第4話 試乗機体


 俺は氷室さんの車に乗せてもらって、東京ダンジョン入り口ビルに訪れていた。


 なお普通の車だった。近未来的な空飛ぶ自動車ではないのは少し意外だ。


 ビル内部はすごく簡易な造りで、受付の他には二十ほどのエレベーターの扉が並んでいる。完全に昇降専用フロアのようだ。


 ちょうど下りエレベーターがやってきたので、俺と氷室さんは乗り込んだ。


「このエレベーターを降りればダンジョン第一階層に入れます」

「え? 機体を購入してないのにダンジョンに入るのですか?」

「東京ダンジョンの第一階層は居住区でして、ダンジョンに潜る人たち向けに機体を売ってますから」

「怪獣がいるダンジョン内に居住区が?」

「はい。第一階層の魔物は弱いので、追い払って居住区を作れたのです」


 そんなことを話している間にエレベーターが止まって扉が開いた。


「……えっ」


 思わず声が漏れてしまっていた。


 巨大ロボットが当たり前の道路を歩いていて、空には戦艦が何隻も飛んでいる。


 街並みこそ日本の都市とあまり変わらないが、そこにロボットや戦艦がいることで非日常感が際立っていた。


 いやそもそも地下にあるはずのダンジョンに、都市があるのもおかしい気がするが。


「ここは東京ダンジョン第一都市です。では行きますよ」


 俺は氷室さんに従って歩き、巨大なドームのような建物に入る。


 中は工場だった。ただし野球場などで使われるドームよりも広そうで、至る所に巨大ロボットやその武器などが見本のように配置されているが。


 なんならロボットや武器の足元には、空中ディスプレイで値段が表示されている。お客らしき人たちも大勢いて、展示されているロボットなどを値踏みしているようだ。


 あっけに取られていると、ボールの形に手足を生やしたロボットがこちらに転がってきた。ちょっとかわいい。


『いらっしゃいませ。ジョーフル東京ダンジョン第一都市店へようこそ。お買い求めの商品はありますでしょうか?』

 

 ボールロボットが喋った。すごいな接客までするのか。


 ……巨大ロボットとロボット接客って、どちらの方が技術的に難しいのだろうか。


 少し考え込んでいると氷室さんが口を開く。


「彼の、神崎綾人さんの迷宮魔導機ダンジョンモビルを見に来ました。ニュービーです」

『承知しました。では神崎綾人様、まずは試乗機に乗って頂けますか。そちらで貴方の所有魔力量を計測いたしまして、おススメの機体を提案させて頂きます』


 ボールロボットは流暢な言葉づかいで俺に話しかけてくる。


「魔力?」

『魔力は迷宮魔導機ダンジョンモビルを動かすのに必要なエネルギーです。迷宮魔導機ダンジョンモビルの動力の大半は、搭乗者が発する魔力で賄っています。より詳細な説明は必要ですか?』

「ええと。じゃあもうちょっとだけ」

『承知しました。では……』


 ボールロボットの説明をしばらく聞いたが、結局のところ魔力は人間なら誰でも持っている力だそうだ。


 それで搭乗者の魔力が多いほど乗っている機体の出力が上がるし、乗れる機体の種類も増えるらしい。


 魔力が高いほど強い魔法を撃てるのロボット版みたいなものか。


 そんなことを考えていると氷室さんが俺に話しかけてきた。


「私は定時なので上がらせていただきますね。代わりの人員を呼んでいますので、そのうち来ると思います。では私もダンジョンで魔物狩りしてきますので!」


 などと言い残して気分よさそうに帰っていく氷室さん。氷室さーん!?


 くっ! 呼び止めたいところだが定時と言われると言いづらい……! 俺だって残業嫌いだからなあ!?


 すると俺の方に向かって、五メートルほどの人型ロボットが近づいてきた。


 ロボットは床に膝をつけて姿勢を低くすると、胸部コクピットのハッチを開いた。


『こちらが試乗機体になります。どうぞお乗りください』

「あ、はい……」


 ボールロボット君は淡々と業務を進めてくる。


 なんとなく少し心細いが、ロボットのコクピットに乗れるのは凄く嬉しい。


 さっそく乗り込んで操縦席に座ると、なにもしてないのにハッチが閉じて、周囲の壁が透明になったみたいに外の景色が四方八方で見える。


「うわすごい!?」

『全天性モニターです。では操縦桿を握ってくだされば、魔力計測を開始します』


 ボールロボットの声がコクピットに響く。


 さっそく操縦桿を握ると、なにか身体から抜ける気配がして、


 ――コクピット内部が真っ赤な光で染まった。


『エマージェンシー! エマージェンシー! 魔力貯蔵庫の限界量を突破しました! 危険です、すぐに脱出してください!』


 ものすごくうるさい電子音が響くのだが、これどう考えてもヤバイやつじゃないか!?


