第36話 そのころ、配信では


 綾人がタナトス・ヘルと戦いを開始する直前、決闘を配信していたチャンネルは盛り上がっていた。


迷宮の猛者『ま、まじで生身で戦うのか? 正気か?』

無能探索者『いくらなんでも無理があるだろ……』


 綾人とタナトス・ヘルが向かい合うのを見て、コメント欄はあまり荒れていなかった。


 なにせこの配信が始まるまでの空気は『まさか本当に生身で戦いはしないだろう』で一致していたのだ。それが本当にやる雰囲気なので、盛り上がりを超えて困惑していたのだ。


 そして国際ダンジョン機構の審判が、本当に試合開始の宣言をしてしまった。


ジンガバブエ『嘘だろ? 決闘始まったんだけど?』

ダンジョンの白い悪魔『グロ配信来るー?』

俺がDMだ『おいおい、死んだわあいつ』


 だが彼らの予想は大外れした。タナトス・ヘルと綾人の拳がぶつかり合って、タナトス・ヘルの拳が一方的に粉砕されたことで。


迷宮の猛者『ふぁっ!?』

無能探索者『!?』

スサノオ殺し『Q.生身と迷宮魔導機ダンジョンモビルが殴り合ったらどうなる? A.迷宮魔導機ダンジョンモビルが一方的に壊れる』


 コメント欄が大盛り上がりする中、さらに綾人はタナトス・ヘルの銃弾を全て回避する。


 しかも地面の土を拾って投げるだけで、電磁迷彩まで破ってしまったのだ。


迷宮の猛者『地面の土にはこういう使い方もあるんだ? いやないだろ』

忍者マスター『これから電磁迷彩には土を使えばいいんだな! 出来るかっ!』

紅シャケ『ところでなんで武器使わないんだ?』


 さらに決闘は続いていき、とうとう綾人がタナトス・ヘルの左腕を蹴り壊す。


紅シャケ『だから武器は? 武器はどうした?』

スサノオ殺し『持ってきてあえて使わない高等縛りプレイや!』

グレイ麺『ひたすらに舐めプしてて笑う。スサノオの頭の血管切れてそう』


 視聴者たちは綾人の武器が使えないことを知らない。そのためにスサノオがとことんまで馬鹿にされているとしか思えなかった。


 とうとう綾人がタナトス・ヘルの両腕を破壊すると。


スサノオ殺し『やれっ! スサノオをやっちまえ!』

迷宮の猛者『トドメをっ! あいつは生かしていてもいいことない!』

俺がDMだ『いけえええぇぇぇぇぇぇ!!!』


 そして綾人はタナトス・ヘルの左脚を粉砕した時、コメント欄はものすごい大盛り上がりを見せた。


迷宮の猛者『やりやがった! マジで生身で迷宮魔導機ダンジョンモビルを撃墜したぞ!?』

無能探索者『しかも武器なしってなんなんだよ! どう考えてもおかしいだろ!?』


 綾人が生身でタナトス・ヘルを撃破したことで、当然ながら配信はコメントが大量に流れている。


 全長二十メートルに近い機体を、ただの人間が撃破したのだ。


 以前に綾人が配信に写った時は魔物から逃げる姿でしかなかった。


 だが今回は迷宮魔導機ダンジョンモビルを倒しているのだから、もはや誰も綾人の強さを不審がる者はいない。


無能探索者『しかも相手はスサノオだ。あいつは人格と性格は終わってるが腕だけはいい……はずだよな?』

ケセラセラ『どうだか。あそこまでボコボコに負けてたんだし、実はたいしたことなかったんじゃね?』

全自動卵割り器『いやさっきの決闘を見る限り、スサノオは決して悪い動きはしてないぞ。エイムも正確だったように見えるし』


 この配信を見てスサノオの腕を疑問視する者もいる。


 実際のところ、客観的に見ればスサノオの腕は悪くない。相手が悪すぎただけで。


ケセラセラ『エイムが正確ならなんで当たらないんですかね』

赤きエース『避けられてんだよ。言わせんな恥ずかしい』

全自動卵割り器『あの小ささで高速移動されたら、エイムが正確でも当たらんわな……』

無能探索者『ゴキブリに野球ボール投げても当てられねえもんなあ。スサノオ視点だとマジでリアルゴキブリみたいな動きだぞ。調べてみろ』


 さっきの決闘ではタナトス・ヘルの機体視点での配信も行われていた。


 スサノオが自分の勝ちを大々的に広めるために、自分でも配信していたのだ。結果は恥の上塗りにしかならなかったが。


 だがスサノオの恥が増える代わりに、綾人の異常性を示した映像にもなっていた。


ケセラセラ『うわマジだ。ゴキブリの三倍速みたいな動きしてる……これはエイム正確でも当たらんわ。そもそも狙いが追い付かん』

赤きエース『小さいくせに速すぎるとこういうふうに見えるんだな』

全自動卵割り器『流石に例えが悪すぎるから他ので例えてやろうや』

ケセラセラ『と言っても小さくて素早いのってGくらいじゃね? バッタとかはちょっと違う気がするし』


 綾人は地を縦横無尽に走ってタナトス・ヘルの攻撃をよけきった。


 その姿は虫の類にしか見えず、それに該当する存在が一匹しかいないのは不幸だと言えよう。


 だが盛り上がるコメントを止めるように、配信に異変が起きた。


無能探索者『ん? なんか地面が光り出したぞ』

赤きエース『これって魔物呼び寄せの光では?』

俺がDMだ『なんだなんだ? なにが起きる?』


 配信画面に映る地面が赤く光り出したかと思うと、綾人がタナトス・ヘルのコクピットを引きはがした。そして……、


俺がDMだ『ふぁふぁふぁ!?』

迷宮の猛者『き、き、機体を空に投げたぁ!?』

無能探索者『あああぁぁぁぁあ!? 酔う、酔うぅぅぅぅぅ!?』

赤きエース『スサノオ配信見てた奴からしたらテロだろこれ。画面酔い不可……』


 綾人がなんと機体をジャイアントスイングで空に放り投げて、その爆発の余波で配信は強制終了するのだった。


 なおスサノオ配信を見ていた視聴者のうち、数人が爆発音や画面揺れで救急車を呼ぶ事態まで発展する。


 この事件は『スサノオの呪い』と名付けられて、配信システムに一定以上の音と揺れなどを防ぐ仕組みが導入された。


無能探索者『スサノオふざけんな! まじふざけんな!』

赤きエース『ただでは死なない男、スサノオ。大勢の配信見て笑ってた奴に怨み晴らすとか、悪霊かなにか?』


 スサノオは最後の最後まで騒音厄介勢として、その名を残すことになったのだ。


 なお機体を投げ飛ばして爆発させたのは、実際には別人なのは内緒である。

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