第33話 悲しみの


 両腕と左脚が壊れたタナトス・ヘルは哀れに地面に倒れている。


 俺はそれを見て流石に勝ちだろうと判断して、これ以上の攻撃はやめることにした。


 いや頑張ったよ、俺。爆発しづらいように、機体のパーツの付け根辺りを狙ったからな。腕と肩の付け根とかをな。


 ジョイント部分なら元々は繋がってない部分だし、爆発しづらいと聞いたから頑張った。


 結果としてタナトス・ヘルはダルマ状態になったわけで。


「スサノオ、降参しろ。お前の負けだ」


 この決闘は相手が死ぬか降参するまで終わらない。


 なのでさっさと降参して欲しいのだが、スサノオはまだ宣言してくれない。もう立てない機体では勝てるわけないから、負けを認めて欲しいのだが。


『ふざけるな……俺は負けてねえ! 卑怯者がっ! 機体に乗って勝負しろよ!』

「ええ……」

『認めねえぞ! 迷宮決闘ダンジョンデュエル迷宮魔導機ダンジョンモビル同士の戦いだろうがっ! 生身で戦うなんて反則だろうがっ!』


 スサノオ君が今更に文句を言い出したぞ。


 ぶっちゃけスサノオの言うことにも一理はある。いやあった。


 本来なら迷宮決闘ダンジョンデュエルは、迷宮魔導機ダンジョンモビル同士を想定したルールなのは間違ってないからだ。


 ただまあ、正直な話をすると。


『今更過ぎるわね。それなら戦う前に言っておくべきだったわね。負けてから言い訳するなんてあまりにも愚かよ』


 と立花の通信が聞こえて来た。ぐうの音も出ない正論であり、スサノオも痛いところを突かれたのか少し言葉がよどむ。


『ぐっ……! う、うるせえ! 今回の試合は無効だっ! 改めて再戦しやがれっ!』


 スサノオはこの勝負をうやむやにしたいようだ。


 ただ俺からすればもう目的は果たしたと思うし、もうこいつと戦う意味はなさそう。


「なあマクスウェル。この決闘に対する視聴者の反応はどうなってる?」

『スサノオをバカにする言葉が九割以上ですね。今から表示します』


 マクスウェルは機体ほど大きな空中ディスプレイを表示して、コメント欄をタナトス・ヘルに見せつけるようにする。


迷宮の猛者『スサノオ見苦しすぎて草生える。武器も持ってない相手に負けてるのに』

無能探索者『戦う前から文句言ってたならともかく、負けてから文句言い出すのダサすぎる』

暗黒微笑男『武器すら持ってない生身の人間に負けるとか、スサノオって実はクソ弱かったんだな』

レヴィたん『こんな奴にはなりたくねえな。俺だったら恥ずかしくて生きてられんわ』


 なかなかコメントでもボロクソに言われているようだ。


 そうなるように仕向けたところもあるのだが、正直想定してた以上に悪く言われている。


 特に俺が武器を持ってなかったのに、それでも負けたことが嘲笑われてるようだ。これはスサノオがやったことなので自業自得と言わざるを得ない。


 さらに周囲の迷宮魔導機ダンジョンモビルからも声が聞こえてくる。


『スサノオって腕だけはあると思ってたけど、実はただのクソ雑魚だったんだな。あんな奴に怯えてたの馬鹿らしいわ』

『あの生身君がクソ強いってのはあるけど、それでももう少しまともに戦えそうだよな。俺でももう少しやれそうだ』

『あの無様な姿をSNSにアップしてやるぜ! 今まで散々調子に乗った報いだ!』

『もうすでにアップされてバズってんぞ。スサノオ、生身の人間にフルボッコにされるってタイトルでな。ざまあ見やがれ』


 スサノオはやはり嫌われていたようで周囲の声も嘲笑ばかりだ。


 これがまともな人間に対しての嘲笑なら眉もひそめるが、他人の命すら軽視するスサノオとなればまったく同情する気に慣れない。


『すみません! タナトス・ヘルを足蹴にしてもらえませんか! 記事のサムネにしたいんです!』


 などと周囲から声が聞こえてくる始末だ。


 それを聞いてかどうかは知らないが、タナトス・ヘルは小刻みに震え始める。


 起き上がろうとしているようだが、両腕左脚を失ってるので身体を起こせないようだ。


『ふざけるなよ! 俺をバカにしやがって……! なら教えてやるよ! 俺をバカにした人間は、全員死ぬべきなんだってよおおぉぉぉぉ!』


 スサノオが叫ぶと同時に、周囲の地面が赤く輝きだした。


 この場にいた迷宮魔導機ダンジョンモビルたちも困惑した様子だ。


『なんだなんだ? なにかの演出か?』

『わりと綺麗だが、この色ってどこかで見たことがあるような』