 焦っているとハッチが開いて、外にいた白衣を着た少女と目が合った。


「その機体に乗ってる人! すぐに飛び降りなさい! 機体が爆発するわ!」

「え、ええっ!?」


 俺はその言葉を聞いた瞬間、水に飛び込むように外に向けてダイブした。


 それと同時に後ろから衝撃が走って来る!? 俺はなにかに叩きつけられた感覚と同時に、俺は床に倒れていた。


 なんとか身体を起こすと、白衣を着た少女がこちらに駆け寄って来る。


 彼女が懐から取り出したスマホみたいなものが光を放って、俺の身体を照らす。


「貴方の身体をスキャンしたけど、骨などに異常はないわね。大丈夫かしら?」

「な、なんとか……と、ところで何が起きたのですか?」 


 困惑しながら周囲を見回すと、俺が乗っていたロボットが残骸と化していた。


 それにお客らしき人たちは全員が俺の方を向いて、口々に喋っている。


「な、なにが起きたんだ?」

「試乗機が爆発した? あれって魔力測定のためだけの機体だし、不具合が起こるとも思えないが……」

「なんか魔力量の限界を超えたって言ってたぞ?」

「いやあり得ないだろ!? あの試乗機は世界最大の魔力を持つ人間が、五人分まで測定可能って広告されてるんだぞ!」


 周囲の状況などから確認するに、どうやら試乗機が爆発したのかー……いやなんでだよ!?


 ま、まさか俺が自爆スイッチでも押してしまったのか? いやでも操縦桿を握っただけのはず……。


 そんなことを考えていると、白衣の少女が俺の腕を掴んで、マジマジと観察してきた。


 よく見るとこの娘、すごく美少女だ。黒髪を腰まで伸ばしていて、やや強気な雰囲気を纏っている。


「えっとあの。なにか……?」

「……信じられない! 魔力計測用の試乗機を、ただ魔力を流しただけでオーバーヒートさせて爆発させた!? 魔力量世界トップの人間を五人集めても、オーバーヒートしない計算だったはず……」


 白衣の少女は自分の世界に入っているようで、俺の言葉を聞いてくれてない。


 ひたすらに困惑していると、店員らしき服を着た男の人が走って来た。


「も、も、も、申し訳ありません!? お客様、お怪我はありませんでしょうか!?」


 店員の人は俺を見て叫ぶが、代わりに少女が前に出て店員に淡々と告げる。

 

「すでにバイタルチェックはして怪我がないのは確認済み。不幸中の幸いだったわね。後は貴方たちがひたすらに誠意を見せて謝るだけよ」

「な、なんと……申し訳ありません!」


 店員の人はすごい勢いで俺に頭を下げて来た。なんかここまで謝られると申し訳なくなってしまう。結果的に無傷だったわけだし。


 それを見てか白衣の少女は腕を組んで小さくため息をつくと。


「少し落ち着きたいわ。話ができる別室でも用意してくれる? 相談室が空いてるでしょ?」

「は、はい! ただちに用意をいたします!」

「貴方もいいわね? 言い忘れてたけど私は氷室の代わりに来たからよろしく」

「あ、はい……」

 

 俺たちは別室の待合室らしき場所へと連れられて、白衣の少女と対面するように椅子に座った。


 見た目の年齢は高校生くらいに見える。ただ身にまとった雰囲気はかなり大人びていて、長い黒髪と合わせてクールっぽい印象を与えてくる。


「災難だったわね。まさか試乗機が爆発するなんて」

「驚きました」

「もっと怒ったらどう?」


 そもそもこの場合、俺は怒るべきなのだろうか?


 試乗機がいきなり爆発するのは流石に危険な気がするが、クレーマーにはなりたくない。


 今の俺は日本の常識も分からないし、妙な揉め事を起こすのは得策ではない気がするな。怪我もしてないし穏便に済ませるか。


「結果的に無傷なので気にしていません。少し機体の割引して頂けると嬉しいなあ、くらいは考えてますが」


 ロボットの値段を一割引きくらいしてくれないかな? これくらいなら望んでもバチは当たらない気がする。


 すると白衣の少女は少し考え込んだ後に。


「なにを言ってるの? あんな危険な事故を起こした店なんだから、機体の二機くらいは無償で譲り受けるべきね」

「……やり過ぎでは?」


 ぶっちゃけここで変に言い争いするよりも、ロボットに乗ってみたいなあという気持ちが強い。


 怪獣相手にロボットで戦うというのは燃えるし、今まで散々苦渋を舐めさせられた奴らに復讐はしたい気が、


「まあ仮に機体をもらえても、貴方が乗れる迷宮魔導機ダンジョンモビルは現状だと存在しないけど」


 そんな俺の今後の予定が一言で吹き飛ばされてしまった。


「……えっ? な、なんでですか?」

「貴方の所有魔力が多すぎるのよ。ここの試乗機の魔力許容量は、現存の迷宮魔導機ダンジョンモビルの最高値以上だったはず」

「現存の迷宮魔導機ダンジョンモビルは、俺が乗ったらさっきと同じようになると?」

「そうね」


 なんてことだ。せっかくロボットに乗れて、人生が好転していくと思ったのに。


 ……というか待って? 今の話だとさっきの試乗機が爆発したのは、俺のせいってことにならないか?


 ちょっと冷や汗を感じた瞬間、白衣の少女は口元をわずかに緩ませた。


「なので提案よ。ロボットに乗らずに、生身でダンジョンの魔物を倒さない?」

「は?」

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