第28話 メインヒロインとデートする
「オウガ様、この後、時間がありますか?」
生徒会の会議終了後、俺はエステルに呼び止められた。
ルーナ孤児院での事件以来、俺はエステルと一度も話していなかった。
まあ最後にいろいろあったしな……
――オウガ様の奴隷になりたい。
あの時、エステルは俺にそう言って抱きついた。
その言葉を俺は、どう受け止めていいかわからずにいる。
「奴隷」っていうのは文字通りの「奴隷」という意味なのか……?
要するに、主人の命令に何でも従う存在――という意味。
たぶんそれは違うだろう。
エステルは貴族の令嬢でありながら、誇り高い騎士でもある。
「氷の姫騎士」と人々から呼ばれる、感情のない女の子。
そんなエステルがいう「奴隷」とは、きっと普通の意味の「奴隷」ではない。
きっと何か深い、象徴的な意味で言っているに違いない……
「……時間ならあるよ。でも、それより……」
「何ですか?」
「俺たちは同級生なんだから、オウガ『様』はやめてくれないか」
「え……それは」
「俺は『様』付けされるような、偉い人じゃないし」
「……ごめんなさい。オウガ『様』と呼ぶことは譲れません。なぜならわたしにとってオウガ様は、『様』をつけて呼ぶに値する『偉くて』『敬うべき』方ですから」
頭を深々と頭を下げるエステル。
そこまで律儀に『様』付けで呼びたいと言われると、拒否するのが難しい。
……そうか。わかった気がする。
たぶんエステルは、俺と距離を取りたいのだ。
あえて『様』と呼ぶことで、俺と一線を引きたいと。
礼儀正しさというのは、一種の「心の壁」にもなるし。
もしかしたら侯爵令嬢だし、男性のことはみんな『様』付けで呼ぶのかも……
それにしても、なんで俺の放課後の予定を聞くのかわからんが……
「あ、あの……オウガ様とわたしは同じ生徒会役員なので、親睦を深めようと思いまして……」
「ありがとう。俺もエステルと仲良くなりたいし」
「……つっ!」
顔をさっと赤くするエステル。
なんだろう?
もしかして何か不愉快なことを言ってしまったのか……
「氷の姫騎士」に対して、少し馴れ馴れしすぎたかもしれない。
「……ちょうど、わたしの領地の郷土料理を出す店が最近王都にできて、一緒に食べに行こうと思いまして」
たしかエステルの領地、ベアハルト侯爵領の郷土料理か……
ゲームでもエステル√では、エステルに郷土料理の店に誘われるデートイベントがあった。
主人公ヴァイスと一緒にデートしてその後……
二人でエロゲらしいことをする――
いやいや……それはさすがにないだろう。
俺は悪徳領主のオウガだ。
まさかそんなことがあるはずない……よな?
★
「おい。あれは氷の姫騎士じゃねえか!」
「実物はすごく美人だな……!」
「きゃあ! エステル様あああ!!」
セプテリオン魔法学園のある王都、グランディード。
俺とエステルは、グランディードの中心にある商人街に来ていた。
道行く人々から、黄色い声が上がりまくっている。
氷の姫騎士ことエステルは、王都ではかなりの有名人だ。
2年前に王都を襲ったドラゴンを一人で退治したことで、エステルは国王から表彰された。
密かにファンクラブができているほど、男性にも女性にも人気がある。
……たしか、そんな設定だったはず。
「隣の男は誰だ……?」
「あれってもしかして、悪徳領主のブライラント公爵令息?!」
「クソ……っ!! なんであいつがエステル様と歩いてるんだよ!!」
人気者のエステルと、評判最悪な悪徳領主の俺が一緒に歩いているのは、まあ普通の人は想像できない図だろう。
そのせいでたいぶヘイトを集めてしまっている。
「オウガ様、手を繋いでいただいてもよいですか?」
「えっ?」
「わたしの領地では令嬢が殿方と歩くときは、手を繋いで歩く風習があるのです」
「そ、そうなのか……じゃあ」
俺はエステルと手を繋ぐ。
白くてきれいな手だ。
ていうか手を繋ぐような風習……そんな設定あったけ?
たしかに主人公ヴァイスと手を繋いでデートイベントはあったが……
「ありがとうございます。今日、この手は放しません」
「それじゃあご飯食べられないような?」
「わたしはそれでもよいのですが」
「それも、ベアハルト領の風習なの?」
「そ、そうです……っ!」
なかなか珍しい風習があるんだな……
まあ世界は広いし、ご飯を食べる時もずっと手を繋いでる国もある……か?
「……っ!!」
「どうされました? オウガ様」
「強い殺気を感じたんだ」
生徒会室の帰りにも感じた、禍々しい気。
そうとう邪悪なモンスターが近くにいる……!
「誰かに狙われているのですか?」
「いや、たぶんそれはないと思うのだが……」
ブライラント侯爵家は、悪徳領主で有名な貴族。
しかも貴族第一主義の派閥に入っている。
ゲームでも対立する平民派との抗争があったから、俺を狙うヤツがいてもおかしくないかも……?
「もしオウガ様を狙う者がいれば言ってください。わたしが即切り捨てますから」
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