第17話
青々とした木々の茂る山合いの道を一台の車が走っている。
運転しているのは喪服姿の紘一で、後部座席に並んだ康介と静江も喪服に身を包み、膝にはそれぞれ骨壺を抱えていた。正子の法要に合わせて健次郎の四十九日の法要も終えて、これから二人の遺骨を納骨することになっている。
正子の葬儀の日、健次郎は救急車で病院に搬送され、三日後には帰らぬ人となっていた。
「姉さんったら、健次郎さんも連れて行ったのね」
知らせを受けた和江は、電話口で康介にそう言った。康介もそんな気がしていた。散々振り回した挙句に、いつも最後には自分のやりたいようにやる正子らしい。
通夜の日の夜、康介は家族にすべて話した。
健次郎が現れたこと、面倒を見て欲しいと正子に託されたこと、父親だと思っていた健次郎が本当の父親ではなかったこと。住職の話も含めて、康介は自分の気持ちを整理しながら、一つひとつ話をした。
話をしながら、康介の頬を知らず知らずのうちに涙が流れていた。なぜあれほど泣いてしまったのか、今考えても康介自身にもよくわからない。
健次郎が死んだことで、真実はすべてわからないままになってしまった。だが時間がたつにつれ、康介は、たとえ健次郎と話をする機会があったとしてもやはり何もわからなかったのではないかと思うようになっていた。
健次郎は認知症を患っていたし、そうでなくても何十年も隠してきたことを簡単に話してくれはしなかっただろう。
康介にとっては天地がひっくり返るほどの衝撃だった一連の出来事だったが、子供たちは康介の思いも寄らない反応をした。
「本当かどうかなんてどうでもいいよ。じいちゃんはじいちゃんなんだから。それに施設で暮しているんだから、面倒見るって言ったってたまに顔見るくらいしかできないんだろう。あーあ、ばあちゃん、もうちょっと早く言ってくれればよかったのに。じいちゃんいたんなら、俺が小さい頃に遊んでもらいたかったし」
紘一がさも残念そうに悔しがるのを見て、康介は拍子抜けしてしまった。
景子にいたってはさらにひどかった。
「おばあちゃんにも青春があったんだねえ。秘密になんかしてないで話してほしかったな。おじいちゃんたちはきっと二人ともおばあちゃんのことが好きだったんだよね。いいなあ、ドラマチックだよね」
うっとりとした顔で、頬杖をついて勝手な妄想を膨らませている景子を見ていると、康介は腹を立てていた自分が馬鹿馬鹿しくなってしまった。
「で、何で父さんはそんなに怒っていたんだっけ?」
「そりゃ怒るだろう、急に死んだかと思ったら、次から次へと……」
言いかけた康介の言葉を景子が遮った。
「だって、あのいたずら好きなおばあちゃんのことだもん、しょうがないじゃん」
「そうだよ。よく一緒にいたずらしたもんな。景子なんか、ばあちゃんに驚かされて、びっくりしてよく泣いていたよな」
「最後にお父さんを泣かしたんだから、きっと今頃、してやったりって顔しているよね」
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