 スサノオはそんな声を聞いてか、意趣返しのように笑いながら叫んだ。


『この無能どもがっ! これはな、魔物をおびき寄せる装置だ! 効果が強すぎて使用が禁止されてる類のな! 俺を笑った奴ら、全員死ねよ! 死んじまえっ!』


 最初に死ぬのは身動きの取れないお前スサノオな気がするが、それはいいのだろうか。


 いやでもこいつなら周囲に迷惑かけるために自爆くらいしそうだな。


 よく見れば遠くの空に大量の魔物がいて、こちらに向けて近づいているように見える。


『お、おい! なんか北の方から魔物が近づいてるっぽいぞ!?』

『南の方からもだっ! いや東西南北、全方向からやってきてるぞ!?』


 周囲の迷宮魔導機ダンジョンモビルたちも慌て始めた。どうやら魔物たちが集まってきてるらしい。


「おい立花。これどうするんだ? 魔物が大勢来たら危ないんじゃないか?」


 ここには大勢の機体が集まっているので、魔物が来たら面倒なことになりそうだ。


「狙い通りね。これでスサノオは現行犯になったから、後はそいつをコクピットから追い出してあなたが乗り込みなさい。それで機体に魔力を流して……後は分かるでしょう?」

「ああ、そういうことか。了解」

 

 立花のやりたいことが理解できたので、俺は彼女の指示通りに動くことにした。


 俺は倒れたタナトス・ヘルのコクピット部分に近づいて、ハッチを引きはがして中のスサノオと御開帳する。


「ひ、ひいっ!? て、てめっ……! 殺してやらぁ!」


 スサノオは俺に銃を撃ってきたので、弾を避けてから銃を取り上げる。


「邪魔だからちょっと出てくれ」


 そしてスサノオをコクピットの外に放り投げる。


「……へっ? あああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 倒れているとは言えども、コクピットから地上まで二メートルくらいはある。背中から地面に落ちたのでたぶん痛いだろう。


 俺は操縦席に座ると、タナトス・ヘルに魔力を送る。


『エマージェンシー! エマージェンシー! 魔力貯蔵庫の限界量を突破しました! 危険です、すぐに脱出してください!』


 以前に聞いたアナウンスと同じ言葉が流れて来る。


 そういえば現行の迷宮魔導機ダンジョンモビルは、全部同じような魔力測定装置とか言ってたような気がする。


 そして俺は操縦席の外に出て、タナトス・ヘルの四肢で唯一残っている右脚を掴むと。


「よいしょ……っと!」


 タナトス・ヘルをジャイアントスイングして、反動をつけてから空に向けて投げ飛ばした。


 俺が魔力を使うと大抵の魔物たちは逃げていく。ならたっぷりと注ぎ込んだ機体が、空で爆発でもしようものならば?


 その答え合わせと言わんばかりに、タナトス・ヘルは空中で大爆発を起こした。魔力が詰まってるせいか、花火のようにきれいな光を発した。


 そして魔力が周囲に散らばったかと思うと、遠くの空にいた魔物たちが尻尾を撒くように逃げていくのが見える。


『お、おい! なんか魔物たちが逃げてくぞ!?』

『ま、魔力だ! 強すぎる魔力で魔物たちが逃げてくんだ! ほら強い犬のマーキングの匂いがすると、弱い犬は逃げるみたいに!』


 ということで無事に解決できたようだ。例えがマーキングなのは気に食わないが。


 機体を持ち上げるのは初めての経験だったが、案外軽かったので助かった。


「どうだよ立花。ちゃんと言われたとおりに機体を空に投げ飛ばしたぞ!」

『……ただ地上で爆発させるだけでよかったのだけれど』

「……え”っ?」

『まさか空に投げ飛ばす発想をするなんて思わなかったわ。ましてや投げ飛ばせるなんてね。流石の私も少し引き気味なんだけど』

「えっ? えっ?」


 バカな!? さっきの話の流れはどう考えてもそうだっただろ!?


『まあいいわ。ともかくスサノオを捕まえ……あら? いないわね。逃げてしまったみたい。最後まで馬鹿な奴ね』


 立花に言われて気づいたのだが、確かにスサノオはいなくなっていた。


「逃がしたらマズイな。レーダーとかで追えるよな?」

『大丈夫よ。ドローンですでに発見してるから。ただもう追う意味はないけど』

「なんでだよ。逃がしたらマズイだろ」

『大丈夫よ。だってマスオはもう……』

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