第19話 有名人に


 俺たちは東京ダンジョン第一都市に帰還した後、探索者組合本部のビルで受付を行っていた。


「氷室さんいらっしゃいますか?」

「少々お待ちください」


 受付の人が部屋の中に入っていくので後は待つだけだ。


 ただひとつ気になってることがある。


「ね、ねえあの人って……」

「似てるよな?」

「なあ。あいつってもしかして……」


 周囲の人が俺をチラチラと見ている気がするのだ。


「なあ立花。俺、寝ぐせついてたりする?」


 空中ディスプレイのミラーモードを起動して、自分の顔を確認しながら聞いてみる。特に顔になにかついてないし、髪も普通だと思うのだが。


「ついてないわよ」

「だよなあ」


 おかしい。いったいなんだと言うのだろうか。


「なあマクスウェル。なんで俺は見られてるんだ? なにか変になってないか?」

『ご安心ください。生身でダンジョンに潜る人は徹頭徹尾、変な人間ですから』


 ぐうの音も出ない正論である。


 ただ今聞きたいのはそういうことじゃなくて、なんで俺が見られているかなんだけどなあ。


 流石の万能AIも人の悪目立ちする原因までは分からないのか。


 そんなこと思いながら待っていると、


「あのー、すみません……」


 見知らぬ女の子が話しかけてきた。少しウェーブのかかった髪型だが大学生だろうか? なんとなく活発そうな雰囲気を持っている。


「なんでしょうか?」

「神崎綾人さんですか?」

「は、はい。そうですけど」


 なんでこの娘は俺の名前を知ってるんだろう。少し困惑しながら答えると、女の子は小さく笑い始めた。


「あ、やっぱりですか! 私は水瀬ハルカと言います! 実は先日の配信を見てまして」

「……先日の配信?」


 いったいなんのことだろうか。なにか知ってるかなと思って立花の方を見るが、即座に首を横に振られてしまった。


 すると周囲からの声もさらにざわつき始める。


「や、やっぱりあいつが神崎綾人か……! クレイジーバーサーカーの……」

「陸上選手みたいなガタイを想像してたけど、映像通り筋肉質じゃなさそうだな」

「ええと。写真撮っても大丈夫かな……?」


 ??? なんか明らかに俺の方を見ながら、妙なことばかり言われてる気がするぞ?


 ひたすらに困惑していると、水瀬さんが迷いながら口を開いた。


「もしかしてなんですけど。アルニちゃんの配信のこと、ご存じないのですか?」

「アルニちゃんの配信?」


 アルニちゃん……アルニちゃん……どこかで聞いたことがあるような。


『先日助けた亀ならぬ有馬様が、アルニ・ミウムという名前で配信活動しています』


 マクスウェルが助け船を出してくれた。

 

 あー、それか。そういえば有馬さんがそんなことを言ってたな。


「アルニさんとは知り合ってますが、配信とはなんのことでしょうか?」

「……本当に知らないのですか? それなら私としても別の手が……!」

「神崎さん、お待たせしました」


 俺と水瀬さんの話を遮るように、氷室さんが奥の部屋から出てきた。


 彼は水瀬さんに向けて頭を下げて笑うが、正直言うと態度とは相反して迫力がある。そこらのヤクザよりよほど怖い。


「申し訳ありません。今から私は神崎さんと話がありますので」

「むぅ……分かりました」


 水瀬さんも恐怖を感じたのか、逃げるように離れてしまった。他の人たちも俺から視線を外していく。


「くっ。だが次の機会があるはず……!」


 なんか水瀬さんが呟いたのが聞こえたけど次の機会とはいったい。

 

 しかし氷室さんはなんか怖いんだよな。いかついオジサンにスーツのセットが。

 

「ではこちらへ」


 氷室さんに案内されたのは、机と椅子だけの個室だった。そこにはすでに有馬さんが席に座っている。


「おや有馬さん。どうもこんにちは」

「か、神崎さん! 先日はお世話になりまじ……なりましたっ!」


 有馬さんは勢いよく礼をしてきたのだが、噛んでしまわれたようだ。


 俺たち全員が席につくや否や、氷室さんは軽く手を叩いた。


「さて時間もありませんので話を始めましょうか。実は以前に許可を頂いた通り、神崎さんのことについて広めさせていただきました。アルニさんにもご協力頂きまして」

「そうなんですね。ホームページにでも掲載したのですか?」

「アルニさんに配信して頂きまして、同時接続数二百万人を突破しました」

「……はい?」

 

 同時接続数、二百万人? あまり配信には詳しくないけど、二百万人がその広めた配信を見てたってこと? 


 そういえばアルニちゃんは大手の配信者って言ってたな。


「アルニさんの人気はすごいのですね」

『マスター、流石に天然が過ぎますよ。マスターが生身で魔物相手に逃げたのが、ものすごくバズったのです。生身でダンジョンに潜るなんてあり得ませんから。マスターは【狂々戦士クレイジーバーサーカー】と呼ばれてます』

「……あー」


 言われてみれば確かにそうだ。ロボットで潜るのが当たり前の場所で、ひとりだけ生身でいたら悪目立ちするに決まってる。


 自分が有名になるというイメージがなさすぎて、まったく想像が及ばなかった。


 氷室さんは小さく喉を鳴らすと話を続ける。


「神崎さんが有馬さんを救出した時の映像が配信されていました。それで神崎さんへの罵詈雑言もネットに広まってまして、ランク外エリアの活動も含めて大きな発表が必要でした。アルニさんも配信を続けるなら、神崎さんのことを黙り続けるのも厳しいでしょうし」

「その結果として、綾人が有名になってしまったと」


 立花が空中ディスプレイを触りながら口を開いた。ちなみに写っている映像が見えるのだが、俺が有馬さんを救出してるシーンの動画だ。


 その動画には数えきれないコメントがついていて、再生数が一、十、百、千……見間違いじゃなければ五千万になってる……。


 氷室さんはビシッと背筋を伸ばした後に、俺にお辞儀をしてきた。


「仔細を説明できておらず、誠に申し訳ありませんでした」

「ああ、いえ。驚きましたけど大丈夫ですよ」


 俺に不利益は出てないし、氷室さんにはランク外エリアでの活動を無罪にしてもらった恩もある。他には立花と知り合わせてくれたこともかな。


 あとは俺がネットの影響を甘く見てたのもある。まさかSNSでろくに知り合いも作れないのに、ネットでバズるなんてことがあると思わなかった。


 ……もしかして今ならSNSで知り合いを作れるかも? 後でアカウントを作り直してみようかな。前のやつはパスワード覚えてないし。


「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」


 そうして俺たちと氷室さんの話し合いは終了して、部屋を出ようとすると。


「綾人、悪いけど私は氷室と用事があるの。貴方は有馬さんと帰ってもらえるかしら?」


 などと立花が言い出したのだ。


「え? いや俺は別にひとりでも……」

「わ、わかりました! 私が責任をもって神崎さんを送りますっ!」

「いやでも送ってもらうのは悪いし……」

「悪くないです!」

『せっかくなのでお言葉に甘えましょう、マスター』


 とのことで俺は有馬さんに送ってもらうことになった。


 すると氷室さんが俺に四十五度で頭を下げてくる。


「神崎さん、誠に申し訳ありません」

「急にどうしたんですか?」

「……いずれ分かります。私にはもはや謝ることしか出来ないので」


 よく分からないがいずれ分かるならいいか。


 俺と有馬さんはビルを出て、帰り道を歩き始める。さて問題発生だ、年頃の女の子といったいどんな話をすればいいのだろうか。

 

 有馬さんとは一回りくらい差があるので、いったいなにを話せばいいやら分からない。でも無言で歩くのもアレだし、ちょっと軽く彼女のことを聞いてみようか。


「有馬さ……」

「あ、あの! 先日は本当にありがとうございましたっ!」


 おっと有馬さんと声が被ってしまった。彼女は必死に叫んだので、俺の声は聞こえてないようだし黙っておこう。


「いやいや。大したことはしてないよ?」

「大したことですよ! ローパーの群れに入るなんて、Bランク以上の迷宮魔導機ダンジョンモビル乗りでも躊躇するのに……」

「ローパーってそんなに強いの? Dランクって聞いたけど」

「斬撃や物理に耐性があって、かつ生息エリアが泥なので戦いづらい厄介な魔物です。それに群れないからこそDランク評価でして、ローパーが集まっていたら近寄るなが鉄則です」


 どうやらローパーは思ったよりも厄介な魔物だったようだ。


 いや再生能力があって物理耐性がある時点で厄介に決まってるか。あの時だって立花のバロネットの火炎砲撃と、俺の魔力爆発でなんとか倒せただけだ。


「それであの……本当なら助けて頂いたお礼をしたいのですが、お金がなくて……」

「いいよいいよ。気にしないで」


 手をヒラヒラと振りつつ返事をする。


 こんな少女にお金を出させるほど落ちぶれたくないよな。


「でも……」


 ただ有馬さんも食い下がって来る。さてどうしようかな、気にしないでと言っても無理な気がするし。俺が彼女の立場ならば絶対に気にする。


 うーむ……あ、そうだ。


「じゃあ今度、買い物につきあってくれないかな? 実は最近の服とかよくわからなくて」


 十年前の服もあまり分かってなかったけどな! 


「は、はい! もちろんです!」


 というわけで有馬さんとの約束も終えたので、後は自宅につくまで歩くだけ……。


『マスター、あまり反応せずに聞いてください。何者かがマスターの後をつけています。いかがなさいますか?』


 などと面倒な話が飛び出してきた。


「……振り切れるか?」

『では指示に従ってください。まずはこの角を右に……』


 とのことなのでマクスウェルの指示に従って、有馬さんと移動したら逃げ切れたようだ。やれやれ。

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