第34話 最弱の存在


 スサノオは機体から放り投げられた後、必死に走って逃げていた。


(ば、化け物だ……あいつは化け物だっ! 人間じゃねえ!?)


 もはやスサノオは綾人に負けた悔しさなどなく、なによりも恐怖に支配されている。


 当然だろう。コクピットハッチを引きはがされて機体から放り出された挙句、自慢の愛機は空に打ち上げ花火として投げられたのだ。


 争いとは同じレベルの者同士でしか発生しない。アリ一匹が人間と戦うなど考えないように、スサノオは綾人のことをもはや戦う相手とは思えなかった。


(に、逃げるんだ……勝てるわけがないっ! あんな奴と戦おうとしたのが間違いだったんだ!)


 スサノオは走り続ける。生身でダンジョン内を走り続ける。


 どこに向かっているわけでもなく、ただ化け物から逃れるためだけに。


 そんなスサノオに追いすがるように、いくつもの空中ウィンドウが表示されていく。彼の仲間からの通信だ。


『おいスサノオ!? どうするんだよ!? 仕掛けた爆弾がバレて全部解除されちまったぞ!? このままだと俺らも捕まるぞ!?』

『お前が【現代の妖精】を捕まえないと、あの国に逃げることが出来ないだろうが!?』

『た、助けてくれっ!? 隠れ家にサツが来やがった!?』


 スサノオに協力した者たちもまた追い詰められていた。


 元より杜撰な計画だった上に、肝心のスサノオが大失敗したのだから救いようがない。


 だがスサノオは腕を振り払って空中ディスプレイを消し飛ばして、さらに必死に逃げ続ける。


(ち、ちくしょう! このまま日本にいたら危険過ぎる! お、俺は優秀な操縦者だ! 【現代の妖精】を土産にできなくても、かくまってもらうくらいは出来るはずだ!)


 この時、スサノオは知らなかった。


 すでにネットではスサノオがぼろ負けする動画が拡散されていた。


 生身相手に負けるような弱者を、誰一人として彼が強いとは思っていなかったことを。


 それは当然ながら他国でも同じで、スサノオを受け入れる国などすでに存在しない。だがそんなことを考える余裕などなかった。


 そう、だから思い至らなかったのだ。


 ――ダンジョンで生身での活動をするのは、愚かの極みでしかないことに。


「な、なんだ!?」


 急に地面がグラグラと揺れて、地響きを立てる音が聞こえる。


 スサノオが慌てて振り向くと、彼を追うように巨大なオーガが走ってきていた。


「な、なんだオーガか! 雑魚……」


 スサノオは言い切る前に気づいた。


 確かにオーガは彼からすれば雑魚だ。先日もオーガを瞬殺したし、問題なく勝てる魔物でしかない。


 だがそれは機体に乗っていればの話であって……生身で勝てるわけがないと。


 生身相手で考えるならば、オーガは十倍近く大きい化け物だ。


「ひ、ひいっ!? く、来るなあぁぁぁぁぁっぁぁ!?!?!?」


 スサノオは必死に走る、走る、走る。


 だがオーガもまた血走った目で全力で駆けていた。


 小人が巨人では一歩の距離が十倍以上違う。当然ながらスサノオが逃げ切れるわけもなく、距離はどんどん詰まっていく。


「あ、あ、あああぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 スサノオは悲鳴をあげながらなおも逃げるが、オーガの足が彼のすぐ後ろの地面を踏みつぶす。


 そして次に振り上げられた足は、スサノオの周囲に影を落とした。


「や、やめっ!? やめっ!? 俺はスサノオだぞ!? 天才で、大人気な男に……!?」


 プチッ。


 オーガにそんな命乞いなど通用するはずもなく、スサノオはあっさりと踏みつぶされてしまった。


 そしてオーガはスサノオなど知らないかのように、一目散に逃げて行った。


 この時、スサノオが冷静だったならば気づけたかもしれない。


 オーガはスサノオなど眼中になく、ただ同じ方向に逃げていただけだと。綾人の魔力に怯えて、ひたすらに逃げていただけだと。


 結局のところ、オーガもスサノオも同じ理由で逃げていたのだ。


 もしそれをスサノオが察していたならば、多少は寿命が延びていたかもしれない。どちらにしてもダンジョンを生身で活動する愚者は、すぐに死ぬことに変わりはないが。


 だがひとつだけ、スサノオにとって都合のいいことが起きた。


『お、おいおい!? マジで潰されたぞ!? みんな拡散してくれ!』


 この付近の上空に飛んでいたドローンがいて、今の様子を配信していたことだろう。


 スサノオがオーガから逃げ纏い、最後に踏みつぶされた様子まで全て配信されていたのだ。


 人間が魔物に踏まれて死ぬということはそうそうあり得ない。何故なら機体に乗り込んでいるので、死ぬとしたらコクピットごと潰されるからだ。


 なのでスサノオの死にざまは珍しく貴重で、また巨大な足に踏みつぶされたために、足に身体が隠れて死体や血も見えなかった。


 つまり一種のコメディ風の映像になっていて、またスサノオの悪名もあってネット上で一気に拡散されたのだ。


『うわこれ絶対即死じゃん』

『やはりダンジョンで機体から降りたらダメだよなあ』


 スサノオ踏みつぶされ動画は、決闘自体が話題になっていたのもあってバズった。そして動画配信サイトでもランキングを駆け上がり、一日で百万再生以上を突破して伝説となる。


 彼の有名になるという願いはかなったのだ。なお綾人の二度目の「え”っ?」動画は五百万再生されたが。

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