第15話 許された
~昼 東京ダンジョン第一都市病院~
俺たちは東京ダンジョン第一都市に帰還した後、病院の一室にいた。
「あ、あの。助けて頂きありがとうございます! 先ほどは失礼な態度をとってしまって申し訳ありません! 命の恩人になんて態度を……」
さっき助けた少女がベッドから身体を起き上がらせて頭を下げてくる。
水色の髪を肩くらいまで伸ばしていて、可愛らしいタイプの女の子だ。やや小柄だがそれもまた彼女のよさとなっている。年齢は立花と同じくらいだろうか。
「いや気にしないでいいですよ。あんな危機的状況なら動揺するのも仕方ないですし」
「貴方が生身で来たことへの動揺だと思うわよ」
『高速道路を生身で走る人間がいたら驚きますよね』
それは二度見するくらい困惑しそうだ。しかもそんな人間にお米様抱っこされたら大混乱不可避である。
「私は
有馬さんは視線を落とした。どうやらあの触手の群れの恐怖が今も残っているようだ。
あいつら気持ち悪いからすごく分かる。俺たちもそれぞれ自己紹介をすると、
「立花さんって【現代の妖精】と言われてる人ですか?
「そのあだ名、嫌いなの。呼ばないでもらえると嬉しいわ」
「す、すみません!」
どうやら立花は有名人らしい。それと俺に比べて態度が優しい件について。
すると立花は俺の視線に気づいたようで口を開く。
「弱ってる人にまで酷い言葉はかけないわよ」
「俺もあの時わりと混乱してたんだが」
「嘘ね。バイタルが正常値だったわよ」
客観的な数値で判断されるとなにも言えない。
有馬さんはさらに話を続けていく。
「あ、あの。本当にありがとうございました。Dランクエリアなら問題ないと思ってたのに、今日に限ってローパーが大量に集まっていて……」
「そうね。ローパーは群れる生物じゃないし異常よ。そして原因も判明してる」
「え? なにかわかったのか?」
「バロネットに付着した泥に、ローパーを集める薬品が混ぜられてたわ。私のバロネットが入り口付近で泥に足を取られたのも、その薬品を散布されて土壌が柔らかくなってたせいよ」
すごいな立花。すでに異常事態の原因を判明させているとは。
有名人なのは伊達じゃないんだろうな。【現代の妖精】って言ったら痛い目に合わされるから言わないが。
そんな俺の視線に気づいたのか立花は少し得意げな顔をすると。
「事象と言うのは連動するものよ。違和感を調べていけばつながることが多い」
「泥にはまったのをムダにしないのはすごいと思うよ」
「転んでタダで起きるのは趣味じゃないの」
立花はそう言い放った後に有馬に視線を向けた。
「それでローパーが集められてた件について、なにか心当たりはあるかしら? 恨みを買っていたとか」
「あ、ありません。恨まれるようなこともないと思います……ただ強いて言うなら」
有馬は少し迷った後に空中ディスプレイを出した。そこには配信チャンネルらしき画面が写っている。
チャンネル名は【アルニ・ミウムの迷宮探索記】だ。登録者数は五万人と記載されていて、基準が分からないが少ないということはないだろう。
『マスター。登録者五万人は個人ならそれなりの大手です。ただ彼女の場合、全盛期は十万人いたらしいですが』
大手らしい。
「私はダンジョン配信者なんです。ただ最近、変な人がよくコメントしてきて……」
変な人のコメント欄を見ると《ちょっと顔がいいからって調子に乗るなよ》、《お前才能ないよ》、《機体のおかげだろ、操縦者は雑魚だよ》などが続いている。
すごく既視感のあるコメントだな。とは言え定型的な悪口な気がするし、あのマスオだかスサノオだかと同一人物とは限らないか。
というかたぶん違うだろう。同じなら世間が狭すぎる。
「こりゃ酷いな。ただの悪口じゃん」
「悪口は配信の常ですから気にしてませんでした」
「そうね。匿名の悪口なんて気にしても仕方ないわ」
長い髪を手で触りながら告げる立花。
「立花なら著名の悪口でも気にしないんじゃないか?」
「失礼ね。ちゃんと合法的に反撃して追い詰めるわよ。迂闊な発言の責任は取らせる」
