相談事はほどほどに

 朱莉は最近、春と人志が一緒にいることに不安になっている。

 もしかして春って男の人が好きなんじゃ………。

 そう思ってしまうのに至ってしまったのは自分があんなにも盛大に振られてしまったからだ。あれから積極的にアピールを続けて見るけれどあんまりいい反応をされないような気がする。

 そして気づいた頃には彼と一緒に帰ってしまうような仲に……。

「由々しき事態ですよね、なゆた様!」

「そんなことはないと思うけどなぁ。っていうかその呼び方やめて」

 朱莉と、なゆたこと野中那由多は今現在ファミレスに来ている。

 というのも朱莉があまりにも心配性で不安になっているのを見かねたなゆたが彼女を放課後に誘ったのだ。基本的に朱莉は春と一心同体状態なので良い機会だと思ったのも理由のひとつだけど、彼女が尋常じゃないレベルで落ち込んでいるというのが一番の理由だった。

 そもそも一心同体状態ってなんだろう。

「私ってそんなに魅力ないかな……」

 遂には自分を卑下する始末。誰から見ても彼女は美少女の類に入るわけではあるが、それは見た目の話。

 人というのは別に見た目だけですべての評価基準が決まるわけじゃない。ただ、その比率が大きいに過ぎない。

 しかし、その小さい比率の方に大きな爆弾が抱え込まれていれば話は変わる。

 朱莉というのはその最たる例とも言えた。魅力は大いに備えつつもそれをすべて春くんに注いだことでマイナスの極致に達したのがこの朱莉という少女の結末だった。

「一緒にいすぎると、逆にその人の魅力が見えなくなっちゃうんじゃないかな」

「私はどんなに一緒にいても春くんの魅力が見えなくなったことなんてないけど?」

「いや、それは朱莉が一途すぎるからであってやっぱり緩急って大事じゃん?押してダメなら引いてみろっとも言うわけだから今はやっぱり引く時なんじゃ」

「恋愛経験のない那由多に聞いたのが間違いだったよ」

「よし、いいよ。私はその喧嘩買うからね」

 立ち上がってファイティングポーズを取り出したので朱莉は慌てて彼女を座らせた。ドリンクバーで注いだオレンジジュースに入った氷が揺れる。

「そんなに引きたくないんなら観察してみればいいんじゃない?」

「じゃあ着いてきてくれる?」

「まぁ別にそのくらいなら」

「絶対、約束だから」

 那由多はそんな約束を取り付けた手前、彼女がここまで心配する理由が分からなかった。そりゃあ同性愛があるかもしれない。だけどそんなのが起こり得るのなんて極々低い確率だ。

 しかも思春期にそんなことを大っぴらにするひとなんてなおさらいない。むしろそんな関係は余計にひた隠しにするはず。だから那由多は心配していなかった。

 翌日に彼らを見るまでは。


 朱莉と那由多は教室の席が隣だ。着いて早々、朱莉が非常に苦しそうな顔をしながら席に着いたのを見て「大げさじゃない?」と口にすると、しんどい表情は変わらないのにどれだけ苦しかったか始業五分前のチャイムまで聞かされた。

 どうやら那由多が言った引いてみるを実践してみたらしい。今日は一人で学校前来たと。その反動で自分はこんなにも弱弱しい存在に成り果ててしまったんだと雄弁するので、疑っていたわけではないけど本当にこの子には彼がいないといけないんだと思う。

「とりあえず放課後までガンバ」

「もう寝る!」

 幸いなことにその日朱莉が当てられることは無かったので寝ていることが咎められなかった。 でもそれより怖いのは本当にずっと寝ていたことだった。

 放課後なるとさすがに心配になった教室の生徒の何人かが彼女に声をかえけたことでやっとその伏せていた頭があがる。

 顔には大きな制服のあとが付いていて慌ててトイレに駆け込んでいく。そんな姿を傍目に那由多は大きくあくびをした。

 何分経っただろう。スマホでSNS巡回が終わったくらいに朱莉が戻ってきてすぐに机の中の荷物を流し込むように鞄に放り込む。

「ほら那由多、行くよ」

「はいはい」

 放課後から少し経っているせいで柳沢のいる教室に向かっても彼の姿はなかった。

 朱莉が顔を元に戻すのに時間をかけすぎた気がする。とは言ってもまだ学校の中にはいる気がする。

「確か柳沢って自転車通だよね?」

「そうだよ。あっそうか」

「まだいるんじゃない」

「だね、行ってみよう」

 二人が外に向かうと同時に廊下を歩く二人組の声がする。

 そんな彼らに気づかずに朱莉たちは校舎の陰に姿を消すも、春もまた彼女達に気が付かなかった。

「ほんとにこれでいいの?」

「そんなの私知らないし………。だいたい、なんで私があんたの手伝いなんかしないといけないの」

「ごめんだけど、それは僕も分からない」

 相談をしたのは確かだけど、何もこんなことになるとは思ってもいなかった。

 隣には昨日の今日で知り合いになったばかりだという彩乃さん(名前呼びはNGなのにまだ苗字を教えてもらってない)がいて、挙句の果てに放課後呼ばれるがままに人志のところに行ったら彼女と一緒に恋人の振りをしろなんて言われたからこうして校舎の中で人に出くわさないかどきどきしながら歩いているというのに、あれから一向に連絡どころか姿すら見せない。

「………とりあえず自己紹介だけしとこう。私は仁科彩乃。この際もうどう呼んでもいいや。短い間になるだろうけど、よろしく」

「よろしく」

 そう返すと、変な顔をされた。

「そうじゃなくて、名前!まだ私聞いてないんだけど」

「あ、そうか。柳沢春だよ」

「じゃあ文化祭まででしょ。よろしくね、春くん」

「急にどうしたの?大丈夫?」

 突然甘々な態度をされて引いてしまったが、それを彼女は逃さなかった。

「いい、こうでもしないと人志はこっちを向いてくれないんだから。少しは協力してよ。あともう、名前で呼んでもいいから」

 彼女も切実だった。

 なまじ利害関係が一致しているので断る理由も見つからない。切り替えれていないのは自分の心だけなんじゃないの?

 僕は勇気をもって彼女の手を握る。その手は少しだけ離れそうになったけど、彼女もまた握り返す。

「とりあえず、あの人でなしを探しに行こうか」

「私も賛成。こんなことさせておいて自分一人は関係ないなんてことはありえないもんね」

 人は共通の敵ができれば大抵のことがはためらいなくすることができるようになる。電話をしてもつながらないのなら、足取りを逃がさないようにするだけ。

「あいつもチャリ通だから、駐輪場で待ち伏せしよう」

「春くんって頭良いんだね」

 すぐに履き替えて駐輪場に向かう。彩乃は彼のLINEにスタンプを連打しまくってから電話をかける。だというのに、通知を切っているのか出ることすらない。

 代わりに、今一番であってはいけないんじゃないかと思う存在に駐輪場で出くわす。電話を掛けていた彩乃を慌てて引っ張ってゴミ捨て場の裏側に潜んだ。

「やっぱり、まだ帰ってないみたいだね」

「てことは校内にはいるってことだけど、どこにいるんだろ。やっぱり人志って子のところ?」

 二人の会話がこのゴミ捨て場の反対側で聞こえている。

 僕は彩乃の口を塞いでいたが、その静かな空間を破ったのはその彼女がかけていた電話の向こう側からだった。

「もしもし、彩乃?どうしたんだ急に」

 スピーカーにしてないが、その声はスマホから少しだけ漏れている。そしてこの距離、彼女達にも聞こえておかしくない。

 彩乃はこちらに声を出してもいいかというジェスチャーをするが、そんなの許されるわけなかった。そして当然、返事のないことをおかしく思った彼は電波が悪いと思ったのかさらに大きな声を出した。

「おーーい、聞こえてるか彩乃?」

 これはだめだ。

 足音が急に止まってその進路が変わったかのようにこちらに向かってくる。

 僕はあいつを、許さない。 

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