第2話 悪徳領主は努力する

「さて、これからどうするか……?」


 俺は鏡に映った自分の醜い姿を見て、今後のことを考える。

 このまま行けば、破滅の未来を避けられない。

 原作の設定では、オウガは15歳になる日に受けたスキル付与の儀式で、『鑑定』というゴミスキルを得てしまう。

 ブライラント公爵家は、代々『剣聖』のスキルを付与されていた家柄だ。

 もともとSランク冒険者の家系で、剣の腕で身を立てた貴族。

 『鑑定』というゴミスキルのせいで、オウガはブライラント公爵家を追い出されて、後継者の地位を剥奪される。

 家族から追放されたオウガはもともと悪かった性格がさらに歪んでしまい、女の子を凌辱しまくるようになる。

 『鑑定』というゴミスキルを付与される運命は……たぶん避けられない。

 スキルはキャラごとに振り分けられているから、オウガは確実にゴミスキル『鑑定』を付与されてしまう。


 「でも……オウガならスキルがゴミでも大丈夫か」


 『ダークネス・ファンタジー』は、エロゲだが戦闘がある。

 オウガはゴミスキル持ちだが、ステータスが異常に高い。

 ご先祖様がSランク冒険者だから、攻撃、防御、体力、魔力、俊敏、幸運――全ステータスがSランクなのだ。

 しかし、オウガは傲慢で怠惰な悪徳領主。

 当然、全然努力しない。

 だから魔法はひとつも覚えていないし、剣術もダメ。

 戦闘ではポテンシャルと拳だけで勝っていく。


「もしも、そんなオウガが努力したらどうなるか……」

 今、オウガくんは7歳だ。

 スキル付与の儀式まであと8年ある。


 (よし……今から努力すればきっとオウガは――)


 戦闘面では最強になれる……かも。

 しかし、もっと大きな問題がある。

 それは――


 ★


「ぎゃあああ!」


 ブライラント公爵家の夕食。

 使用人の手に、フォークが刺さっていた。


「貴様……ワインをこぼすとはどういうことだ?」


 髭を生やした、いかにも傲慢そうな顔をしたオッサンが、手にフォークが刺さった使用人を見下している。

 そう。オウガの抱える問題は、実は父親のブライラント公爵だ。

 傲慢で怠惰で民衆から搾取する最悪な領主。

 使用人にも横暴で、暴力も振るう。

 

 (ガチのクズ貴族だよな……)


 平民と貴族の間には、絶対に超えられない壁がある。

 平民が貴族に逆らうことはできないのだ。

 それをいいことに、ブライラント公爵は好き放題している。

 オウガのクズな性格は、父親から受け継がれたものだ。

 太った身体とブサイクな顔はオウガそっくり。

 生まれは貴族だが、親ガチャはFランクと言っていい。


「オウガよ。粗相した使用人はこうやってわからせてやるのだ。はははっ!」 


 息子の俺に、使用人の扱いを説く父親。

 手から血を流してうずくまる使用人を無視して、笑いながら俺に話しかけてくる。


 (ヤバいな……こいつ)


 ゲームをプレイ中も「毒親」だと思っていたが、いざ対峙してみると10倍はキモい。

 こんな親に育てられたら、オウガがクズ野郎になるのも無理ないだろう。


「父上、今すぐ手当しましょう」

「なぜだ? 我が息子よ、痛がる姿を見るのは愉悦ではないか?」

「早く治療すれば、またフォークで刺すことができます」

「なるほど。さすが我が息子だ!」


 イカレたヤツを説得する方法は、イカレたヤツの考えに合わせることだ。

 前世のブラック企業でパワハラ上司を相手にしてきた俺は、ヤバい奴と上手くやる術を心得ていた。

 どうせ常識はこの親父に通用しないし。


「よし。このクズを治療してやれ」


 他の使用人の肩を借りて、フォークの刺さった使用人は部屋を出て行った。


 (マジでクズだな……)


 早くこの父親を追放しないとヤバい。

 こいつのせいで息子の俺も領地の民衆からヘイトを買いまくっている。

 このまま放置すれば破滅する。

 だが、まだオウガは子どもだ。

 クズでも貴族の父親だから利用できるところは利用しよう。


「父上……俺に家庭教師をつけてください」

「ほう……家庭教師だと?」

「はい。将来に備えて、剣と魔法の修行をしようと思いまして……」


 原作だと、怠惰なオウガは何の修行もしなかった。

 せっかく金持ちの悪徳領主の家に転生したのだから、優秀な家庭教師をつけてもらおう。

 今はとにかく力を貯める時期だ。


「いいだろう。最高の家庭教師をつけてやる」

「ありがとうございます。父上」


 (よし! これからどんどん強くなるぞ……っ!)


