第三記 時のない心

 重たげな太陽沈もう夕暮れだった。

 土手から赤くなった河川敷の見え、そのさき茜波うつ広い河川であった。

 あのクレーター脱し、報道ヘリなぞも回旋しだしたの尻目、どうか帰路。

 歩むアカロこの夕暮れなか烏鳴くのにわびしくなった。

「会社潰せたけど、けっきょく次の手掛かりなし。まさかロボットあんだけってないよね」

 右隣り聞けば、オリンから、

「そうでしょうね。貰った携帯の調べればなにやらあるか、程度です」

「苦手な人だけど、抜け目なさそうだったし、望み薄い」

「もしあのハッカクという方の真実だと前提すれ、つぎ交渉も価値でしょう」

「嫌だ。あんなかっこつけ、私きらい」

「なんら損ないと思われます」

「乙女上むしずの走る」

 こうかしまし談議なか、左隣り蚊帳外だった寛一の立ち止まる。

 いっそう憤怒に形相歪め、

「さきから秘密についてきてんじゃねぇ」

 なにもない閑静な空間向け言う。

 言われた空間曲がって捻られ、それ伴う血みたく電撃飛び散る。

 アカロの肌まるで電気風呂入るみたくなって、総毛だった。

 やがて電撃なか、人の現れる。

 見たことある狐顔だった。

 アヤカさん?

 相変わらずゴルフバッグし、ヒールもう脱いで片手へ下げてあった。

「すまぬな。やはり真っ向から挑むべきだった」

「何の用だ。ロボット」

 ここまで外さない寛一だから的確だろ。

 だがどうもアカロうち実感なく、感嘆もでない。

 きっと大切とせよ。まだ新しい真相ある台詞の思いだした。

「電磁気力で、姿の映さない技術のようです。おそらく電撃の武器とするものかと」

 オリン説くこと、なおさら理解ならない。

 なんで?

