まぼろしの病院

玉Q

まぼろしは突然に

「あれは本当に夢だったのかな……?」


    ◇


俺、いや、僕は目を覚ますと、知らない部屋にいた。さっきまで病院で診察を受けていたはずなのに、どうしてこんなところにいるんだろう。


「ここ…どこだろう…?」


木の床に窓がない古い壁。埃被っているせいか、鈍く光るランタンのようなものが床に置いてあるだけだ。病院とは全然違う雰囲気で、薄暗い部屋に不気味さを感じずにはいられなかった。早くここから出たい・・・・・・そう思って扉に向かった。


でも、廊下に出た瞬間、そこはまるで別の世界だったんだ。暗い廊下には見たこともない絵が掛かっていて、時計のカチカチ音がどこか遠くから聞こえてきた。その音が、僕をますます不安にさせた。


「僕…、ここから出られるのかな…」


心細くなって、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。その時だった。廊下の向こうから足音が聞こえてきたんだ。僕はその音に恐怖を感じて、動けなくなった。


足音の主は、アキラだった。僕をいじめていた、あのアキラが無表情でゆっくりと近づいてくる。


「また、僕を苦しめるのか…」


僕の中で、いつものように「俺」が頭をもたげる。ここで弱気になってどうするんだと、僕の弱さを責める声が響く。


「俺がやる!」その声に支配され、強い「俺」が前に出る。


アキラが無表情のまま手を伸ばしてくる。それは何かに操られているかのようで、人間らしさを感じさせない。


「今度こそぶん殴ってやる...!」と心の中で「俺」がつぶやいた瞬間、廊下の奥から冷たい声が聞こえた。


「無駄だな。今のお前さんの力だけじゃ、ここからは出られねぇ」


その声に振り返ると、そこには中年の男が立っていた。鋭い目と高い鼻、どことなく狐に似ているような風貌である彼は俺を見つめ、ニヒルな笑みを浮かべている。


「誰…なんだ、お前は…?」


「俺」の声には、恐れが混じっていた。でも、その恐怖を隠すように、男に問いかける。


「そんなもん、今は重要じゃない。ここから出たいなら、『お前さん』だけの力だけじゃダメだってことさ」


男はポケットに手を突っ込み、「俺」を冷たく見下ろした。


「全部俺に任せることの何が悪い!」


「俺」が言い返すと、男はうつむきながら小さい声で、


「……どうりで帰ってこれないわけだ」と呟いた。


聞こえなかった「俺」は「あ? 何て?」と聞くが、「何でもねぇよ」と言われてしまう。


しばらく、考えた顔をしていた男は顔を上げて

「本当にそれでいいのか?ただ強くなるだけじゃ、ここから出られねぇ。もっと深く、自分を見つめ直す必要があるんじゃねぇか?」


「何言ってんだよ!俺は強くなきゃ、あいつに勝てねぇんだ!」強い「俺」が反論する。でも、どこか焦っているような気もした。


「だからさ、力だけじゃ意味ねぇんだよ。お前が本当に恐れてるのは、自分が何を避けてるのか、理解してないことだろ?」


中年の男は鋭い目で、「僕」の心の奥底に潜む恐怖を突き刺した。


その言葉に僕は心の中で立ち止まる。ミニバスでチームから外されたあの時のことが、頭をよぎった。突然みんなに無視されるようになった。何が悪かったのか、僕は今でもわからない。


「僕が本当に恐れてるのは…理由がわからないことなんだ…?」


気づけば、「僕」が表に出ていた。強い「俺」に頼ることで、自分の弱さを見ないふりしてきたんだ。


「そうだ。それが怖くて、強さに逃げてたんだ。でも、その恐怖にちゃんと向き合えれば、強さに頼る必要なんてねぇよ。お前さんの中には、もっと大切なものがある」


男は冷たく、でもどこか優しさを感じさせる言葉で告げる。


その言葉に、僕は一度深呼吸して、アキラと向き合った。今度は強い「俺」じゃなく、僕のままで。


「アキラ…僕は、君に立ち向かう。僕が本当に恐れていたのは、君じゃなくて、自分自身だったんだ」


その瞬間、アキラの無表情な顔が崩れ、彼の姿がゆっくりと消えていった。廊下の奥に、一筋の光が見えた。


「やるじゃねぇか。さあ、行けよ。出口はすぐそこだ」


男は満足そうに笑い、僕に背を向けた。


突然、男の身体が光り出し、なんと黄金色に光る狐へと変わっていった。

驚いたが、なんとなくこれだけは聞かなければと頭に思い浮かんだ。

僕はその背中に向かって問いかけた。


「また会えるの?」


狐は一瞬だけ振り返り、ニヒルな笑みを浮かべて答えた。


「お前が忘れなければな」


僕はその言葉を胸に刻んで、強く返事をした。


「絶対に忘れない!」


狐はその言葉を聞いて満足そうに頷き、再び姿を消していった。でも、消える間際、彼の目に一瞬の寂しさが見えたような気がした。


光に向かって歩いていくと、扉の向こうには元の病院が広がっていた。


    ◇


目を覚ました僕は「あれは本当に夢だったのかな……?」と呟いた。手には祖父の大切にしていた古びたお守りを握りしめていた。

あと、それ以来もう一人の「俺」が出てこなくなったんだ。


それが何を意味するのか……狐の男が何者なのか……僕にはまだ、答えが見つからない。でも、いつかまた彼に会えたら、聞いてみたい。彼がなぜあの場所にいて、僕を見守っていたのか、そしてその本当の理由を。

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まぼろしの病院 玉Q @uyatama

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