 ★


「ふう……今日も頑張ったな」


 魔法の授業を終えた俺は、ブライラント公爵家の図書室へ向かう。

 午前中は元王国騎士団長に剣を習い、午後からA級魔術師から魔法を習う。

 あの父親が言った通り「最高の家庭教師」をつけてもらった。

 家庭教師の授業が終わった後、夜はブライラント公爵家の蔵書を読み漁る。

 ブライラント公爵家の蔵書はかなり豊富だ。希少な本をたくさん買って、知識を独占しているのだ。


 (今日も本を読みまくる……!)


 設定ガバガバな同人エロゲだと思っていたが、意外と世界観が詰められているみたいだ。

 街や土地の名前は無駄に細かいし、ちゃんと世界の歴史も設定されている。

 俺の領地、ブライラント公爵領は、アルトリア王国の東部に位置していた。

 隣国のレオリア王国と接しており、東部防衛の要所でもあるのだ。

 そのおかげで、ブライラント公爵家はアルトリア王国の中で地位が高い。


 (まあその地位を盾にして、領地で好き放題やっているわけだが……)


 将来の追放に備えて、この世界の歴史、地理、政治、経済――とにかくいろんな知識を詰め込んでいく。

 どんな状況でも生きていけるようにするためだ。


「オウガ様……お夜食ができました」


 ニコニコしながらアンジェリカが、机に夜食を出してくれる。

 原作のキャラ設定だと、オウガはアンジェリカから嫌われているはずだが、なぜか最近は毎日のように夜食を持ってきてくれる。

 ブライラント公爵家の図書室は離れにある。屋敷のキッチンからかなり離れているから、毎日夜食を作って俺のところまで持ってくるのは大変なことだ。


「ありがとう、アンジェリカ」

「オウガ様、毎日お勉強されてすごいです。昼間は剣と魔法の授業を受けられて、それから夜に図書室で本をたくさん読むなんて」


 ロウソクの薄明りの中で、ぽよんとたわわな胸が揺れる。

 うん。PC画面で見た時よりも実物のほうが大きく見える。

 原作だとこのおっぱいをオウガが乱暴に揉みまくるんだよな……

 だからどうしても目が吸い寄せられてしまう。


「……? どうされましたか? オウガ様?」


 アンジェリカは俺の顔を不思議にそうに覗き込んできた。


「いや、何でもない」

「お熱でもあるのでしょうか……?」 


 俺の額に手を当てた。


「うーんと……お熱はないみたいですね」


 胸が上から覗けてしまう。別の意味で熱が出そうだ。


「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」

「……! オウガ様のためならあたしは何でもいたしますっ!」

「そ、そうか……何かあれば呼ぶよ」


 この調子だと、アンジェリカは夜通し俺の側にいるからな……


「そうですか……あたしはいつでも、オウガ様のために身を捧げるつもりですから」


 今、サラッとすごいこと言われたような気がしたが、とりあえずスルーしておこう。

「では……用事があればお呼びください。本当に、本当に、どんなことでもあたしをすぐに呼んでくださいねっ!!」


 名残惜しそうに、アンジェリカは下がった。


 (ふう……やっとこれで集中できるな)


 最近、やたらと使用人たちに構われるようになった。

 オウガがまだ子どもだからか、一緒に遊ぼうとしてくれる。

 だが、今の俺はとにかく強くならないといけない。

 そして時間もない。

 スキル付与の儀式まで、あと8年だ。

 この8年間でできるだけ身体を鍛え、魔法を習得し、知識を蓄える。


「追放されても生きていけるようにしないとな……」



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