ハリネズミとかフグみたい奴だな。下手に触れたら逆に痛手を負うタイプ。
全コメントを見た後に立花はため息をついた。
「このコメントとローパーの関連性は分からないわ。でもひとまず通報はしておきましょう。それとしばらくはダンジョンをソロで潜るのは辞めておきなさい。なにかあった時のためにね」
「は、はい……」
人の目を用意するというのは大事だよな。それに仲間がいる方がなにかあった時も対応しやすいだろう。
ただ有馬さんの表情は暗いままだ。あんな触手の化け物どもに囲まれてうねられたら是非もないか。
こういう時に俺が同性同年代なら、『なにかあったら相談に乗るから』とか言えるのだけれども。オジサンが少女に言ったら事案だ。
ああいや見た目と戸籍上は同年代ではあるのか、まだ若返ってるのに慣れないけど。
「頑張ってね。またお見舞いに来るから」
「は、はい。ありがとうございます。ところであの……なんで機体に乗らずに生身でダンジョンにいたのですか? 機体が撃破されたんですか?」
「乗れる機体がなくてね。そもそも最初から生身で戦ってるよ」
「ええっ!? 生身でよくダンジョンにもぐ……!? あ、いえなんでもありません!」
有馬さんはなにか言いたそうだが、飲み込んだように黙ってしまった。
すると部屋の扉が開いて、氷室さんが病室に入って来た。彼は有馬さんに向けて頭を下げる。
「初めまして。私は国際ダンジョン機構日本支部の氷室と申します。ローパー大量発生について話をお聞きしたいのですが」
「は、はい。私に分かることなら」
どうやら仕事でやってきたようだ。そんな氷室さんは俺の方に目を向けてくる。
「綾崎さんと立花さんもどうも。今回の件は聞いていますよ。綾崎さんもDランクエリアに入ったと」
「すみません。罰金の支払いは必要でしょうか?」
「いえいえ。ダンジョン法で定められているのは、【
「……いいんですか?」
なんというか法の悪用解釈というか、抜け道や脱法ぽい雰囲気があるのだが。
「そもそも探索者でない人も、戦艦に乗っていればランク外のエリアに入れますからね。法律上は問題ないのですよ。とは言えども好ましいことではありません。事情も鑑みて今回は不問とします」
今回はの部分を強調されたので今後はやらないようにしよう。
「わかりました。ありがとうございます」
「立花さんもよろしくお願いしますね」
「わかってるわよ。それと後で話したいことがあるわ。時間を取りなさい」
「わかりました、またご連絡しますよ。それと神崎さん。今回の件に関してですが、少々周囲に話を広めてもよろしいでしょうか? ランク外エリアに入った貴方に咎めがない理由を、説明しないといけませんので」
「大丈夫ですよ」
俺がランク外エリアに入ったのに、なにも処分がないと周囲から怪しまれそうだもんな。
なんかホームページで発表したりするのだろうか。
「ありがとうございます。ではお二人は病室から出て頂けますか?」
「氷室、あとで私とも話してもらえるかしら。相談があるの」
「おや? 定時内なら構いませんよ。でもひとまず出てください」
俺たちは氷室さんに促されて病室を出ると、立花が楽しそうに笑いかけて来た。
「じゃあ少し遅れたけど、明日はゴーレムの核で貴方の装備を作るわよ。これまでよりは強い装備にできるから期待しておきなさい。さっきのオーバーヒート爆発もデフォルトでつけましょう」
「暴発機能をデフォルトでつけていいのか?」
「任意で暴発させられるなら自発でしょう。せっかくの高火力を使わない手はないわ」
この娘、マッドサイエンティストの気質があるのでは?
そうして立花と解散した後、俺は自宅のベッドで寝そべっていると、氷室さんからメールが来ていた。空中ディスプレイで開いてみると、
――氷室です。立花さんにはお気を付けください。彼女がまさかここまで人との距離感が壊れているとは私の計算違いでした、誠に申し訳ありません。
などと謎の文章が送ってこられたのだ。よく分からないので放置しておいた。
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