第3話 現実?
目が覚めると日の光が窓ごしに当たっていた。見回すと森じゃないし地面の上でも寝ていない。
見回すと病室のベッドで寝かされているようだ。半年ぶりのベッドの感触に泣きそう。
……まじか、助かったのか? なんか人を見てテンションが上がりまくって、巨大鬼を蹴り飛ばしたところまでは覚えてるんだが。
……冷静に考えたら我ながら馬鹿なことをしたな!? あんな巨大な鬼相手に蹴りかかるとか馬鹿だろ!?
違うんだ。あの時は巨大ロボットを見て、人がいるという希望を得て、もうテンションというか情緒が限界突破してたから……。
そんなことを考えていると扉が開いて、看護師さんが入って来る。
「意識が戻ったようですね。スキャン結果では怪我はありませんでしたが、どこか体に異常はありますか? 体調が悪いとか」
「い、いえ大丈夫です」
鬼を蹴り飛ばした時には足が痛かったが感じないし、身体を起こしてベッドから立ち上がるが大丈夫そうだ。
念のために足を軽く振ってみるがやはり痛くない。
「そうですか。では国際ダンジョン機構の方が来ていますので、通しても大丈夫ですね?」
「こ、国際ダンジョン機構? いやそんな得体のしれない人はちょっと……」
この看護師さんはなにを言っているのだろうか。
そんな得体のしれない者を病室に通すなんて意味不明だ。だが看護師さんは困ったような顔をすると、
「なにを言っているのですか? 国際ダンジョン機構は公的な国際機関じゃないですか。まさかとは思うのですが知らないのですか?」
え? もしかして俺が知らないだけで当たり前なのか?
弱ったな。俺はあまりニュースなどを見ていなかったので、現代社会のことについては自信がないが……。
それにWHOとかWHATとか国際機関の名前も把握しきれてない。国際ダンジョン機構も知らないだけで実は存在していたのか?
……いや待てやっぱりおかしいだろ。そもそもダンジョンってなんだよ。
あ、そうか。よく考えたらまだ俺は自分が謎の場所で遭難してたことを伝えてないな。そこを伝えたら会話が成り立つかもしれない。
「お、お恥ずかしながら知りません。それと信じて頂けないかもしれませんが、実は私は巨大な怪獣がいる場所で遭難していて……」
「把握してますよ。ダンジョンで発見されて当院に連れて来られたのですから。氷室さん、入ってきてくださいー」
看護師さんが病室から出ると、入れ替わるようにスーツ姿のいかついオジサンが入って来た。
彼は懐から顔写真のついた手帳を取り出すと俺に見せつけてくる。
「国際ダンジョン機構日本支部の氷室と申します。日本のダンジョン関係のことに携わっておりまして、今回の事件担当の者です」
「は、はあ……」
いやダンジョンってなんだよ、と思うのだが聞ける雰囲気じゃない。このオジサンかなり迫力があって怖いし。
「神崎綾人さん。まずは住所を確認させてください。貴方はひとり暮らしで両親はすでに他界していて、元のお住まいは東京都……」
氷室という人は俺の住所などを告げて来た。全て合っていたので「はい」と答えておく。
すると氷室という人は俺に同情したような目を向けてきた。
「落ち着いて聞いてください。貴方が行方不明になってから十年が経っています」
「はい?」
わけが分からない。やはりこの男は怪しすぎる。
病院と組んでいる詐欺師ではなかろうか。そもそも俺が遭難していたのは半年くらいだ。太陽の登った回数を数えていたから、多少のズレはあっても十年なんてあり得ない。
いやでも病院が詐欺師と組むのは流石におかしい気もする。分からん。
「私を疑うのは当然だと思います。ですので百聞は一見に如かずと言いますし、十年前では存在しなかったものをお見せしましょう。仮想電脳機、機動」
氷室と言う人が腕を振るうと、空中にSF的なディスプレイが出現した。
……え? は? え? なにあれ?
「よろしければ触ってみますか?」
俺が困惑しているのを知って知らずか、氷室さんは空中ディスプレイを指で弾いて俺の方に飛ばしてきた。
恐る恐る触ってみると、反応して映像が流れ始める。どうやらニュース番組のようだ。
『【現代の妖精】と名高い
『いやー楽しみですねー。日本とアメリカで魔道開発のトップシェアを争ってますが、これで一歩リードできそうで』
『ダンジョンの攻略が進むかどうかで景気もだいぶ変わりますからねー。十年前前に比べればGDPも三倍以上になってますしダンジョン万歳ですよ』
……魔導機械技師?