 アヤカ、神妙に目の鋭く、ゴルフバッグより一本、鍔ない刀取り出した。

 鞘から抜けば夕焼け照りかえせ刀身まっすぐ、びりばち電流している。

「さぁ、こっから逃げも隠れもよす。ドランカァド、そちらとて容赦なく参れ」

「いいぜぇ。殴るにしちゃあ、気持ちいい奴そうだぁ」

 腕まくる寛一のいつにも増し真剣であった。

「待って」

 ようやく現実結びついたアカロ、ふたり間入り、物騒の手にし立つ彼女ほう聞く。

「アヤカさん、なんで」

「すれ違いだったのだ。アカロ」

「へぇ?」

「私のもうないながらワーキングトンプソン社の汚れごと生業していてな」

 あくまで初対面と変わりない、どこか優しい調子だった。

「お前と会ったのち、元社長より指令あってこの始末うけおったんだ」

「そんなん断れば……」

「いかぬよ」

「どうして!」

 抑え効かない泣き声だった。

 宥めるよう女ロボットの儚く散りそな人情帯びた微笑。

「報酬のためだ」

「お金のため? そんな人なの?」

 なんら語らず笑み消せ、武士な顔つき、寛一に目配せ。

 察し、趣きわかるのか、

「わかったテメェ流儀でやったろ」

 そうアヤカの河川敷ほう下っていくに着いてゆく。

 ごく短く生えた草っぱら、温い黄金な風吹け、川面ゆるがず穏やか。

 ここふたり、武士に漢の対峙せ、言葉少な。

「さしの手だし無し、どちらか亡くなるまで」

「承知済みだよぉ。黙ってかかってこいやぁ!」

 涙なみだアカロもう再び止め入ろう土手降りかけ、オリンよって制される。

 冷たい手に繋がれる。

 アカロ、激昂。

「人の大切せよなんて言える人であんなわけない。きっとなにか事情のあって……」

「わからなくもありません。でもどうも無粋です。アカロ」

「なにが?」

「見立ての限り、彼女だとドランカァドへ万一にも敵いません」

「だったらば、なおさら……」

「私よか心わかるあなたならば、わかることでしょう」

 オリンすこし黙って沈鬱。

 そして、涙目へと、

「望み一縷もない賭けに、賭けねばならぬ命より大事な意志」

 それの感じます。と絆してくる。

 さぁ、河川敷にて、いま一戦。

「私の名は朱〆潟做、またの呼称、アンダルサベル。参る!」

「鐃丸寛一、ぶん殴ってやらぁ」

 決闘燃えあげ、黄昏まだ足掻く。


 鐃丸はじまりから目にもとまらぬ居合食らって、胴より四肢離れた。

 なれど流血ひとつなし、甲羅籠った亀急いで生やすようすぐ満足なり、残心へと追い打ち。

 アヤメどうか刀で拳いなせ、躱しきれなく頬掠めただけ大きく転がされる。

 いったん干戈交え終い、牽制の応酬。

 土手から見守ろうアカロ、どちら人めいているか見紛いそうなった。

「ドランカァドの体質上おそらくなまはんか傷ついたとし、すぐさま治癒します」

 オリン言われ、味方であるはず寛一のおっかない。

「じゃあ、アヤカでなくも誰も倒せない」

「いえ、推測ながら肉体おけるエネルギーのまともな循環をだいたい絶たれれば、芋づる式で崩壊するかと」

「はい?」

「すなわち肉体の八割がた粉みじんすれば、打倒できるでしょう」

「そんな力、アヤカに……」

 すると牽制やめて、つぎ大きくぶつかろう時。

 アヤカなにやら単一乾電池よなもの懐から取り出す。

 取り出したの柄頭ある入口押しこむ。

電鎖刀でんさとう愛漆丸あやなまる、奥義、玄論梅緒烈弩クロンヴァイオレット

 刀身の切っさき紫電まとえ、寛一の突き出してくる拳突き返し砕く。

 寛一やられた手の生えたといえ、いかにも慎重な間合い読みへとやり方の変えた。

 紫な電気散って、アヤカひと瞬間崩れかかれ立ちなおる。

「いまやった突き、もし寛一の体ずらしてなくば、寛一こと根こそぎできたでしょう」

「アヤカの勝機ってこと」

「滅びですらありそうですが」

 オリン呟き、よくわからなかった。

 ただ決闘経てゆけば次第アカロわかった。

 つぎまた電池使い、

「奥義、武留兎露堵ブルーロッド

 刀より身まで青い雷し、寛一向け駆ける。駆けた跡、青く光線残ってビリつく。

 めまぐるしくやって寛一おける退路絶って行く。

 しかし地面殴られれば一面裂けてしまえ、この亀裂から電撃あとすら蹴散らされてしまう。

 おまけアヤカ青みの輝き失え、刀ですこし杖した。

 なお電池嵌め込む。

「奥義、衣穢炉尾臺彌イエローダイヤ

 黄色く刀身光れ、稲妻とぐろなる。

 この刀、演舞らしく振り回せ、寛一斬りつける。

 振り回す都度から、蛍よに電気粉まい、舞ったのへ触れた寛一の感電した。

 感電したも強引で、痺れなぞなく、なにやら動き鈍いロボットに拳みまう。

 アカロこうして、やっとわかった。

「あの電池、もし消費続けたら……」

「私たち電気なぞ本来のところ通しやすく不得手。それ逆手にあえて通させ極限まで自身おける性能高めているんです」

「命と引きかえってこと?」

「ロボットたる彼女や私へ命相当な物があるなら」

 こんどばかりオリンさせる冷静な雰囲気に気分害した。

 されど先から繋いでいるオリンの手の、強弱が戦う彼女苦しむに比例すると口応えしかねた。

「奥義、陀鴉須寓凛ダースグリン

 緑な電流の刀のっけ、振り抜けば鳥かたどった雷の寛一しつこく追っかける。

 その追尾果て、うざってぇと手刀食らい切り裂かれる。

 アヤカ肩おさえる。肩口より黒く細い筋に煙っていた。

 好機ととってか寛一しかける。

 なんとか電池押し込む。

「奥義、裂駑輪屠レッドワット

 地へ赤くなった刀突き立て、赤い電気床の広がった。

 電気床おさまるまで寛一の退く。

 赤い床なり潜め、アヤカすで背から焦げくさい黒いの登る。

 だとて、たて続け電池ふたつ。

「奥義二連式、刃零流己連侍バレルオレンジからついで、義餓印電宕ギガインディゴ

 いくらか橙の落雷せ、いくつもアヤカの形へまとまって光った。

 この分身ども寛一かこい、その持っている雷な刀の藍な色彩帯びる。

 アヤカ分身ら刀より染められ、同じ色なれば四角く高く分厚に変形。

 寛一こと閉じ込める電気壁なれば、みな潰す気に狭まる。

 さりとてうわ蓋のできてなく、ひと跳躍に脱される。

 夕暮れにて、アヤカたら野焼きの枯草束のありさま。

 もう堪え性ないアカロ、思い切って手の払う。

 涙かえりみず下って、枯草な彼女まで駆け寄る。

 黒煙の目染みるとも、抱き起こし、狐顔が頬に大粒ぽたぽた。

「もういい! あなたの心あるんだしょう! 生きたいって思うんでしょう!」

「私造られた星ではな」

 とボロった薄く慈悲ぽく笑む。

「私と同じ型番の早々から製造しなくなったのだ」

 なお刀手放していない。

「戦争ため造られたながら感情へ目覚めやすい、移ろいやすい」

 柄むしろ強く握りなおす。

「おまけ、局所おける戦闘ほかならからっきしポンコツ。得意な戦とてこの始末」

 アカロ除けて、膝立て、刀の杖する。

「産まれてから私だけ、私の理解者なら私だけ。せめてもう一体だけ、同じのあれば」

 あぁけれどほとほと、寂しく生きるには飽きたなぁ。どうしても駄目なんだ。

 弱音でこっそり呟け、立ちあがる。

「やぁやぁ、我こそこの一戦にて武勲あげ、その報償にて一族こと復興させる者!」

 くすまない刃さき、ドランカァドやって無理でもにっかり笑う。

「名を朱〆潟做! またの名をアヤカ、貴殿が首ちょうだいする!」

「どう口上やったところ、テメェの殴ること変わらねぇ!」

 電池の柄頭挿しこむ。

「七色どもえ、最終秘奥義」

 電撃のいままであった七色勢ぞろい、刀籠もる。

 煙越え、燃え上がれ夕陽すら負かそう火炎光背なさま赫々。

朱片駆人羅舞スペクトラム

 光すら抜かしそな虹なる一閃から、寛一の懐深く迫る。

 見える姿たら残像ばかし。

 振るう神速の刀軌道、虹のアミ編んではっきりして綺麗だった。

 しあげ一刀、真一文字。

 寛一コマ切れなって、打倒。

 はず。

 しかし無念。

 振り切った刀身あまり神速なの耐えかね、半ばまでさっぱり消えていた。

 よって寛一ことひとつたり斬れてなく、虚しく虹の残影滅んだ。

 焔巻かれ、やがて持ち主すら倒れた。

「あぁ、希望の切っアンダルサベル、こんなもんであったか」

 燃えにくい材なのか、食おうとする火炎ゆるやか止んで黒煙きり。

 といえ背の凡そなくなって、安らか眠ろう狐顔も多少なり爛れてあった。

 ここへ寛一の歩んでゆけ、やんわり額小突く。

「テメェの珍しく殴りきれなかった。勝ち逃げやがって、忘れねぇ」

 のちアカロしばし焦げ臭くなった塊へ泣き顔押し当て、

「寂しいのも、ポンコツなのも、私だってそう」

 こう責めて、

「型番はないけど、私たち気のあって友達じゃなかったのかな」

 そう訊いた。

 答えなく、ただ彼女の形見たる半端な刀こと鞘収め大切抱いた。

 またオリンも骸へと入棺の姿ととのえてやってから合掌。

「ほんとう理解者なぞ、きっといません。ただもっと違った形から会えれば、私たちの嬉しかったでしょう」

 陽の足掻けどもう夕闇近しく、逢魔が時しんみり。

 簡単ながら掘って埋めたちょっとした盛り土の陰りゆく。


「一対一の尊重してやれば一八時まぎわ、区切るには正確でなく、五分ほど待ってもらおう」

 しんみり破って男の早口声。

 惜別済ませた三人見るに、茜下火な薄暗がりから背の高い影。

 通勤者ようやたらな早足に草っぱら踏みテキパキ来た。

 ざんばら髪、襤褸ったく白半袖、紺の長ズボン、サンダル。

 浮浪者めけど身のひょろり高く、顔立ち端正ゆえだろ似合いだった。

「余のトリカンコーレ。さきそこの同僚やっていた決闘ふたたびやろう」

 あの人もロボット? アカロの疑問投げる手まえ、

「なお質疑受けつけない」

 と比喩なし一瞬間で、寛一まで到達せる。

 そのまま拳の鳩尾みまえ、とっさ寛一のよく後ろ飛べ受け身におちつく。

 落ちつけ、すぐさま沸点だった。

「いいぜぇ。黙って殴られろやぁ!」

「うん、そうしよう」

 トリカンコーレ、素早い。

 負けじドランカァドとて追い縋って殴りつけた。

 しかし無効そう片手間受け止め、止めた拳より背負い投げ。

 ひっくり返された寛一へと無情から拳振り下ろす。

 すれば殴りつけた地失せ、ぽっかり大穴の起こった。

「あの拳どうやら当たれば体まるごと粒子大まで分解されます。まずいですね」

 オリンけっして言葉へ則した態度なく。

 ただアカロとて冷や汗だらり、勘にもわきまえた。

 あれ、きっといままでやった敵なぞ比較ならなく危うい。

 遺留品とし持つ刀へ握力籠る。

 さあ寛一どうか殴る。

 蹴る。

 頭突く。

 も、ことごとくいなされ、背丈相まって子供つきあう大人の図式だった。

 このうえ大人がわさせるたまな一撃、児やっと躱すのだった。

 束の間うち河川敷あなぼこまみれ。

 ドランカァドの半球状のもあれ、トリカンコーレの円錐なのもあった。

「あと一分だ。終わらせよう」

 言えばほんとうだった。

 すばしっこく動け、トリカンコーレ残像いくつもできる。

 残像どれしろ、あらゆる方向より寛一へと消し炭の拳振り切ろうしている。

 アカロこれへ対する寛一の、思いがけない姿目の当たりにした。

 圧倒に尻もちのついて、憤怒冷えた瞳の諦めに絞られ伏せていた。

 ドランカァドが、鐃丸寛一が、

「負けた?」

 泣く間ない。

 残像連ともども、どれだか知れない実体ためらいしず拳振り抜こう。

 このとき、オリンとアカロあいだ、だれぞ低い人の駆けた。

 駆けて、ほい! と気軽、躍動、見抜けているらし実体の背ぽんっと蹴る。

 不測だったトリカンコーレの拳うせて、機敏に寛一から離れた。

「人世は夢よ、ただ狂え、と言ったでしょう、寛一」

 説教のし低い姿たら、夕焼け残り火で照った。

 見てくれ少女よでお下げし、だぼったいパーカー着て、ほぼ破れきったジーンズ穿いていた。

 まず彼女、アカロ、オリンへと円ら瞳かわいらしく細め微笑。

 それから情けない寛一向け、小さい口お空仰ぎ大快活に広げガハハハ。

「なに現実ぶってるんでしょうね」

 この嘲笑いに、馴れたよううんざりして寛一、チッ。

「なんだってんだぁ、バカ師匠。ぶん殴んぞ」

 師匠? アカロちらかって整理ならない。

 バカ師匠またガハハ。

「言葉ってのは不思議なもんでありましてね。実は裏返しで」

「あいかわらず説教かよ」

「まぁ聞きなさいな。嫌いと言って好き。好きと言って嫌い。年月は長いよで短い」

 胡坐かいて、寛一とても憤り、膝頭の人差し指で連打する。

「つまりバカ師匠は尊師であるし、ぶん殴りたいには抱きしめたいがあるんですな」

 もう膝頭で我慢ならず、バカ師匠へと殴りこむ。

 尊師ちょっと首倒しただけ避け、まだべしゃる。

「でも馬鹿ってのも捨てがたい。金の借りたらもってけ泥棒返さんでいい」

 拳いくたり来ようも、喋りつ身軽く逸らす。

「次の日にゃあ、別人みたいなって、この泥棒返しくされ! おっかない世です」

 舌打ち、チッチッチ!

「わけ聞きゃ、借金の思いだしたんだってなこと。泥棒の友達は泥棒ってもんで」

「うっせぇ! 黙って殴らせろやぁ! バカがぁ!」

 空ぶる。

「金は天下の回り物つって、天下いわゆる金の借しあいなもんです」

 渾身だった一発の大きく跳ねかわす。

 上空にまだ弁ずる。

「まとめちまえば、天下は泥棒しかありません。泥棒の台詞なんて裏返しばかし」

 すとん着地し、まだまだかわす。

「で、こっから転じて正直者は馬鹿を見るなんて発明されたわけですな」

 いい言葉ですなぁ、なぁ寛一。とまたハッと笑い飛ばした。

「なんでかっていやぁ、この発明の逆つくに、バカは正直なんですな」

 どうもおかしく寛一の息切れて、ぜぇはぁ。

「正直師匠、尊いもんです。というわけでこの尊師の大事なさい」

 と自身指した。

 へたばれる寛一へと、おまけでガハハ。

 すると今まで様子見であったトリカンコーレの臨戦態勢やめて、

「きっかり一七時だ。私の帰る」

「あら、旦さん遥々きて、もうおうちお帰りかな」

 にっこりする少女へと、冷えた一瞥やって、

「残業のせん。明日、一七時またこの場にて再び決着のしよう」

「寛一とかな?」

「私おける務め、ドランカァドの始末だ」

「なら、半端もんながらこの衿巻徒怪えりまきとかいも対象でよろしいか?」

「雇い主よる報酬しだいだ」

 では、と足早去り、やがてもう夜いえる闇のどこかへ。

 惨敗にて、寛一くっそぉ!

 大の字なって、深く息した。


 夜に地獄鳩まで帰りつけ、さっそく麺だくさんずずっずぅ。

 アカロあまし箸進まないながら、美味い。

 隣りカウンターだとオリンの小さく啜っていた。

 さらに隣りで、寛一やけ食いのそれだった。

 さらにさらに隣り、やけ食い競うよう徒怪とやらも食っていた。

 みな完食に皿洗う音予さん、黙すも心なし嬉しそだった。

「ぱはぁ! 美味いですなぁ。豚骨ってのはむつごい。むつごいもむつごいゆえ食いたい。ここにミソがある」

 ひとり愉快ガハハ笑って、

「若い衆、いまの豚骨で、味噌の話するんでねぇって突っ込むとこなんですが」

 と駄目だしだった。

 バカ師匠とは言い得て妙だった。

 さて正直師匠の勝手で話し出した。

「道なり君ら事情も、とっくり聞かしてもらいまして、まああまり良好ではないですな」

 言うくせお決まりに笑っている。

「衿巻さん、あなたは寛一さんの師だそうで」

 オリンからだった。

「まぁ悪らつな孤児ひろって、各地転々しながらドランカァドへ仕立てましてね」

 その悪らつより睨まれるもへいきのへいさ。

「そんでいい具合育ったからどこへなり行きやがれとね。するとこんな惨敗ていたらく」

 寛一の忍んだ舌打ち。

「ドランカァドのあなたや寛一さんほかも?」

「だいぶ探したも寛一きり、あといませんな」

「でも育てられるんでしょう?」

 アカロ、口挟む。

 相手うんと愛嬌にこやか頷く。

「なんせドランカァドってのは、人の本来あった姿だから」

 どういう意味かと、寛一のぞくふたり問い目。

「たとえば、娘さん」

 アカロへ指名だった。

「あなた、自分なかなんでできていますかな?」

「え? えぇえ、血とか肉とか骨とか……内臓」

「うん、とてもいい思い込みで、現実ですな」

「いやだって現に……」

「腹の斬って臓物の垂れるところへお邪魔したことでも?」

「ないけど、血の出ますし」

「ならば血とはなんですかな?」

 屁理屈めく謎かけで、むっすとなりつつ、

「赤い液体……」

「なぜ、赤く液体なんですかな?」

 教養なくここに撃沈も逆切れる。

「そんなんちゃちな揚げ足取りでしょう」

「言えてますな」

 バカ師匠、ぴんと人差し指立てる。

「しかし根源のわからぬ以上、我々は我々すらままならんわけですよ」

 で、と立てた指の空掻き回す

「それ補うこそ思い込みであると考えるんですな」

「思い込みよって人体の傷の治りに差があると聞き覚えています。つまり……」

 オリンなんだかわかったようで、

「ドランカァドとは自己認識おける暗黒な部分さかてとり、究極なる自己中心性から生まれる思い込みから、人の体内情報の書き換える。そうして莫大な力の塊となった者のことというわけですか?」

 と結論した。

 ながらアカロ、話者たる徒怪までちんぷんかんぷん。

 徒怪ひとつ咳払いあと、まあ簡潔に要して、とこう説いた。

「ドランカァドとは極まった馬鹿力である、と言えるわけです」

 なるほど、アカロの拍子打った。

 オリン残念げ俯く。

「であるかして、ドランカァドなるため必要なの腕っぷしや知識にない」

「馬鹿さ加減ってこと?」

「それも狂気じみた自我にて」

「で、昔の人ら皆そう?」

「私の師であった人よれば数万年まえ何万といたとか」

「皆いまの人へと変わっていったんだ」

「賢くなるってのは、功もあれば罰もあって困ったもんです」

 この少女、寂しいときなおさら笑う習癖よだった。

 すこし地震のあって、店内ちょっと電灯の弱った。

 カウンター傍立てかけてあった電鎖刀の倒れた。

 おさまって、灯りの強く戻って、刀立て直し、ふたたび徒怪から喋られる。

「ドランカァドのかつて異星人の降ってきた際これ打倒したそうで」

 徒怪の首もと細い簡単な紐よりぶら下げたもの手繰り出す。

 紐さき掌ほどの金剛石ダイヤモンドだった。

 内部で様々な色の光線ゆきかって、きれい。

「その幾度もの打倒よる偉業の残滓よって、この星守られていると伝わてるんですな」

「自我へ酔う、酔狂な守護者ドランカァドですか」

 オリン呟く。

「きれい……」

 アカロ、徒怪持つ金剛石へと見惚れて思わず本音であった。

 懐かしく眺めていた徒怪、聞くなりよく見せてくれて、

「ドランカァドから人なったものより造られた秘宝でしてね。ちょっとした仕掛けある品なんですよ」

「んなぁん、どうだっていい」

 ここまで不貞腐れたよう黙していた寛一であった。

「バカ師匠、テメェ明日の手だしすんなよ」

 言われ、金剛石しまえば、

「あいわかった」

 ふたつ返事だった。

 それから引き戸より寛一の出ていこうとし、アカロの制した。

「さすがあんたでも、ああ一方的なのに……」

「殴りたいもんくれぇ、ひとりで殴る」

 アカロは寛一の肩から無理やり振り返らせる。

 そして一発頬めがけ殴った。

 口角すこしきれ、少量でも血の出た。

 これへアカロ、下向いて悔しく泣いた。

「あんたもうドランカァドじゃなくなっていってるんでしょ」

「なかなかどうして鋭いもんですなぁ」

 ふっと笑い徒怪の感想だった。

 アカロの涙ぽたぽた降らした。

「さっき話聞いて、なんとなく思ってた」

「何がだよ」

「あのトドメ刺されそうだったとき、あんたの現実突きつけられて諦めた」

 寛一いつも違って怒るでなし、ただただ聞いた。

「諦めだってきっとひとつの賢さって考えて、そのうえで今まで息切れなんてなかったって思ったんだ。だから寛一……もう」

 うわずって言い切れなくなった。

 すると寛一から、

「その殴った拳、ぜってぇ殴り返してやる」

 とだけあって、寛一の出ていった。

 オリンは慰めようアカロのそばだつ肩に手の添え、

「衿巻さん、ほんとう助けないおつもりですか?」

 そう問う。

 カウンターつきっぱなしな徒怪の頭後ろ手組み、ガハハ。

「いってしまえば、私とて数百年で俗っぽく、もう力の失せかけてますから」

「ですが、あの残像みやぶったりと」

「ありゃ、偶然でして、なんとか格好ついただけ」

「では……」

「泣きべそかきに申し訳ないんですが……」

 小さな身の反らし、アカロ泣き顔のぞきこめ、諦観ぎみ丸い瞳で笑む。

「たとい力失せようもドランカァドは馬鹿に狂っていなきゃならないもんで」

 それから彼女とて半端もドランカァド、寝なくそう大事ないため外へ出てしまった。

 音予さん、やがて暖簾の外すため出ていった。

 二階にて物ない部屋でアカロの蹲って疲れるまで一夜泣いた。


 泣きじゃくっていつの間か寝て起きれば、もはや空の陽に燃えていて、茜。

 部屋角でオリンもいなく、嫌な広さだった。

 慌て店外でるも、だれも立っていない。

 店あった置き時計の一六時五〇分。

 こんなとき遅刻癖だった。

 河川敷まで眠気、疲れのすっ飛ばして駆けた。

 近づけばなんとなし、嫌なロボットより貰った端末あるの思いだす。

 しのごの躊躇わず電源つけ、時間示していた。

 一七時五分。

 もはや終わっているやしれない。

 時間に、落ちる陽に、止まって欲しく感じた。

 尽きない涙から押され、足まちがって転びそうなまで駆けた。

 土手走ってゆけ、オリンに徒怪、ふたりして見下ろしている姿。

 見下ろすさき、穴ぼこまみれな河川敷くさっぱら。

 トリカンコーレと寛一、対峙し既なかば。

 片膝つく寛一どうも疲れもよう。うえ掠り傷の頬負っている。

 またきのう殴った口角の青くなって残っていた。

 観戦者ふたりへ着くなり、アカロ文句たらたら。

「なんで起こさない!」

「睡眠ほど美容いい薬ないと思いましてな」

 冗談し、徒怪の笑う。

 せめての護身つもりか形見の刀持っているオリンなら、

「見ても悲しくなるだけかと思い」

 と反論窮する心がけだった。

 ともかく見物加われば、

「弱く逃げるか、おかげ時もうあまりない」

 トリカンコーレいつも如く急ぐ。

「殴られんだぞ。数えやってる場合か」

 千鳥足で立ちあがって、寛一あせだくだった。

「おまえ命よか一秒の惜しい、他人とは時にそういうものだ」

 肉迫早く、そこから残像せ多かった。

 きのうやり直しで打つ手なく、紛れた実体より殴られるまで秒読みであった。

 無意味でもアカロ、涙に寛一の呼ぶ。

 逃げてともいう。

 オリンともども駆け寄ろうとし、徒怪にて、

「一か八か、こっからドランカァド」

 こう制される。

 それから寛一へ、

「臍決めないけまへんなぁ。寛一」

 言い放った。

 寛一、真剣かつ怒った炯眼で、拳の胸まえ突き出した。

 怒髪天し、その拳勢い任せ己が胸中貫かせる。

 残像ら、もう殴る間合い。

 怒った青年その自身胸うちで、なにか蠢くもの掴んでいる。

 そして、

「バクバクうっせぇんだよ! どうせ一期に消えちまう命ごときが、つまんねぇ尻込みしてんじゃねぇ!」

 蠢くもの握りつぶした。

 遅れ、残像姿、お終いの一瞬ひとつ実体へまとまって殴ってくる。

 が、それより手早く殴り返す。

 思わぬ反撃当たり、実体いったん引きさがる。

 寛一の息荒れていない。

 胸あけた穴から、頬の青あざ至るまで綺麗さっぱり失せた。

 荒らしく獅子ような髪乱す。

 わけなく怒った瞳の吊り上がる。

 即ちひとり酔狂ドランカァドのそこにあった。

「まだ寛一のドランカァドとして若いんですな」

 ガハハ天に愉快高らか、徒怪しゃべる。

「若いならあんぐらいの酔狂させりゃあ元通りなんです」

 まぁそのままおっちぬこともあろうでしょうけど、と密かぼそり。

「ふむ、力の上がった。いや力の戻ったか」

 トリカンコーレ、焦りなく分析であった。

「だが戻ったとて勝てまい」

「黙って見てろ」

 寛一そう殴りかかる。

 復活からの息巻いた一撃。

 なんとトリカンコーレ避けるなく、むしろ当りに来て吹っ飛ばされる。

 そのくせ効き目なく起き上がって挙句、

「時間だ」

 とされ、だれもはぁ?

 拍子抜けだった。

「契約期間の満了なのだ。降参してもよい」

「なにぃ抜かして……」

「悪いが秒刻みな生涯設計なのだ」

 毒気抜かれる真面目さに語ってくる。

「俺の動力は一級品で代えの効かない部品だ」

「だから何だってんだ!」

「ゆえ俺が俺とし生きられる時間、精密な原子時計よれば三十万時間ほど」

 トリカンコーレ、茜から暗く諧調しゆく空見上げる。

「そこ向け有意義な時間計画をし生きている」

「そりゃ大層で」

 寛一の聞く気すら消沈した。

「でだ、この任務の終了にて、社より報償で作ってもらった宇宙船にてひとり旅に出る予定だ」

 そういう次第だから降参する。と頭まで下げる。

 アカロなんじゃそりゃと胸裡返した。となり徒怪ひときわ笑っている。

 さらにトリカンコーレ付け加え、

「お前の倒せなかったも仕方あるまい。お前なぞより時間ほうが、私の愛すべき宿敵なのだから」

 とどこか熱心だった。

「めんどくせぇ、わかった。白けたよ時間ねぇんだなぁ、さっさゆけ。」

 しっしっと払うよな仕草する寛一だった。

「ありがとう。もう少し説得難しく想定していた。余ってしまうも考えものだ」

 ぶつぶつ言いつつ、早足にアカロほう向かってくる。

「これを」

 ポケット出した二つ折りの紙きれ渡される。

「なに?」

 内容どうも座標らしく、建物の地図よなのもあった。

「亡くなった宇宙船開発者より頼まれてあった。我々の基地だ」

 最愛なる君へとまず贈り物ひとつ、と伝言まであったそう。

 怖気して、どこのロボットかも断定できた。

 というかいなくなったのかぁ。

 よかったぁ。

 こう心底やすらかになる。

「あと余ったときで個人的な警告としよう」

 トリカンコーレ、前置きして、寛一に振りかえる。

「俺ほどでなくも、基地に待っているたったひとり。奴はお前こと圧倒しうる」

 ドランカァドの舌打ちひとつ、

「黙って見てろ」

 と睨む。

「あいにくすぐ宇宙旅行でな。向こう千年帰る気遣いない。さよならだ」

 のち夕暮れもやたら眩しくなって、さりとて没する。

 闇の浸食するうち、月の薄く地上覗いてくる。

 この逢魔が時、地上より細い流星の打ち上がって尾の引いた。

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