第17話 正体不明の生身男


~有馬美羽の私室~


 有馬美羽ありまみわが綾人に助けられた翌日。彼女は自宅の部屋で空中ディスプレイを起動し、生存報告の配信を行おうとしていた。


 配信予約していた時刻まであと五分だが、すでに配信待機者は十万人を超えている。


(や、やっぱりバズってる……)


 機体の配信機能を使ったダンジョン配信は、世界で一番人気のコンテンツになっていた。


 理由としては自分がダンジョンに潜る時の勉強、純粋に娯楽としての面白さなどがある。だが人気の最たる理由は筋書きのないドラマだ。


 ダンジョンに潜るのは危険が伴い、配信者が死ぬことだってあり得る。どうなるか分からないという楽しさがあり、そのために見ている層が多いのが現実だ。


 他人の不幸は蜜の味、というのはいつの世も変わらない。ただグロ系映像は迷宮魔導機ダンジョンモビルの配信設定で自動モザイクがかかるので、配信者の断末魔の悲鳴が聞けるだけだが。


 だがその死ぬ間際の悲鳴も危機も、安全地帯の人間にとっては盛り上がる話になりえる。有名人が銃で撃たれたらよくも悪くも話題になるように。


(機体の配信機能、最後まで生きてたみたいだもんね……)


 有馬の機体が完全に破壊されるまで、ずっと配信は続けられていた。


 つまり彼女の悲鳴などはずっと配信され続けて、配信チャンネルはすごく盛り上がっていた。盛り上がりを求める野次馬たちで、一時的に配信視聴者数ランキングの上位に躍り出たくらいだ。


 だがそれだけならば上位で済んだのだが、


(綾人さんが助けてくれた時に、ランキング一位になっちゃってる……ネットも綾人さんの話題ですごいことに……)


 綾人に生身で救出されたシーンが、迷宮魔導機ダンジョンモビル目線で写ってしまっていた。


 つまり綾人が生身でローパーの間を走り抜けて、迷宮魔導機ダンジョンモビルに張り付いて、有馬を助けて逃げるまでのシーンが全てだ。


(うう。綾人さんがアメリカの新兵器だとか、ヤラセだとか言われてる。私が配信してたせいで……)


 有馬は本当ならしばらく配信は休む予定だった。だが彼女は恩知らずではなく、助けてくれた綾人が悪く言われるのは許容できない。


 それに綾人の姿が写ってしまっていて、顔などが割れている状況だ。このままだと彼がランクエリア外で活動した犯罪者だと誤解されて、日常生活にも影響が出かねない。


 そのため少し無理をして配信を行うことにした。空中ディスプレイに表示された時刻が配信開始時間になるまであと十秒。


(ふー……よし。頑張ろう)


 そして配信が開始されると同時に、有馬の纏っている空気が変わった。


「みんな昨日ぶりだね! アルニ・ミウムだよ! ボクの配信に来てくれてありがとう!」


 アルニ・ミウムはボクっ娘の元気系少女だ。なので有馬は配信時はそう演じている。


 演じている理由は普段の性格が大人しいからだ。配信では少し明るすぎるくらいの方がウケがいいのでそうしている。


 するとすぐにコメントが流れて来る。

 

迷宮の猛者『アルニちゃん! 大丈夫!?』

アルニ推し『あの男は誰なんだ!?』

処刑人『やらせ配信者乙。嘘をつくのはダメってお母さんに習わなかったのかな? ん?』

 

