第一章 仮想現実の世界へ
第一話 転移
七限目の終わりを告げるチャイムを聞くや否や、僕は急いで高校を出た。
AIの機械音声が行うホームルームに興味はない。学校が終わると、いつも寄り道をすることなく家路に就いている。
帰宅すると真っ先に浴室へ直行し、シャワーを浴びた後に軽く食事を取る。
流れるような動きで一通りの生活習慣を終えると、迷うことなく慣れた
左耳に装着された小型のデバイスが緑色に点灯し、次第に熱を帯びていく。
僕はそっと
僕の名前は
本当に良い時代に生まれてきたと、僕は心の底から実感している。なんと現在はAIがあらゆる職業に取って代わられており、労働無用の社会なのである。
そのため両親は世界中を
お気に入りのゲームは、MMORPG――《フィヨルディア》。
ゲームタイトルが世界の名称でもあるこのソフトは、全世界のプレイヤーが一つの世界を共有し、協力をして攻略を目指す自由度の高いゲームだ。
しかし、フィヨルディアは百年以上も前にサービスが終了している。祖父から聞いた話では、このゲームの稼働期間は一箇月足らず。図無しに不人気なゲームソフトだったそうだ。当時は作り込みが甘いと、ネット上で酷く叩かれていたらしい。
ところがどういうわけか、このゲームはログインが可能であった。
当然ながらアップデートは一切行われておらず、サービスが終了した時点で時が止まったように放置されている。クエストは
それでも僕は毎日欠かすことなくフィヨルディアを訪れている。遊ぶ目的が存在し得ないこのゲームにログインをしているのは、地球上で恐らく僕だけだろう。
◇
閉じた瞼を開けると、視界には一本木の
白色のクロスを基調とする自室の天井とは全くかけ離れた意匠である。変化した視界の風景を確認すると、僕の口角は無意識に吊り上がっていく。
ここはフィヨルディア唯一の街――《アルン》。その外れにある宿屋の一室だ。
外から小鳥の
僕は宿屋のベッドで横になったまま、掌を眼前に差し出した。
網状に流れる手相はあまりにもリアルで、かつ精密に形作られている。
そう、僕の視界に広がる景色は現実ではない。
かつてのゲームはPCやゲーム機を介して、モニター上に異世界を映し出していた。マウスやキーボード、コントローラーといった機器を操作して2Dや3Dで描かれたキャラクターを動かすという、何とも没入感の欠片もない代物だった。
しかし、十年前に開発された《転送機ラズハ》の登場によって、ゲームという娯楽は生まれ変わった。誰もが夢にみた、仮想空間との接続を実現したのだ。
人は誰しも、疑似的な仮想現実を体験したことがある。自然科学や摂理を一切無視して、現実では有り得ない世界観や人物と出会える理想的な空間――。
それは――『夢』だ。睡眠による心的現象をゲームに置き換えることで、なんと人類は時空を操ることに成功したのである。
ラズハはイヤホンのように、片耳に取り付ける小型の装置だ。これをゲームと無線で繋ぎ、眠ることでゲームの世界へ意識が飛ばされる。まるで異世界に降り立ったように、モニター上の世界を現実に近い感覚で体験できるのだ。
機器の小ささ故に、僕は肌身離さずラズハを左耳に装着している。
これよって得られる仮想現実は睡眠中の出来事ではあるが、実態は
プレイヤーネーム――エイタ。それが、この世界での僕の名前だ。何を隠そう、僕はこの古びたゲームを独りでクリアし、フィヨルディアを救った英雄なのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます