第三章 蘇りし聖域の番人

 宿屋の一室で横になったまま、僕はしばらく考えに耽っていた。ずっと心に引っ掛かっていたことがある。考え抜いた末に、僕はある結論に達した。

 フィヨルディアにいる現実世界の人間は、やはり僕の他にいないということだ。

 アイが人間らしい挙動を始めた日から、他のNPCもまた意思を持ち始めた。現在のフィヨルディアには、かつてのNPCのように定型文だけを話す者はいなくなっている。与えられたプログラムから逸脱してNPCが人格を形成できるとは思えないが、事実としてアイや他のNPCには感情があり、自ら考えて行動しているようにみえる。発する声の速度、抑揚、相槌、端々にみえる表情まで、もう人間と区別がつかないほど円滑に対話ができている。

 以前僕に話し掛けてきた髭のおじさんは、ゲーム用語を理解できていなかった。彼もまた、AIが進化したNPCだったのだろう。

 更に現実世界のネット掲示板で、一切フィヨルディアに関する記事がないことが何よりの傍証だと僕は考える。



 僕とアイは違う部屋に宿泊するようにしている。この宿屋の性質上、どの部屋にもベッドが一つしかなく、アイが恥ずかしがって眠れないと言ったからだ。

 僕が部屋の扉を開けると、隣の部屋の扉も同時に開いた。音に釣られて目を向けると、隣の部屋からアイがこっそりと顔を出している。

「エイタ、遅いわね。エイタと同じ時に扉を開けようと、ずっと待っていたのよ」

「なんでわざわざ、そんなことを……」

「早く朝ご飯を食べに行こう!」

「俺、朝はあまり食べない派なんだが……」

 いつも通りのことだが、アイは僕の異議申し立てに聞く耳を持たない。

 アイは僕の手を握って、無理矢理に外へと引っ張っていく。

「さぁ行くよ! ルイエもまたね!」

「アイさん、行ってらっしゃい!」

 初めはルイエに素っ気ない態度を取っていたアイだが、今は仲良くしているようだ。朝早くに少女二人で談笑している様子を、僕は実際に何度か目にしている。データ上の姿とはいえ、アイに同年代の友達ができたことが嬉しかった。

 少女達の感情溢れる仕草を見て、既に僕はNPCに対して幸せを願うようになっていた。意思の疎通ができる以上、こちらも身を入れて接してしまうことは当然のことだろう。


    ◇


 宿屋の前にある広場のベンチで弁当を食べるのが毎朝の習慣となっている。

 NPCが意思を持つようになって、飲食店の開店時間が遅くなったためである。

 NPCは自分の睡眠時間を優先するようになり、気の向くままに店の営業をしている。かつてはどこの店も太陽が昇ると同時に開店していたが、今では日本と変わらない早朝の静けさがアルンを満たしている。

 家屋への侵入も、鍵が掛かっていて今はできない。昔は入れる家を隈なく調べ、タンスの中を探ったものだ。置物の壺を割ってアイテムを探したことだってある。

 古惚けた木造のベンチに腰を掛けると、アイは僕を見詰めて掌を擦り合わせている。アイは恒例の遊び、《弁当ルーレット》を僕に求めているのだ。僕は食料系統の札を一種類ずつ持ち、札の束を掻き混ぜてアイの眼前に差し出した。

「さぁ、どれがいい?」

「……これ!」

 アイは意気揚々と端の札を引いた。しかし引いた札がお気に召さなかったのか、その表情には陰りが見られる。

 するとアイは何食わぬ顔で先ほど引いた札を僕の手札に戻し、再び札を選び取った。二度目に引いた札を見たアイは、みるみる笑顔になっていく。

「やったぁ! 《うな弁》ね! 今日は運が良いわ!」

「よ、よかったな……」

《うな弁》は、鰻が入った豪華な弁当だ。《のり弁》の価格が十リオであるのに対し、《うな弁》は百リオもの強気な値段が付けられている。高価な弁当だが、弁当ルーレットの選択肢を増やすために仕方なく買うことにしている。

 アイは僕に弁当ルーレットという茶番をやらせるが、自分が気に入る弁当を引くまで何度でも引き直すのである。よほど気に入ったのか、最近はずっと《うな弁》ばかりを選んでいる。

「俺は《しゃけ弁》でいいや」

 ログアウト中は《満腹度》の減少がないため、ステータスの観点でいえば夕食を食べた翌日の朝は食事を取る必要がない。更に、現実世界ではつい先ほどに晩御飯を食べたところであり、それも手伝って空腹は一切感じない。

 しかし、これはあくまでゲームという概念の中での話である。そんな舞台裏を押し付けるのは可哀想なので、僕はアイの望むように食事を共にしている。

 僕は《うな弁の札》と《しゃけ弁の札》を翳し、弁当を具現化させた。

 弁当をアイに手渡すと、嬉しそうに手を合わせている。アイは健啖な子で、幸せそうにモリモリ食べている姿は見ていて気持ちが良い。

 但し、食事量は以前に比べてグンと落ちている。アイが大食を発揮したのは初回のみで、以降は弁当一つで満腹となっている。やはりあの時は、《満腹度》のパラメータが上手く機能していなかったのだろう。

 アイの食事風景を眺めながら、僕は今後の行動について考えていた。

 アイとは宿と食事を共にするが、日中は別行動にしている。霊峰奥地の探索は万が一を考えると危険だからだ。僕が旅に出ている間、アイはアルンに留まっている。そして夜に合流して、一緒に食事を取ることがフィヨルディアでの日課だ。

 ところが最近、どうしても僕はアイと一緒に霊峰の探索がしたいと思うようになった。アイと一緒にいると時間の経過が早く感じるのだ。独りで霊峰探索をしている時、隣にアイがいればと思うことがある。

 NPCが僕のように、死んでアルンの教会に戻れるとは思えない。つまりNPCが絶命すると、そのまま存在が消え去ることが考えられる。

 しかし、この世界に魔獣はもういないので、死を避けるには地形にさえ気を付けていればいい。僕が細心の注意を払えば、アイを護ることは充分に可能だ。

「アイ、今日は俺についてきてくれるか?」

「……え? いいの?」

 アイは食べ物を頬に詰め込み、栗鼠のように顔を膨らませている。 

「急いで食べなくても、誰も盗らないぞ。ゆっくり食べな」

「やったぁ! わたし、どうしてもエイタと一緒に冒険へ行きたかったの!」

「よかったな、俺もアイと一緒に行けて嬉しいよ」

 握り拳を上下に振り、アイは踊るように身体を揺らしている。

 アイの喜ぶ姿は、初めて玩具を買ってもらった子どものようだった。



 朝食を食べ終えると、僕はアイに《転送の札》を手渡した。当然だが、アイは札を使ったことがない。受け取った札を、アイは不思議そうに眺めている。

「これは……何……?」

「これは《転送の札》といって、行ったことのある場所へ瞬時に移動できるアイテムだよ。これで霊峰ロルヴィスの山頂まで、あっという間に辿り着ける」

《転送の札》の効力が及ぶ範囲は、ゲームの領域である各霊峰の山頂までとなっている。その先の奥地へは、どうしても自分の足で進まなければならない。

「わたし、ロルヴィスに行ったことないよ」

「俺の手を握って札を使えば、共に効果が得られるよ。ほら、手を――」

 手を差し出すと、アイは気恥ずかしそうに僕の手を握った。アイの手の温もりと共に、少女の緊張が手汗となって僕の手に伝わってくる。

 僕とアイは《転送の札》を天に翳し、目を閉じて霊峰ロルヴィスの山頂を思い浮かべた。すると緑色の魔法陣が足元に現れ、光と風が二人を包み込んだ。

 ――しかし、ブブーという不思議な警告音が微かに耳に届いていた。

「…………あれ?」

 目を開けると目的地に着いているはずであったが、僕達は広場のベンチから移動していなかった。

 使えなかった《転送の札》は、虚しく二人の手に握られたままだ。

「どうしてだろう……《転送の札》が使えない……」

「エイタ、もしかして、わたしの手を握りたかっただけじゃ……」

「ち、違うよ!」

 微かに聞こえた警告音は、そのアイテムが使える状況にないことを示している。

《転送の札》が使えなかったことは、今までに一度もなかったことである。

「仕方がない、歩いていくか……」

「わたし、エンマルクも初めてだから歩いてみたかったのよね!」

「おっ! エンマルクという名称をよく知っているな!」

「アルンの外の原っぱのことでしょう? いつもエイタが話してくれたじゃない」

「そうだな。エンマルクはやけに広いから、疲れたら言うんだぞ」

「うん、わかった!」

 やはりアイは、僕が八年間延々と一方的に話していた内容を記憶している。

 アイと一緒にエンマルクを歩くのも悪くない。《転送の札》を使うために握った僕の手を、アイはしばらく放そうとしなかった。


    ◇


 エンマルクは無駄に茫洋で、ゲームとしての作りの粗さが感じられる。

 アルンから各霊峰の麓まで約三十キロメートルの距離があり、《転送の札》がなければ移動だけでかなりの時間を費やしてしまう。ここには元々魔獣がいないので、移動のために歩くしかやることがない空間だ。それに加えて、草の間から大きな岩がところどころに突き出していて歩きにくい。風車や小屋といった配置物が散見されるが、特に見どころはない。

 しかし、今日は隣にアイがいる。それだけで、今まで気にしていなかった景色が色付いて見えた。友達の存在でこうも日常が華やぐのかと、僕にとっては新たな発見であった。

 アイはあらゆることに興味を示し、思ったことを口にしている。何かわからないことがあると、すぐ僕に尋ねてくるのだ。なぜ空は青いのか、風はどこから来るのか、配置物の用途は何か――と、知的欲求に駆られて何でも聞いてくる。

 上手く答えられない質問もあり、回答にお茶を濁す自分が情けなかった。僕が口籠っても、アイは期待の目を爛々と向けてくる。

 何気ない会話でも、アイとの旅路は時間の経過を忘れるほどに楽しかった。

 一頻り盛り上がり、少女の質問攻めが落ち着きを見せ始めた時、アイはきょろきょろと周囲を見回していた。

 次は何に関心が向いたのかと、僕は気になってアイに尋ねた。

「アイ、どうした? 何か気になることでもあるのか?」

「最近はずっとロルヴィスへ行っているわね。他の山には行かないの?」

「そうだな……他の霊峰の奥地は、とてもじゃないが探索する気になれなかった」

「そうなの? あっちにある真っ白な山なんて、何だか楽しそうよ?」

 アイは北の方角に聳える霊峰イスカルドを指している。

「あそこは駄目だ。危険が多くて、命が幾つあっても足りない。他の山も同じだ。残りの三峰は、まるで地獄だったよ」

 僕は苦い記憶を思い出し、顔を引き攣らせた。

 他を差し置いて、霊峰ロルヴィスの奥地に挑む理由は天候にある。他の三峰はロルヴィスとは異なり、類稀なる異常気象に見舞われることとなるのだ。霊峰トルエーノは豪雨と落雷、霊峰ソルベルクは猛暑と噴火、霊峰イスカルドは極寒と吹雪――と、災害のような悪天候の中で異形の地形に挑まなければならないのだ。

「へえ、危ないのね。ロルヴィスは安全なの?」

「ロルヴィスはかつて、魔獣の数が一番多い山だったんだ。でも今は魔獣がいないから、何の変哲もないただの森だよ。それでも楽な道ではないけれど、他の山に比べればずっと安全かな。天候が安定しているのも魅力の一つだよ」

「なるほど、楽しみね!」

 比較的安全なロルヴィスでも、実際は何度も死に戻りを強いられている。

 今回の旅では、安直な行動を控えなければならない。僕が死んでしまうと、アイを置いてきぼりにしてしまうのだ。それに、死んだはずの僕が何事もなかったかのように現れたら、アイを驚かせてしまうことだろう。