「貴方を助けて病院に運んできたのも、
氷室さんの言葉に俺は反論できなかった。
俺は確かに巨大ロボを見た。あれが
……あんなものが半年なんかで生まれるとは思えない。いや十年でも無理な気がするが、とにかく半年で巨大人型ロボが生まれてたまるか!
「ま、まさか本当に十年経ってるんですか?」
「はい。貴方が行方不明になってから十年経っています。今までどうやって生きて来たかなど、色々と聞かせて頂きたい」
氷室さんの言葉はお願いのようで強制的な雰囲気を出していた。
「……はい」
俺は今までのことを全て伝えていく。気が付くと謎の場所にいて、そこから半年ほど生きて来たことを。
「……なるほど。謎の場所にいたのはダンジョンの出現に巻き込まれたのでしょう。実は神崎さんが行方不明になると同時に、貴方の住んでいた場所の近くに東京ダンジョンが出現したのです」
「あ、あの。そもそもダンジョンとはなんですか?」
さっきからダンジョンと何度も言われているが、それが何かすら分かっていないのだ。
「そうでしたね。ダンジョンは十年前に現れた地下に続く巨大な空間です。そこには二十メートルを超える巨大な魔物たちが跋扈しています。それこそ神崎さんが今まで生きていた場所がダンジョンです」
「…………」
「このダンジョンによって世界は発展しました。新たなエネルギーやモンスターが落とす素材が見つかり、世界に魔導機械革命を起こしたのです。巨大ロボットもその過程で生まれて、今ではダンジョンを潜る必須品となってます」
ダンジョンが俺のいた場所だと言うのなら、氷室さんは嘘をついてないのだろう。
「つまり私は十年前にダンジョンとやらに飛ばされて、ようやく日本に戻ってきたと?」
「そうですね。ダンジョンの中は場所によって時間の進みも違いますので、神崎さんが半年と言ったのもおかしくないかと」
ははっ、まるで浦島太郎だな。白髪の老人になっていないのだけが救いか。
「わかりました。納得出来たわけではないのですが」
「そうですか。でしたら今後の神崎さんについて説明させていただきます。まず最初にですが、貴方の戸籍年齢を三十歳から十六歳に変更します」
「……はい?」
また意味不明なことが言われたぞ。なんで年齢が若返るのか。
すると氷室さんは慣れたように説明を始める。
「ダンジョン内では時間の流れが違います。なので日本の年月で年齢を判定すると、身体の年齢が三十歳なのに戸籍上六歳児というのが成り立ちます。それを防ぐために身体年齢に対応した年齢を……」
「待ってください。それでなんで十六歳に?」
「貴方の身体年齢を検査したら十六歳でしたので。ああ、もしかして鏡を見てらっしゃらないのですか?」
氷室さんは病室の棚に置いてあった手鏡を俺に見せてくる。
そこに写っていたのは若い時の俺だった。髭とか生えてないし肌に活気がある。
「え? なんで若返ってるの? は?」
「ダンジョン内で若返る事例も少数ですが確認されています。ともかくこれからは十六歳として生活してくださいね。酒や煙草はダメですよ」
「えーっと……」
「それと貴方の住んでいた場所はもうありませんので、しばらくはマンションの一室を貸し与えますね」
もう頭が追い付かないので考えるのをやめた。
とりあえずダンジョンとやらから抜け出したんだ。もう怪獣に怯えながら寝ないで済むからなんでもいいや。死ななきゃ安い。
「なるべく早めに自立してくださいね。マンションには一年しか住めませんので」
「あのー、どうやって仕事にありつけばいいのでしょうか……私、十年もブランクがあるのですよね?」
十年間も仕事にブランクのある人間なんて、バイトでもなかなか雇ってもらえないのでは?
いやそもそも十六歳ならブランクとか以前に就職無理では。以前の契約社員も泡沫の立場ではあったけど……。
すると待ってましたと言わんばかりに氷室さんが笑顔になった。
「確かにいまの神崎さんは社会常識なども足りず、一般の職場で働くのは難しいでしょう。ではダンジョンに潜って稼ぐのはいかがでしょうか?」
「……ダンジョンにですか? あそこって怪獣が跋扈してる恐ろしい場所ですよね?」
「はい。ですが
「え、そんなに安いのですか?」
「国が八割以上の金額を負担してますからね。それに
またあの場所に戻るのはちょっと嫌だけど……このまま働けるとも思えないし、ロボットに乗ってみたい気持ちもある。
とりあえず興味はあるし見に行くならいいかも。
「わかりました。見に行くだけなら」
「ありがとうございます。ではさっそく行きましょう」
え? 今から?
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