリングを合わせてみたり実際に着けてみたりして「いいんじゃないかなぁ」なんて言ったりもしている。
それを背中で聞いていた二人だが、段々と二人の態度に彼女は不安を覚え始めていた。
「もう出る?」
彩乃に聞いても彼女は静かに首を横に振るだけ。結局最後までいろいろと見て回っていた二人の後ろをついていきながら店を出た。結局二人はまだ何も買い物という買い物をしているようではなかったけれど、すでに彩乃の心は摩耗しきっている。
「そろそろやめない?彩乃が一番苦しそうなんだけど」
「私のことは気にしないでいいよ。それよりも追いかけないと」
と言って彼女がまた歩き始めたが、どう考えてもこっから先は見ていて傷つくだけな気がする。
「ちょっと、彩乃ストップ。一回落ち着いて」
「私はいつだって落ち着いてるよ。それより二人を見失っちゃう」
「だからこそだって。まだ二人が付き合ってるのは決まったことじゃないじゃん」
「なら、確かめよう。僕が今ここで人志に電話をするから。それで正直に話してくれたら信じてあげようよ」
とはいっても出てくれるかな。僕は人志に電話をする。
数コールの後に彼は意外とあっさり出てくれた。
「もしもし、どうした休日に電話なんて珍しいな」
「いや、今日暇かなと思って。良かったら遊ばない?今モールにいるんだ」
「……そうか。悪いな、今日はちょっと買いものに来てるんだ。おれのセンスが不安だから女子についてきてもらってるけど、彩乃にはくれぐれも黙っててくれないか?あいつ絶対に何か言うだろうから。じゃ、そういうことだ。頼んだぞ」
切られた。なんて言ってた?っていう顔をしてこちらを見つめる彩乃になんて説明したものか………。でも幸いなことに僕たちが思っていたようなことにはならなさそうで一安心ではある。
「なんか彩乃には秘密にしておいて欲しいみたいだけど、聞いたところ彩乃が思っているような悪い予感ははずれみたいだよ」
「それって、デートじゃないってこと?」
「そう、そういうこと」
煮え切らない感情のままだったが、ゆっくりと溜飲が下がった彩乃は突然ベンチに座り込んでしまった。聞くと朝から緊張して何も食べ物が喉に通らなかったらしい。
「私はもう人志にとっていらない存在になっちゃったのかと思ってたから安心だよ。ありがとう春くん。こんなどうでもいいことに付き合ってくれて」
「別に。本当にデートなんてしてたら僕も制裁を加えてやろうと思ってただけだし」
何よりも彩乃が可哀想だったからなんだけどね。
いつの間にか時間が過ぎて昼前になった。先にフードコートに行って混む前にご飯を食べようとなって一緒に選んだ海鮮丼を買う。
アラームが鳴って商品を受け取ってから席に着いて食べ始めようとした時だった。
「この後、どうする?」
食べ始める前に彩乃に尋ねる。
だが彼女は黙り込んだまま答えようとしない。
やっぱり量が多かったかな、なんて思っていたがどうやらそういうことではないらしい。彼女が見ている視線が僕に向いていないことに気が付いたのは隣の席がゆっくりと引かれた時だった。
「こんにちは春くん。今日は私とデートの約束だったよね?」
左手で箸を持ったままゆっくりと隣を見る。僕と同じメニューを頼んだ朱莉がそこにはいた。
「え、朱莉?」
とつい口から出てしまってから、この反応は間違いだったと気づいたものの時すでに遅し。急に背中が冷汗で冷たくなっていく。
彩乃に視線で助けを求めてみたものの、ゆっくりと目を瞑られて追悼の意を示された。
だがこういう時の頭というのは急速に回転するもので、まだ朱莉が僕たちが一緒に人志を付けていたことが知られていなければ大丈夫だと考えてすぐに言い訳を並べた。
「これはたまたま彩乃と会ってさ、昼から集合でお腹も空いたところであったもんだから一緒に食べようってなったんだよ」
「何言ってるの?」
彼女は笑顔でその言い訳を真っ向から否定する。
「さっき服屋とか他のお店とかにも二人で入ってたじゃん」
万事休す。誰か今からでも入れる保険を教えてください。
昼ごはんから一変、僕は唐突に裁判にかけられることになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます