大敗も大敗

「誰?」

 開口一番それはハードルが高すぎるよ。

 笑ったままの朱莉がこちらを見て僕のとなりにいる彩乃を指差して言った。

 ここで変に取り繕っても意味がないので、僕は正直に答えようとすると何を思ったのか彩乃が自己紹介を始めた。

「私は仁科彩乃です。こっちが友達の」

 さすがに圧に屈して人志の傀儡のままではいられなくなったみたいで安心した。

 いや、安心は全くできないなこの状況だと。

「知ってるよ。だってその子は私の彼氏だから」

「いや、ちが」

「彼氏だよね?」

 有無を言わさない言葉の圧力。こんな意固地な朱莉を見たことはないから驚きつつも否定を許さないその眼力に屈しそうになったが、意外にも彩乃が助け船を出してくれる。

「ちょっと、春くんが嫌がってるじゃないですか~。やめてくださいよ夜川さ~ん」

 そう言いながら僕の腕を握って後ろに隠れながら口撃を仕掛ける彩乃。

 もう朱莉がかなりイライラしているのが分かる。爆発の被害を受けるのは嫌なのでそのまま彩乃と戦線離脱すると、後方で耐え切れなくなって爆発しているのが聞こえてきた。

 結果的に朱莉と離れることはできたけど、あんまりこういうことは控えて欲しいと彩乃にお願いすると「どうしてですか?」と素の表情で言われた。

 僕が後で怒られるのが怖いからかなというと「なら続けるね」と平気な顔で言われたんだけど。

 あれ?僕の味方は?

「ま、まぁいいや。それより人志を探しに行こう」

「そうだった。忘れるところだったよ春くん」

 あいつだけは生かしておけないので徹底的に探すしかないわけだが、どこにいるんだ?探してもどこにもいない。

「あっ」

 校舎の方に戻ったらすんなり見つかった。しかも友達付き合いが苦手だなんだと言っていたのに女子といるんだが。彩乃と話してもう少し泳がせておくことにする。

「あの子、誰か知ってる?」

「知らないけど。少なくとも僕のクラスじゃない気がする」

「私のクラスの子でもないんだよね。一体誰なんだろ」

 見た目は普通に綺麗な子という印象しか受けないが、遠目から見ていると時折笑ったりもしていて会話は良好な様子。

 だがその都度となりで一緒に潜んでいる少女の表情が曇っていく。

 空気を読んでくれたように二人が別れて人志が校舎の方に向かっていこうとしたので、先回りして容疑者を押さえることにする。

 先に着替えて廊下の先の階段で待ち伏せ。

 何も知らない人志は突然現れた二人に驚いた様子で立ち止まった。

「おっ、なんだどうした二人そろって。………俺の顔に何かついてるか?」

「付いてるよ。浮気してますってそこに顔に書いてある」

「………あぁ、さっきの。あれはほら少し相談があるって話が合ってそれに乗ってただけだって。そんな浮気って付き合ってるわけでもないんだからさ」

「でも………いや、なんでもない」

「そうか。じゃ、俺は用事があるからな。意外と二人はお似合いなんじゃないか?幸運を祈るよ、春」

 そう言って帰ってしまった。

 隣では言葉を失ってしまった彩乃。背の小さな彼女の表情は髪で隠れて良く見えない。ただ、いくらなんでもあいつの対応が間違ってるのは僕でも分かった。

「大丈夫?」

「………なにが」

「いやさっきの人志の態度は、あんまりいい気持ちはしないなって思って」

 こんな対応をされたら、本当にあいつは彩乃を僕に押し付けたみたいで、言葉にできないイライラが募る。

「春くん、週末暇?」

 彼女は腕で顔を隠すと、パッと顔を上げて言う。

 少しだけ立ち直ったようなそんな感じだ。

「別に予定はないけど」

 枕詞に朱莉が来なければがもちろんつくが、基本的に僕自身は予定なんてない。

 朱莉と一緒にいすぎた代償だね。

「なら少しだけ付き合ってよ」

「付き合う?」

「何を動揺してるの?ちょっとついてきて欲しいところがあるだけだから。勘違いしないでよ」

 なるほどね。なんだ、そういうことか。

 てっきりこのまま恋人ごっこを続けるのかと思ったよ。………さっきまでの空気があってからこんなことを考えるなんてどうかしてるな。

「でもいいの?人志に良いように使われたままだけど」

「春くんってけっこうズバズバ正直に言うよね。私だってそんなことは分かってるわよ。だから偵察に行くの、たまたま人志の週末の予定は知ってるから……」

 なぜだろう、そこはかとなく朱莉と同じものを感じる。

 だけどこういうのは決まって触れない方がいいというのが定番なので黙っておく。

「分かった。じゃあ、次は僕から相談に乗ってもらってもいい?」

「貸し借りってことね、いいわ。それで相談って何を私に相談するつもりなの?」

 乗ってくれると聞いて安心した僕はすぐに携帯を取り出して彼女の手に置く。

 電源のついたスマホの画面には鳴りやまない振動と数値がストップウォッチのように増えていくLINEの通知。それが誰なのかは言うまでもない。

「何か良い言い訳を一緒に考えてほしい。じゃないと僕は君との約束を守るのは多分無理だ」

 そう、たぶん物理的に僕は帰らぬ人になってしまう。

 さっきまで神妙そうな顔をしていた彩乃の顔を見ると心底興味が無いような顔になっている。なんで?僕の命がかかっているっていうのに。

「一つだけ確かな方法はあるけど、それは春くんにとっては何にも解決にならないけどいい?」

「なにそれ、そんな方法なんてある?」

 とっても簡単な方法。というよりただ一つ鍵を閉ざすだけの簡単なこと。

「私と関わらなかったら、多分夜川さんは怒らないと思うよ。でも私がキミとこうやっているのも、元はと言えば春くんが夜川さんと離れたいからだよね?」

「まぁ、そうだね」

 人志に仕組まれた感は否めないけど、相談をしたのは僕でもある。

 でも朱莉はなぜか彼女になったと思い込んでるしなぁ。

「………。自分で何とかするよ。あと週末は安心して、ちゃんと行くから」

 そう言って彩乃と別れて階段を登る。外ではまだ知らない女子と僕を探して歩いている。どんだけ暇なんだ朱莉は。

 外に出ると、鬼の形相でこちらに向かってくる。

 僕は慌てて両手を前に出して「待って待って!」と静止を求めたが、そのまま僕に抱き着いて立ち止まる。

「ごめん、朱莉」

「嫌いになってないよね?」

 それを言われて自分の行動が間違っていたことに気が付いた。

 こんなに露骨に避けていたらまるで僕が朱莉のことを嫌いみたいだ。そんなわけがないのに。恋人にならなければいいってだけでどうしてこんな話になってしまったんだ。

「もちろん。嫌いなんて思ったことないよ」

「そうだよね。良かった………」

 朱莉の表情が柔らかくなっていって、次第に僕の背中に回していた手がゆっくりと降りていく。そしてさりげなく手を握って指を絡めてきた。

 どうして恋人繋ぎをしてくるんだ?

「ちょ、朱莉?」

 僕がその手を繋ぎなおそうとしても解けない。朱莉はさらに距離を詰めて言う。

「春くんは私のことが好きなんだもんね。だからさっきのことは許してあげる」

 気づいたときには逃げ道がなくなっていた。僕の手は彼女に握られていてどこにも逃がさない姿勢で僕を見つめる。

「それでさ、週末に買い物に行かない?たまには春くんとお出かけしたいなぁ」

「えと、その日はちょっと用事が」

「なんで?春くんは365日用事なんて無いはずでしょ?」

 それはその通りなんだけど、直接言われるとなぜか心が痛むな。だからと言って彩乃と約束をしたってこの場で言うわけにもいかないし。

 うんうん悩んでいればいるほど朱莉の疑惑を深めてしまう。

「分かった終末ね。楽しみにしてるよ」

「………良かったぁ~。もしかしたらさっきの子とデートする約束なんかをしちゃったのかと思ったから一安心だよ」

 手をパッと離して笑顔を振り撒く朱莉。

 後方で彼女の友達と思しき女子が腕を組みながらうんうんと頭を振っている。

 誰だあれは。

 そうして二人は帰っていき、僕はダブルブッキングが確定的になってしまった事実に怯えながら、一人憂鬱に家路についた。

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