 死に戻りの件は、気付かれないように気を付ける必要がある。僕が異世界人だということをアイが理解してくれているなら、知られても問題ない事柄なのかもしれないが――。

 アイと楽しく談笑をしながら歩いている内に、霊峰ロルヴィスの麓に到着した。

 目の前には大きな鳥居があり、額束には《霊峰ロルヴィス》と達筆で書かれている。四方にある霊峰の麓には、それぞれ同様に大きな鳥居が立っている。いよいよここからが、過去には夥しい数の魔獣が出現し、フィヨルディアのボスである四天獣が待ち受けていた山岳エリアの入口なのだ。

《転送の札》を使わずに徒歩で登るのは久々なので、僕は山頂で戦った魔獣との戦いを追憶していた。フィヨルディアを統べる魔王の一角にして、神のように頂上に坐す白銀の猛虎。再戦は絶対に御免だが、あの美しい威容を二度と見ることができないのは残念でならない。

「…………」

「エイタ……? どうかしたの?」

「……こうして麓から登ることが懐かしくてね。頂上にいた強い魔獣のことを思い出していたんだ。四天獣――颱虎たいこフウカ。街の平和を脅かす魔獣の王だ」

「へぇ……でも、もういないんでしょう? エイタが倒したから」

「ああ。颱虎フウカを倒すと、森に棲む魔獣もどこかへ消えてしまった」

 僕は偲ぶように遠くを見ていた。四天獣を打ち倒すまで、何度も山を登らされた記憶が蘇る。レベルを上げる作業が苦でなかったのは、魔獣との戦闘が楽しかったからだ。魔獣の行動の法則を読み取り、不遜にも僕は達人のように太刀を振るっていた。

「四天獣を皆、エイタが倒したのよね。でもエイタ、なんだか寂しそう……」

「い、いやそんなことはないよ。さぁ、登ろうか!」

 魔獣との戦いもこのゲームの楽しみの一つなんて言うと、彼女にとってはただの殺戮だと思われるかもしれない。不用意な発言は慎むべきだ。

 アイの体調を気に掛けつつ、僕達は登山への一歩を踏み出した。


    ◇


 霊峰ロルヴィス。富士の樹海によく似た、広大な密林地帯。

 生い茂る巨樹に針路を惑わされ、方角を読み取ることに難儀する。四つの霊峰の中でも魔獣の密度は突出しており、かつては歩行も儘ならなかった。休む間もなく魔獣に取り囲まれ、常に戦闘を行いつつ登山する必要があったのだ。

 しかし魔獣との死闘も、今となっては懐古の思い出だ。魔獣のいないロルヴィスは、風景を楽しめるほどに穏やかとなっていた。

 徒歩での登山は久々だったが、僕は安全な道筋を完全に記憶している。

 しかし――。

「…………」

 一切迷いなく歩いていたが、僕は進み始めて数分で違和感を覚えていた。有り得ないことだが、周囲から何かの気配を感じる。誰かに見られていると感じる。

「アイ、警戒をしてくれ。何かがいる……気がする……」

「……え? 何がいるの?」

 僕は周囲を見渡した。気のせいか、張り詰めた空気が漂っている。

 サラサラと風に擦れる葉叢の音が、不気味な囁き声を上げている。

 ――すると、ガサガサと大きな音。背後の林の中から何かが飛び出してきた。

「ガルルルルッ!」

「きゃあ!」

「――アイ!」

 僕はアイの前に立ち、向かってきた何かを太刀で追い払った。そして、現れた影の姿を見て戦慄した。大きな牙と爪、獰猛な気性を体現する唸り声。

「こいつは……」

 なんと――現れたのは魔獣だった。

 茶色の毛並みを持つ狼が、ご自慢の牙を見せ付けている。

「エイタ! 大丈夫!?」 

「俺は大丈夫だ。アイは下がっていて」

 魔獣が現れたことに驚いて反応が遅れてしまった。

 四天獣を倒してから三年もの間、霊峰で魔獣を見たことがなかったのだ。太刀を常備しておいてよかったと、心の底から身に染みて感じた瞬間だった。

 魔獣は種によって階級がわけられている。下級、中級、上級、特級の順に強さを増し、山頂に近付くにつれて魔獣の数と強度が上がっていく。

 襲い掛かってきた魔獣の名前は《ウルヴ》。下級魔獣であり、さして脅威ではない。但しウルヴには群れる性質があるため、既に取り囲まれていることが考えられる。久し振りの戦闘だが、アイに危害が及ばないよう早急に魔獣を倒さなければならない。

 僕は腰の太刀を抜き放った。二尺の刀身が陽光に反射し、キラリと光芒を閃かせる。三年間眠らせてきた無銘の相棒も、やる気は充分なようだ。

 僕は剣術スキルを修め、この太刀で数え切れないほどの魔獣を屠ってきた。再び披露できる日が来ようとは思いもしなかったが、落ち着いて戦えば勝てない敵はいない。単体の下級魔獣が相手とは、戦闘の肩慣らしに丁度良い。

 相手の出方を窺っていると、ウルヴは様子見なしで猛然と飛び掛かってきた。ラズハによって魔獣が具現化されているため、戦闘の圧迫感はなかなかのものだ。

 襲い来る爪の連撃を躱し、僕は擦れ違い様にウルヴの脇腹を斬り払った。

 すると、苦悶の表情を浮かべたウルヴは、ガラス片のように粉々に砕け散った。

 魔獣を倒すと死体が残らず、命を失った肉体は塵となって霧散するのみ。魔獣の姿、背景のリアリティに対して、魔獣を倒した時の安っぽいゲームエフェクトには差異を感じさせられる。魔獣の死骸を見せられても困るので、この相違にはむしろ助かっている。お陰で生物を殺める罪悪感が薄れ、ゲームに没頭できる。

「ふぅ……」

 周囲に魔獣の気配はなくなった。耳を澄ませると、辺りはシンと静まり返っている。どうやら先ほどの魔獣は一匹狼だったようだ。とりあえず助かった。

 パラパラと舞うウルヴの残滓が、数枚の札へと姿を変えていく。《ウルヴの肉》、《ウルヴの毛皮》、《ウルヴの牙》――と、様々な名称が札に書き綴られている。これは魔獣からのドロップアイテムだ。札で発生するため、腐敗や腐食の心配がないところはとても良い仕様だと思う。

 魔獣に怯えて隠れていたアイは、勝利を喜んで駆け寄ってきた。

「凄い! エイタは強いね! でも、もう魔獣っていないんじゃなかったの……?」

「俺も驚いたよ。まさか魔獣がいるなんて……。一度アルンに戻ろうか」

「えー、もう帰っちゃうの?」

「今日のところはな。危険があると旅を楽しめないだろう?」

 アイは残念そうに口を窄めている。

 せっかくの二人旅だが、これも仕方がないことだ。このまま進むのは得策ではない。霊峰に魔獣がいるのであれば引き返すべきだ。

 ウルヴが単独で行動することは珍しく、先ほど倒した個体は群れの斥候である可能性が考えられる。僕にとっては容易い相手だが、アイが帯同している状況で囲まれると最悪の事態を招き兼ねない。

 それに、僕も戦闘に関しては三年間のブランクがある。上級以上の魔獣が現れた場合、上手く立ち回れるとは限らない。

 ドロップアイテムを拾い、僕はアイを促して方向転換をした。現在は《転送の札》を使用できないため、自らの足で霊峰を脱出しなければならない。

 来た道を引き返そうとして間もなく、既に判断が遅かったことに気付かされた。

「うっ……!」

「エイタ、どうかしたの?」

 森の中から魔獣の気配が漂っている。やはり、先ほどの個体は群れの一匹だったようだ。麓の方向で待ち伏せをされており、このまま進めば取り囲まれてしまう。

 ルートを変え、遠回りをして下山しなければならない。

「アイ、ちょっとごめんよ」

「え――」

 僕は強引にアイの小さな身体を肩に抱えた。説明している時間はない。

 稜線と平行に獣道を駆け抜け、追ってくるウルヴの群れを撒いた。



 一匹目のウルヴを皮切りに、下山への道中はたびたび魔獣に襲われた。魔獣の巣窟――霊峰ロルヴィスはかつての異名を取り戻し、侵入者の僕に牙を剥く。アイを護りながらでは満足に戦えない。基本的に戦闘を避け、遁走に重きを置いた。

 しかし数ある魔獣の中で、遭遇してしまうと容易には逃げられない種が存在する。角が生えた猪《ガールル》は、その内の一種だ。下級魔獣に分類されるが、回り込んで退路を断つという嫌な性質を持っている。ウルヴと同様に群れを成すことも厄介な点だ。

 更に、ガールルを束ねる中級魔獣《ボスガールル》も現れていた。こいつはそこそこ強いが、実は狙いどころなのだ。親玉を倒すと群れが崩壊する習性を利用し、真っ先にボスガールルを倒して危機を脱した。魔獣の生態をよく覚えているお陰で、今のところ窮境には陥っていない。

 しかし、問題は魔獣の有無だけではなかった。自分の知るルートから道を外れたため、僕は現在の居場所がわからくなっていた。進むにつれて風籟が大きくなっていることは気のせいだろうか。どれだけ進んでも正しく下山できている実感がなく、歩いている道が登りか下りかの判断さえつかない。

 こういった状況を、遭難している――と呼ぶのだろう。『逆に登頂を目指せ』だとか、『沢を下るな』などという教訓を耳にしたことがあるが、仮想世界にも当て嵌まるとは思えない。

 アイを危険に曝してしまったことに僕は責任を感じていた。最悪のタイミングでアイを誘ってしまったことを後悔していた。魔獣が復活しているなんて知っていれば、霊峰にアイを連れ出すことはなかった。悔やんでも悔やみ切れないが、いくら悩もうとも時間は巻き戻らない。

 僕は気を引き締めて、霊峰ロルヴィスの大自然に挑んでいた。命を預かる者としての責務を果たさなければならない。アイを無事に帰すまで、気が気でない時間が続いていた。

 一方アイの様子はと言うと、僕の焦燥とはかけ離れた心境でいるようだ。鼻歌交じりにスキップをして、初めて体験する出来事の数々に目を輝かせている。

 アイの疲労を気に掛けていたが、音を上げることなく平気な様子だ。途中からは魔獣に怖じ気づくこともなく、僕を魔獣討伐に煽動していた。なかなか度胸のある子だ。戦いに向いている気質なのかもしれない。危機的状況にも拘らず、この非日常を楽しんでいる。

 僕のレベルは九九九。剣術スキルを極め、数多くの剣技を修得している。そうであるにも拘らず、下級魔獣であろうと戦いを避けることには理由がある。

 フィヨルディアはラズハの使用を前提とするソフトではないため、仮想現実ではゲーム特有の剣技を披露することができない。地上技、対空技、空中技、奥義――と、ステータス上では様々な剣技を会得しているが、ボタンの連打で発動するモニター上でのログインとは異なり、現在はそれを再現することができない。

 己の意志で剣を振り、身体の動きを駆使して戦わなければならないのだ。よって多対一では戦闘の難易度が跳ね上がり、下級魔獣でさえ僕を破る可能性を秘めている。レベル九九九であろうとも盤石ではなく、多勢に無勢であり気を抜くことができないのだ。

 それでも僕は無数の戦闘と死を経て、ゲームシステムに頼ることなく剣の道を極めた。太刀を自在に操り、僕はこの身一つで四天獣を打ち倒すまでに至った。

 もし現実世界に存在したならば、銃火器を用いても倒せないであろう魔王を討ち滅ぼしたのだ。この世界では剣豪を名乗っても許されるだろうと自負している。

 僕の振るう剣技は、フィヨルディアの魔獣にのみ特化した自己流である。現実世界で剣道を始めても、僕の技巧は全く通用しないことだろう。だが魔獣が相手ならば、僕は世界最強の達人だ。積み上げた死体の数は一万や二万ではきかない。実戦経験の数に裏打ちされた動作により、百戦百勝を確実なものとしていた。

 少し時間を要したが、戦いの勘を取り戻してきたようだ。もう魔獣を相手に梃子摺ることはないだろう。これ以上アイを不安にさせるわけにはいかない。

 僕はアイが怖がらないように、時折何気ない会話を挟むようにしていた。

 アイはいつでも楽しそうで、ずっと笑顔を絶やさない。アイの心の余裕は、焦る僕を勇気付けてくれていた。

「アイ、休まなくて平気か?」

「うん、平気。でも、ちょっとお腹が空いたかな」

 今は昼餉の時間帯であり、アイの空腹は予測済みだ。

 ちょうど木陰に建つ四阿が目に入ったので、僕達は中へ入り腰を掛けた。

 食料系統の札を一種類ずつ持ち、手札をアイへ差し出した。

「食事にしようか。アイ、どれがいい?」

 僕の持つ手札を確認しながら、アイは弁当の札を選んだ。

 弁当ルーレットに飽きたのか、特に求められることはなかった。

「これは食べたことがないわね。これがいい」

「《から弁》か。シンプルで美味しいぞ。俺もこれにしよう」

 札を翳すと弁当が具現化した。容器に御飯が敷き詰められ、その上に海苔、昆布、鶏の唐揚げが乗っている。見た目はよくできている。美味しそうだ。

「こうやって外で食べるのもいいね。ピクニックみたい」

「そうだな。外での弁当は格別だろう。こうしてアイと霊峰探索ができて、俺も楽しいよ」

 アイは嬉しそうに唐揚げを頬張っている。

 周囲の警戒しつつ、僕も弁当を食べた。



 食事を終えて休憩していると、すぐ近くに魔獣の気配を感知した。

 ガサガサと乱暴に草木を掻き分ける音が聞こえてくる。

「次から次へと……」

 気配の方向に目を向けると、複数の魔獣が争っているのが見て取れる。魔獣の一団は闘争に夢中で、こちらには気が付いていないようだ。

 魔獣を纏めて葬ってやろうかと思ったが、僕はその姿を見て踏み止まった。

 虚構のかいなで首を掴まれている感覚に襲われ、無意識に呼吸を止められた。

「アイ……声を出さないように……」

「…………」

 アイは指示通りに声を発さずに頷いた。

 確認できる魔獣は三体。風の化身《ヴィン》、暴れ狂う大樹《スコグ》、漆黒の獅子《レーヴェ》。どれも特級魔獣に分類し、これまでの雑魚とは比較にならない強さを有している。

 特級魔獣とは滅多に遭遇するものではなく、現れても単独であることが基本だ。しかし、目の前には三体もの特級魔獣が睨み合っている。特級魔獣が平気で群がる魔境――それが霊峰ロルヴィスという場所なのだ。

 特級魔獣に遭遇すると、運が悪かったと諦めるしか道はない。それが霊峰の掟であり、僕の経験則から導き出された答えだ。

 だが長年の努力の末、一対一なら特級魔獣と戦えるよう僕は己を鍛え上げた。レベルは既に上限値に達したが、自由に身体を動かせる仮想現実なら幾らでも実力を伸ばすことができるのだ。

 それでも、相手が特級魔獣にもなると戦闘は一対一が鉄則となる。基本的に全ての攻撃が一撃必殺であり、二体を同時に相手することは無謀である。

「アイ、ここにいては見付かってしまう……。場所を変えよう……」

「ふふ、わかったわ」

「アイ、楽しそうだな」

「何だか冒険って感じで楽しいわ。エイタと一緒なら魔獣なんて怖くないもん!」

「心強いな。実はもうすぐ山頂なんだ。せっかくだから行ってみようか」

「うん! 行く!」

 アイは僕の声量に合わせて、小声で返事をしてくれた。純粋に登山を楽しむアイの笑顔は、緊迫した空気を和らげている。

 魔獣に気付かれないよう、僕達は足音を殺してその場を離れた。

 意図して進んできたわけではないが、現在地は山頂付近だ。この四阿を目印に登頂していたことがあるので間違いない。下山しているつもりが、逆に登ってしまっていたらしい。ここまで僕が方向音痴だったとは情けない限りだ。

 しかし、これは怪我の功名だといえよう。山頂まで辿り着けたなら、下山のルートに迷うことはない。それに、下り坂を利用して山道を走れば、帰り道は魔獣を無視して駆け抜けられることだろう。



 少し歩いて、霊峰ロルヴィスの山頂に到達した。

 山中は日中でも薄暗いが、巨樹の迷彩が解かれた山頂は日光が照り付けている。暗所から急に移行したことにより、無意識に目を細めてしまうほどに眩しかった。

 魔獣が再び出現した理由を鑑みて、僕は四天獣が蘇ったのかと危惧していた。山中の魔獣を使役しているのは、四天獣だという設定があるからだ。懸念が当たっていれば一目散に引き返そうと考えていたが、山頂に魔王の影はない。

 安全を確認して、アイを山頂の舞台へと誘った。

「ここで、エイタが四天獣をやっつけたのね」

 アイは物珍しそうに山頂の平地を眺めている。

 鬱蒼とした森の中、突如として現れる石造りの人工物。こんな決闘のリングは、ゲームの都合でしかない不条理なものだ。アイが不思議に感じるのも無理はない。

 山頂の決闘場を見渡すと、奥で少女が倒れていることに気が付いた。

「……女の子?」

「そのようだな。なんでここに……?」

 アイは例外だが、NPCが自らの意志でアルンを出ることはない。

 まして魔獣の出る霊峰を登り、山頂まで辿り着けるはずがない。

 倒れている少女に近付いて姿を確認すると、アイと同じ歳くらいの可愛らしい女の子だった。安らかに目を瞑り、寝息を立てている。どうやら眠っているようだ。

「ここで寝ていると危ないよ。ほら起きて」

「……んっ」

 アイが身体を揺すると、寝ていた少女は目を覚ました。少女は身体を起こすと伸びをして、胡坐をかいて座った。意識がはっきりしていないのか、目が虚ろだ。

 それにしても、見惚れてしまうほどに端正な顔立ちだ。肩まで掛かる銀色の髪に、神々しい天色の瞳。白色を基調とした丈の短い和服に身を包んでいる。

 ただのNPCにしてはかなり凝った姿だ。この少女は一体何者だろうか。

「あたし……どれくらい寝てた?」

 銀髪の少女が口を開いた。まだ眠たいのか、目を閉じてウトウトしている。

「俺達は今ここに来たばかりだ。君はどうやってここへ来た?」

「あれ……? お前、どこかで……」

 銀髪の少女は、僕の顔をまじまじと見詰めている。

 そして、何かを悟ったように少女の目が見開かれた。

 沸々と禍々しい気配が漂い、山頂に吹く風声が強くなっていった。

「……思い出したぜ! あたしはかつて、お前に殺された!」

「え――」

 突然殺意を向けられ、僕は総毛立つ感覚に襲われた。

 銀髪の少女は拳を掌に打ち付け、疾風の如く飛び掛かってきた。

「アイ! 下がれ!」

「きゃっ!」

 アイを背後に突き飛ばし、少女の拳撃を抜刀した太刀で受け止めた。

 どういうわけか、銀髪の少女は怒り狂っている。グルグルと喉を唸らせ、鋭い犬歯を剥き出しにしている。

 無手、否、少女は両の手に籠手を嵌めており、その拳は刃を通さない。太刀の刀身を拳で押し返され、僕は堪え切れずに一歩後退させられてしまった。

「うぉっ!?」

 太刀と拳の鍔迫り合いは膠着することなく、じりじりと押し切られていく。両手で太刀を支えても、拳の進撃を止めることができない。完全に力負けしており、少女の片手に僕の行動が封じられている。

 拳の圧力に気を取られ、次に放たれた少女の足払いを真面に受けてしまった。車に撥ねられたような衝撃を足首に感じた時には、地面が眼前にまで迫っていた。転倒させられたと気が付いたのは、鼻を地面に打ち付けた時であった。

「くっ……!」

 顔面に痛みを感じたのも束の間、倒れた僕の顔を目掛けて更に拳撃が飛んでくる。咄嗟に横転して攻撃を躱すと、バキバキと石造りの舞台が砕ける音がした。

「う、嘘だろ……?」

 この石の舞台は特級魔獣が暴れても壊れなかった記録があり、僕は破壊不能の配置物だと認識していた。そんな代物があっさりと粉砕されてしまったのだ。少女の細腕は、実在の虎を優に超える膂力を宿していることだろう。その暴力を食らうわけにはいかない。真正面から受ければ死は免れない。

 急いで起き上がると、既に銀髪の少女の上段蹴りが放たれていた。反射的に身を翻して避けると、続け様に蹴りの連打が繰り出される。

 少女の迫撃は凄まじく、構えた太刀が軽々しく弾かれてしまう。守勢に徹して好機を窺うが、反撃の糸口がなかなか掴めない。

 なんとか太刀で拳撃を大きく弾き飛ばし、少女と一定の距離が開いた。

 息つく暇もない攻勢に、冷や汗が止まらない。可愛らしい見た目をしているが、山中で遭遇した魔獣とは比べ物にならない強さだ。

 更に、拳を受けた腕が痺れている。太刀で受けなければどうなっていたのか、考えるだけでも恐ろしい。実力の底が見えず、僕の力でも勝てるかどうかの確信が持てなかった。

 よく見ると、少女の頭には猫のような耳があり、尻尾も生えている。

「君は……何者だ? どうしてここにいる? なぜ攻撃をしてくる?」

「あたしは四天獣――颱虎フウカ。霊峰ロルヴィスの王だ」

 銀髪の少女は名乗った。思わぬ名前が飛び出し、僕は驚いて一歩後退した。

「颱虎フウカだって!? あの魔獣がどうして生き返って……ってそれよりも、どうして女の子の姿になっているんだ!?」

「あたしが知るか! 気が付いたらここにいた!」

「記憶がないのか……?」

 四天獣は、中国神話の四神を模した姿をしていた。颱虎フウカは虎型の魔獣であり、銀色の毛並みが美しかったと記憶している。綺麗な見た目とは裏腹に気性が荒く、暴れ出したら手が付けられないほどに凶暴だった。

 風の刃を纏う肉体は全身が武器であり、触れる者を木っ端微塵に切り刻む。脚力では説明がつかないその速度は、まさに死を運ぶ悪魔。象のような巨体が、猟豹の如き速度で疾駆するのだ。瞬き一つで背後を取られ、後はバラバラに身を引き裂かれるのみ。戦闘開始と同時に視界が教会に切り替わった時には、遂にゲームが壊れたのかと疑ってしまったほどだ。

 ラズハを介してログインをした場合、己が殺害される恐怖をその身で体感することとなる。思い出しただけでも寒気がする。身体が食い千切られた後に、ここが現実でなくてよかったとどれほど安堵したことか。

 まさか少女の姿となり、再び相見える日が来ようとは思いも寄らなかった。

 フウカは猛獣のような鋭い目付きで僕を睨み続けている。

「一度死んだことは覚えている。お前があたしを殺した!」

「待て! 話を!」

 抗弁をする間もなく、銀髪の少女は襲い掛かってきた。準備運動は終わりとばかりに、次はお得意の風を従えている。風の魔術は衰えることなく健在のようだ。

 下級魔術《豪旋風ごうせんぷう》。中級魔術《天竜巻てんりゅうかん》。大小に渦巻く風を周囲に撒き散らせ、こちらの動きを制限させた上で殴り掛かってくる。更に、フウカの拳は風を纏っており、素手で受けることはできない。下級魔術《風裂拳ふうれつけん》。ヒュンヒュンと舞う風は飾りではなく、直に触れると皮膚が引き裂かれてしまうのだ。

 そんな魔術の暴威を前に無策では、何度戦っても勝ち目はない。敵の攻撃を先読みし、初動を誤った時の立ち回りを決めておく必要がある。

 一連の攻撃パターンを見たところ、姿が変わっても使う技は同じだ。己の拳を主軸に立ち回り、下級魔術を連発して妨害する遣り口は何ら変わっていない。前身の颱虎と同様の攻略法が使えそうだ。これなら落ち着いて攻撃を仕掛けられる。

 しかし、フウカを見た目で判断してはならない。簡単に勝てると高を括ってはならない。彼女はフィヨルディアに於ける魔王の一角であり、僕が何度も殺されてきた魔獣そのものなのだ。一度倒しているとはいえ、勝利の再現ができるとは断言できない。残念なことに、どれだけ対策をしても四天獣との戦いに必勝法はないのだ。どれだけ策を弄しても、運が味方をしなければ勝つことはできない。

 そんな運否天賦を余儀なくされる戦場で、今回は確実の勝利を納めなければならない。攻守の判断を誤れば即死であり、僕の死はアイの死と同義なのだ。

「アイ、ここを離れろ! 魔獣に見つからないように隠れていてくれ!」

 最悪の事態を想定すると、まずやるべきことはアイを逃がすことだ。

 アイがフウカに狙われた場合、残念ながら僕に護りきれる確信はない。

「わかった! エイタも気を付けて!」

 アイは快い返事をした後、そそくさと登って来た山道を引き返していった。

「あまり遠くへ行かないようにな!」

「はーい!」

 アイの返事が少し遠くなっていた。これで戦いに集中できる。

 霊峰には魔獣がいるため、長時間アイを独りで待機させるわけにもいかない。

 襲い来る風の猛獣を早々に始末するべく、僕は全力を以て戦いに臨んだ。



 僕の攻撃手段は剣術のみであり、魔術は一切使えない。近接戦闘で後れを取るわけにはいかないが、フウカは僕と互角以上に打ち合ってくる。

 なんとか攻撃が届きそうになっても、突風に身体を押されて攻撃を当てられない。下級魔術《護風壁ごふうへき》。風による斥力を突発的に発動させて、攻撃の隙を埋める秀逸な立ち回りだ。

 侮っていたわけではないが、彼女はやはり本物の四天獣だ。戦闘能力は前身の猛獣と変わらず、攻撃には常に死の臭いが漂っている。

「お前の動きは見切ったぜ! あたしの勝ちだ!」

 フウカは距離を置いて、遠距離攻撃に注力し始めた。

 下級魔術《月剣刃げっけんじん》。彼女が腕を振って弧を描くと、軌道に沿った風の刃が形作られる。見るからに斬れそうな三日月型のゲームエフェクト。この技に触れると身体が裂け、当たりどころによっては一撃で絶命に追い込まれる。

 太刀の間合いを見切られたようだ。近接戦闘しかできない相手なら、離れて攻撃をすれば勝てると踏んだのだろう。ゲームをクリアした英雄を見縊られたものだ。

 フウカの攻撃の間隙を縫って跳躍し、僕は空中で霞の構えを取った。 

「バーカ! 空中なら躱せないだろ! 終わりだ!」

「かかったな!」

 武術系統のスキルを極めると、それぞれ固有の《異能》を身に着けることができる。剣術スキルの場合は、斬撃を飛ばすことができる異能《飛剣ひけん》。一定の射程を切り裂くことができ、魔術の代替として重宝する使い勝手の良い能力だ。

 この異能はラズハを介する仮想現実で唯一発動できる剣技であり、この技がなければ剣術スキルを選択する優位性はない。

 フウカは攻撃の構えを取ったが、もう遅い。僕の攻撃が先に当たることは予見済みだ。僕が太刀を振り下ろすと、烈々たる斬撃が放たれた。奇しくも《月剣刃》に似た三日月状のエフェクトが発生し、フウカの身体を切り裂いた。

「うわわっ!」

 傷口から血飛沫が弾け飛び、フウカの着物が赤く染まった。

 フウカは狼狽えて固まっている。僕が斬撃を飛ばせることに驚いたようだ。

 その隙を見逃さず間合いを詰め、僕はフウカの首を落とすべく太刀を振るった。



 必殺の間合いであったが、僕はフウカの首に当たる寸前で刃を止めた。傷口を押さえて顔を引き攣らせる様子を見ると、魔獣にも痛覚は存在するようだ。

 フウカは死を覚悟して目を瞑っていた。目には恐怖で涙が滲んでいる。

「……なんで止めた?」

「俺は奥へ進みたいだけだ。それに、君が魔獣だとしても泣かれたら斬れないよ」

「あたしは泣いていない!」

 フウカは急いで涙を拭っている。そして己の傷口の浅さを見て、僕の手加減を察していた。次第に表情が憤怒から困惑に変わっていく。

「あたしを倒しに来たんじゃないのか? そう言えば攻撃をしなかったのに……」

「よく言うわね! いきなり襲い掛かってきたくせに!」

 ――言下、フウカに対する怒声が発せられた。

 声の出処を見据えると、巨木の陰からアイが顔を出していた。

「アイ、無事か……。良かった……」

「流石エイタね。ずっと戦いを見ていたわ。やっぱり凄く強いのね!」

 アイは熾烈な戦闘を目の当たりにし、興奮しているようだ。僕の剣を振る動作を真似て、何もない空間を無手で斬っている。流れる動作の最中に、アイは手に持つ虚構の太刀の切っ先をフウカの眼前に突き付けた。

「あなた、悪い子だったのね。勝手な決めつけはよくないわよ!」

「悪かったよ。あたしの勘違いだったようだ」

 謝罪の後、フウカはその場でへたり込んだ。もう害意はないようだ。

 僕も太刀を鞘に納めて、アイと共にフウカの前に座った。

「フウカ、君は本当に……かつてここにいた四天獣――颱虎フウカなのか?」

 扱う技と実力を見れば疑いようもないが、魔獣が人間の姿になっていることに関してはどうしても納得がいかない。魔獣とこうして対話ができることも、もはや理解が及ばないことだ。

 フウカは頭をポリポリと掻きながら、うーんと唸っている。

「知らない。でも多分、そうなんだと思う……。ここで誰かに殺された記憶が微かにある。お前にやられたかと思ったが違うんだな。あたしを殺した剣士に似ている気がしたんだ」

「そんな曖昧な記憶で襲わないでくれよ! ……まぁ、どうして今の姿になったのかはわからないようだな」

「わからないな……。あたし、なんで生き返ったんだろう……」

 フウカは後ろに手を突いて身体を支え、何かを思い返すように天を見上げている。どういう仕組みか、フウカの猫耳がぴょこぴょこと動いている。

「フウちゃん、猫耳が凄く可愛いね!」

 アイはそっとフウカの猫耳を撫でていた。

「さ、触んな! あたしは霊峰ロルヴィスの王だぜ! この山の魔獣は皆、あたしの言うことを聞くんだぞ!」

 可愛いと言われたのが嬉しかったのか、フウカは鋭い口調とは裏腹に照れて赤くなっている。アイが猫耳を触ることを拒まずに受け入れている。見た目通り女の子なんだなと考えていると、アイから急に爆弾発言が飛んできた。

「エイタが昔に倒したフウカは虎の姿だったんでしょう? どうして女の子になったのかな……?」

「――――!」

 空気が凍り、場は静まり返っていた。アイ、それは言ってはいけないことだ。

「ちょっ、アイ! それは――」

 もう遅かった。フウカから殺気が漲っている。

「過去のあたしを殺したのは、やっぱりお前かー!」

「落ち着け! 話せばわかる!」

 僕はフウカに押し倒され、馬乗りになってボコボコにされた。



 フウカは落ち着きを取り戻したが、僕は彼女に嫌われたようだ。素っ気ない態度を取られ、目も合わせてくれない。

 冒険の目的を話すと、フウカは呆れるように嘆声を零していた。

「お前、霊峰の奥地へ行くって言っていたな? ここが霊峰ロルヴィスの山頂だ。この先に進める道なんてねぇぞ?」

「自分の山なのに知らないのか? 更に奥へ進めるんだぞ。行ってみな?」

「はぁ? 先へ進めるわけがないだろう……」

 フウカは頭を掻きながら、指定された場所を一歩踏み出した。

 すると罠に掛かったように身体をビクッと震わせ、唖然として立ち竦んでいる。

「えええぇ!? 進める! なんで? 凄い!」

 フウカは驚いている。当然の反応だ。どう考えても、この先は進めるようには設計されていない。ゲーム上では本来、進入不可能な場所であるからだ。

「遠くに街があるのが見えるか? 俺達はそこへ行きたいんだ」

「へぇー、世界って広いんだな……。霊峰にあたしの知らない未開の地があったなんて……」

「フウちゃんも一緒に来る?」

「アイ! あたしも行くよ! 楽しそう!」

 いつの間に仲良くなったのか、アイとフウカは肩を組んで笑っている。

 正直、フウカが帯同してくれるのは心強い。この山の魔獣はフウカの指揮下にあるからだ。魔獣に襲われる心配がなくなれば、アイの安全は保証される。

「君が来てくれるなら心強いよ。フウちゃん、行こうか」

「お前がフウちゃんって呼ぶな!」

「うぐっ!」

 フウカから強めの蹴りが飛んできた。

 やはり僕は、フウカに嫌われているようだ。


    ◇


 霊峰の地勢は、頂上までと頂上以降で著しく難易度が異なっている。ここから先はゲームの範疇か否かの違いがあり、下山のための登山道は存在しない。

 新緑が包み込む回廊を歩き、倒木で作った筏で河川を渡り、土中に埋まった隧道を掘り起こし、蔦を伝って足場のない段丘を越えていった。

 進むごとに厳しくなる地形。険路に次ぐ険路。まさに千荊万棘の道。意図して創られた場所ではないはずだが、まるで侵入者の行く手を阻んでいるようだ。

 しかし、そんな妨害は無駄だ。今日は強力な助っ人が味方してくれている。

 フウカは知られざる抜け道を次々と見つけ出し、どんな地形でも工夫を凝らして攻略していった。数々の難所を突破し、道なき道を突き進み、今まさに新たなマップを開拓しているところだ。

「ここはあたしに任せな! アイはあたしの背中に乗れ!」

「フウカ、アイを落っことすなよー! アイを運んだら、次は俺を運んでくれ!」

「はいはい、わかったよ」

 フウカが同行してくれたことは僥倖であった。進行不可能だと思われていた険道でも、フウカと一緒なら越えることができたのだ。フウカの跳躍力は崖路を物ともせず、どんなに高い絶壁をも駆け上がった。そそり立った岩壁を越えるため、この世界にピッケルはないのかと探し回った過去が懐かしく思えてくる。

 魔獣が現れようとも、フウカの鶴の一声で追い払っていた。少女のような見た目でも、フウカが魔獣の長であることに変わりはないようだ。

 二人には気付かれないように抑えたが、僕は昂奮しきっていた。フウカのお陰で、ここ数年間行ってきた自力での探索を無に帰す速度で進むことができている。

 四天獣を全て討った後、僕は人生を懸けて霊峰の奥地に挑み続けていた。何度も失敗を繰り返し、気が付けば三年間もの月日が流れていた。あと少しで、念願である人跡未踏の地へ辿り着くことができる。遂にその試みが果たされるかと思うと、高揚が止まらない。

 しかし、そう簡単に物事は進まなかった。

 健脚を披露していたフウカの足が、ピタリと止まったのだ。山頂から麓までの距離を考えると、あと五分ほどで下山できるかと思っていた時のことだった。

「フウカ……? どうかしたか?」

「これは……あたしでも無理だな。遠すぎる」

「え……?」

 鮮やかな緑の絨毯が広がっているかと思いきや、目の前に現れたのは巨大な大地の裂け目。大きく地上を削り取ったように、切り立った崖が進路を塞いでいる。

 目を凝らしても霧を纏った闇が広がるのみで、どうしても対岸を見渡すことができない。行き止まりのようにもみえるが、フウカには対岸が見えているようだ。迂回できる道もなく、この崖を越えなければ向こう側へ辿り着くことはできない。

「フウちゃんには向こう岸が見えるのね。でも……どうしたらいいのかしら……?」

「残念だが進めるのはここまでだ。フウカが越えられないなら手立てはない」

 平静を装ってみたが、僕は酷く落胆していた。いっそのこと飛び降りてみようかと自暴自棄になっていたが、眼前の崖を見て正気を取り戻していた。

 深淵を覗き込むと、パラパラと落ちた小石が音もなく虚空に吸い込まれていく。もし身を投げようものなら、どう足掻いても助からない高さだ。ゾッと背筋が凍り、思わず身震いをしてしまう。これが現実ならば、身を乗り出すことさえできないことだろう。

 霊峰ロルヴィスの踏破はここまでかと思っていた時、フウカが思い付いたように言った。

「あたしの友達に空を飛べる子がいるぞ。協力してくれるか聞いてみようか?」

「……え? フウカにも友達がいるのか?」

 突拍子もないフウカの台詞に、僕は驚いてしまった。

「お前と一緒にするなよ。あたしにも友達ぐらいいるよ」

「へぇ、どこの誰だ? 森の熊さんだとか言うんじゃないだろうな」

「バーカ、違ぇよ。ライハとホムラっていうんだが、二人とも空を飛べるから崖なんかは容易く越えられるだろう」

「…………えっ…………」

 僕は唖然として言葉が出なかった。

 フウカが挙げた友人の名称について、僕には心当たりがあったからだ。四天獣であるフウカが口に出したからには間違いないだろう。 

 事実を確かめるべく、僕はその正体についてフウカに尋ねた。

「フウカ、その友達のことだが……まさか、閃龍せんりゅう煌凰こうおうか?」

「おう、知っているのか。まぁ知らない者はいないよな」

「ああ、悪い意味で有名人だからな……」

 フウカが生き返ったと知り、もしや――と虞を抱いていた。

 ライハとホムラは、フウカと同じく四天獣だ。雷雲を駆ける巨龍――閃龍ライハ。炎を身に纏う不死鳥――煌凰ホムラ。両者共、空を飛べる上に遠距離攻撃が強く厄介な魔獣だった。仲間になれば頼もしいが、もう敵としては戦いたくない。

「まずいな……あいつらまで生き返ってしまったのか。……もしかして、ライハとホムラも人の姿なのか?」 

「当たり前だろ。昨日は三人でアルンへ行って、一緒にご飯を食べたよ」

 ライハとホムラも人間の姿で蘇ったようだ。もうわけがわからない。

 だが、そんなことよりも続いた言葉が衝撃だった。

「え……アルンに来たのか? 三人で一緒にご飯を食べた? ボスキャラともあろう四天獣が根城を離れて? 正気か……?」

「はぁ? ボスキャラってなんだよ。あたしらだって、ずっと山に籠っていたら暇だからな。アルンにはよく行くし、三人でよく遊んでいるよ。昨日は三人で集まって、エンマルクの岩の上で日向ぼっこをしていたな」

「…………えぇ…………」

 僕は再び愕然として言葉を失った。

 AIの進化の歪みがこんなところにもあったようだ。僕が一箇月間フィヨルディアを離れている間に、とんでもないことが起こっていた。魔獣の王たる四天獣が蘇り、好き放題に街を出入りしていたというのだ。フウカはケロッとした顔で答えていたが、これはゲームの根幹を揺るがす大事件だ。北海道の羆が山を下りてきて、街中のコンビニを利用しているようなものである。アルンの住人が知るとどうなってしまうのだろうか。考えただけでも恐ろしい。

 そして、今朝に《転送の札》が使えなかった理由が判明した。蘇ったフウカが山頂で寝ていたからに他ならない。四天獣が健在では、霊峰への《転送》の術式が機能しない。《転送》が可能だった昨日までは、フウカが偶然にも霊峰ロルヴィスを留守にしていたのだろう。

 度重なる新事実との出会いにより、既に僕の頭は混乱していた。

「一度アルンに戻ろう。フウカも一緒に来てくれるか?」

「あたしも行くよ。アイとは友達だからな。間違ってもエイタについていくわけじゃないからな!」

「はいはい、わかったよ。明日には、ライハかホムラに会わせて欲しい」

「いいぜ、あいつらなら協力してくれるよ」

「フウちゃん、ありがとう!」

 フウカが仲間になったことにより、《転送の札》に描かれた術式が復活していた。これでアイを無事に帰すことができると思うと、肩の荷が下りた気がした。

《転送の札》を高々に掲げ、僕達はアルンへと戻った。

 霊峰奥地の探索は厳しく、独力の限界を感じていたところだ。

 四天獣の力を借りる日が来るなんて、考えたこともなかった。


    ◇


 アルンの街は夕焼けに染まっていた。

 賑わっていた市場の雑踏も、今や疎らである。

 魔獣が巣くう霊峰に囲まれたアルンの街は、常に滅亡の危機に曝されている。

 しかし、これはあくまで設定の話であり、実際に魔獣が街を襲うことはない――はずであった。なんと四天獣が蘇ったことにより、その災厄が現実となる可能性が浮上してしまった。

 僕の隣には、可愛らしい二人の少女が戯れ合いながら歩いている。愛らしい外見からは想像に難いが、その片割れはアルンを恐怖に陥れる魔獣の王そのものなのだ。禍々しい猛獣だった四天獣フウカも、少女の姿では街に馴染んでいる。

 僕は一応、警戒をしておくことにした。もしフウカの気が触れて暴れ出したら、僕の他に彼女を抑えられる者はいない。

 それに、現在の四天獣には意思があり、既に同位の魔王と友諠を育んでいるという。単体でも脅威であるにも拘わらず、四天獣同士で結託されてしまうと手が付けられなくなってしまう。

 ゲームの趣意に沿うのであれば、今の内に四天獣を撃破しておくべきだ。だがその一方で、アイにとってフウカは仲の良い友達となった。彼女が魔獣であるとはいえ、その友情の邪魔をしたくない。それに、四天獣が人間の姿となっただけでなく、会話ができることが唯一の救いだ。純朴で優しいアイなら、四天獣を正しい道へと導くことができるかもしれない。

 フウカは軽い足取りで街を歩いている。既に街の様子には慣れているようだ。

「そういえばフウカ、ライハとホムラへ連絡する手段はあるのか?」 

「はぁ? あるわけないだろ」 

「え……? じゃあ、どうやって四天獣の皆と落ち合っているんだ?」

 驚く様子を見せる僕に対して、フウカは自慢げに笑っている。

「あたしは目が利くから、霊峰の山頂からでも世界中の様子を見渡せるんだよ」

「目視で仲間を見付けるのか……無茶苦茶だな……」

 携帯電話もない世界観であるため、連絡手段がないことは当然のことである。

 それにしても視力に際限がないとは、魔獣の王であるが故の力だろうか。

 視線を感じて隣を歩く少女達に目を移すと、腹を擦ってこちらを見上げていた。

「とりあえず晩飯だな。エイタ、案内しろ」

「それは構わないが……お金は持っているのか? お金がないと食えないぜ?」

「あるよ。嘗めんな」

 意地悪をしてやろうと思ったが、フウカは財布を開いて札束を見せてきた。

 木の葉で作られた財布は手作りながら、上手くその形状を維持している。かなりの量の大金が入っており、小さな財布がパンパンに太っている。

 どうして魔獣がお金持っているのか、意味不明である。

「フウちゃん、お金持ちだね!」

「アイ、フウカより俺のほうがお金持ちだぞ。ほら!」

 僕は指を振り、得意げに財布の中身を見せびらかした。

 僕の財布は、萬屋アレクに売っている手拭いだ。札を手拭いで包み込む手法は原始的だが、僕は気に入って使っている。

 するとフウカはニヤリと笑い、自身の財布を懐に仕舞っている。

「じゃあ、今日はエイタに奢ってもらおう。いいよな?」

「うっ……」

 僕は財布を開いたまま固まった。柄にもなく墓穴を掘ってしまったようだ。

 仕方なくアルン飯店へ行き、僕の奢りで食事を共にした。



 夕食を終え、旅寓アイアイへと足を運んだ。アイとフウカは霊峰探索で疲弊していたようで、食堂に長居することなく宿屋に足を向けていた。

 僕は食事を早く切り上げられたことに安堵していた。実を言うと、元の世界に戻る時刻が迫っていたのだ。僕がフィヨルディアに滞在できる時間制限について二人に伝える手もあるが、それはあまり気が進まない。

 意思を持ったNPCに対して現実世界の言及をすることは、少女達の存在を否定することに繋がる可能性があるからだ。アイとフウカは己がNPCである自覚がなく、僕のことも同様にフィヨルディアの住人だと認識していることだろう。

 意思を持つ以前のアイには散々異世界について語ってきたが、実際どこまで知られてよいものかをまだ決め兼ねている。知られてどうという話ではないが、二人が人格を有している以上、わざわざ曝け出す必要はないと僕は考える。

 アイとフウカは僕の考え事を知る由もなく、仲良く戯れ合いながら宿屋の敷居を跨いでいる。二人が今を楽しんでいるなら、それでいい。無理に波風を立てる必要など、どこにもないのだ。

「あたし、昨日もここに泊まったぞ」

「フウちゃん! わたしも昨日ここに泊まったよ!」

「へえ奇遇だな。エイタも一緒か?」

「ああ、まぁな。まさかフウカが隣の部屋にいたとは……」

 昨日の記憶を辿ると、銀髪の少女と廊下で擦れ違った気がしなくもない。

 宿屋で戦闘にならなくてよかったと、自然と安堵の吐息が漏れていた。

「それじゃ、アイとあたしで一部屋を取るからな。バイバーイ」

「エイタ、おやすみ。また明日ね」

「アイ、おやすみ。夜更かしをしないように」

 フウカはアイの手を引き、二号室に入っていった。

 二人を見送り、僕は独りで三号室へと向かった。一号室は誰かが宿泊しているようだった。恐らくだが、他のNPCが宿屋を利用しているのだろう。

 アルンには宿屋がここにしかないので、今後は部屋が埋まる可能性を考えて行動しなければならない。

「その時は野宿か……いや、俺の場合はただログアウトをすればいいだけだ……」

 今日の探索を頭のメモに書き終え、僕は布団に潜り込んだ。


    ◇


 翌日の朝、宿屋を出るとアイとフウカは既に宿屋の前にいた。

 昨日の夜で更に親睦を深めたようで、何やらキャッキャと戯れている。二人でどんな会話が交わされたのかが気になるが、詮索は無粋というものだろう。

「エイタ、おはよう!」

「遅いぞ、エイタ」

「おはよう。二人とも早いな」

 挨拶を交わすと、アイがじっと僕を見詰めていることに気が付いた。

 何やらアイの様子がおかしい。口元をモゴモゴと緩ませながら、上目遣いで僕を凝視している。僕は自身が鈍感であると自覚しているが、今回はアイの意図を正確に汲み取ることができた。

 アイの姿を見ると、サイドテールの髪が三つ編みに結われていることが確認できる。髪型の変化に気付いて欲しいと、そうアイは僕に目線で訴えかけているのだ。

「アイ、その髪どうした? 自分で結ったのか?」

「フウちゃんに結ってもらったのよ。可愛いでしょう?」

「ああ、凄く可愛らしい。いい友達を持ったな」

 僕も成長したものだ。こうして友達の心中を察し、要望に応えることができる。だが現実世界では、このように女性を気遣える余裕などあるはずがない。というより、声を発することなく一日を終えることも珍しくない。孤独には慣れていたが、友達と時間を共有することの楽しさを教えてくれたアイには心から感謝したい。

 アイはご機嫌に髪を揺らし、裏表のない笑顔を見せている。嬉しいことに《エルスカーの花》で作った簪は、変わらずにアイの結われた髪を支えている。

「その簪、まだ使ってくれているんだな」

「エイタから貰った初めての贈り物だからね。わたしにとっては特別な物なの」

「大切にしてくれて嬉しいよ。よく似合っている」

《エルスカーの花》は、四天獣を倒した三年前にアイへ贈った花だ。

 当時は意思を持っていなかったアイだが、記憶として残っているようだ。

「フウちゃん、髪がサラサラだね。わたしが結ってあげる!」

「んっ、ありがと」

 アイがフウカの銀髪を編み込み始めた。慣れない手付きだが、その表情は一生懸命だ。その様子を見て、僕はフウカに猫耳と尻尾がないことに気が付いた。

「あれ? フウカ、猫耳と尻尾はどうした?」

「ん……? 耳と尾は戦闘時にのみ発現する。耳と尾があると、身体能力が強化されるんだ」

「へぇ……じゃあ耳は人間と同じ場所にあって、あの猫耳は飾りだったのか?」

 僕はおもむろにフウカの髪を掻き上げて、人間と同じ耳介があることを確認した。

 髪に触れられたのが不快だったのか、フウカは僕の手を無造作に払い除けた。

「触んな! それとごちゃごちゃとうるさい! あたしだってよく知らねえよ!」

「ああ、ごめん……」

 またフウカの機嫌を損ねてしまったようだ。今後もフウカの能力は探索に必要となるため、見限られないように気を付けなければならない。

 それに、今日は《飛行》の力を借りるに当たって、閃龍ライハ、または煌凰ホムラの一方に会う予定だ。四天獣との再戦を避けるためにも、フウカには間を取り持ってもらう必要がある。これ以上、嫌われるわけにはいかない。

 しかし、僕が前世のフウカを殺した事実は既に知られてしまっている。こうして会話をしてくれることだけでも、ありがたいことなのかもしれない。

 見るに見兼ねたアイが、そっぽを向くフウカを宥めてくれている。アイの声掛けにより、フウカが笑顔を取り戻していく。アイには本当に頭が上がらない。

「エイタ、今日はライハとホムラのどっちに会いに行くの?」

「……そうだな、ライハに会おう。山頂までの道程を考えると、霊峰トルエーノのほうが幾分か楽だ」

「決まりだな。アイ、エイタ、早く行こうぜ」

 歩き出したアイとフウカに対し、僕は二人の肩を掴んで進行を止めた。そして、振り返る少女達の行く手にある大きな建物を指で示した。魔獣の復活した霊峰を攻略するに当たって、出立前にやっておくべきことがある。

「霊峰トルエーノへ出掛ける前に、アイに術技を修得してもらう。《冒険者ギルド》へ行こう。そこでスキルポイントの譲渡が行える」

「スキルポイント……?」

 アイとフウカは首を傾げている。ゲーム特有の単語に聞き覚えがないようだ。こういった挙動を見ると、プレイヤーではなくNPCなのだなと実感させられる。

 少女達は促されるまま、冒険者ギルドへ向かう僕に追従した。


    ◇


 冒険者ギルド。ここは、フィヨルディアの中枢を担う重要な施設だ。

 中へ入ると、いかにも『ギルド』――といった内装が出迎える。什器のほとんどが木製で、武骨な雰囲気を醸し出している。覚えがなくとも既視感がある意匠には、他のゲームとデザイナーが同じなのかと疑いたくなるほどだ。

 受付台の背後にはカウンター席とテーブル席があり、朝っぱらから酒盛りをしている人が見える。ここはギルドの機能に加えて、飲食店と酒場を兼ねているのだ。

 壁面に貼られた掲示板を見ると、NPC同士で徒党を組んで複数のギルドが作られていた。クエストがないのに、ギルドを結成して何をするのだろうか。

 掲示板のクエスト一覧に目をやると、当然だが依頼はなかった。全てのクエストを終わらせたのは、他でもない僕自身だ。

 そして、クエスト欄の最上段。《メインクエスト:魔獣の王・四天獣の討伐》に斜線が引かれ、討伐者である僕の名前がでかでかと記載されている。見る度に僕は口元が緩み、これを眺めるために普段からギルドへ訪れていると言っても過言ではない。NPCが意志を持つようになって、僕のことを誰もが英雄だと認知してくれていることも自己肯定感の爆発に拍車を掛けている。たまに道行く人がお礼を言ってくれたり、褒め称えてくれることもある。そんな時でも謙遜をして、威張り散らかさないことが英雄たる振る舞い、つまりは様式美なのだ。

 掲示板の前で少女達に向き直り、僕は自慢するように手を広げた。

「ここは冒険者ギルド。ギルドの登録とクエストの受領、報告。スキルポイントの振り分けやアイテムの売買まで色々なことができるぞ。アイテムは他の店より割高だから気を付けること。情報の発信も行われているから、用がなくても来る価値はある。何だかわくわくするだろう?」

「へぇ、そうなの……」

「あっそ、ふーん……。人間って面倒なことが好きだよな」

「……二人とも、あまり興味がなさそうだな。早くライハに会いたい気持ちはわかるが、ギルドなくしてフィヨルディアは成り立たないんだぞ」

 関心を示さない二人はさておき、まずは用事を済ませるために受付へ向かった。

 受付台に立つ男性が、こちらを見て丁寧に頭を下げている。

「ようこそ、冒険者ギルドへ」

「おはよう、スニル。ここも賑やかになってきたな」

「エイタ君、よく来てくれましたね。最近は、朝から酒を飲む人が多くて大忙しですよ。これも、エイタ君のお陰で世界が平和となった証ですね」

 彼の名前はスニル。冒険者ギルドの受付を務めるNPCだ。壮年の男性で、中性的な容姿をしている。長い髪を背後で束ねて括り、縁のない眼鏡を掛けている。

 こうして会話ができるようになったのも、アイが意思を持ち始めてからだ。

「スキルポイントを、この子に千ポイント譲渡する」

 僕はアイを指して言った。どのスキルを選んでも千ポイントが上限であり、これでアイは一つのスキルを極められる。

「千ポイントですね。かしこまりました。どのスキルにしますか?」

 スニルはアイに、スキル一覧を記した薄い冊子を手渡した。

 このゲームの仕様は、従来のRPGと何ら変わりはない。レベルが上がると腕力と魔力が強化され、一定のスキルポイントを得ることができる。そのポイントを選択したスキル項目に振り分けることで、術技を修得する仕組みだ。

 スキル項目は大きくわけて武術と魔術があり、そこから更に細分化されている。武術には剣、槍、弓、格闘など、古今東西の武具を対象とするスキルがあり、魔術には地水火風ちすいかふう、その他にも天地万物を象徴とする属性が存在している。一つのスキルを極めることで得られる異能は武術系統にのみ限られた褒章であり、魔術系統のスキルには該当しない。

 スキル項目の種類は実に百を超えているが、選択できるスキルは残念ながらたったの一つなのだ。これはこのゲームに於ける最大の欠陥だといえよう。レベルアップで膨大なスキルポイントが手に入るが、大半が無駄となってしまう。剣術スキルを選んだ僕は、これ以上の術技を得ることができない。スキルポイントの振り直しもできないため、僕は仮想世界で魔術を使うという全人類の夢を果たすことができないのだ。

 アイは冊子をじっくりと眺めている。時間をかけて読み込み、ページを捲るその表情は真剣そのものだ。しばらく熟考した後、アイは迷わずに言い放った。

「光魔術スキルに千ポイントでお願いします!」

「承知しました。スキルポイントを振り分けましたので、ご確認ください」

「ありがとう!」

 アイは嬉しそうに冊子を捲り、修得した術技の一覧を確認している。

 僕は光の魔術を見たことがない。扱う魔獣がどこにもいないからだ。

「アイ、魔術の属性は光でよかったのか? もっと他にも使い勝手のよさそうなものがありそうだが……」

 僕の心配を払拭するかのように、アイは毅然として振り返った。その真っ直ぐな瞳に逡巡はみられない。

「光の魔術は凄いのよ? 攻撃の術だけでなく、防御や回復の術を修得できるの。霊峰に魔獣が現れた以上、自分の身は自分で護れるようになりたい。この光の力で、エイタとフウちゃんの助けになれたら嬉しいな!」

 アイは照れ臭そうに微笑み、白い歯を見せつけている。

 僕は感心して言葉を失っていた。そこまで高度な思考ができるとは正直驚いた。

 アイはスキルブックを熟読し、実戦を考えてスキルを選択した。攻撃的なスキルを持つ僕とフウカのバックアップができるように。

 アイの言葉を聞いて、フウカが後ろからそっとアイを抱き締めている。ゴロゴロと喉を鳴らし、アイの肩に頬を擦り付けるその姿はまるで甘える家猫のようだ。シャーシャーと威嚇していた昨日とは、随分と態度が違っている。

「あたしもアイを護るからな。一緒に強くなろうぜ」

「ありがとう。わたし、頑張るからね!」

「アイ、術技を修得しても、すぐに実戦で使い熟せるわけじゃない。少しずつ試して練度を上げていこう。俺達がサポートをする」

 スキルポイントの譲渡が終わったので、後はアイに実戦経験を積ませるだけだ。

「スニル、ありがとう。また来るよ」

「またのお越しをお待ちしております。良い旅を」

 スニルに別れを告げ、僕達は冒険者ギルドを後にした。

 次の目的地は霊峰トルエーノ。東の方角に聳える荒天の地だ。

 山頂へ向けて《転送の札》を使ってみたが、札の使用はできなかった。つまり、間違いなく閃龍ライハは山頂にいる。《転送の札》を使用するために無駄に僕の手を握らされたことで、フウカから怒りの拳を受けたことは言うまでもない。

 今更ながら、僕は昨日の失態に気が付いた。

 エンマルクは四天獣の支配域でないため、霊峰に四天獣がいようとも麓までは《転送の札》を使用できるのだ。霊峰を自力で登る必要があることに変わりはないが、昨日は無駄に広いエンマルクをショートカットしておくべきだった。

 同じ轍を踏まぬよう再び札の使用を提案したが、フウカは取り合ってくれなかった。フウカはアイの手を引き、僕から逃げるようにエンマルクへ駆け出していた。


    ◇


 霊峰トルエーノ。その牟礼むれの威容は、ロルヴィスの樹海とは大きく異なる。

 植物は一切存在せず、一帯が剥き出しの岩で形成されている。葛折りの岩肌を進むこととなるが、時に垂直に近い断崖が現れ、厳しい登攀を要求される。

 時折発生する落雷は当たれば即死である。だが頂上到達までは発生の頻度が少なく、落下予測ができるため脅威ではない。落雷の前兆である影を避ければ、容易に躱すことができるのだ。

 だが安心はできない。常に豪雨が降り続けるため、足元が滑りやすく走ることは危険である。地勢の高低差が激しく、落下時のダメージも軽視できない。更に、ラズハによる触覚の再現が見事で、濡れ鼠となった身体は不愉快極まりない。

 目線を上げると、フウカは難なく岩山を駆け上がっている。アイを背負ってくれているのはありがたいが、フウカの進行速度に僕は全く追い付けない。彼女達はどんどん先へと進んで行き、背中が米粒に見える程度に距離を離されている。

 フウカの身体能力の高さは、まさに獣だ。風を纏って身体に掛かる重力を軽減させ、更なる軽快な動きを可能にしている。

 下級魔術《軽風衣けいふうい》。その風の衣は雨水も凌げるようで、フウカの猫耳が雨に濡れずピンと立っているのが遠目に確認できる。

 しかし、霊峰登山は一筋縄ではいかない。この山には空から攻撃してくる怪鳥や龍が出現する。それらの魔獣に遭遇すると落雷の回避が難しくなる上、足場の悪さも手伝って転倒の危険性が跳ね上がる。

 ちょうど前方に、何やら黒い影がフウカの頭上に現れた。

「おっと、現れたな魔獣! アイ、やるぞ!」

「うん! いくよ!」

 小型の龍が三体出現した。現れた魔獣の名は《サンドラ》。雷属性の息吹を吐き、飛行速度が速い下級魔獣だ。蛇のように長い身体は硬い鱗に覆われている。

 フウカと共にアイは戦っている。修得して間もない光の魔術を実戦で試しているのだ。魔獣を前に立ち向かえる度胸は見事だ。やはり肝が据わっている。

「アイ、敵の動きを読むんだ。進行方向を予測して術を放て!」

「わかった! やってみる!」

 空を飛ぶ魔獣を目掛けて、アイは下級魔術《裂光線れっこうせん》を放った。アイの掌が輝き、槍のような光線が射出される。しかし、覚えたてでは狙いが定まらない。

 続いてアイが放った技は、中級魔術《光嵐雨こうらんう》。光の熱線が地上に降り注ぎ、サンドラの頭上を強襲する。だが上手く術の制御ができず、明後日の方向に光線が飛んでしまっていた。

 魔術の硬直を予見して、龍の群れはアイに照準を定めている。動けない少女を狙い、サンドラは滑空を開始した。

 しかしその行動を先読みしていたフウカが立ち開かり、サンドラの急襲を未然に防いでいた。フウカは常にアイを視野に入れており、護りの手段に事を欠かない様子だ。遠くてよく聞こえないが、フウカはアイに戦闘のアドバイスを送り続けている。身振り手振りを用いて、戦闘のいろはを伝授しているようだ。

 するとフウカはアイの肩を抱き、手本を見せるように魔獣を指差した。緑色に輝く魔力のオーラが、フウカの指先に収束していく。そうして放たれた風の弾丸が、不規則に動き回るサンドラを正確に捉えていた。

 これはただの飛び道具ではない。フウカの指の動きに合わせて軌道を変えられる――中級魔術《操気風そうきふう》。逃げ惑う三体の龍を一斉に切り裂き、サンドラの群れは塵となって消え失せた。流石と言うべきか、魔獣の王――四天獣。雑魚敵では束になろうと相手にならない。

「どうだ! あたしの風からは逃れられないぜ!」

 魔獣を倒した喜びを露わにし、フウカとアイが掌を合わせている。

「フウちゃん、凄いね! わたしも強くなれるかな……」

「あたしはフィヨルディアを統べる王の一人だからな。アイはあたしが強くする」

 フウカはアイに体術の指南を始めた。

 アイの動きを見ていると、なかなか様になっている。四天獣から武術の手解てほどきを受けられるなんて、通常では有り得ない貴重な経験だ。スキルポイントを必要としない、システム外スキルといったところだろうか。仮想世界であるが故に可能な、システムの穴を突いた鍛錬の方法である。

 遠くで魔獣が倒される様子を見ていたが、フウカはやはり圧倒的に強い。昨日僕がフウカに勝てたのは、彼女が寝起きだったからではないかと思えてきた。

 そうこうしている内に、先行するフウカに僕はやっと追いついた。

「はぁ……はぁ……」

「エイタ、大丈夫?」

 膝に手を置いて息を整えていると、アイが背中を擦ってくれた。

 フウカはこちらを一瞥すると、すぐさま進行方向へ向き直っている。

「フウカ、待て。魔獣が現れた時のためにも三人で一緒に登っていこう」

「えー、お前の速度に合わせるのかよ。魔獣なんてあたしの敵じゃないぜ」

 フウカはそっぽを向いて、顧慮する素振りもみせない。僕を放置して先へ進もうという魂胆が見え透いている。

「フウちゃん、そう言わずに一緒に行こうよ」

「アイが言うならそうするか。エイタ、足を引っ張るなよ」

「へいへい……」

 なかなか調子を合わせてくれないフウカだったが、アイの一言で丸く収まった。

 アイは嬉しそうにしてくれたが、フウカの素っ気ない態度は変わらない。どうしたらフウカと仲良くできるだろうか。現実世界で友達がいない僕は、ゲームの世界でも友達の作り方がわからなかった。



 岩の丘を越えると、迷路のように入り組んだ場所へ出た。地中から突き出た岩の柱が、まるで森のように林立している。その岩々が遮蔽物となり、魔獣の奇襲を受け易いエリアだ。

 すると、案の定周囲の岩の木々が動き始めた。動く岩石は僕達をぐるりと取り囲み、岩肌の肉体をバチバチと帯電をさせている。配置物に擬態する魔獣――《トーデン》。無機物の身体を持つ下級魔獣だ。

 魔獣に囲まれたというのに、アイは嬉しそうに飛び跳ねている。率先して前に立ち、フウカから教わった体術の極意を披露しようと意気込んでいる。

「魔獣が出てきたね。準備はいい?」

「ああ、ここからは俺も戦う。アイ、敵の動作の隙を見抜くんだ」

「よぉし、わかった!」

 すると昂奮する少女を制するように、フウカがアイの肩に手を置いた。

「あたしがついてる。アイ、気楽にやりな」

「うん! フウちゃん、ありがとう!」

 こうして、魔獣との戦闘が始まった。素早い魔獣が多いフィヨルディアで鈍足の種は稀であり、アイに実戦経験を積ませるには持って来いの相手である。

 僕とフウカにとって目の前にいる魔獣は取るに足らない小物だが、アイを見守りながら戦いに興じ、支援を主に立ち回った。道中でアイを鍛える――示し合わせずとも、僕とフウカの考えは一致していた。

 僕はアイに攻撃のタイミング、使用する術の選定、魔獣の習性を教示し、フウカは主に身体の動かし方について指導していた。

 戦闘の最中でもアイは教えを聞き入れ、即座に実戦に活かしている。アイは戦闘を楽しみ、踊るように敵を圧倒していた。

「アイ、中級以上の魔術を使う時は、合図を出してくれ。俺が術の硬直をカバーしに行く」

「わかった! 頼りにしているね!」

 魔術には属性ごとに、下級、中級、上級、特級の区分がある。上位になるほど威力が上がり、体力の消耗量が増す。更に、中級魔術は一秒、上級魔術は二秒、特級魔術は五秒もの術後硬直時間が課されてしまう。極めて短時間のようにも思えるが、戦闘中の一秒は死に直結する空隙と成り得るのだ。

 上位の魔術にはその欠点を補って余りある効果が期待できるが、タイミングを誤れば敗北の近因となることを頭に入れておかなければならない。

 目的や状況に応じて使い分けることが理想だが、単独での戦闘となると上級以上の魔術は実戦ではほとんど使い道がないのが実情だ。複数名で攻略を行えるのであれば、術の硬直を仲間同士で補い合うことできることだろう。実際はそうして使うことが正しいと推測できるが、孤独な僕には全く無縁の話だった。

 だが現在いまは仲間がいる。いつか夢に見た連携攻撃を練習できるいい機会だ。

 すると、僕の意見にフウカが口を挟んだ。

「アイ、使うのは下級魔術だけでいい。中級以上の魔術は外すと大きく隙を曝してしまう。あたしのように下級魔術をメインに戦ったほうが安定するぞ」

 四天獣も僕と同様に、かつては単独での戦闘を強いられていた。術技の硬直時間なんてシステム上の概念は持ち合わせていなさそうだが、実戦で術の特性を学習していったのだろう。

 フウカの考えはもっともだが、それではチームワークは育たない。

 魔獣の王に対して気後れすることなく、僕はフウカに意見を返した。

「いや、不用意に上位の魔術を放つことは避けるべきだが、状況に応じて中級、上級魔術を織り交ぜないといけない場面が出てくるだろう」

「いや、危険を冒すぐらいなら、使わねぇほうがいい。選択肢を減らせば、その分を敵の動きを観察することに思考を割けるだろう? 下級魔術で充分だぜ」

 フウカは僕の考えに真っ向から対立した。アイの指導に熱が入り、互いに引き下がらない。その様子をアイは、戦闘を興じながらおどおどと見守っている。

 下級魔術は相対的に見て威力が低い傾向にあるが、発動による体力の消耗が少なく、技の硬直がないという利点がある。連打できることが強みであり、連続して打ち出せば上位の魔術に匹敵する効果を発揮する場合もある。フウカが多用する理由もここにあり、下級とはいえ弱いわけではなく、要は使いどころなのだ。

 僕も熱くなってフウカに反論をした。プレイヤーとして、ここだけは譲れない。

「フウカ、アイの基礎魔力は君と違って高くないんだ。魔力と体力の総量はレベルの上昇で増加する。先のことを考えて、様々な魔術を実戦で試すべきだ。訓練の段階で選択肢を減らすことはないだろう」

 魔術の威力は術師の魔力に依存している。つまり四天獣の魔力を以てすれば、下級魔術でさえ一撃必殺と成り得る可能性を秘めている。だが裏を返せば、まだ魔力の乏しいアイの下級魔術では必殺には程遠く、やはり牽制にしかならないのだ。

 強情なフウカも、その件に関しては理解しているようだ。僕の反論に対し、納得したように頷いている。

「……まぁ、一理あるな。でも術の隙にアイが攻撃を食らったらどうするんだ? 毎回カバーできるとは限らねぇだろ?」

「そこは練習の為所しどころだろう。本来はそうやって連携を深めていくものなんだよ。俺達はチームなんだから」

「チーム……」

 フウカは言葉を噛み締めて反芻していた。

 ずっと独りだったフウカにとって、及びもしない概念だったことだろう。険しい顔付きが晴れ、次第に笑顔になっていく。

「何だか、チームっていいな。これが仲間か……。ライハとホムラとはよく遊んでいるけれど、一緒に戦ったことはないからな。共闘っていうのも悪くない……」

 思わぬフウカの反応に、僕は嬉しくなって声を昂らせてしまった。

「お、そうか! やっとわかってくれたか! フウカ、一緒に頑張ろうな!」

「お、おう。何だよ、急に元気になりやがって……。気持ち悪ぃな……」

 僕とフウカの戦術談義が落ち着きをみせたところ、辺りにはトーデンの他に複数の魔獣が集まって来ていた。

 前線を張っていたアイは一時後退し、僕とフウカの間に入った。

 すると鋭い勢いで手を挙げたアイから、すぐさま質問が飛んできた。

「先生! 質問があるよ!」

「はい! アイさん、何でしょう!」

「スキルポイントで一通りの魔術は修得したけれど、どの魔術が下級なのかな?」

「うーん、それは……」

 説明が難しい。どういった仕組みで術を選択しているのかはわからないが、術の特性や級位は実戦で覚えていくしかない。それに、術技の一覧表を見られるわけもなく、全ての術を記憶しておかなければならないことだろう。レベルが上がるごとに少しずつ修得するならまだしも、裏技で一気にスキルを極めたアイにとっては無理難題だといえるのかもしれない。

 武術系統のスキルを修めた僕にとっては、どうやって魔術を発動しているのかさえわからない。偉そうに連携などと勧めていたが、僕のスキルは技後硬直の概念がない武術系統であり、術の選択も何も、異能《飛剣》しか技がないのだ。

 フウカにとっても、このことを上手く言語化することは難しいのだろう。説明は任せたとばかりに、黙って僕に視線を向けてくる。

 僕はその眼差しに構うことなく、フウカに解説を求めた。

「魔術の天才、フウカ先生。さぁ、アイに教えてやれ」

「なんであたしなんだよ……。ええと、ほら……。アイ、強い魔術を使うと身体が動かなくなることがあるだろう? そうならない魔術を選んで使うといいってことさ。反動がある魔術は事前にあたしらへサポートを依頼して……少しずつ使えるようになっていけばいいよ!」

 フウカは説明に困りながらも、何とか言葉を捻出していた。その苦労には、アイに対する優しさが感じ取れた。僕への冷たい態度とは違い、アイへは柔らかく朗らかな口調だ。

 恐らくだが、フウカ自身も魔術の階級について詳しく理解していないはずだ。モニター上でなければ、術の名称すら知り得ない情報なのだ。だがフウカの認識は間違っていない。画面で術を選択できない以上、体感で覚えていくしか方法はない。

「まっ、フウカ先生の言う通りだ。普段は反動の少ない術を使っていくといい。隙の大きな魔術は、練習してから一緒に使っていこう」

「ふむふむ、そういうことね。エイタ、フウちゃん、わかったわ」

 話が一段落したところで、フウカが掌を強く叩いた。切り替えて開戦を促すために合図をしたのだ。話し合った内容を今すぐに実践すべく、フウカは周囲の魔獣のほうへ目を向けている。

「よし! こうなればとことん練習だ! アイ、あたしが上級魔術を放つから、サポートに入ってみな。術の後、動けないあたしを護るんだ。そんで次は交代だ!」

「オッケー! 楽しくなってきたね!」

 アイもフウカも、張り切って連携の向上に努めた。

 こうして修練が続いたが、フウカの上級魔術に耐えられる魔獣が存在するはずもなく、彼女のカバーに行く必要がないことに気付かされた。その圧倒的な威力に、僕とアイはただただ驚かされるばかりであった。



 何度も魔獣に遭遇したが、アイは臆することなく勇猛果敢に戦っていた。

 アイには戦いの天稟がある。戦闘を重ねる度に動きが良くなっており、雷を纏う怪鳥《グローム》をアイは独力で倒していた。

 サンドラより動きが速いグロームに光弾を当て、落ちてきたところをフウカ直伝の掌底でとどめを刺したのだ。下級魔獣とはいえ、こいつを倒すにはレベル五十は必要だと考えられる。恐ろしい成長速度だ。

 そうした戦闘の数々を乗り越え、遂に山頂が見えてきた。フウカの速度に合わせたお陰で、予定より早い登頂となった。

 疲れた身体を休めるために、僕達三人は山頂の手前で車座となった。

「ちょ、ちょっと休憩させて……」

「体力がねぇな、エイタは」

 このゲームには、《体力》という要素がある。

 身体を酷使すると、現実世界のように疲労感に襲われるのだ。魔術の使用によっても消耗し、不用意に術を連発すれば動けなくなってしまう。

 しかしフウカは息を乱すことなく、悠然とした態度を貫いている。魔獣には体力の上限がないのだろうか。

 アイからは整えるような息遣いが聞こえる。下級魔術を主に使ってきたとはいえ、ずっと最前線で戦ってきたのだ。額の汗を拭う動作も見られ、少なからず疲労を感じているようだ。

「アイ、怪我はないか?」 

「ないよ。エイタとフウちゃんが護ってくれたから」

「それはよかった。強くなったな」

 悪い足場によるアイの負傷や消耗を懸念していたが、杞憂に終わったようだ。

 フウカは念入りに籠手の手入れをしている。それにしても、フウカの強さは本当に頼もしい限りだ。連携攻撃を試したお陰で、僕にはフウカと会話する機会が増えていた。フウカは悪態を吐くことなく言葉を掛けてくれるようになり、少しは打ち解けたのではないかと思えていた。

「フウカ、ライハはどんな奴だ?」

「ライハは良い子だよ。可愛いし」

「そうじゃなくて、話が通じる子か? 協力してくれそうか?」

「話せばそりゃ協力してくれるだろうよ」

「君は話を聞かずに殴り掛かってきたけれどな……」

「あ? 何か言ったか?」

「な、何でもない……よし、そろそろ行こうか!」

 フウカを怒らせる前に立ち上がり、僕は山頂へ進もうと少女達を促した。



 山頂の景色は、ロルヴィスと同じく平らな石造りの舞台だ。

 かつてはここに、閃龍の名を冠する四天獣が待ち受けていた。

 雷の魔術を自在に操り、天空を自由に駆ける巨龍。当時の脅威を思い返すと、再戦は絶対に避けたいところだ。

 すると奥に見える小柄な人影が、僕達の存在に気が付いて振り返った。

 背丈はアイより少し低く、目測だが百五十センチにも満たないように見える。足先まで流れる金色の長髪を靡かせ、ぱっちりと大きな瞳でこちらを見据えている。

 彼女が、転生した閃龍ライハに間違いない。黄色の和服を身に纏う姿は、まるで人形のようだ。美しい目鼻立ちと相俟って、この世の者とは思えない妖しい魅力を感じさせられる。

 人の姿で龍の爪を再現するためか、腰には二刀の小太刀を佩いている。過去に何度も味わってきた龍の連撃を思い返すと、その凶器は飾りではないのだろう。

 金髪の少女は、深紅の双眸で僕を鋭く睨み付けている。

「来やがったのう、哀れな侵略者よ。余は霊峰トルエーノの王、四天獣――閃龍ライハ。我が牙城に足を踏み入れたことを篤と後悔させてやろう」

 可愛らしい少女が口を開いたかと思えば、その声音には激しい怒気が含まれていた。目には見えない殺意が犇々と感じられる。龍の姿と変わらない圧迫感に肌がピリピリと痛み、無意識に僕の身体が恐怖を感じていた。

「やはり、君がライハか……なんだか、戦う流れになっていないか?」

 フウカに視線を送ると、銀髪の少女は僕の背後に隠れていた。小声で助けを求めたが、フウカは黙殺して反応を示さない。どうやら謀られたようだ。

 殺気を感じて振り返ると、ライハから禍々しい龍の翼と尾が顕現していた。上空には雷雲が出現し、ゴロゴロと雷鳴が轟いている。

 下級魔術《暴雷鞭ぼうらいべん》。ライハが開いた手を差し出してグッと閉じると、四方から曲がりくねる雷撃が襲い掛かってきた。突然の攻勢に、僕は初動を誤ってしまった。雷光の閃きに視界を奪われて動けない。

「――伏せて!」

 アイの声に従い、僕は咄嗟に身を伏せた。

 目を開けると、アイが発動した光の壁が雷撃を防いでいた。

 アイは指で拳銃を形作り、返す刀で光の弾丸を撃ち放った。下級魔術《輝光弾きこうだん》――弾丸の速度は実銃に比肩し、目に見えぬ速度でライハへと向かっていく。

 しかし、着弾する前に光の弾丸は塵となって消えた。ライハの掌から発せられた雷で相殺されたのだ。

 ライハの怒りに呼応するように空は荒れ狂い、轟音と共に地表が震えている。気が付けば、辺り一帯が魔獣で覆い尽くされていた。戦いは避けられそうにない。

 僕は太刀を抜いて正眼に構え、ライハの出方を窺った。

 ライハは幼い子どものようだが、姿形に惑わされてはいけない。彼女も四天獣であり、魔獣の王の名に恥じない力を有しているのだ。

 ライハは垂直に飛び上がり、空中で静止。雷を自身に落として身体を帯電させた。こちらを一瞥すると、ライハは腰に差した小太刀の柄に手を掛けた。そうして同時に抜き放たれた小太刀を逆手に握り、稲妻の如き速度で僕に突撃してきた。

 凄まじい速さだ。回避は間に合わない。僕は迎撃態勢を取った。

 すると、ライハと僕の刃が間合いに入る刹那――背後に隠れていたフウカがひょっこりと顔を出した。

「ライハ! あたしだぞー!」

「むっ!?」

 ライハはここで初めて、フウカの存在を認識したようだ。突進の動きに急制動を掛けたが間に合わず、ライハは頭から勢いよく僕にぶつかった。

「うげっ!」

 僕はその衝撃に耐えられず、大きく吹き飛ばされた。

 ライハは僕にぶち当たったことなど意にも介さず、フウカに飛び付いている。

「フウカ! 余は嬉しいぞ! 会いに来てくれたのじゃな!」

 先ほどまでの顰めっ面とは打って変わり、ライハは満面の笑みを見せている。

 少女達は抱き合い、ライハはフウカの胸に顔をうずめている。

「よしよし、ライハ。さっきの台詞はなんだ? 悪役みたいだったぞ」

「話し声が聞こえたからの。驚かせてやろうと思って、咄嗟に考えついたのじゃ」

「身のこなしは相変わらず見事だったよ。あたしがいなかったら侵入者を殺していたな。あまり無益な殺生はよくないぞ」

 フウカはライハの頭を、掻き混ぜるようにして撫でている。

 二人はかなり仲が良いようだ。ライハの闘気が完全に消え失せている。

 少し離れて見守るアイに、フウカは手招きをした。

 アイはぱっと表情を輝かせ、フウカの誘いに乗った。

「この子はアイ。あたしの新しい友達だよ」

 フウカはアイの肩を抱き、ライハの前に差し出した。

「わたしはアイ。ライハ、よろしくね!」

「余はライハ。アイ、よろしくのう。友達が増えるとは喜ばしいことじゃ」

 アイとライハは握手を交わし、互いに顔を綻ばせている。

 辺りを覆っていた雷雲や魔獣の姿はなく、何事もなかったかのように空は青く晴れ渡っている。すっかり雨も止んでいるのはライハの力か。古風な話し方をするこの少女は、龍の姿だった閃龍ライハの生まれ変わりなのだ。

 吹き飛ばされていた僕が近付くのを見て、颯とライハが駆け寄ってきた。

「わけも聞かずに攻撃したことを謝罪させてくれ。お主がフウカの友人だとは知らなくてのう」

「大丈夫だよ。こっちも急に訪ねて悪かった」

 するとフウカが悪戯っぽい表情を浮かべて、こちらに向かって声を張り上げた。

「ライハ! そいつの名はエイタ。前世のライハをぶち殺した張本人だぜ!」

 フウカは言ってはいけないことをサラッと言ってのけた。フウカは口を押さえて笑いを堪えている。フウカの言葉を聞き、ライハが僕を見る目が変わった。

「おのれか!!」

 案の定ライハが二刀の小太刀を抜き、鬼の形相で僕に襲い掛かってきた。



 ライハの実力は想像以上だった。

 その斬撃の応酬は、まさに逆鱗に触れた龍の咆哮。剣速は迅雷の如く、刀身を拝むことさえできない。まるで僕とは時間の流れが違っているようだった。ライハの斬撃を弾けば、既に二の太刀が首元まで迫っているのだ。手数が多い二刀の連撃を受け切ることは難しく、弾きと回避を織り交ぜなければ押し切られてしまう。更に順手と逆手、刀の持ち手を不規則に入れ替えることで太刀筋が読めない。

 それに今回は温存してくれたが、ライハは異能《飛行》、それから、雷の魔術といった武器を備えている。フウカによる枷がなければ、僕はあっさりやられていたことだろう。       

 結局、ライハの暴走はフウカの仲介により治まった。昨日僕がフウカを殺さなかったことに免じて、なんとか許してもらえることとなった。

 そしてアイの説得により、霊峰ロルヴィスへの同行も快諾してくれた。

「うむ。フウカとアイの頼みとあらば、余はどこへでも参ろうぞ」

「ライハ、ありがとう!」

 アイは誰とでもすぐに打ち解ける。その対人能力は羨ましい。

 フウカは額に手を当て、山頂の更に奥を凝視している。

「エイタ、この山もロルヴィスのように、山頂の奥へ進めるんだよな?」

「ああ、進めるよ。東西南北、全ての霊峰の先にね」

「……?」

 僕とフウカの会話を聞いて、ライハは呆れるように歎声を零している。

「何を言っておる? 異な奴じゃ。トルエーノはここが最奥じゃぞ?」

 呆れて手を広げるライハの腕を引き、フウカが霊峰の奥地を指で示した。

「ライハ、試しにこの先へ行ってみな。驚くぜ。あたしらの知らない世界があったんだよ。思っていたよりフィヨルディアは広いらしいぜ」

「……フウカ、本当かの?」

 ライハに霊峰の奥地を紹介すると、フウカの時と同じく驚いた様子だった。

 存在しない場所であると認識させられていたことわりが捻じ曲げられたのだ。当然の反応だろう。

 NPCにゲームのバグを見せていいのか疑問に思ったが、霊峰ロルヴィスの奥地を踏破するためには彼女達の助けが必要となる。四天獣が少女の姿で蘇った理由は未だに不明だが、僕は仲間達と共にフィヨルディアの探索を進めようと思う。

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