第38話 失敗


 立花は焼肉パーティーが終わった後、機体ドックへと戻っていた。


 綾人からは夜だからと止められたが、多少無理してやってきた形だ。


(失敗したわね。まさかあれだけ薬品を混ぜても、まったく効かなかったなんて)


 立花が物質製造機マテリアルプリンターで料理を作ったのには理由がある。


 まず一つ目は彼女が料理を出来ないこと。迷宮魔導機ダンジョンモビルに関わらないことについて、立花は基本的に不得手だ。


 だが今回の場合は他にも理由があった。


(睡眠薬を混ぜた肉を作ったのに効果がないのは計算外よ。最後には原液をお酒に混ぜて飲ませたのに、味が違うと思う程度だなんて)


 立花が物質製造機マテリアルプリンターで作った料理には、睡眠薬がこれでもかと混ぜられていた。


 その量は巨大な魔物すら昏倒させるほどで、普通の人間ならば致死量である。


(綾人を眠らせてしまえば、後は私の好きなように出来たのだけれど。ずっと一緒にいられるように)


 立花は綾人のことを逃すつもりはない。


 今までずっと孤独だった彼女にとって、綾人は初めての親しい人だ。つまり立花にとって綾人は唯一の友人であり、対等に話し合えるたったひとりの人間である。


 故に強硬手段を取ってでも綾人と一緒にいられるように動いていた。ただ立花は普通の少女とは少し違う。なにが違うのかと言うと。


(綾人を眠らせて臓器のひとつでも機械にして、私しかメンテできないようにしたい。そうすればもう私から離れることはないもの)


 だいぶ力技で綾人を独占しようとしていた。


(子供を作れば結婚できるとは言うけど、結婚したところで離婚もある。なら絶対に離れられないようにする方がいいわ)


 睡眠薬で相手を眠らせて襲うのは立花にとっては下策だ。


 例え肉体関係があるカップルでも別れることは多々ある。だから立花は確実に綾人を逃さない策を考えていた。


 無論、彼女は自分の身体で誘惑するなども考えてはいる。だがそういった一種の幻想的な気持ちではなくて、永遠に結ばれる黒鉄の鎖を欲していた。


(でも睡眠薬で眠らせるのは無理そうね。普通に寝ている時に襲っても、途中で起きられたら逃げられるだろうし……他の方法を取るしかないか)


 立花は綾人に好意を持っている。だがその形は少し歪であった。


「ねえ綾人。貴方をどうやったら、私から離れないように出来るのかしら? ふふっ」


 


^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^




 氷室はとある酒場で、同僚の男と飲んでいた。


「いやスサノオ事件が無事に解決してよかったですよ。おかげで私も残業せずに済みました」

「お前は無事に解決してなくても、残業してたか怪しいがな」

「ははは」


 氷室はビールジョッキに口をつけて一気に飲み干す。


 すると同僚の男は目を細めた。


「おい氷室。お前はなんで【現代の妖精】を生身君とくっ付けたんだよ?」

「ふむ? 以前にも話した気がしますが定時で帰るためですよ。私は定時帰りに命を賭けてますから。綾人さんの世話をしていると仕事が増えて厳しかったのです。それに立花さんの方が私よりも面倒を見てくれると思いましてね」


 淡々と告げる氷室に対して、同僚の男は即座に首を振った。


「嘘だな」

「何を仰いますか! 私は定時帰りに命を賭けています!」

「違ぇよ!? 命を賭けていることを否定してるんじゃねえ!? 定時で帰るためにあの二人をくっ付けた方だよ! 命賭けるのもどうかと思うがな!?」

「はて? そちらも嘘をついた覚えはありませんが」

「嘘だな。【現代の妖精】と生身君をくっ付けたら、絶対に揉め事が起きるに決まってるだろうが。マッドサイエンティストに研究素材なんぞ、飢えた狼に生肉を投げるようなもんだ」


 そう言い残すと同僚の男は席から立ち上がる。


「まあ結果的にはよかったさ。頭痛の種だったスサノオがいなくなったし、あの二人の間でも特に揉め事は起きてない。そしてお前は定時で帰れていると」

「私の采配が見事に成功しましたね」

「勝手に言っとけ。今は大丈夫なだけで、そのうちトラブルが起きるさ。じゃあ俺は先に帰るわ」


 同僚の男はそう言い残して店から出て行った。


 ちなみに支払いは全て氷室である。そうして残された氷室は、ビールジョッキを飲み干すと。


(やれやれ。立花さんと神崎さんをくっ付けたのが、定時上がりのためかですって? そんなの嘘に決まってるじゃないですか)


 氷室は店員に日本酒を頼んでから、すでに頼んでいたから揚げを貪り食うと。


(立花さんと神崎さんなら、遅かれ早かれなにか問題は起きてましたよ。それでもなお、彼女らを巡り合わせる必要があるだけです。定時帰りなんて霞むほどの、私の野望を果たすためにはね)


 氷室には大きな野望があった。それはあまりにも困難を極めるがゆえ、通常の手段で実現するのは不可能だ。


 故に彼は二人を巡り合わせて、さらに自分の都合よく動くように誘導していた。


 そもそも本来なら綾人を部外者に預けるのがおかしいのだから。


(まあ……まさか立花さんがあんな風になるとは予想外でしたが……)


 ただそんな氷室も立花のことは計算外だった。


 てっきり綾人を実験体として見ると思っていたら、束縛対象にするとは流石に考えられなかった。


(ですが結果的に、立花さんは研究を進めています。このままうまくやればダンジョン関係の技術は上がっていく。そうすれば、私の野望も夢ではなくなるのです)


 氷室は笑った。その口元は歪んでいる。


(ふふふ。これからもよろしくお願いしますよ、お二人とも。私のためにね)


 そんな口元を隠す様にビールグラスに口を付けた。氷室の持っている野望、下手をすれば残業のリスクを背負ってでも叶えたいもの。それは。


(我が大いなる野望……有給休暇全日取得のためにね)


 ――有給休暇全日取得という、不可能に近い願いだった。なお彼の有給は毎年二十日付与されていて、実際全日取得はかなり無理なことではある。

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