第36話 婚約者が現れる

「ちょっとアンタ、生徒会に入ったんだって……?」


 朝、学園の講堂で俺は令嬢に話しかけられる。

 輝くような銀色の髪に、やや釣り目の大きな瞳。

 端正な顔立ちは一目を引く華があるが……


「なんだよ。リリーエ……」

「なんだとはなによっ! アンタの婚約者が話しかけてやっているのよ?」


 俺につかかってくる少女は、リリーエ・フォン・ドラフィール伯爵令嬢。

 オウガの婚約者、である。

 同じ学園にいたのに今まで話していなかったのは、キモデブであったオウガはリリーエから嫌われて避けられていた。

 今後も俺はリリーエと絡むことはないと思っていたのだが……


「そうかそうか。そいつはありがとう」

「ずいぶんあたしにゾンザイな扱いをするじゃない? オウガのくせに」


 ゲームの設定によれば、7歳までオウガとリリーエは一緒に遊んでいたらしい。

 だがオウガがどんどんクズになってしまったせいで、二人は疎遠となる。

 それから学園入学して、リリーエは主人公のヴァイスと出会い、恋に落ちることになる。

 もちろん、オウガとは婚約破棄することになる……

 ゲームのシナリオだと、婚約破棄するのはまだ先のはずだが。


「で、俺に何の用だ?」

「アンタが生徒会に入ったって本当なの?」


 リリーエは何かを探るような目をしている。

 どういうつもりが知らないが、まあ嘘をつく理由もないから正直に答えるか。


「本当だよ」

「う、嘘でしょ……っ? キモデブゴミクズのアンタが??」

「おい。キモデブゴミクズって、よく人の目の前で言えるな……」


 まあ俺は評判最悪の悪徳領主だから仕方ないか。

 いや、すでに元領主になったけど……


「しかもアンタ、平民に領主を譲ったんですって?」

「ああ。それも本当だよ」

「…………なんか別人みたいね。アンタ、頭でも打ったのかしら?」

「失礼なヤツだな」


 やけに話しかけてくるな……

 ゲームの設定だと、リリーエは婚約破棄の時までオウガと絡まないはずだが。

 俺を心底嫌っていたヒロインのはずなのに?


「今日はアンタにお願いがあるの」

「どんな……?」


 急に真剣な表情を見せるリリーエ。

 なんとなくだけど、嫌な予感がする……


「あたし、生徒会に入りたいの……だからその、協力してくれない?」

「はあ?」

「いや、ほら、アンタって、ファルネーゼ様と仲良いじゃない? だからあたしも生徒会に入れるように頼んでほしいの!」


 「お願い!」と、俺の前で手を合わせるリリーエ。

 実はリリーエは、生徒会長選挙に立候補する。

 上昇志向の強いリリーエは、どうしても生徒会長になりたい……そんな設定があった。

 生徒会で仕事をしていれば、生徒会長の座はかなり近づく。


「お願いよ! あたしの婚約者でしょ?」


 いや、婚約者と言ってもかなり疎遠になっていたが……?

 まあでも無下に断るのもなあ。


「わかったよ。何をすればいい?」

「そうね。とりあえず、ファルネーゼ様に合わせてほしい!」

「いいけど、俺は紹介するだけだからな」

「十分よ。ありがとう! オウガ!」


 ニコニコと柔らかく笑うリリーエ。

 「オウガ」と名前で呼ばれたのは、たぶん7歳の時以来だ。


「これからもよろしくね! 未来の旦那様♡」

「ああ……」


 リリーエの豹変ぶりに少し戸惑う俺だが、まあ婚約者が喜ぶなら嬉しい。

 たぶん将来的にはリリーエには婚約破棄されることになるけど。


「あ! オウガ! 移動教室、一緒に行ってもいいわよ?」


 次の授業は移動教室だ。

 リリーエが俺の右手を掴む。

 なんだ? 何がしたいんだ……?


「いいのか? 俺なんかと一緒にいるとお前の評判落ちるぞ」

「……あたしと一緒に行くの、嫌なの?」

「いや、俺は嫌じゃないけどさ」

「じゃあ、一緒に行ってもいいじゃない? ほら、さっさと行くわよ」


 強引に俺を引っ張るリリーエ。

 マジでいったいどうなったんだ?

 これじゃあ完全にシナリオが崩壊している……


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る