第25話 怒ってる


 俺たちは東京ダンジョン第一都市に戻った後、立花所有のドックに機体を置いて、探索者組合本部に訪れていた。


 今は俺に立花に有馬さん。そして立花に呼びつけられた氷室さんが個室で同席している。


「そういうわけで私たちに撒き餌の弾丸を放ったのは、マスオってやつで間違いないわ。この趣味の悪い黒い機体はアイツしかいない」

「立花さん。マスオじゃなくてスサノオでは?」


 氷室さんが愛想笑いをすると立花は小さくため息をついた。


「私、おおよその人間には興味ないの。ともかくそいつが犯人よ」


 立花が証拠映像を写した空中ディスプレイを、氷室さんに向けて飛ばす。


「電磁迷彩で隠れたつもりでしょうけど、DMディム・スナイプがいてよかったわ。あれは狙撃用機体だから幻や保護色も可視化するもの。私の大切なモノにちょっかいかけてきたのは許さないわ」


 立花はバロネットが肉で汚れて怒っているようだ


 ヒポグリフの群れを爆撃で滅した後、DMディム・スナイプが謎の機体をロックしていたことが判明した。それで調べたらすぐにタナトス・ヘルという機体だと調べがついたのだ。


 操縦者はスサノオなのも分かったのでまあ十中八九、間違いないだろう。


「わかりました。では警察に調査を依頼しましょう。ただ捕まえられるかは微妙です。映像の機体が本当にタナトス・ヘルかどうかの確証がありませんからね」


 氷室さんは困ったようにため息をついた。


 今の日本では映像は大した証拠にならないらしい。十年前でも合成映像がもはや本物と見分けがつかないクオリティのもあったが、今ではさらに凄くなっていて判定が困難だそうだ。


 ましてや電磁迷彩を纏っている機体となれば、流石に証拠としては扱えないらしい。なんとも嫌な話である。


 スサノオが大胆な犯行をしてきたのにはそういった背景もあるのだろう。現行犯で捕まらなければ致命傷にはなりづらいからと。


 だが立花は腕を組んだまま、怒りの姿勢を崩そうとしない。


「違うわ。私はスサノオを公開処刑してやるつもりよ。あんな奴を放置してたら危険だし、私はやられたことはやり返す主義なの」

「公開処刑とは穏やかじゃないですね。流石にそれはちょっと」

「安心してちょうだい。ちゃんと合法的にやるわよ」


 困った顔の氷室さんに対して立花は強く言い放った。


 公開処刑を合法的にやるとはいったい……?


「別にスサノオを殺そうと考えてるわけじゃないわ。あいつの顔と心を潰して二度と配信できないようにして、後は向こうから手を出させて正当防衛するだけよ」

「だけってレベルじゃない件について。というかどうやってそんなことが出来るんだよ」


 むしろそこまで合法的にやれる手段を知りたいんだが。無理だろ。

 

 すると立花は強気に笑って俺に指を立てて来た。


「以前に迷宮決闘ダンジョンデュエルを見たのを覚えてるかしら?」

「機体同士が模擬戦するやつだよな。あれがどうかしたのか?」

「スサノオに迷宮決闘ダンジョンデュエルを仕掛けて、信じられないほど大恥をかかせるのよ。そうすれば激高してバカをするだろうから終わりよ」


 なんとも雑な作戦な気がする。


 立花のことだからもっと緻密な策を考えてるかと思ったが。すると氷室さんが困ったように首を横に振った。


「立花さんは迷宮魔導機ダンジョンモビルに関しては天才です。ですがそれ以外となるとかなり雑なんです。典型的な興味あること以外は頭回らないタイプで」

「違うわ。回らないのじゃなくて回さないのよ」


 余計にダメなやつだ。でも立花が時折すごく雑になるのは分かる。


「私はあんな奴にムダに頭のリソースを使いたくないの。だからゴリ押しで終わらせるのよ」

「というか迷宮魔導機ダンジョンモビルでそんなに恥をかかせられるのか? 立花が圧勝するにしてもさ」


 俺がそう言うと立花は首を軽くひねった後、


「なにを言ってるの? スサノオと戦うのは貴方よ」


 などといろんな意味で問題ありそうなことを告げて来た。


迷宮決闘ダンジョンデュエルって機体同士で戦うんだろ? 俺は乗れないぞ」

「たしかに機体で戦うのが普通よ。でも生身で戦ったらダメなルールはないわ」

「当たり前すぎてルール化されてないだけでは?」

「それでもルールには違反してないわよね?」


 勝ち誇った笑みを浮かべる立花。ルールブックになければなにやってもOKってことではないとは思うが。


「スサノオとの決闘を大々的に配信するのよ。そこであいつが機体に乗って生身に負けたら、もう面子もなにもかも消え失せると思わない?」

「まあうん。そりゃな」


 巨大ロボットに乗っていながら生身の人間に負けるとか、もはや恥とかいうレベルのものではない。


 ただでさえプライド高そうなスサノオ君なら、血管が切れてもおかしくないレベルで面子が潰れてしまいそうだ。


「そして迷宮決闘ダンジョンデュエルは合法の決闘よ。配信するのだって普通にあるし何の問題もないわよね」

「俺が配信でムダに映ることになるが」

「今更過ぎるわよ。どちらにしたって遅かれ早かれ有名になるわ。ならここで派手にやりましょう」


 どうやら俺がスサノオと迷宮決闘ダンジョンデュエルすることは確定のようだ。


 とは言えども俺としてもあまり強く反対する気は起きない。ふと有馬さんの方に視線を向けると彼女と目が合った。


 もしスサノオが俺たちのいないときに、有馬さんだけに仕掛けてきたら彼女は死んでたかもしれない。流石にそんな奴を野放しには出来ないからな。


 出来れば合法的に警察に取り締まって欲しかったが、現状で難しいなら罠を張ってでも捕まえるべきだ。誰かが被害に合ってからでは遅い。


「わかった。やろう」

「よし決定ね。じゃあアルニさん、配信でスサノオに挑戦状とか出してくれるかしら。綾人が生身で勝負を挑むから、逃げたら人として終わってるよねーとかで」

「は、はい。わかりました」


 なにはともあれスサノオをボコれば話は終わり、になればいいのだけれど。


 まあとりあえず俺に出来ることは戦うことだけ……、


「それとちょっと提案があるわ。スサノオがなにをしてくるか分からないから、私はしばらくは綾人の部屋に泊まるわ」

「……なんで?」

「貴方ほど最強の護衛はいないでしょ? 魔物を倒せる貴方なら、スサノオがなにを仕掛けて来ても返り討ちよ」


 何気なく言い放つ立花。そりゃ理屈はそうだけども、色々と問題がありすぎるだろ。


「男のワンルームに女が来たらダメだろ……個室で二人きりだぞ?」

「そんなのコクピットの中で何度もあったじゃない。貴方に襲うつもりがあったら機会はいくらでもあったし今後も然りよ」

「そういう問題じゃないだろ」

「そういう問題よ。それともなに? 私がスサノオに襲われてもいいと? 身寄りのない独り暮らしだから、誰も助けてくれないのだけれど」

「いやそういうわけじゃないけどさ……」

「なら問題ないわよね」


 そして何故か立花が俺の部屋に泊まることになった。いや理屈は分かるけどなんで?

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