第32話 理不尽


 スサノオはコクピットの中で動揺しながら、必死に機体を操縦していた。


 動揺している理由は簡単だ。まさか自分がここまで追い込まれるなど、夢にも思っていなかったからだ。


「ふ、ふざけるな! ふざけんなよ!? なんで生身に迷宮魔導機ダンジョンモビルが力負けするんだよ!? ふざけんな!?」


 タナトス・ヘルの右手が壊されたことは、スサノオにとって信じられないことだった。


 いや誰だろうと信じられるわけがない。巨大ロボットと人間の拳がぶつかり合って、ロボット側が一方的に負けるなど誰が考えるか。


「どうなってやがるんだよ!? 武器も使えなくしたはずなのにっ!?」


 スサノオは今回の戦いでは必勝を期したはずだった。


 相手が生身である時点で負ける要素がないのに、さらに念のためにと綾人の武装まで使用不能にしておいたのだ。なのに自分が劣勢の状況に置かれているなど、いくらなんでもあり得ない。


 実際は綾人の武器はむしろ手加減用の武装であり、生身で物理攻撃したほうが強い。だがそんなことを予想できるはずがなかった


「クソっ!? なんで当たらねえんだよっ!? あの小ささで機動力あるの反則だろっ!?」


 タナトス・ヘルはあらゆる武器で綾人を狙っているが、まったく当たる気配がない。


 バズーカ砲、手に仕込んだマシンガン、頭部のバルカンと撃ちまくっているが、どれも綾人にかすりもしないのだ。


 綾人は純粋に当たり判定が極めて小さい。その上でそこらの高機動の迷宮魔導機ダンジョンモビルよりもよほど速く動けてしまう。


 さらに生身なので小回りもきくのだから、半端な攻撃では命中するはずもなかった。


「クソッ! 一発でも当たれば勝てるのにっ! 広範囲に攻撃できる武器を持ってきていればっ、当てられたのにっ……!?」


 スサノオは悲鳴交じりの声で叫んだ。


 彼の言うことは正しい。綾人に攻撃を当てたいならば専用の武器が必要だろう。例えば周囲一帯に鉛玉の雨を降らすなどの範囲攻撃などか。


 なお仮にそんな武器を用意していたとしてもムダだっただろう。攻撃範囲を広げる武器はどうしても威力が弱まってしまうので、綾人に大したダメージを与えられない。


 タナトス・ヘルは距離を取って弾を撃ちまくるが、まったく綾人に当たる気配がない。


 さっきからスサノオは機体を動かして、綾人に対して必死に距離を取っていた。右手が粉砕されたことがトラウマになっていて、接近戦をなんとしても避けようとしているからだ。


 タナトス・ヘルは手の仕込みマシンガンやバルカンを乱れ撃つことで、なんとか綾人の接近を拒否していた。


「クソッ! あれだけ小さいと接近されたらどうにもならねえ!? クソッ!?」


 スサノオの判断は正しい。もし綾人との接近戦を行えば、とっくの昔にタナトス・ヘルはダルマ状態にされている。


 そして今の綾人はガトリング砲を持っていないので遠距離武装がない。なので離れていれば攻撃は受けなくて済む。


 だがスサノオは焦っていた。綾人に散々攻撃しているが、当たるビジョンが見えていない。そしてこんな戦い方を続けられるわけもなかった。


「ま、マズイ!? 弾の残数がっ……!」 


 弾を乱れ撃つならば当然消費も激しい。


 タナトス・ヘルは接近戦では瞬殺されるが、遠距離戦でも徐々に不利になっていくだけであった。


 スサノオはカメラにうつる綾人を見て、冷や汗を流しながらも深呼吸をする。


「お、落ち着けっ! 奴は生身だっ! 一発でも当たれば勝ちだっ……!」


 スサノオはクズだが無能ではない。少なくとも操縦者としての技量に関しては。


 落ち着きを取り戻したスサノオは、先ほどよりも冷静にタナトス・ヘルを操縦し始める。


「ああ、そうだっ! そうだよ! 一発でも当たれば勝ちなんだっ! なら多少拡散する感じで撃てばいいっ!」


 タナトス・ヘルの弾の打ち方が変わった。


 先ほどまでは綾人を追うようにマシンガンやバルカンを放っていたが、今は綾人のいる周辺にわざと銃口をブレさせて射撃をしている。


 本来ならマシンガンやバルカンは、敵に何発も当てることで威力を発揮する武装だ。なのでスサノオは相手を追うように狙いをつけていた。


 つまり普段の大型を相手にするのと同じように手癖で打っていた。だがスサノオは考えを変えた。相手が生身の人間ならば一発でも当たればいいと。


 銃口がブレることで連射される弾の着弾箇所が分散されて、回避しづらくなっている。スサノオは当たる気配を感じてニヤリと笑った。


「おら死ねっ! すぐ死ねっ! 死にやが……は? 消えた?」


 だがスサノオの笑い声はすぐに止まった。


 いつの間にか綾人の姿が消えてしまったのだ。いや正確に言うと消えたのではない。


 綾人は先ほどよりも倍速以上のスピードで動いたので、スサノオが姿を見失っただけだ。


 そして姿が見えなくなったことで弾幕もなくなったとなれば、後はどうなるかも決まってしまう。


『おいスサノオ。今から機体を破壊するが、その前に降参したりしないか?』


 すでに綾人はタナトス・ヘルの目の前まで接近していた。そして最終警告を行っている。


 だがスサノオはその提案を受けることはできない。そんなことをすれば彼は無様にもほどがあるからだ。


「ふざけるなっ! お前なんぞ潰してやるっ!」


 タナトス・ヘルは左腕を振り上げて、綾人に向けて叩きつけようとする。


 だが綾人が即座にジャンプして回し蹴りを繰り出して、タナトス・ヘルの左腕は肩ごと砕かれて地面に落ちた。


『左腕部大破! 左腕部大破!』


 タナトス・ヘルのコクピット内に警報が鳴り響き、スサノオは乗機の左腕が破壊された報告を聞く。


「ふ、ふざけるな!? そんなバカなこと……!?」

『じゃあ次は右腕だな』


 信じられない現状に驚いている間にも、無情にも綾人は動き続ける。


 今度はタナトス・ヘルの右腕に向けて飛び蹴りをぶつけて、


『右腕大破! 右腕大破!』

「は、はあっ!? そんなバカなっ!?」


 今度はタナトス・ヘルの右腕が破壊されてしまっていた。右手はすでに砕けていたが、まだ残っていた腕も完全に壊されてしまったのだ。


 スサノオは目の前の光景が信じられなかった。生身によって自分の愛機が蹴り砕かれるなど、とても信じたくはなかった。


 だが確かにタナトス・ヘルの両腕はもう存在していない。


「そ、そんな。こんなバカなことがあるかよっ!? あってたまるかああああぁぁぁぁ!!!!」


 両腕を失ったタナトス・ヘルは、最後に残った頭部バルカンを乱れ撃つ。


 だが無意味だった。綾人はバルカンの弾をたやすく回避する。


「くそがあああああぁぁぁぁ! 認めねえ! こんなの認めるものかよっ!? 死ねええぇぇぇっぇぇぇぇ!!!!!」


 タナトス・ヘルはやぶれかぶれに右足を引いて、綾人に蹴りを入れようとする。


 だが綾人はタナトス・ヘルの足元に回り込んで、左脚の裏膝を蹴り飛ばした。


 すると左脚も砕け散ってしまい、タナトス・ヘルは立っていられずに地面に倒れ伏した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る