第26話 隙だらけの立花
俺は自宅の部屋にいるのだがものすごく落ち着かない。
「マクスウェル、ちょっと手伝ってくれないかしら。マスオの悪行についての証拠をもっと集めたいの」
『わかりました。お任せください』
その諸悪の根源たる立花が、ベッドに座って空中コンソールをカタカタと叩いている。
彼女は布の薄いパジャマを着ていた。肌の露出はそこまでないのだが、何故か目のやり場に凄く困る。
「綾人、さっきからなにかしら?」
「いや……」
女の子と同じ部屋でドキドキしてますとか、流石に言えるわけもないので黙っておく。
ちなみに今の俺の部屋にはベッドが二つある。一つは立花が注文してすぐに届いたものだ。わずか数日のためにベッドを購入するとか金持ちかよ。
部屋が狭くなったが別にそれは構わないけどさ。どうせ夜に寝るだけの場所だったから。
「ねえ綾人。マスオを倒したらDランクに上がりましょうか」
「マスオじゃなくてスサノオな?」
「私、興味ない人の名を覚え直すほど暇じゃないの」
どうやら立花の中ではスサノオは一生マスオ認定されるらしい。
「それでDランクに上がったら、強い魔物を倒してさらにいい装備を整えましょう」
そして立花は今後の話をし始める。
だが俺としてはちょっと気になり始めていることがあった。立花にずっとお世話になり続けていることだ。
冷静に考えてみたら、俺はこの部屋にいる時以外はいつも隣に立花がいる。
このいつもは比喩ではなくて日中は常に一緒だ。別れたのは有馬さんと帰ったあの日だけと言うレベルで。
美少女が側にいるのは嬉しいがこれはダメなのではなかろうか。いくらなんでも彼女に甘えすぎている。
「なあ立花。俺もマクスウェルがいるし魔物を狩ってお金もある。気にしてもらえるのはすごく助かるけど、ここまで面倒をかけるのは……」
「なにを言っているのかしら? マクスウェルは私が作ったのだから定期的にメンテをする必要があるし、武器なんかも同じでしょ? それに貴方のデータが取れるから面倒とは思ってないわ」
立花はコンソールを叩きながら淡々と告げてくる。
これまでに何度か言われた言葉だが、本当に甘え続けていいのだろうか……。
「それはそうだけど立花に悪いと言うか」
「私が悪いと思ってないわ。それとも貴方は私のことが嫌いだったり、一緒にいたくないのかしら」
何気なく言われた一言のはずなのだが、全身の毛が逆立つ感覚がした。
まるでこの問いの返答に間違えたらなにかが終わるような、そんな危機感。
「……いや。立花のことは嫌いじゃないし、一緒にいてくれて嬉しいと思ってるよ」
「なら問題ないわね。話は終わりでいいかしら?」
「あ、ああ」
そうして立花はさらに空中コンソールを叩き続ける。
いまの感覚はなんだったんだ……? 気のせいと思いたいが腕を確認すると鳥肌が立っている。
「よし。これからマスオへの挑戦状にする動画を作りましょうか」
「動画?」
「有馬さんにお願いして、貴方がマスオに決闘を申し込む動画を拡散してもらうのよ。奴は過激さがウリの配信をしてるから、ここで臆したら視聴者から見捨てられるわ。必ず受けてくるはず」
「まあ過激な配信しといて、挑発して逃げたらしょうもないと思われるだろうけどさ」
過激な奴というのはだいたいが喧嘩を売る側だ。そんな奴がいざ喧嘩を売られて逃げたら、負け犬とみなされて誰も興味を抱かなくなるだろう。
スサノオにプライドがあるなら受けてくるかな。
そんなわけで俺は立花に言われたとおりに喋って、その動画がネット上に拡散されていった。
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だがそんな彼女は綾人と出会う直前に、小さな悩みが持っていた。
(知り合いがいないのはたまに困るわね)
機体ドックでひとり佇む立花。彼女には知り合いがいない。いや正確に言うと顔見知りに氷室がいるが、それ以外の人間は名前すら知らないのだ。
立花は別に人が嫌いなわけではない。だが寄ってくるのがみんな、彼女の技術などを目当てにしたクズ共で辟易していた。
(対等な知り合いなら欲しいのだけれど、どうすれば造れるものかしら? 絶対服従のAIを造ってもいいがなにか違う気がする)
立花は利用されるだけの関係はまっぴらごめんだ。自分の技術力をフルに活かせる、いや自分の技術力を引っ張り上げてくれるような知り合いを求めている。
立花はその点、氷室は知り合いに認定していた。
彼女に取って氷室は、ダンジョン関係の面倒ごとの処理をやってくれるので助かっている。ただ氷室側は完全に仕事の対応なので、ビジネスライクな関係でしかないが。
それでも立花としては、唯一の他人と喋る機会だったのでわりと楽しんでいた。
そんな立花だが、氷室から珍しく面倒ごとを頼まれてしまった。
(生身でオーガを倒した人間か。本当なら面白いとは思うけれども)
立花にとって当時の綾人の存在は、本当のこととは思えなかった。なので頼まれたことへのやる気も低く、待ち合わせ場所の機体売り場に少し遅刻して到着した。
すると男が試乗機に乗り込む姿が見えた。画像データとの一致率から立花はあれが神崎綾人だと判定した。
そうして近づこうとした瞬間、機体の緊急アラートが鳴った。
立花は綾人の異常性を知り、そこから彼女の人生は変わっていく。
(他人と話すのってこんなに楽しかったのね)
立花にとって綾人は唯二の知り合いになり、そしていつの間にか唯一の友人になっていた。
特に運が悪かったのは、彼女と綾人の価値観がそれなりに合ってしまったことだろう。話も性格も合い、かつ立花にとってメリットのある人間。
となれば立花の行動指針は早々に決まった。
(綾人が私から離れられないように、依存させていけばいいかしら。常に私が横にいて、武器やAIを供給して、住む場所なんかの面倒も見ていけば)
立花が過剰なまでに綾人の面倒を見ていた理由も、全て彼女自身の都合のために過ぎない。
そうして緻密な計算で動いていた立花にとって、スサノオの行動は許せないことだった。
(私の大切な者に、綾人に仕掛けて来たのは許さない。もしあの一件でヒポグリフを自力で殺しきって自信をつけて、私がいなくてもダンジョンに潜って大丈夫と判断されたら困るのよ)
立花は綾人のことを完全に束縛したがっていた。倒す魔物も、人間関係も、身の回りの装備なども。
全てを掌握して、綾人のことは独占する。それが今の彼女の願いだ。
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