 他にもいくつものコメントが流れていく。四割ほどはアルニへの心配、一割はヤラセなどの悪口、そして一番多いのは生身の謎男についてだった。


「えっと。ボクは大丈夫です。皆さんも見たと思うのですが、あの人に助けてもらいました」


迷宮の猛者『おお、無事でよかった』

アルニ推し『あの男の情報教えてくれー! 気になり過ぎて夜しか眠れない』

執行者『なにが助けてもらっただよ嘘つき』


 アルニは一部の人間のコメントを見て顔をしかめる。だがそのまま言葉を続ける。


「ここからは国際ダンジョン機構に許可されたことだけ告げますね」


 アルニが今日に配信を行っているのは、国際ダンジョン機構の氷室からの指示でもあった。 


 彼女は氷室に言われていたのだ。このままだと綾人に不利益が生じる可能性がある、と。実際に綾人のことをヤラセと言って、誹謗中傷を振りまいている者も出始めていた。


「まず私を助けてくれた人は神崎綾人さんという探索者です。そして迷宮魔導機ダンジョンモビルに乗らずに、生身でダンジョンの魔物を倒しています」


 そう告げた瞬間、コメントの流れが先ほどまでの数倍になる。


 なお綾人の名前を出すことに関しても、氷室から公的に許可を得ていた。綾人は探索者登録を実名で行っているので、いずれは知られる情報だからだ。


迷宮の猛者『は? え? まじで生身でダンジョン潜ってるの!?』

アルニ推し『いやあのえっと。流石のアルニちゃんの言葉でも信じられないんだけど……』

処刑人『嘘乙www こんな配信見るの時間のムダだろwww こんな大ウソつきの配信なんて解散しようぜwww』

無能探索者『でも配信映像で写ってたよな。あれってリアルタイムだから恣意的な改変は無理だぞ?』


 大量のコメントが流れているが、生身で戦ってることを信じてる者はほぼいない。


 怪獣を倒すヒーローは映画の世界でしかなく、現実ではあり得ないからだ。それを予想していたアルニは、配信画面に国際ダンジョン機構の証書を表示する。


 その令状には綾人がアルニを助けた旨を表彰する内容が記載されていた。


「この証書は国際ダンジョン機構の方から頂いてます。つまりあの映像は全て事実です。私が失敗して死にそうになったのを、綾人さんが助けてくれただけです。先日のことはヤラセじゃありませんので、綾人さんへの誹謗中傷はやめてくださいね」


 するとさらにコメントが加速していく。


迷宮の猛者『マジで国際ダンジョン機構の電子証書じゃん!? 本当にあの男は魔物と生身で戦ってるってこと!? まるで意味わからんぞ!?』

アルニ推し『国際ダンジョン機構の公式発表はないのか!? いやアルニちゃんを疑うわけじゃないけど……』

無能探索者『実は俺さ、その男のこと知ってるんだ。以前にオーガから助けてもらったんだ』

処刑人『いや待てこいつはEランクの探索者じゃん。ローパーのいるエリアに貼ったらダメだろうが法律だぞ法律!』


 一部ではまだ悪口が続くが、全体的には悪く言われていない。アルニは安心したように息を吐くと、


「じゃ、じゃああの。今日はこれで配信終わりますね。また今度、よろしくお願いします!」


 この時、彼女の配信は歴代一位の視聴者数を叩きだした。それと共に綾人のことも知れ渡っていくのだった。

 



^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^




 とある部屋でスサノオが悲鳴を上げていた。


「クソがっ! ふざけんなよゴミ女がっ!」


 彼は近くにあるタンスを蹴り飛ばして吠え続ける。


「なにが助けてもらっただよ! 本当なら俺が助ける予定だったのにクソがっ!」

 

 Dランクエリアにローパーが異常発生していたのは、スサノオが薬品を撒いていたからだ。彼はアルニを危機に陥れて、それを助けることで人気を得ようとしていた。


 だが想定以上にローパーが集まって来たので、スサノオは逃げることにしたのだ。結果としてアルニは綾人に助けられてしまったので、彼は心の底から激怒していた。


「ふざけるんじゃねえよ! あんなふざけた生身野郎、さっさと踏みつぶされて死んどけよ! クソッ! 調子に乗りやがって……! 俺が一番天才で、人気者のはずなんだよっ!」


 スサノオには迷宮魔導機ダンジョンモビルの操縦者としての才能が少しだけあった。


 なので探索者になってからすぐに、ランクを上げることに成功していた。そして彼は天才ともてはやされて、努力をやめて落ちぶれた。


 そしてスサノオは凡人と言われるのが嫌で無理をして、一緒に潜っていた配信者を死なせてしまった。だがその時に配信がバズったのだ、死人が出たことで。


 本来ならばトラウマにもなりうるほどに辛いことだが、彼はバズったことを幸運だと捉えて


 スサノオは再び注目されることに優越感を抱き、そして過激になった。他人に迷惑をかけてでも、どんなことをしてでも、自分が目立って天才だともてはやされるために。


 それ以来、彼と一緒にダンジョンに潜った者は大怪我をしたり死人も出ている。


 だが怪我や死者が出ることを好む人間は一定数いて、スサノオの配信はそれなりに見られていた。だが当然ながら彼の悪名も広がっていて、組む人間はもういないので、仲間の命をチップにする配信は出来なくなっていた。


 故に配信の視聴者が徐々に減ってきていて、それがさらにスサノオを焦らせている。


「それにあの生身男と一緒にいた女もだっ! どいつもこいつも俺をバカにしやがって……!」


 先ほどの配信で【処刑人】や【執行者】としてコメントしていたり、綾人がヤラセだと噂を撒いているのもスサノオだった。


 彼の卑劣なところはサブ垢を駆使して悪口は言うが、『死ね』などの決定的な単語は使わないところだ。自分は言わずに周囲が言うように仕向ける。


 例えば今回の場合なら、『あの生身はEランクなのにDランクエリアで活動している』という断片的事実だけを抜き出している。緊急の救助活動だったことには一切触れずにだ。


 不和の種をいくつも撒いて、他の誰かが勘違いして拾って育つのを待つ。だからこそ今まではうまくやって他人の足を引っ張ってきた。


「……絶対に許さねえ。俺の邪魔する奴は全員、許さねえ。どうせあいつも俺と同じで、生身で魔物の間を通り抜けるなんてヤラセに決まってるんだ。化けの皮を剥いでやる……!」

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