第18話
子どもたちは康介をそっちのけで、昔のいたずら話に熱中していて、しまいには神妙な顔をしていた静江と和江まで、苦笑をこらえ切れずに笑い出した。
その時の康介は腹が立つやら情けないやらで複雑な思いを噛み締めていたのだが、今になって思えば、子供たちのおかげで深刻にならずに済んだのかもしれない。
「父さん、着いたよ」
骨壺を見ながら、物思いにふけっていた康介は紘一の声にはっとして顔をあげた。静江はすでに車を降りて、康介を心配そうにのぞき込んでいる。
康介は慌てて車を降りた。
寺は山の中腹に建っており、駐車場から階段を上って寺の門にたどり着くと、住職が作務衣を着た数人の寺男を従えて、康介たちの到着を待っていた。
「では、こちらへ」
住職に案内されて、さらに階段を上った先に墓地があった。山の斜面を切り拓いた墓地は棚田のようにさらに上へと広がっている。住職は墓地の中に敷かれた石段を少し上ると、道をそれて墓地の外れへと進んでいく。康介たちも後に続いた。
少し歩くと目の前に青葉に覆われた大きな桜の樹が立っていた。すぐ先には切り立った崖があり、そのおかげで下界の景色が見渡せる。
「良いところだわ、ねえ、あなた」
静江の言葉に康介は頷いた。
「すげーな。特等席じゃん、じいちゃんたちもばあちゃんもここなら文句ないよな」
紘一もしきりと感心している。
桜の樹の下にはすでに遺骨を入れるための穴が二つ掘ってあった。住職が懐から白い麻袋を取り出して、寺男たちに手渡した。
「お骨と共にすべて土に還るよう、こちらにお骨をいれて埋葬させていただきます」
康介と静江は顔を見合わせ、頷きあうと骨壺を差し出した。
寺男たちは手際よく遺骨を麻袋に入れると、土の中に納めた。
住職に促され、康介は麻袋に土をかけていく。埋め終わると住職が白くて丸い小さな石を二つ差し出した。康介は黙ってそれを受け取ると、父と母それぞれの遺骨を埋めた場所に置いた。
隣にはもう一つ、同じように小さな白い石が置かれていた。
読経を終えた住職が立ち去っても、康介は長い間、桜の樹の前に佇んでいた。
正子の死で唐突に壊れてしまった日常の下には、康介の知らなかった過去が隠れていた。真相はすべて知る由のないことだったが、康介はそれでいいと思えるようになっていた。
正子は自分の思うまま、すべてを抱えて持っていってしまったのだろう。
「そして桜の木の下で眠る……か」
康介が呟くと、突然、強い風に吹かれて桜の青葉がざわざわと音を立てて揺れた。
「ばあちゃんが笑っているみたいだね」
紘一の言葉に康介は苦笑して「かもな」と応じると、空を見上げた。
空はどこまでも高く、そしてどこまでも青かった。
そして桜の樹の下で眠る 楠木夢路 @yumeji_k
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