第十七話 夜警
領内は広く、全てを見て回ると夜になっていた。
本丸御殿の一室にある道明の寝室で、刃はこれから旦夕怠らず夜間の護衛を行うのだ。夜は殺し屋が動く絶好の時間帯であり、修羅狩りとしての本領を試される。夜通し気を抜けず、一切眠ることも許されない。
道明が眠る布団から屏風を隔てて刃は座り、いつものように目を閉じて夜間の警戒態勢に入った。修羅狩りを始めたての頃に体得したこの作法で、刺客の存在を見抜けなかったことはない。
この場にいない詩音に手本を見せるかのように、刃は極度の集中を保ち続けた。
「……刃君、そこにいるか?」
道明の小さな声がした。
「……どうした?」
「こちらに来て……一緒に寝てくれないか?」
「――はぁっ!?」
思いも寄らぬ道明の要求に驚き、思っていたより大きな声が出てしまった。
声量を反省するように、刃は自身の口を掌で塞いだ。
すると、刃は道明に腕を掴まれた。道明は布団を出て、刃のすぐ近くまで近接していた。力を込めてグッと腕を握られ、払う程度では手が離れない。
「刃君と話がしたい。こっちに来て欲しい……」
「ななな、何が目的だ!? 話ならここでもできるだろう!?」
「契約者である僕の言うことが聞けないのかい?」
「一緒に寝るなど……修羅狩りのすることではない! わしは――」
言下に言葉を遮って、道明は刃を力強く抱き締めた。
「――ど、どど、道明!?」
「夜伽を求めているわけではない。刃君、少しだけ傍にいてほしい」
「む、むう……」
経験したことのない事態に、刃は頭の整理が追い付かない。道明に悪気や下心がないことを信じて、刃は手を引く道明についていった。
既に枕が用意されてあったので、刃は道明に背を向けて横臥した。
「布団で横になるのは久々だ……」
ボソッと呟いた刃へ、道明から掛け布団が被せられた。
「修羅狩りは大変だね。刃君、今日は普通に眠っていいよ。番兵の配置は万全だ」
「……できるわけがなかろう。そういった気の緩みが不測の危機を招くのだ。わしは睡眠を取らずとも支障はない。気を遣う必要はない」
「真面目だね。刃君はどうして修羅狩りになったの?」
「わしは……」
道明の質問に、刃は両親の顔を思い浮かべた。
「わしは殺し屋が蔓延る世を変えたいと思って修羅狩りとなった。きっかけは父上の影響だ。父上のように、己の剣術を以て人々を助けたかった。父上は……立派な修羅狩りだった……」
刃は消え入るように言葉尻を窄めていた。
道明は刃の機微を感じ取り、その真意を静かに尋ねた。
「修羅狩り……だった……?」
「ああ。わしが八つの時に、父上は突然行方を晦ませた。父上が戦いで敗れるとは思えぬが、望みは薄いのだろうな……。どこかで生きておるかもしれぬが、一切の音沙汰がないのだ……」
「そうだったのか……」
道明は刃の身を案じるように、目の前で横になる小さな背中を撫でた。
「僕は刃君の身が心配だよ。殺し屋が猛威を振るう昨今、いつどこで首が狙われるかわからない。己の実力が最強である確信でもなければ、修羅狩りなんて遣る気も起こらないはずだろう?」
「……ふっ、わしを侮るな。戦闘についての憂慮は一切ない。わしは戦いで苦しんだことがないからのう。九つの時に初めて修羅狩りとして契約をした。修羅狩りだった父上から授かった心得を以て、当時からわしに敵う者はおらぬ」
「九歳……その歳で百戦錬磨か。恐ろしいな。こんなに可愛らしいのに……」
刃の背中と、道明の胸が触れた。気が付くと、道明は刃のすぐ傍まで近寄っていた。背を向ける刃に対し、道明は背後から手を回して少女の小さな手を握った。
「おい、いい加減にしろ!」
「…………」
刃が振り返ると、道明は静かに寝息を立てていた。
「本当に調子が狂う……。まったく、こ奴は……」
刃の人格に対して、ここまで踏み込んできた契約者は彼が初めてである。もし彼が寂寥を感じているなら、話し相手ぐらいはしてやろうと刃は思った。彼は道化を演じているようには見えない。お調子者だが、悪い奴ではないのだろう。
道明の手は、刃の指に絡んで離れない。仕方なく、刃はそのまま目を閉じた。
当然ながら眠ることはせず、
しかし胸の鼓動が高鳴り、あまり集中ができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます